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Chapter.2 ワンルームシュガーライフ

 畳の上に敷いた布団に寝っ転がると、重力が即座にあたしを拘束した。本当はちょっとだけゲームで遊ぼうかとも思っていたけれど、お風呂上がりの火照った身体は存外に怠い。時計を見ると、時刻は日付変更の十五分前だった。


「結局、聞き出せなかったな。植芝さんが美味しいと、人類がどうして滅びちゃうのか」


 天井に張り付く輪っかの灯りと重ねるよう、パジャマの右腕を持ち上げる。袖を少しだけ捲って、植芝さんにしたように手首の部分に、自分の舌を這わしてみた。


「やっぱり、味なんかしないよ」


 帰宅して制服を脱いだ時に一回、お風呂に入っている時に一回、合計で三回試してみた。けれど、ボディソープの桃の香りが少しするだけで、あたしの身体は美味しくない。


 多分、他の誰に同じことを試しても、きっと美味しくはないだろう。


「植芝さんだけが特別なんだ」


 ぱたり。右腕が布団に墜落する音。


「あの子、本当に宇宙人なのかな?」



※ ※ ※



 それから、夢の中に落ちるのはそんなにかからなかった。


 夢の中であたしは、あたしの胃袋の前にいた。


 全体をピンクのペンキで塗ったログハウス。それが、あたしの胃袋の形だ。トントン、扉をノックする。「どうぞ」という声に招かれてお邪魔をすると、中には植芝さんがいた。


 植芝さんはウェイトレス姿だった。胃袋ハウスはしなびた観光地なんかにある、レトロで雰囲気は良いけれど、流行っている感じは全然しないカフェのような内装だった。壁にはチンチラ二匹が可愛くお尻を向けた写真が飾ってる。あたしの趣味ではないけれど、植芝さんの趣味だろうか。


「ご注文は何になさいますか?」


 テーブル席の椅子の一つを引き、植芝さんが着席を促してくる。あたしはそれに従って座り、メニュー表を開く。パッと目の留まったレアチーズケーキと紅茶のセットをお願いすると、彼女は一礼をして調理場へと引っ込んだ。


 今なら大丈夫だ。植芝さんが気付いている様子がないのを確認し、あたしはそっと調理場を覗き込んだ。


 広さは二畳くらいだろうか。その空間で彼女は自分の左腕を取り外し、小皿の上にそっと置く。帰宅したら靴箱に靴をしまうような、そんな何てことのない素振りでの脱着。宇宙人の腕って結構簡単に外れるんだって、あたしは驚きもなく感心する。


 外した腕にブルーベリーソースをかけ、ティーカップに紅茶を注ぐ。片腕なのに器用にこなすなぁと眺めていると、準備を終えて客席の方に戻ってくる気配がした。あたしは気配を殺して自席に引き返し、それから間を置かず、オーダーした品をもって植芝さんがこちらに来た。


「ごゆっくりどうぞ」


 腕のレアチーズケーキと紅茶を置いて、植芝さんはまたバックヤードに姿を消した。フォークをチーズケーキに押し当てると、一切の反発を感じさせずに沈む。そうして親指程度のサイズに切り分けたそれを口に運んだ。


 脳みそが溶け出して、耳から流れ出すんじゃないかと思うほどの美味しさだった。


 ログハウスの形状をしたあたしの胃袋の中で、あたしは植芝さんを胃袋の中に流し込む。胃袋の中に流し込まれた植芝さんは、胃袋の中で咀嚼された分だけ分裂し、小さな姿の植芝さんたち――大きな浮き輪に乗って胃液に浮かぶ楽しそうな植芝さん、トロピカルなジュースと文庫本を手にしてシートに寝転ぶ植芝さん、未消化のブルーベリーの実でバレーを楽しむ植芝さん等々の姿になって、胃液ビーチで活き活き、生命力に満ち満ちて輝く。


 植芝さんを体内に吸収できる喜びが、ふわふわの温かな綿になって、あたしの身体のどこかにある素のままの純粋な魂を包み込む。


 そういうものに包まれて、夢の中のあたしはとても幸せだった。

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