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まるで、物語のような

作者: 山口睦月

思いついて勢いで書いたので、設定はゆるめです。

夏休み期間のおわりにほのぼのしたいなと思って書いてみました。

「おめでとう。本日で君たちはこの学園を卒業します。そして明日からは我々と同じ大人の仲間入りをするね。後輩たちの道標となれるよう、どうか清く正しい心をいつまでも持ち続けてほしい。

君たちの未来が輝かしいものであるように。それでは、解散!」


学園長が話終えると同時に会場のあちらこちらから、わあと歓声があがった。

私たち卒業生が魔法で作り出した花びらを空に向かって思い切り投げ上げたからだ。

ふわりと舞う色とりどりの魔法花が青空によく映える。


きれい…


この行事は学園の卒業式にいつの頃からか自然と根付いたものなのだそうだけれど、今では学園で学んできたことの集大成を示すものとなっている。

(花びらの生成には「大きさ」「重さ」「色合いの美しさ」「程よい枚数」を再現する正確さが求められるし、学園長の大切な話が終わるのと同時に行われるため、繰り出すまでの早さも必要となる。くれぐれもお話そっちのけで準備してはいけない)


学園生のみんなが憧れる行事。

その中に私もいるのだ。


卒業の喜びと子ども時代に別れを告げる寂しさを同時に感じて、なんだか泣きそうになった。


高く高く投げ上げられた魔法花たちが形を変え、光の粒となって私たちに降り注いでくる。


「サラはこのあとどうするの?」


ぼんやりと空を見上げていると声を掛けられたので、上に向けていた視線をゆっくりと正面に戻した。


「そうね。私は学生時代に思いを馳せながら、ゆっくり帰ろうかなと思っているわ。ナンシーはケビン様と一緒でしょ?」


私に声を掛けてきたのは、学園でいちばん仲良しのナンシー。とても優しくて可愛らしい、私の自慢のお友だちだ。


「うん…。ねえ、もしよかったらなのだけど、このあと私たちと過ごさない?三番街のカフェに行こうと思ってるの。サラも好きよね?ケビン様も『ぜひ』と言っているわ」


ナンシーの後方、少し離れたところにケビン様がお友だちと話しているのが見える。

こちらの話は聞こえていないだろうけど、視線に気付いたのか、ふとこちらを見て会釈してくれた。

ケビン様の持つ優しげな雰囲気は、本当にナンシーとぴったり合うなと思った。


「せっかく想いが通じ合ったのだから、ふたりきりで話したいことがたくさんあるでしょう?さすがの私も今日は遠慮するわ。お気遣いありがとう。その気持ちだけで嬉しいわ」


「でも、一緒に過ごす約束をしていたのに…」


申し訳なさそうにするナンシーに、私は微笑みながら首を横に振る。


ナンシーと私は元々、卒業式の後に学生時代の思い出の地巡りをする予定だった、のだけれど。

式が始まる前、ケビン様がナンシーの前に魔法花のブーケを持って現れたことによって予定変更となったわけである。


まるで物語のように素敵な光景だった。

私はナンシーの気持ちを知っていたし、ケビン様もナンシーのことを想っているのでは?と思うことがあった。

だからふたりの想いが通じ合って、自分のことのように嬉しくて少し泣いた。



「ナンシーよかったね。今度、ゆっくりお話聞かせてね」


ちょうどケビン様たちの話も終わったようだったので、ナンシーの肩を優しく掴んでくるりとケビン様の方に向け、背中を軽く押した。


◇◇

うん。やはりピッタリのふたりだわ。

ナンシーとケビン様が並ぶ様子を見て、改めてそう思う。惹かれ合う者同士って、どこか似るものなのかしら。


私にもそんな人できるかな…。


ふたりに手を振って、私は学園の門の方へと足を向けた。

ナンシーとの予定がなくなったのだから、卒業式に来てくれた家族と一緒に馬車で帰ってもよかったのだけど。

せっかくの日だし、学生時代の思い出を辿りながら歩いて帰るのも楽しいかなと考えたのだ。


明日から大人の仲間入りかあ。お茶会や舞踏会にも積極的に出なきゃいけないな。

少し前まではナンシーと『がんばろうね』なんて言い合っていたけれど、今は『がんばりなさいね、私』になってしまったわ。

政略的なご縁でもあればいいのだけど、うちはごくごく平凡な家門だから、そんな話もなくて…。


学園に入る前は「素敵な出会いがあるかも」なんて淡い期待をしていたなあ。


「あの」

「あの、すみません」


後方からこちらの方に呼びかける声がする。


え…。もしかして、私?


まだ確証は持てないから振り返らない。

だけど、少しだけ歩くのを遅くしてみる。


私なのかしら?


首を動かさずに視線だけで左右を確かめてみる。

近くに人はいない。


「あの、…ラ嬢」


私で合ってる?


「あの、すみません。フローラ嬢」

振り返ろうかと思ったところで、控えめだった呼び掛けの声が大きくなった。


ん?フローラ?


心の中で首を傾げていると、私の少し先を歩いていた人がゆっくりと振り返った。

彼女は確か、隣のクラスのフローラ様だ。


タタタと駆ける音。


声の主は目的の彼女から一歩二歩後方で立ち止まった。つまり私の隣である。

物理的に近いので、彼の顔がよく見える。

確か隣の隣のクラスの子爵家の御令息だったと思う。


「フローラ嬢、ずっと好きでした」

そう言って魔法花のブーケを差し出す御令息。

「アダム様、嬉しい」

喜びの声をあげる彼女。


突如として、隣で薔薇色の告白劇がはじまってしまった。

情熱的に見つめ合うふたりは、まるで物語のよう。


私はおふたりの邪魔にならないよう、静かにカニ歩きでフェードアウトした。


どこからか拍手が沸き起こってきたので、私もそれに加わる。

見つめ合うふたりはその音にハッとした様子を見せて、照れ笑いをしながら周囲に会釈をした。

フローラ様もアダム様も幸せそうな笑顔を浮かべている。

私はふたりのことをよく知っているわけではないけれど、纏う雰囲気が合っているように思う。

うん、とてもお似合いだ。


◇◇

改めて。

私じゃなかった。恥ずかしい。

さっきは振り返らなくてよかった。

拍手の陰で胸に手を当て、ほっと息を吐く。


そもそも私には要素がないのだもの。

始まる前に終わってしまった学生生活だったな。


物語は突然クライマックスを迎えない。

ナンシーとケビン様にもあったように、クラスが違うから知らなかったけれど、フローラ様とアダム様にもここに至るまでの物語があったのだろう。

ふたりにはどんな物語があったのかしら。


拍手が収まり、立ち止まっていた人々が動き出すのに合わせて私も再び歩き出す。

私の学生時代の思い出を辿る旅は、学生街にある本屋さんから始めることに決めた。


お気に入りの作家の新作が今日発売だから、本を買って二番街のカフェに行こう。

ナンシーたちのいる三番街のカフェと同じくらいお気に入りの二番街のカフェ。

そこで、これからの私の物語の始め方を考えるのもいいかもしれない。

ナンシーやフローラ様のように、似合いのふたりになれる人と物語を始められたらいいな。


◇◇

あと少し、もう少しで届くんだけど…。


私は本屋の奥まった場所で、いちばん高い棚に手を伸ばしていた。


お目当ての本を見つけてお会計をしようとしたのだけど、店主のおじさまが他のお客様と話し込んでいるのが見えて。

それならと、もう少しお店を散策することにして気になる本を見つけたのだった。


踏み台を借りるにしても、おじさまは話し込んでいるし…。

ちょっと背伸びをすれば届きそうでもあるので、がんばってみている。


すると、うーんと伸ばす手に誰かの手が重なった。


え?


「これかな?」


え?


その声は、よく知っている人のものに似ている。

でもまさかそんなはずはない。

彼がこんなところにいるはずがないし、そもそも彼と私の物語は始まる前に終わっている。


子ども時代は終わったというのに、まだまだ夢見がちなんだなあ。

自分のことを反省しつつ振り返ると、さきほど思い描いた彼が立っていた。


「え…?」

「はい。サラ嬢が取ろうとしていたのはこの本で合っている?」


彼、ユージーン様は微笑みながら優しく本を手渡してくれた。


ユージーン様は私の学生生活を通して憧れの人だった。

代々優秀な騎士を輩出する侯爵家の御令息で、文武両道。

その上、人当たりも良いものだから、とにかく人気のある方なのだ。


対する私は、父や兄は王宮に出仕しているものの騎士ではないし、そもそも平凡な伯爵家の娘。

学業の成績はそれほど悪くないけれど、丈夫なだけで運動の方はそこそこ。

人見知りなところがあるので、女性ならまだしも男性の知り合いはあまり多くはない。


接点など生まれようもないほどに彼のことを遠い存在だと思っているので、図書館でたまたま近くに座ったことがきっかけとなって少しお話する関係にはなれたことはこの上なく嬉しかった。

ただ、それを縁にまで育てることはできなかったけれど。


「はい。この本です…」

「そう、よかった」

ユージーン様は本を手渡してくれた後も立ち去ることはなく、ニコニコとこちらを見ているので、自然に見つめ合う形になった。


銀色の髪。キリリとした印象のある整った顔立ち。

深い青の瞳には包み込んでくれるような優しさを感じる。

狭い通路のため常にない距離だったことから、憧れの人の顔に思わず見惚れてしまう。


数秒間そうして、突然ハッと我に返った。

どうしてここにいるんだろうと思ったけれど。

ここは本屋なのだから、本を買いに来たに決まっているのだ。


「ユージーン様、この棚にご用があるのですね。すみません、気が利かず…」


言いながら棚の前から横に移動しようとすると、ユージーン様は慌てたように首を横に振った。


「違う。そこの棚に用があるのではなくて、サラ嬢に話したいことがあるんだ。だから、どうか離れていかないで」


「私に?」

「そう、君に」


ユージーン様は魔法花のブーケを作り出すと、ニコリと笑いながら私に差し出した。

それを驚きつつも、ほぼ無意識に受け取る私。


「やっと渡せた…」

「やっと?」


やっとの謎は解けないけれど、嬉しそうに笑う彼を見て、私も嬉しくなって笑った。


◇◇

本屋の奥まった場所。

想いを伝え合い微笑むふたり。


それはまるで、物語のような素敵な光景。

実はユージーンは、朝からサラに魔法花のブーケを渡そうとしていました。

声を掛けようとしたところでケビンがナンシーの前に現れて断念。

フローラとアダムの時も同じような形でした。

「あの」にはユージーンの声もあったので、サラはあの時振り返っていても「私じゃなかった」とはなりませんでしたが、だいぶ目立つことにはなったと思うので恥ずかしさはあったかもしれません。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なんか、いいなあ。というのが最初に出た感想です。 魔法の花を投げ上げるシーンが脳裏に浮かんで、美しくて誇らしくて、そして少し寂しい。そんな素敵な光景でした。大学の卒業式で角帽を投げるイメー…
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