くだらない理由
失敗した、失敗した、失敗した、失敗したぁぁぁぁぁっ!?
現在林の中で狼に追いかけられているマオは自分の判断が間違いだったと知る。林の中なら狼たちも木が邪魔でスピードは出せないと思ったし、そのまま結界の中に入ればいいと思っていた。だが……
(こいつら私を結界の中に入れないよう動いているし、なにより林の中でも速度が落ちない! むしろ私の方が足元とかに気をつけないと転びかねない!)
元々ハンターウルフは大森林にいる魔物。当然木々の隙間などで速度が落ちない走り方を知っている。林の中はハンターウルフにとってはただの狩場であった。圧倒的に私が不利のなか、いまだに私が死んでいないのは『声帯模写』の副次効果のおかげだった。
「あぶなっ!」
『はぁ……、早く仕留められてくんない? 走るの疲れたんだけど……』
『ロック、お前はもう少し働け!……しかしなぜだ……、なぜ躱される……』
『分かったからグチグチ言わないでよエース……』
あのリーダーのエースとかいう狼。あいつの指示は的確で嫌な指示をしてくるけど、私は魔物の声が聞こえるから、その指示が駄々洩れなんだよね。だから、攻撃してくるタイミングや時折狙ってくる場所も言っているから、なんとか躱せるだけ。もし、あいつの言葉が聞こえてなかったら、まず間違いなく私は今頃あいつらの胃袋の中だったろうね。
だけど、ぶっちゃけ躱せるだけで、あの狼たちを倒す手段なんて私にはないし、このまま逃げ続けていてもいつか私の体力が尽きてそのままゲームオーバー……。早いとこなんか考えないと……
林の中を狼どもに狙いを定めさせないよう、曲がったりジグザグに動きながら走るマオ。この現状を打破する方法を探すため頭をフル回転させる。そんなマオを獲物として喰らおうとしているハンターウルフの六匹のうち二匹はマオを結界に近づけさせないような位置取りをしている。二匹いるのは一匹が抜かれても、もう一匹がフォローするためである。指示だしをしているエースを除けば、マオを仕留めるための攻撃をしてくるのは三匹である。
(普通にこの現状から生き残るの厳しくない……?)
今のハンターウルフがいてる位置を見て、そう思うマオ。ハンターウルフは狩りにおいて慢心しない。確実に獲物を仕留める行動をとる。
今のマオの脳内で自分が助かる可能性として二つ、思いついている。
一つ目はリリーさんと偶然出会う可能性。既に村で狼煙を上げているから、こちらに戻ってこようとしているリリーさんと出会う可能性はあるにはある。だが、そんな都合よく合流できるとは思えないし、それにリリーさんの実力は見たことがないから、もしかしたらあの狼の魔物に勝てない可能性もある……。というか私の体力が尽きる前に会えるかはかなり絶望的……
二つ目はあの二匹の狼を躱して結界の中に入る選択肢。一匹目は頑張れば上手く躱せるとは思う。だが、次の二匹目による攻撃は躱せないだろうね……。だけど、致命傷や足を狙われなければ結界の中まで走っていける可能性がある。
このリスクの高い二つの選択肢から選ぶ必要がある……。私は走りながら必死に頭を悩ませた。
一方で、マオを追っているハンターウルフの群れのリーダーであるエースもマオと同じように頭を悩ませていた。
(なぜ躱される……? 動きはどう見ても素人……、だが仕留められない……。なにかタネがあるはず……)
エースは自分たちより圧倒的に弱い獲物が自分たちの爪や牙を躱せることに、なにかカラクリがあると睨んでいた。
エースがおこなってきた狩りにおいて、マオより強いやつはごまんといた。仲間が死んだこともあった。だが、自分たちの強みである連携を駆使して全て勝利をおさめてきた。そんな自分たちの連携が通用しない初めての獲物……。エースの心境には今追っている獲物に対する少しの恐怖とこの獲物だけは絶対に仕留めたいという執念に埋め尽くされていた。
『――あの…………リーダー……? もう少しで例のポイントですよ…………?』
俺に並走するように並んできたツインがそう報告してくる。そうか、もうそんな近くか……と俺は思った。ツインは土地を覚えることが得意だった。それを活かしてこの戦術を思いついた。
(どんなカラクリをしようと俺たちの牙からは逃れられないと教えてやろう……)
そう内心ほくそ笑むのだった…………
だが、この緊迫した状況にこそ
特異点は起きるものである…………
「――!! あれは…………!」
走っている私たちの目の前に見えたのは、何本も幹から折られている木の数々。だが、一番重要なのはそこじゃない……。その折れた木々の近くで倒れている、土汚れがついたボロボロの服を着た中学生くらいの桜色の髪をした少女……。その異質な光景を把握するとマオは苦々しい表情を浮かべた。
ナトちゃんか! 多分だけど意識を失ってる……。だけど状況が悪すぎる…………!
私の進行方向に居るナトちゃんをこのまま通り過ぎれば、間違いなく狼どもの餌になってしまう……。しかも、あいつら複数いるから何匹か私の方に追いかけてくると思う。単純に死ぬ人間が増えるだけだ……。ていうか魔物たちが蔓延っている林の中にいて、まだ生きてるナトちゃんの運が良すぎる。けど、この木々たちはなんで折れて…………、いやそんなこと考えている場合じゃないか……
『ペンタ!!』
『言われずとも……!!』
マオを追っているエースも進行方向に倒れているナトを見つけると、すぐさまペンタへと指示を出そうとする。その意図に気づいたペンタはもう行動に移しており、マオを追い越してナトへと迫る。
あの狼どもナトちゃんを人質にするつもり? いや、あいつらは私とナトちゃんが初対面てことは知らないから、単純に食い殺すためか……。どっちにしろヤバい……。何とかして助けないと……
そこで私は疑問に思ってしまった。なんで見ず知らずの人を助けようとしているのかに……。私にとって一番なのは自分の命のはずだ。だが、自分の命を危険にしてまでアースを助けようとしたり、今もナトちゃんを狼どもに食い殺されないような方法を探しているのは、なんでだろう?
むこうが子供だから? 確かに私はこの世界に来て、もう働いているし大人として暮らしていかないといけない。というか子供のままじゃいられない。大人として子供の命の危機に助けに行かないといけない…………、違う気がする。私がそんな綺麗な心を持っているはずがない。テレビの前で人が死んだニュースを見ても、へぇ……としか思わないような普通の人だ。もっとくだらない理由……
「あ」
そこまで思って私はナトたちを助けようとした理由に気づいた。あまりのくだらなさに思わず間抜けな声がでてしまった。私がナトたちを助ける理由……それは……
「目の前で人が死ぬところなんて見たくないから……」
誰だって人が死ぬ瞬間なんて見たくない。それが、日常の中でならもっとだろう。目の前で誰かが心臓を抑えて倒れたり、あるいは歩行者が車にぶつかったり…………、正直自分の目に見えない場所で起きろよって思う。血なんて見たくない。苦しんでいる姿なんて知らない人でも見たくない。
「自分のためだったんだなぁ……、私が不快な気持ちになりたくないから」
だから、今回も私のために誰かを助けようと思う。私は走りながら覚悟を決め、深く呼吸をした。
『ペンタ!! 止まれ!!』
『!』
聞こえてきたエースの声に足を止めるペンタ。その指示に不思議に思うが我らがリーダーの指示はいつも的確だった。だから今回もなにか意図があるんだろうと思っていた。
急ブレーキしたペンタを追い越しマオがナトのもとに到着する。そのまま、ナトをお姫様抱っこの要領で抱きかかえその場から逃走する。マオはナトを抱きかかえた時、ナトの体を見たが怪我とかはしてなさそうと感じた。
『ペンタ!! その声は俺じゃない!! 追いかけろ!!』
『!?』
そう、止まれと言ったのはエースの声を模写した私だ。なんで私に魔物の声が聞こえるんだろうと思っていたけど、『声帯模写』が魔物の声も模写できるなら納得だ。ぶっつけ本番だったけどね! あとハズレ魔法だと思ってゴメン!!
(今のはあやつの魔法か……、いや、それよりなぜペンタの名前を?…………まさかこちらの言葉が分かっている……?)
獲物が自分の声を出したことに考察するエース。その考察は当たっているが、確証をもてずにいた。
(俺の指示が聞こえていた……。それが、あやつが我らの攻撃が躱せたカラクリならば…………、試してみるか。もうすぐで例のポイントだしな)
『サーズ』
『なんすかリーダー?』
『次の指示なんだが……』
ナトを抱えたまま走るマオ。ただでさえピンチだった状況がナトという重荷を背負ったことで大ピンチとなっていた。まぁ自分で決めたことだから後悔はない。
とはいってもどうしよう……。ただでさえ体力的にきつかったのにこれだと一つ目の案は使えない……。もはや、私に残されたのは二つ目の狼を躱して結界の中に滑り込むしかなかった。
(狭い場所だとあの狼を躱しきれない……。少し開けた場所を探さないと……)
私はギリギリで躱すとか高等なことはできないから、結界に入らせないよう邪魔してる二匹の狼を躱すためには、それなりのスペースが必要になる。追ってくる狼どもを気にしながら辺りを見回すと、鬱蒼とした林の中に太陽の日が差し込んでいる場所が見えた。
太陽で照らされてるってことは、木が少ないってことだよね…………あそこならスペースがあるかも。
そんな期待を持ってその場所へと向かうマオ。だが、マオにとって不運は二つあった。一つはマオがここの土地勘がなかったこと。二つはその場所こそハンターウルフたちがマオを誘導していたポイントであったこと。もし二つの内どちらが欠けていたらマオはこの場所に来なかったであろう。もっとも、エースはこれまでの追跡でマオがここの土地勘がないことを見抜いていたが……
「っ!?…………マジ?」
マオの目の前に広がるのは、数本しか木の生えていない太陽に照らされた崖上。ここには、マオが前を向いて逃げる道など存在しない場所。急いで引き返そうと後ろを振り向くと、そこには自分をこの場所から逃がさないよう林への道を塞いでいるハンターウルフの群れ。それを見て冷や汗をかいている私を見ながらゆっくりと距離を詰めてくるリーダーの狼。魔物の表情は分かりづらいけど、邪悪な笑みを浮かべているようにも見えた。その顔を見て私は察した
――今ここにハンターウルフの狩場は完成したのだと……
私は崖下をちらりと見ると、高さは目算で二十メートル以上、下は村の人たちが言っていた”大森林”であり、私が走ってきた林の中よりも大きな木が乱立しており、太陽の日が一筋も入らない程鬱蒼としていた。とても人が落ちて助かるような高さじゃない……
恐怖で力む体を無理やり奮い立たせハンターウルフたちを睨みつける。だが、そんな私の視線をあざ笑うかなようにエースは獲物を狩る命令をくだす。
『終わりだ、やれサーズ。まずは右足だ』
その言葉が終わると同時に私から見て右からサーズが突っ込んでくる。前と同じように片方の前足を振り上げて飛びかかってくる。だけど、その攻撃方法はもう知ってるし、相手の指示から右足を狙ってくるのは分かっている。私は左方向へと躱し、この状況を打開する方法について考えようとしたとき……
『違う! ブラフよ!』
『罠ね~。後ろに躱して~』
「!?」
頭にペルリアとグラスの声が響く。すると、飛びかかってきたサーズは私が躱す前に居た場所の手前で着地すると、すぐさま向きをこちらに向け、突っ込んできた。
突っ込んできたサーズは大きく口を開け私を食い千切ろうとしている。そこから見える牙は少し光を放っていて、時折パチチッという音を鳴らしている。あれって……電気? ってそんなこと考えてる場合じゃない!? 私はグラスの助言どうり後ろへと飛んだ。
『ガグッ!?』
『!?』
サーズは私の前を通り過ぎ、それなりに大きい木の幹へとその牙を突き立てた。すると、サーズの牙はいとも簡単に木の幹を食い破ぶり停止した。木の幹にはえぐり取られたような傷ができていて、グラグラとしている。あんなものに当たったら洒落になんない…………グラスとペルリアには感謝しないと……。冷や汗を噴き出しつつ、心の中でグラスたちに感謝をする。もしも、あの攻撃に当たっていたら人間の体など千切れてもおかしくなかっただろう。
(ブラフまでしたというのに……、まさか俺らの言葉が分かるわけじゃ…………。いや、違うな。あいつは俺たちの名前を知っている。躱すのにもなにかカラクリがあるのか)
エースはそう自らの中で結論付ける。
(だがいい。もう俺らの包囲網は完成している。あとはじりじりと距離を詰め、物量で押せば勝てるだろう……)
そう、もはやマオに逃げ道はない。このままハンターウルフたちに料理されるのを待つだけ……。それはマオも分かっていた。
(さっきのは躱せたけど、逃げられない以上、あとは時間の問題……。どうする…………どうすれば…………。せめてナトちゃんだけでも……)
マオは人生で一番といっていいほど頭を回転させていた。早く脈打つ心臓がどれほどマオが焦っているのかが分かるだろう。
だがここで、両者にとって不運がおとずれる。
先ほど、サーズが食い千切った木がミシシッという音を立てて倒れてくる。木の倒れる方向にはマオもハンターウルフもおらず、そのまま地面に叩きつけられた。その衝撃でマオたちのいる崖上にひびが入る。
「!?」
『!?』
この場に居る全員は気づいたであろう。――ここは崩れると……。
ハンターウルフたちはその素早い身のこなしから、急いで崖上から避難できた。一方でマオはハンターウルフほど足は速くなく、ナトという重りがあって逃げ遅れていた。そして、分かっていた結末が訪れる。だんだんとひびが大きくなっていく地面はついに崩壊する。
「!? あ…………あぁ…………」
それに巻き込まれたマオと抱えられているナトは宙に放り出される。
下へと落ちる感覚。心を埋め尽くす絶望。もはや出来ることなど何もない私はもう助からないと確信した。当然だ崖下までは二十メートル以上ある。生き残れば、それは奇跡といっていいだろう。せっかく異世界に転移したのに一か月もたたずに死ぬなんて……、そんなの……
(あぁ…………これ死んだわ…………)
私はこんな状況になっても目を覚まさないナトをギュっと抱きしめ、目をつぶった。
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「おい! これどうすんだよ!」
部屋にサラの怒声が響く。魔女たちがマオと初めて会った夢の部屋でソティス以外の四人がマオが落ちていく瞬間を目の当たりにしている。このまま何もしなければ、マオの命は絶えるであろう。あと、ナトも。魔女たちにとってマオの命が最上優先事項であり、全員が内心パニックになっている。
「おち、落ち着きなさい。そう……、一旦紅茶でも飲んで……」
「飲んでる場合ですか!! 時間ないんですよ!!」
カップを持っている手が異常に震えながら、半分くらいこぼれている紅茶を飲んで落ち着こうとしているペルリアにトルネは腹パンをかます。えづいてるペルリアを放って、マオを助ける方法について話し合う。
「今は誰が助けるか~とか争ってる暇がないし~、一番適任な混合魔法を持っていくのはどうかしら~?」
「……仕方ねぇな」
「そうですね……」
「わ……私もそれでいいわ…………」
グラスの提案に渋々ながらも了承する魔女三人。ほんとだったら自分がマオを助けて白馬の王子様ポジションに入りたいのだが、如何せん時間がない。四人は誰が一番適任かを考え始める。
「一番適任な混合魔法は……」
「…………あら~?」
「…………」
「あー…………」
ここで、魔女たちの間に微妙な空気が流れる。それもそのはず、いま四人は頭の中で同じことを思っていた。――一番適任な混合魔法持ってるのソティスじゃね?
ソティスは今抜け駆けしたとしてマオに接触禁止令がでている。今この場にはいない……
「次点! 次点で誰か考えましょう!!」
「次点で言えば…………グラスか?」
「そうね……私の混合魔法は守るというより攻撃の方ですし、トルネは魂関係の混合魔法」
「あたしのも助ける方法はいくらでもあるんだけどな……」
「あら~、じゃあ張り切っちゃおうかしら~」
指名されたグラスはそれはそれはウッキウッキだ。いつも以上に笑顔が輝いてるようにも見える。それは単なる嬉しさからか、はたまた他の魔女たちへの煽りか……
「それじゃ行ってくるわね~」
「一応言っとくが、あの子供も助けとけよ。あいつが死んで自分だけ生き残ったってなったら、マオは絶対悲しむぞ」
「分かってるわよ~。子供のことは好きだしね~」
その言葉とともにグラスは目を閉じ、糸の切れたマリオネットのようにピクリとも動かなくなった。
「…………行ったわね」
「そうだな」
「ですね」
「とりあえず……」
ペルリアが瞳に影をおとしながら話す。
「ソティスの出禁解除しましょう……」
「……そうだな、むかつくけどあいつ強いし、混合魔法も便利だしな。居たら役に立つ」
「ですね……。出禁解除しときます」
残された三人の間でソティスの出禁が解除されることが決定した。
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目を瞑り、地面に激突するのを待つマオ。それは、どんどんと近づいてく地面の恐怖に耐え切れなかったからだが、今その眼が開かれる。
――元々は黒かった眼を紫色にして
この回主人公に不幸ばっか起きてない?
今回から不定期に投稿していくことになります。なるべく早く投稿できるよう頑張るんで……




