魔道具は一旦保留で
この屋敷……っていうか、この世界に来て一週間経った。今は主に屋敷の清掃を担当しているんだけど、めっちゃ広いから時間がかかりまくる。リリーさんは三時間くらいで終わらせるらしいけど、私はまだ慣れていないのと、リリーさんからは遅くとも丁寧にやるよう言われているので五時間くらいかけて終わらせている。しかし、そのかいあってかリリーさんからはよくできていると褒められたこともあった。
まぁリリーさんは料理、洗濯、カレンさんの書類仕事の手伝い、私の清掃担当でない場所の清掃等およそ人間が一日で出来る範疇を超えている仕事をしているんだけど…………。
そして今私は屋敷内の廊下の清掃をしている。床のモップ掛けや窓ふきなどだが意外と体にくるものがある。初日の次の日には全身筋肉痛になったほどだ。結構体はバイトで鍛えられていたつもりなんだったけどなぁ……
そんなことを思いつつも、窓ふきに専念していた時、後ろから声をかけられた。
「マオさん順調ですか?」
「あ、リリーさん、初日に比べれば順調ですよ。体も慣れてきたのか筋肉痛が起きなくなってきましたし」
「そうですか、それはよかったです」
呼ばれた方向を向くと、話かけてきたのはリリーさんであった。どうやら私の仕事を見に来たようだ。この人無表情なだけで雰囲気で感情が分かるし、仕事についての質問やアドバイスも分かりやすく教えてくれるしで普通にいい人である。初対面の時は怖い人なのかなって思ってしまってすいませんでした。
「……綺麗にできていますね。いつ来客が来てもいいよう常に綺麗にしておく必要があるのですが、これなら心配いりませんね」
「ありがとうございます!」
辺りを見回し窓や床を一つ一つチェックした、リリーさんはニパーという効果音がでていそうな雰囲気を出しながら私を褒めてくれた。
「マオさんが来てくれて大助かりです、まぁお嬢様の人を見る目は疑っていませんが」
「カレンさんってそういうの分かるんですか?」
「本能だそうです」
「一番信用ならないやつじゃないですか!?」
この人急にボケるからびっくりする……。あと無表情だから天然なのかわざとなのか判断ができない。ていうか私異世界にきてからツッコミばっかやってる気がする。主に魔女たちのせいだけど
「仕事も完璧となると……どうでしょうか? 何か仕事で困ったことなどはありませんか?」
「困ったことですか……」
実は聞きたいことがあるんだけどねぇ……仕事に関係ないから言いづらいといいますか……まぁ一応聞いてみるか
「仕事の話じゃなくてもいいですか?」
「? えぇどうぞ」
「じつはですね、”過去の旅行記”ていう魔道具について何か知らないですか?」
夢の中で聞いた魔道具について尋ねたマオ。人に聞くのが一番手っ取り早いし、何より歴史本から探そうとしても私はまだこちらの文字を読めないので、こうするしかないのだ。
リリーさんはしばし考えたのち口を開いた。
「……すみませんが、”過去の旅行記”という魔道具は私は聞いたことがないですね。もしかしたらお嬢様なら知っているかもしれませんが」
「そうですか……」
まぁそんな都合よくはいかないか。返ってきた言葉に落胆する。これでカレンさんが知らないとなると結構まずいかもしれない。カレンさんは公爵家の人だから屋敷にかなりの本がある。それでも知らないというのならば、この国で”過去の旅行記”について知っている人はほとんどいないと言っていいだろう。
「……もしよろしければ今からお嬢様に聞きに行ってみてはいかがでしょう?」
「今からですか? でも仕事が……」
「ここの清掃は私がしましょう。今の時間帯ですとお嬢様は書類仕事の合間に飲む紅茶が欲しくなるころですので、マオさんが持っていくついでに聞けますので」
何この人、上司として完璧すぎない? それくらいにリリーさんの提案は魅力的だった。
「では、お言葉に甘えて……」
そう言い私はリリーさんに引き継いでもらい、書斎へと向かった。書斎には紅茶を入れるためのセットが常備されているので、わざわざ調理室まで行く必要がない。
そして、廊下には一人となったリリーが残された。
「……行きましたね。それにしても”過去の旅行記”ですか、聞いたこともありませんがその情報を手に入れるために雇われたのでしょうか?」
カレンからマオについての怪しい行動を報告するよう言われているリリーは、マオの知りたがっている魔道具について気になっていた。それが、カレンに近づいた理由かもしれないからだ。だが……
「…………いえおそらく違うでしょう。調べるならまず私たちに気づかれないよう歴史書から調べるはずです。ここにきた一週間の間にマオさんが本を読んでいるところは見たことがない。なにより私に直接聞くなんて不用意にもほどがあります」
もし、マオが情報を抜き取ろうとしているスパイであるのならば、まだ信用関係が築けていないこの短期間にド直球の質問をしてくるなんて怪しまれるだけである。以下の理由からリリーはマオが単純に魔道具について知りたかったのだと結論づけた。
「一応、お嬢様に話すよう仕向けましたが、なんの成果もないでしょう」
ここ一週間のマオの行動を観察していたリリーのマオの評価は言ってしまえば”普通”であった。
仕事は丁寧だが、慣れていないうちはミスをしたりする。休憩やプライベートな時間は外に出て庭を散歩したりと、一般的な人といっていいもので不審な行動はなに一つなかった。そんな彼女のことをリリーは【魔女】に関りがある人物だとは思えなかった。
「ほんとに不思議な人です、マオさんは」
そんなことをぼやきリリーは清掃を始めた。
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「失礼します」
「あれ? 今日はマオなのね?」
「いろいろと事情がありまして……」
書類の束に囲まれながら机に向かってサインや不備がないかのチェックをしているカレンさんが、部屋に入った私を見て、意外そうな顔を浮かべる。まぁ私も初めて書斎に入るし、なんならカレンさんに紅茶を淹れるのも初めてだ。一応リリーさんから紅茶の淹れ方を教えてもらい、合格点はもらっている。現代のティーバッグの偉大さを身に染みたねほんと。
「ポッドなんかのセットはそこにあるから好きに使って頂戴」
「分かりました」
カレンさんが指をさした方に目を向けるとポッドやカップなどがあった。珍しいものでいえば、蒸らす時間を計るための砂時計なんかもあった。
私はポッドに水をいれコンロの魔道具を使って湯を沸かし、紅茶を淹れる準備をする。こっちの世界では、現代の家電の代わりとなる魔道具がいくつか存在している。このコンロもその一つだ。だが、お金がかかるから広くは浸透していないらしいが……
そうこうしているうちにカップに紅茶を淹れ、カレンさんの目の前に置く。カレンさんはカップを手に取ると、紅茶の匂いを一嗅ぎし優雅に飲み始めた。
「あら、中々いけるじゃない。私はけっこう好きよ」
「ありがとうございます」
「…………あのさ、敬語じゃなくてもっと砕けたかんじで話してくれないかしら。”さん”もいらないわ。じつは家の中でまで仕事モードでいたくないというか……」
そういえば、リリーさんがそんなこと言ってたっけ? たしかにそういう人もいるよね~。私も自分の部屋の中だと滅茶苦茶だらけるタイプだし。
「しかし、リリーさんは敬語ですよね?」
「あの子は昔からあぁだから諦めたわ。あと人前では普通に敬語に戻ってね」
「そうですか…………じゃあこんな感じでいいっすか?」
「そう、そんな感じ!」
まぁ私もタメ口で話せるならそれに越したことはないけど、なんていうかこの人意外とフランクというか……キツメな印象を与える顔と違って。
「……ん? あの子?」
「あぁもしかしてリリーのこと歳上だと思ってた? あの子15歳よ」
「うそん!?」
あの人歳下だったの!? 私たち三人の中じゃ一番背が高いし、顔つきも大人びていた。……いや後者にいたっては私たちが童顔なだけか
「それで、今日はマオが来たってことは何か私に用があるのかしら?」
驚愕してた私を心配そうな表情で見てたカレンが現実に引き戻してくれた。いけない本来の目的を忘れるところだった。それくらいのインパクトがあったのは事実だが。
「あーじつは”過去の旅行記”っていう魔道具を知らないか聞きにきたんすよ」
「”過去の旅行記”?」
カレンが私の言葉を聞いて不思議そうな顔をする。まぁ唐突だったからね。しばらくして記憶を思い返すのを終えたのかカレンが口を開く。
「ごめんなんだけど私の知識にはないわね、そんな魔道具」
「そうっすか……」
まぁ思い返すのに時間がかかってたから、知らないんじゃないかと薄々感じてたんだけど、これからどうするべきかな~。やっぱり文字を覚えて図書館に行って本を読み漁るしかないのかな……
「その魔道具はなんで探してるのかしら?」
次の方法を考えていた私に探している理由について気になったのかカレンが質問してきた。
私は隠す必要もないので魔女たちのことについても話そうとしたとき、それを制止するように頭の中から声が聞こえてきた。
(正直に話すのはやめといた方がいいよマオ)
「!!」
「?」
急に聞こえてきたソティスの声に私は体を強張らせてしまった。それを見たカレンからは訝しんでるような視線を受けている。そういえば私が起きている時の行動も見てるんだっけ、このストーカー。ていうか頭のなかで会話するってどこぞのカードゲームしてるエジプトの王様かな?
(なんで?)
(【魔女】はこの国……というか他の諸外国からも恐れられていると言っていいから正直に話すと面倒なことになるよ。最悪の場合はマオに危険が及ぶかもしれないからね。だからこうして私が出てきたのさ)
(恐れられてるって……あんたらほんとに何したのよ……?)
(いろいろとやらかしてしまってね。特に私とグラスかな? 私はこのカロン王国で、グラスは特に隣の獣王国で恐れられているね)
うーん魔女のことを話さずに説明するとなると結構難しい。どうしたもんかと悩んでいたら
「マオ?」
急に黙った私を見て、訝しむ視線から心配そうな視線に変わったカレンから声を掛けられる。結局いいアイデアが思いつかず仕方ないので
「あーごめん黙っちゃって。探している理由だよね。それなんだけど秘密ってことにしていい? 色々と複雑な事情があるから」
「そう…………深くは聞かないでおくわ」
「助かるっす」
理由は秘密ということでこの場を切り抜けることにした。嘘をつくのも忍びないしね。一瞬カレンから疑うような目線をもらった気がしたが、すぐに元の表情へと戻ったため真偽は分からない。
「そうね……力になるか分からないけど魔道具を作っている人なら知っているわ」
「ホント?」
「えぇ彼なら私より魔道具について詳しいし、力になってくれると思うわ。ただ今は王都にいないから待つしかないわね」
「いや全然助かるっすよ。むしろここまで親切にしてくれるとは」
いやほんとカレンがいてくれてよかったと思うことが多すぎる。仕事を与えてくれるのも屋敷に住まわせてもらっているのも全部カレンのおかげだ。これまで以上に私もカレンの役に立つために仕事を頑張らないとと思った。
「さて、今から仕事に戻るわ。紅茶美味しかったわよ」
紅茶を飲み終え、仕事に取り掛かる前に体をほぐしているのか、伸びをしながらカレンは私に礼を言った。空になったカップを取り下げて部屋から出ようとしたが、ふとある疑問がよぎった。余計なおせっかいかもしれないが、カレンの力になりたいと思った以上聞いておこうと思い、カレンの方に向き直った。
「あーカレン? 最後にもう一つだけ聞いてもいい?」
「? なにかしら?」
「この書類仕事ってあとどのくらいで終わるの?」
そう、積み上げられた書類の束を見ると、明らかに今日中に終わる量ではないのだ。
「そうね……日付が変わる頃に終わればいい方かしら」
「……そっか」
発されたカレンの言葉にはいつもより力がないように感じた。まだ大人でもないのにかなりの仕事をするカレンを見て、少し私と近いものがあると思った。
元の世界ではほぼ毎日夜遅くまでバイトをして、帰ったら洗濯や料理などの家事をする。それが終わったら時間は深夜といっていい時間になり、疲れを取るために布団にもぐる。自分のために使える時間なんてほぼないのに等しい。
そんな辛さを分かっているから、なにか手伝いたいと思うが、私は文字も読めないしこの世界の知識も全然ない。はっきりいってなにもできることがない。そんな無力感を感じつつ失礼しましたといい部屋を出た。




