サービス残業もたまには悪くない
翌日の夜、書斎にて
「あら、最近はマオと二人きりが続くわね」
「嫌?」
「まさか、あなたのことをもっと知りたいしね」
机を挟んで向かい合うカレンとマオ。今日はリリーさんに頼んで、カレンの手伝いを変わってもらった。最初はまだ雇ったばかりの私に書類仕事の手伝いをまかせるわけには……と難色を示していたが、私のたくらみを聞いて、協力すると申し出てくれた。申し訳ないけど、共犯者ができたことで大義名分ができたような気持ちになる。
「私が来るまでにずっと仕事してたんでしょ。少し休憩したら?」
「……そうね、少し休憩しましょうか。紅茶淹れてくれるかしら?」
「かしこまり~」
カレンを休憩させることに成功した私は、昨日と同じ手順で紅茶を淹れる。まっ昨日とは少し違うけどね。そうこうして出来上がった紅茶をカレンに渡し、私は近くの椅子に座る。
「……ねぇ、マオはさ、なにを企んでいるのかしら」
紅茶を飲みながら、少し語気を強めた声で言うカレン。まぁ流石になんか怪しいと思うよね。
「別に、ただカレンの役に立ちたいだけなんだけど」
「リリーが雇ったばかりのマオに書類仕事の手伝いなんてさせるわけないじゃない。てことはリリーも共犯かしら」
ばれてーら。にしても今の発言からリリーさんのことを相当信頼してるのが分かる。小さい時から専属メイドとして一緒に居てたって言ってたし、当主になった時もリリーさんだけは解雇しなかったからね。でも逆に言えば、その信頼関係を逆手にとれるってことでもあるからね。
「そうだけど、リリーさんがカレンの不利益なことをするわけないじゃん。それにリリーさんも私とカレンが話す機会を増やしたいって言ってたし」
このことは、実際にリリーさんから言われたことである。この一週間ちょっとカレンと話せたのはほんの数回程度なので、そのことを気に掛けてくれているのかなと思う。
「んーまぁそうね。あの子のことだしね」
「そういうこと」
「じゃあマオとお話でもしようかしら。そうね……マオの親について知りたいわ。前聞いた話だと、とても過保護に育てられたらしいし」
「あー……」
そういえば、そんなことでっち上げたっけ。すっかり忘れてた。まぁでも特に問題ないかな。
「元々、実の両親が亡くなった後に親戚の人に引き取られてね。甘やかされながらなに不自由なく暮らしてたんだけど、今思えばあれは私との距離感をはかりかねてたんだろうなって……。それで家を出ることになった時は私もいい機会かなって思ったかな」
「……ふーん」
真実と嘘の混ざった話って見破りにくいってよく言われるけど、実際その通りだと思う。言ってて思ったもんね……。あと人の死に関する話だとそれ以上の追求がしにくいのも。
「他に聞きたいことは?」
「そうね……」
そんな風にいくつかのカレンの質問に答えていると、カレンの瞳がとろんとしてきた。
「ん…………そろそろ仕事に戻らないと……」
そんなことを言っているが、もう瞼は閉じかかっているし、時折船を漕いでいる。私が空となったカップを洗い終わって戻った時には既に机の上に体を預けて寝てしまっていた。
私が出した紅茶は安眠効果のあるものだったが、まさかここまで効果があるとは思わなかった。……いやこの場合、カレンの体に疲れがたまっていたのが一番の理由かな。私は隣にある仮眠室に運ぶために、カレンを起こさないよう抱きかかえたが、その軽さに驚く。お世辞にも体格がいいとはいえない私が持ち上げれるのは軽すぎでしょ……。この体重でそのスタイルは日本の女子高生から怨嗟のこもった視線で睨まれるわ。
突然だけど、カレンはスタイルがいい。ウエストは細いくせに太ももなんかは健康的な肉のつき方をしている。あとは立ち姿も綺麗だからより、スタイルがよく見えてる。……私も、もう少しは身長が欲しかったかな……。
「――よっと」
仮眠室に備えつけられているベッドにカレンを寝かしつけ、私はリリーさんを呼ぶ。元々話は通してたし、すぐに合流できた。さて、準備も出来たし、残業しますか!
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「……ん…………はっ!!?」
空は快晴と言うほかない綺麗な青色をし、一日の始まりを突き付けてきた日。窓から差し込む朝の日差しによってカレンは、覚醒した脳を使いベッドから飛び起きた。まずい、まずい、まずい、まずい!! まだ書類が残っているのに寝てしまった!! 今日は徹夜してやらなくては……いや、それより早く支度をしなくては! 服もそのままだし、先ずはなにからすれば……。
過去の中でも上位に来るほど焦っている私は混乱する頭を鎮めることができずにいた。そんな時に三回扉をノックする音が聞こえ、そのあと声が聞こえてきた。
「お嬢様、お目覚めでしょうか? 入りますがよろしいでしょうか?」
「!リリー!! ちょうどよかった入って支度を手伝って頂戴!!」
「失礼いたします」
中へと入ってきたリリーがパニックになっている私を見て、笑っているような雰囲気を出す。ここまで焦っている私を見るのは久しぶりだから、おかしく見えるのだろう。ムスっとした視線を向けるとリリーは”失礼しました”と言い支度を手伝い始めた。
「はぁ~……昨日はどのくらいの書類を残してたかしら……?」
「ほとんどのものは私とマオさんで終わらせときましたよ」
「そう…………え?」
思わず漏れ出た独り言に返ってきたリリーの言葉に不意をつかれてしまった。その言葉を聞いたとき、昨日の記憶がよみがえってきた。そうだ、確かマオと話しをしていて……。そこまで記憶をたどっているとある答えに行き着いた。
「もしかして、嵌められたかしら」
「はい、一応主犯はマオさんですよ」
こいつ堂々と罪を軽くしようとしてるわね…………話くらいは聞くけど。
「理由はなに?」
「ただお嬢様に休んでほしかっただけらしいです。恩を返したいとも言っておられました」
「……」
そんなこと気にしなくてもいいのに……今のままでも結構マオには助かっている。マオがリリーの仕事を手伝っているおかげで、リリーが私の手伝いをする時間が増えたから相対的に私の仕事は減っている。睡眠の時間も少し増えた。それだけでもありがたいんだけど……
そうしているうちに服や髪型のセットを終えたためリリーと一緒に書斎へと向かう。行く途中で”別に休めって言えばいいでしょ”と言ったが、リリーから呆れられた目線を向けられ……
「素直に休むタイプじゃないでしょうに」
と言われたことは今でも納得がいっていない。失礼ね、私だって休める時は休んでるわよ。
書斎に着き、机の上に並べられた書類を確認する。期限が近いものや余裕のあるもの、重要かどうかや、またサインだけ必要なものなど綺麗に整理されていた。
「これやったのって……」
「マオさんですよ。自分じゃ見てはいけないものもあるだろうと言って書類の整理をしてくれていました。書類の処理はお嬢様が眠った後はすべて私が行いました」
「なるほどね……」
正直とてもありがたい。今までは書類の整理なんてやっている暇がなかったから……あとナチュラルに自分を上げてこようとしないで。
私は椅子に座り背もたれに体を預ける。一応気になることがあるのでリリーに聞いてみる。
「それで、マオはどうだったかしら。その時不審な行動は?」
「まったく。懸命に書類の整理をしておりました。機密のものを探すような素振りもありませんでした」
わざわざ、リリーと一緒にやろうとしたことから、情報を抜こうとした可能性は少ないと思っている。……正直私はもうマオが”魔女の残り火”に対し、巻き込まれただけの被害者のように感じる。情に絆されているのかもしれないけれど……
「……差し出がましいかもしれませんがお嬢様。私はマオさんがなにか悪事をしようとしているとは思えません。何かの間違いだったのでは……」
「……そうね、もしかしたらマオは爆弾なんかではなく…………ただのいい拾い物だったのかもしれないわね」
少し顔を綻ばせながらそう返す。ふふっ、もっとあなたのことが知りたくなったわ”マオ”。
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「ふんふーん♪」
鼻歌を歌いながら庭の掃除をしているマオ。この生活にも慣れてきたころなので少し心に余裕ができ始めたのだ。まぁ余裕ができたからカレンの様子にも気づけたわけだしね。
「それにしても昨日は助かったよトルネ」
(いえ、マオさまの役に立てるということは私にとって至高の褒美です。むしろ感謝したいほどです!)
「お、おぉう……そう……」
相変わらずいつもどうりなトルネに若干ひきつつ苦笑を浮かべる。だが、昨日の書類整理でトルネが役に立ったのは事実であった。何故あの場に存在しないトルネが助けられたのか、言ってもまあ簡単なことなんだけど……
前にソティスが私のことを一日中見てたとか言ったけど、どうやら【魔女】たちは私に関することを俯瞰で見れるらしい。つまり、私が誰かと話していたらその話している相手のことも見れるし、私の居る部屋の内装とかも分かるらしい。ぶっちゃけ前ソティスが私の頭の中に直接話してきたときからそうなんじゃないかと思っていた。話が少し逸れたけど、私が言いたいのは私が見ている書類の内容も【魔女】たちは見れるということだ。そう!!つまり書類がなんて書いてあるかトルネに読んでもらい私に教えれば、私もこの世界の文字が分かるということ!!
まぁ誰でも思いつくようなことだけど私がこの世界の言葉を覚えるまでは、しばらくは【魔女】たちに手伝ってもらおうと思う。あとでソティスたちにも言っておかないとね……
(これであの二人もマオさまの素晴らしさに気づいたことでしょう……。いずれはマオさまを崇め、マオさまへと至ろうとする……。なんて素敵なことでしょう!!)
「ウンソダネー」
暴走し始めたトルネに対し適当な相槌を打っておく。下手になんでそうなった?とか深掘りしようもんならもっと暴走するからね仕方ない。というか聞きたくない。
「マオここにいたのね」
「!」
(! …………)
トルネに呆れと諦観の構えをしていた時に後ろから声をかけられた。掃除の手を止め、振り向くとカレンがこちらに向かって歩いていた。そして、私の目の前に立ちきつめな印象を与える顔を綻ばせた。
「なにかあった? もしかして仕分け作業間違えてた?」
「いや、ちゃんと分けられてたわよ。その……探してたのは……ありがとうって言いたくて…………」
「いや全然いいっすよ。私の自己満だし……もしかしたらありがた迷惑なんじゃ……って思ってたし」
まぁ一応リリーさん巻き込んだからだいじょぶでしょとは思ってたけど……こうやって本人から聞くのが一番安心するね。
「それでも、改めてきちんとお礼を言わせて。……ありがとう」
「……その……どういたしまして……」
あ~~~……その……そんな真っすぐに感謝を伝えられると照れるというか…………褒められ慣れてないというか…………今ちょっと顔赤いかな……。
すると、私の顔を見たカレンがニヤニヤし始めた。もしかして気づかれた……?
「なに、照れてるの? マオって意外とかわいいところ多いわよね」
「~~~っ」
カレンから顔が見えないよう手で覆う。くっそ……なんかもっと恥ずかしくなってきた……
そんな私を見て満足したのか、ニヤニヤとした笑みから柔和な微笑みに変えながら
「もし、よかったらなんだけど……また手伝ってくれるかしら? 今度は私も起きてる状態で」
「……もちろん!」
少し赤くなった顔で返事をする。なんというか……私たちにあった心の距離がグッと縮まった気がする。ま、残業もたまには悪くないってことで……




