帰り道
「それは……どういう……」
あまりのことにリリーさんが困惑して言葉が途切れ途切れになっている。だが、一名を除いてこの場に居てる人たちはみんなリリーさんと同じ気持ちだろう。
「お金については一旦公爵家の皆様に払ってもらいます。そしてナトが働いて稼いだ給料を借金の返済にあててください」
「いや、それは……」
難しい顔をしたカレンがなんとか何かを言おうとしているが、何も思い浮かばないのか言い淀んでしまっている。そんな中一番冷静だったのはハストさんだった。
「失礼なことを聞きますがなぜそのようなことを? はっきりと言ってしまえば、マオさんが全額払うと言った時あなたにとっては棚から牡丹餅だったのでは」
「一つ目はさっきも言ったように恩人にお金を払わせたままなどできないからです。もう一つは…………ナトのためです」
そう言ってナトのお母さんはナトの頭を触れるか触れないかくらいで撫で始める。
「夫に先立たれてからはや十年……。ナトには色んな苦労をかけてしまいました。ですが、そんな中でもこの子は優しく、そして元気に育ってくれました。しかし、ナトの将来を考えると…………この村は狭すぎるのです」
窓から外を見るとそこにはとても大きな畑が見えた。この村の人たちは農業で生計を立てている。別にそれは悪いことではないのだが、言ってしまえば大人になると農家になるか、農家から仕入れた作物を売る店を開くかしかないのである。
「私は農業が好きで農家になりました。ですがこのままだとナトはきっと”私”のために農家を継ぐと言ってしまうと思います。だけど私としては”ナト自身”のための将来を見つけてほしいのです。王都であれば多種多様な仕事からきっとナトが目指したい将来が見つかるはずです。なのでどうか…………ナトを雇ってはくれませんか……!」
そう言ってカレンに向かって頭を下げてくる。話は分かったし親としての考えは理解できる。でもナトちゃんのお母さんは王都で暮らすことはしないと思う。お金の問題もあるし、というか言っても断りそう。そのことを分かっているからかカレンも目を閉じて必死に悩んでいた。
「――――分かりました。ナトさんはこちらで雇わせてもらいます」
「…………っ!…………ありがとうございます……!」
頭を下げたままだから顔は分からないけど涙声のような返事が聞こえた。
「しかし、まずはその子の意思を確認してあげてください。ナトさんが目覚めるまでは王都に居れるようにしますので」
「それなら王都の教会使うといいよー。あそこなら寝れる場所もあるしね。ハストさんもそれでいーい?」
「えぇ、そういうことならかまいません」
「なにからなにまでありがとうございます……」
話がまとまったことでさっそく王都に向かう準備をする。
◇◇◇
「にしてもこんな展開になるなんてねー」
「マオが話の発端だった気がするんだけど?」
今は馬車にナトちゃんみたいに王都で怪我の治療が必要な人を乗せている最中で、私たちは出発まで暇なので公爵家の三人で話し合っている。
「……やっぱり私の給料からちょっとだけ治療費にあててくれない? 別に全額ってわけじゃないし、無茶した罰ってことで」
「…………ま、考えとくわ」
「にしても死者がでなくてよかったです。魔物進行も起きませんでしたし」
「そうね、早めに残り火を見つけれたのが大きいと思うわ」
私たちの目線の先では外で遊んでいる子どもたちの姿も見える。ずっと教会の中で居てたせいか、日も傾き始めたというのに元気である。
「子供たちが外で遊べるようになってよかったー」
「そうですね」
そんな時、私は遊んでいる子どもたちを見て、気になるものを見つけてしまった。
「ん? なにあの魔法? 姿が変わったんだけど」
私の視線の先にはかくれんぼをしている子どもたちの内、一人が魔法を使って木に化けてしまったところを見てしまった。異世界に来てから何週間か経った今でも魔法は私にとって気になるものなんだよね。
「あれは”ドッペリアル”という水の非攻撃魔法の一つです。自らの姿を別のものに見せる基本魔法です」
「すごい便利そうだけど、子どもでも簡単に使えるんですね」
「そうでもないわよ、だってあの魔法は空気中の水分と光を使って見えてる姿だけを変えてるだけだし。影とか声が変わるわけでもなければ、魔法を使ってる時特有の魔力が出てしまってるから、魔力感知ができる人ならすぐにばれてしまって隠密にも不向きだし」
「見える姿だけを変えるので魔力が少ない子供でも使えるんです。言ってしまえばネタ魔法にすぎませんね」
「あーホログラムみたいなものか」
「ほろぐらむ?」
「あ、いやなんでもない」
思ってるより欠点が多かった……。あと口滑らせちゃったけどなんとかごまかせたよね?
「だから学園の魔術師たちが完璧に変化できる魔法の開発をしてるんだけど、どうやっても混合魔法じゃないと無理って結論になるのよね」
今回のことでも思ったけど、やっぱり混合魔法は基本魔法に比べて性能が上って感じがする。ナトちゃんの【魔物化】やカレンの【太陽】みたいに威力が桁違いだった。でも基本魔法の方が魔力の消費が少ないって魔女たちが言っていたから、そう単純な話じゃないんだろうなー
「どうやら王都に行く準備ができたそうですよ」
「そうね。じゃ私たちも馬車に乗りましょう」
自分たちが乗り込む馬車の方へ行くと、なにやらハストさんたちエル教の三人、主にルトさんとウェンさんがなにか話し合っていた。私たちは何か問題があったのかと思ってハストさんに話しかけた。
「どうかしたんですか?」
「あぁ皆さん。いえただ王都に戻りたいとウェンが駄々をこねてまして……」
「えぇ……」
私たちは呆れながら話している二人の方を見てしまう。
「えー、ワイ帰れへんの!」
「当たり前でしょー。村の外にはまだ魔女の魔力が抜けてない魔物たちが居るんだから、何人かの騎士と聖騎士はしばらくはこの村に滞在しとかないといけないし、ほら!負けた金の分しっかり稼いできなさい」
「負けた分を王都のカジノで稼ぐのは」
「あ?」
「なんもないっす。すんませんした」
結局ルトさんの圧に負けてウェンさんがこの村に留まることになった。初めからそうしとけばいいものを……。というかウェンさんってギャンブル依存症になってるんじゃ……ルトさんがストッパーになってるから大丈夫な気もするけど……
「二人ってなんか距離感近くないですか?」
「二人は幼馴染ですからね」
「え! そうなんですか!?」
どうやらルトさんとウェンさんは一歳差の幼馴染らしい。ウェンさんは20台後半だと思ってた……。やっぱりひげのせいだって。あれデバフにしかなってないよ?
「ほんっとルトさんが居ないとウェンさんは駄目よねー」
「そうですね。もはや依存にまでいってる気がしますが……」
「……………………私は逆だと思いますがね」
「え?」
「なんでもありません。ささ早く馬車に乗りましょう」
ハストが呟いた言葉にマオは疑問を抱いてしまったが、すぐにそのことはマオの記憶から消えてしまった。マオにとって初めての馬車は尻が痛いし、揺れは酷くて酔うわと現代人には厳しいものだった。
村で起きた事件の原因を取り除いたマオたち。このまま事態は終息へと向かっていくのだが、そんな中、村から出ていく馬車たちを外から見ている者がいた。
「あーらら、先越されたか。ま、イレギュラーも起きてたし仕方ないものだと割り切ろう割り切ろう。とりあえずマコトくんと合流しようか」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
――大森林の奥地、いまだ狂暴化している魔物たちがうろついているこの場所で一人の青年が何かを探すように歩いていた。
「クソッなんで俺が……」
誰も居ないのにそう愚痴をこぼす青年の恰好はこの西洋風の国には似つかわしくないものであった。トゲトゲした茶髪の髪を隠すように後ろに回された帽子。首からは銀色のネックレスをかけており、全体的にたぼっとした服を着ている。手には季節外れの手袋をしており、そして何より目を引くのがカロン王国ではあまり見ないような顔つきであった。もし通り過ぎる人がこの青年の顔を見たら別の国の人間だと思うだろう。
「魔力感知なんて出来ねぇってのに、他にやるやついねぇからって押し付けてきやがって……、俺の目的に必要とか言ってたけどよ」
「目的ィ~? 初めて聞くねぇ。ぜひこの天才にも教えてほしいものだね」
「あん?」
青年の後ろの方から声がする。振り返ってみるとそこには馬車を見ていた髪を長く伸ばした眼鏡の男性が立っていた。
「”バート”か……、お前なんでここに? 村の方で騎士とかの動向を見張っとくって言ってなかったか?」
「その必要がなくなったからねぇ……、もう残り火は騎士たちに回収されたみたいだよ」
「はぁっ!? じゃあ何のためにここまで来たんだよ!?」
青年が声を荒げる。この二人の目的は魔女の残り火を回収することでそのために大森林の奥地までやって来たのだ。もっともこの二人も残り火が魔力を放出しているのは想定外であったが。
「無駄足だったねぇ~。とりあえずアジトまで戻ろうか」
「くそ、イラつくぜ……」
二人が踵を返して帰ろうとしたとき、なにやら物音がし始める。その音は二人に近づいてきており、やがてその物音の正体が目の前に姿を現した。
『グオォォォォォォォォッ!!』
「あ? なんだこの……熊?」
「キメラベアだねぇ……、結構つよい魔物さ。どうしようか? この天才はあまり戦闘は苦手なんだ」
肩をすくめながら俺に押し付けてこようとするバートに内心イラっとしたが、こいつはいつもこんな感じだから、もはや諦めている。
「チッ、どいてろ。ちょうどむしゃくしゃしてたから八つ当たりにはちょうどいい」
そう言ってキメラベアの前に立ちふさがる青年。その様子にキメラベアは狂暴化したままだったが、生物としての本能が舐められていると感じた。
『グオォォォォォォォォオウッ!!』
四本の足で地面を踏みしめながら青年へと突っ込んでくるキメラベア。その巨体にぶつかれば人間の体などひとたまりもないが、青年は一切慌てることなく冷静に魔法を唱えた。
「”ウォルアウス”」
キメラベアと青年の間に岩の壁が現れる。だが、そんなもの構うものかとキメラベアは岩の壁ごと青年を突飛ばそうと突進をやめない。そのまま岩の壁へと激突するが岩にはひびが入るだけで砕けることもしなかった。
『グオォォォウッ!?』
思ったより頑丈な岩の壁にキメラベアは驚いたような声を上げる。ぶつかった時の衝撃でキメラベアもダメージを負っていたが、狂暴化している今はそんなこと微塵も関係ないように、自らの爪で岩の壁を破壊しようとする。
「終わりだ」
生み出した岩の壁で自らの姿を隠していた青年がキメラベアの頭上から降ってくる。そのまま青年はキメラベアの頭に手を当てる。
すると青年に触れられた部分から色が変色していく。その色は茶色だったり緑だったりするが、そんなことはどうでもいい。色が変色してすぐに肉が溶けるように腐っていく。周囲には酸っぱいにおいや腐敗臭をまき散らしているがキメラベアにそんなことを気にする余裕はなかった。
『グオォォォォォォォォォッ!?』
もはやキメラベアに出来ることは苦しそうな咆哮をあげることだけだった。やがて腐っていく部分が体全体まで広がるとキメラベアは地面にべちゃっ!と音を立てて倒れ伏した。
「まぁまぁだったな。所詮八つ当たりか」
「終わったかい? いや~流石はマコトくんの混合魔法だねぇ。怖い怖い」
「そうかよ。終わったことだしかえ――――っ!? あん?」
マコトと呼ばれた青年が急に手のひらにはしった痛みに驚いて、手袋を外して見てみると自らの手が少々茶色に変色していることに気づいた。
「っどういう……」
「ふむふむ、どうやらその手袋の魔道具が壊れているみたいだねぇ」
俺の手のひらをのぞき込んで見ていたバートが手袋を指さしながらそう言った。マジかよ……めんどくせぇ……
「おいお前なら直せるだろこれ」
「もちろん天才だからねぇ…………だけど直している時間がないかな。ほら例の”計画”までもうちょっとだろう? その準備が天才にはあるからねぇ~」
「はぁっ!? じゃあどうすんだよ!! その計画に俺も参加するんだぞ!!」
マコトがバートの胸倉を掴んで凄むが、バートはどこ吹く風だ。クソッ、こういうところがキライなんだよコイツ……。次の計画は俺にとっても大事なことだ、絶対に成功させないといけないのに”切り込み隊”の俺が参加できないのは痛すぎるだろう。
「まぁ落ち着きたまえ。この天才が王都のいい魔道具店を教えてあげようではないか」
「計画まで間に合うのか?」
「大丈夫だろうねぇ。腕は確かなものだからさ」
「ふーん、でもよ【革命軍】だぜ俺ら。入店拒否されるんじゃねぇか?」
「バレなければ問題ないさ。さぁさぁ戻ろ戻ろ」
そのまま森の中を歩いていくバートについていく。手袋についてはなんとかなりそうだが、心の中ではなにか嫌な予感があった。その予感が当たらなければいいが……
そうして二人は大森林の奥地から離れていく、もはや生前の姿が分からない程、体が崩れ切ったキメラベアの死体を残して…………
続々と新キャラが登場してますねー




