死に花
なんで? どうして? 死んでる? そんなわけない だって昨日は元気に洗濯機作るって張り切ってて…… 首を掴んでるのは誰? 客? なにかトラブルに…… それでもおかしい ここまでするなんて……
「アズさんっ!!?」
「!!」
柄にもなく焦ったようなカレンの声で正気に戻ることができた。そして首を絞めている相手の方を見てみる。それは、手袋をしている帽子をかぶった茶髪の青年であった。すると私たちに気づいたのか首を掴んでいた青年がこちらの方に顔を向ける。
「――あ゛? 客か? 見られちまった…………、チッ、人少ないんじゃなかったのかよバートの野郎……」
「”ヒータ”!!」
「おわっ!?」
茶髪の青年…………マコトはカレンたちを見て、めんどくさそうな顔をする。そして何かを吐き捨てるように言っていたが、そんなことはお構いなしにカレンは杖を取り出し、マコトに向かって魔法を唱えた。いきなり向かって来た火の球にマコトは驚いて首を掴んでいた手を放して回避する。そのままカレンたちから距離を取った。
一方でマオはマコトの向けられた顔を見て絶句していた。だってその顔は……その顔つきは…………、だが今はアズさんの安否が先だと思い、アズさんのもとへ駆け寄る。カレンは私とアズさんを守るような位置を取った。
アズさんはまだ生きてはいたけど、呼吸もか細く、辛うじて息をしている状態であった。私は応急処置をしようと首のまわりを見た。
「なに……これ…………」
はっきり言ってアズさんの首まわりは異常だった。肉が青緑色に変色していて、膿んだ傷跡のようにグジュグジュになっている。そこから放たれる異臭は腐ったチーズのような臭いがする。
(これって腐ってる……? こんなことができるのなんて間違いなく混合魔法……。しかも、腐敗してる部分がどんどん広がっていってる! 早くなんとかしないと……!)
「気づいたか? なら隠しても意味ねぇ、俺の混合魔法は【腐敗】…………触れたありとあらゆるものを腐らせる魔法だ」
「腐らせる……!」
自分の混合魔法を自慢するように宣言したマコト。その声からよほど自分の混合魔法に自信を持っていることがうかがえる。生きてる人ですら腐らせる、凶悪な混合魔法にカレンも冷や汗をかいて驚いている。
「しっかし、やっばいよなこれ……、仕方ねぇ目撃者は全員ころ…………っ!?」
不穏なことを言っている途中でマコトは何かに気づいた。その視線はマオの顔付近に向いており、その表情はどこか嬉しそうだった。そんな表情の変化に青年を警戒しているカレンは気づいたが、なぜ嬉しそうなのか困惑していた。
一方で私はなんで茶髪の青年が嬉しそうな顔をしたのか察していた。多分、こんな出会いじゃなければ、私も彼に声をかけていただろうから。だって彼の顔つきは……
「――なぁそこのお前! メイド服着てる奴! お前、俺と同じ日本人だろ!!」
この国の…………いや、この世界の人たちの顔つきとは違う…………元の世界の日本人の顔つきだったから…………
「二ホン……人?」
聞き慣れない言葉に首をかしげるカレン。それもそうだ、日本という国はこの世界に存在しないし、似たような文化の国もない。彼についてなにか知っているのか、疑うような心配してるようなどっちとも分からないような目で私を見つめていた。
だが、困惑しているカレンなんてお構いなしにマコトは話し続ける。
「お前どうやってこの世界に来た。俺と同じで気づいたらここにいたのか? まぁなんでもいいが、お前元の世界に帰る方法についてなんか知ってるか? 俺は早くこんな世界から元の世界へ…………」
「ねぇ」
口が止まらないマコトに対して怒気を含んだ声で制止したマオ。歯を食いしばりながら、見つめるその目はなにか非難するような目であった。
「なんでこの人を…………アズさんをこんな目に合わせた…………!!」
「…………あぁー…………それは…………」
なんて答えようか迷っているマコト、だがマオの問いかけに答えたのはマコトではなかった。
「そい…………つ…………かくめい……ぐんっ…………わしに…………ばれ…………て…………」
「アズさん!? 喋っちゃ…………!」
「口封じというわけね……」
「ちっ、なんでこうなんだよ……」
「自分に聞きなさい!!」
そう言ってカレンは火球を何発も飛ばす。それに対抗してマコトも土の壁を魔法で生み出して防御したりしている。流石に店の中では引火の恐れや狭すぎることや、マオたちがいることも考えてカレンは風の魔法を使って、マコトを外に吹き飛ばした。
一方で私は無理にしゃべったアズさんの首を見てみると腐っていく範囲が徐々に広がっていて、とても喋れるような状態にまでなっていた。不味い不味い不味い! どうすれば……腐っていく体なんて治療のしようが…………
急いで近くの病院か、ルトさんのとこに連れて行こうとアズさんの体を持ち上げようとした。
(マオさま! 落ち着いてください! マオさまの体格では大男であるその方を運んで病院に行くことは不可能です!)
(しかも、その傷かなりやべぇぞ……。骨まで腐ってんのか? むやみに動かせば首の骨が折れるぞ)
「!!?」
聞こえてきた魔女たちの声に私はアズさんに触れようとした手を止める。悔しいけど、その通りだ……。身長が150cm弱しかない私では、180cmをゆうに超えるアズさんを運ぶことは不可能だ。
(どうする……どうする! 医療関係者を呼んでくる? 後は衛兵にも連絡しないと……だけど、あいつが見逃してくれるのか……)
しかし、出来ることをやるしかないと動き出そうとしたその時、アズさんが私の腕を掴んできた。
「アズさん……?」
「わ……しは…………もうだめみたいじゃ…………」
「そんなこと…………!」
そんなことないと言おうとした私を制止するようにアズさんは残された力で手を引いてくる。
「わかるんじゃよ…………この年にも…………なれば…………。…………さいごに…………これを…………」
そう言って懐から…………やたら口径のでかい”拳銃”のようなものを取り出した。そのまま手を震わせながら私の手の上へと置いた。
「”魔導銃”…………じぜんに込めた……魔法を撃てる銃…………わしの…………お古……じゃが……」
「アズさん! こんなものより早く医者を呼んできて……!」
「ほほ…………あぁ……美少女に看取られるなんて…………わしゃ…………幸せじゃあ……」
段々とか細くなっていく声、それが何を意味してるかはこの場にいる私も分かっていた。もはや首どころか顔の口らへんまで腐敗が進行していて、喋ること自体が奇跡だった。
「まだ…………つくりた……かった…………。…………マオちゃん」
「なんですか…………」
必死に涙をこらえながらアズさんの最後の言葉に耳を傾ける。
「――せんたくき…………つくれなくて…………すまんのう…………」
「――っ!? ~~~~っ!」
アズさんの手から糸が切れたマリオネットのように力が抜ける。閉じられた目からは一筋の滴が零れ落ち、もう二度と開くことはない。
――享年49歳アズ・ハザードはその生涯を終えたのだった。
◇◇◇
店から出てすぐの大通りにてカレンとマコトは戦っていた。最初は何の騒ぎかと野次馬が集まってきたが、あまりに高度な魔法の応酬とカレンが衛兵を呼んで来いと大声でいったことで、散り散りに逃げ始めた。
元居た学園では、同年代の中ではトップクラスの実力と才能があると言われたことがあるカレン。だが、マコトと魔法の撃ち合いをしているカレンの額には冷や汗が浮かんでいた。
「おらっ! こんなもんかよ公爵家の当主は!!」
「チィッ……!」
(こいつ……強い! 近づかれたらあの混合魔法の餌食になると思って、狭い店の中から外に移動させたけど、こいつ基本魔法の腕も相当なもの……! 撃ち合おうとしても私よりも魔力量が上だから先にガス欠するのは私の方だし……)
カレンの炎の魔法を相殺できるほど土の魔法を使うマコト。そんな相手になんとか喰らいつけているのはカレンの魔法の技術と戦いの経験がマコトより上に他ならない。だが、このままダラダラ戦えば負けるのは自分の方だとカレンは気づいていた。
「”ムーヴフィン”!」
「!!」
マコトを外に吹き飛ばした時と同じように風の魔法を使い、生み出した岩の壁に隠れているマコトを引きずり出す。空中に放り出されたマコトのある部分を狙いカレンは自らの混合魔法【太陽】を唱える。高温と眩しいくらいの光を放つ炎をマコトの”手”に目掛けて放つ。
だが、カレンはまだマコトの力量を正確には計れていなかった。さっきカレンが考えたマコトの強みは事実そうなのだが、マコトの一番の強みは…………
「あぶねぇっ!?」
常人より優れた反射神経と身のこなしであった。空中で身動きの取れなかったマコトは自らの足元に踏み場となる岩を生み出し、炎を華麗に回避する。そのまま空中に自らの足場を作りながら、カレンに近づいてくる。
「うそ!?」
「恨むんじゃねぇぞ、仕方なかったんだ」
そのまま手の届く位置まで来たマコトはカレンの顔に触れようとした。
「舐めないで!」
迫りくる手を杖で側面から叩き横へとずらす。そのまま腹に一発蹴りをお見舞いし、強引にマコトとの距離を取る。マコトは魔法使いが肉弾戦をしてくるとは思っていなかったのか、驚いていた。だが、流石の反射神経、蹴りを喰らう前に魔力を腹に集中させダメージを最小限にしていた。
「チッ、惜しかったな」
(危なかった……、あんな風に動けるなんて……)
「あんたのその手袋、魔道具よね? 自分自身も喰らうんでしょ、その混合魔法」
「そこまでばれてんのかよ……、あぁこの魔道具で俺自身が腐るのを防いでる。だから手袋を狙ってくる奴が多いんだよな」
目の前で手をぶらぶらさせ、手袋を私に見せつけてくる。あの魔道具さえ破壊すればもう【腐敗】は使えないと思っていたけど、流石に警戒されていたわね。どうしたら……
強敵を目の前にカレンは攻略法を考える……
一方少し前、アズのことを看取ったマオは形見の”魔導銃”を手にカレンとマコトの戦闘を見ながら、物影に潜んでいた。銃の照準はマコトへと向いている。
(あいつだけは……あいつだけは許さない!!)
憎しみのこもった指で引き金を引こうとする。だが、それを止める者たちが居た。
(待ってほしいマオ)
「――何ソティス? 私は今……」
(一時の感情に身を任せて人を殺そうとするのはやめたほうがいい)
ソティスの言葉に同意するように他の魔女たちも声をあげる。
(そんなマオちゃんは好きじゃないな~)
(気持ちは分かるけど抑えてママ)
「……きれいごとを」
(別に殺すことを悪いとは思わねぇよあたしたちは)
(でも、マオさまは……殺す覚悟が足りていません。そんな状況で人を殺せばマオさまは一生後悔します。現に今も指が震えているでしょう)
トルネに言われ、引き金にかかっている自分の指を見ると、カタカタと音を立て震えている。段々と指から力が抜けていく。なんで……どうして! あいつはアズさんの仇なんだよ! どうして私は……人を殺すことを怖がっているの……?
(マオ……君の考えは人間として当然だ。狂人でもなければ殺人鬼になりたいと思う奴なんていない。だがもし人を殺すなら…………言い訳はできない。罪を背負って生きていく覚悟が必要なんだ)
そんなの……分かってる。もしあいつが魔物だったら躊躇なく引き金を引けた。”人間”……たったこれだけの理由で引き金が引けなくなる。私は……どうしたら……
(――でも私たちはどんなマオだろうと一緒にいる。一緒に罪を背負っていく。だから……どうするかはマオが決めるんだ)
私は…………私は…………
銃に目を落としながら考える。ソティスたちが言うことは正しい。覚悟なく引き金を引けば、私は一生後悔する。アズさん…………あなたはどうしたいんですか……
すると銃に装填されている魔法に違和感を感じた。私はシリンダーを開け、込められた魔法を確認する。”魔導銃”は弾丸に混合魔法以外の魔法を込めることができ、それを銃で撃ちだすという機構だ。各属性の攻撃魔法が込められた予備の弾丸は確認していたが、最初からシリンダーに入っている弾丸については確認していなかった。
アズさんが最初から込めていた弾丸それは…………
「……魔女たち」
(決まったのか?)
「うん。私は…………戦う。あいつに向かって引き金を引く。殺してしまったら罪を背負っていく。――でも」
私の中での覚悟は決まった。私は銃を天高く突き付け引き金を引く。
「できることなら殺さないようにする。この銃は……誰かの笑顔を守るためにあるから」
――曇天の空に一輪の綺麗な”火の花”が咲いた。
登場させてすぐの重要そうなキャラを殺す作者がいるらしい。一体どこのどいつなんだ……
作者は定期的に記憶喪失になるので、こんなことを言いだしたら、またか……と思っといてください。
主人公が一章でこんなにも精神的に成長していってるのは、他の章で成長する機会が少ないからです。




