第五話 実は夢女子の気もありまして
ユジェーヌ様は私の耳元に顔を寄せたまま、低く甘く艶やかな声で言う。
「まったく気に入りません。今日出会ったばかりの貴女が、長年お仕えしている私よりもバンジャマン陛下のお心を理解されているなんて」
「だ、だったらいいなって妄想です。シュザンヌ様は大変お辛い目に遭われてきたので、これからは愛されてお幸せになっていただきたいなあ、という」
「辛い目に遭われてきたのは貴女もでしょう? アザール侯爵家のご令嬢エレノア様?」
「い、今はただの平民、エレノア商会のエレノアですわ」
声が震えてしまうのは、ユジェーヌ様が私の好みど真ん中だからだ。
サラサラの銀髪に紫色の瞳、華奢なようで脱いだら凄そうな体。内面は、前世日本限定の丁寧語で慇懃無礼で毒舌な執事風キャラ!
このタイプだけはカプ萌え出来なくて夢女子になっちゃうんだよねえ。シュザンヌ様にバンジャマン陛下と一緒に引き合わされたときは、前世も今世もカプ廚喪女の分際で緊張のあまり、はわわ、とか言っちゃったよ!
「そうなのですか?……エレノア商会はこれから?」
「て、帝国に移転出来たらと思っております」
「大歓迎ですよ、エレノア嬢。貴女の発想力はこんな愚かな国ではなく、偉大なる帝国でこそ花開くものだと思います」
「あ、ありがとうございます。でも……」
私は断腸の思いでユジェーヌ様から視線を外し、にこやかに微笑むシュザンヌ様とそんな彼女を困惑した表情で、でも黄金色の瞳いっぱいに愛を込めて見つめているバンジャマン陛下に目を移した。妄想じゃないよ、たぶん。
はー萌えるー。ご飯何杯でも食べられます。ごちそう様っ!
じゃ、なくて……
「明日の婚約式で、バンジャマン陛下がクリミネラに恋をしてしまったらと思うと心配です」
「貴女の異母妹殿ですね。悪い噂は聞いています」
はっきり悪い噂って言っちゃう性格の悪さに、胸がトゥンクする。
「も、申し訳ありません」
「貴女のせいではないことも知っていますよ? 帝国の情報収集能力を侮らないでください。貴女の異母妹ではありますが、バンジャマン陛下があの程度の女に惑わされるような男なら、私は粛々と反旗を翻します。……シュザンヌ嬢をお選びになるというのなら、これまでより評価を上げても良いのですがね」
「あ、ありがとうございます」
私もセクシー系俺様×天然令嬢には激萌えです。
そしてユジェーヌ様、ユジェーヌ様はどうして私の髪をご自身の指に巻き付けていらっしゃるのでしょうか。どうして私に艶っぽい微笑を向けているのでしょうか。
紫色の瞳に映った私の顔が真っ赤になるのを楽しんでるんですか? このままからかわれ続けたら、そのうち頭から蒸気出そうなんですけど!
「ふふふ」
ユジェーヌ様は微笑んで、私の手に指を絡めてきた。
知ってる! これ恋人つなぎって言うんでしょ?
ちょ、ユジェーヌ様の指長い! 骨ばってて、硬くて、そのくせしなやかに絡みついて来て──はわわ~!
「この国は大気中の魔力濃度が低いから心配でしたが、ちゃんと火傷は治っているようですね」
「はわわ……じゃなくて、ありがとうございました!」
会ってすぐ、ユジェーヌ様は私が手袋の下に火傷を隠していることを見抜き、ご自身の魔法で治してくださったのだ。
帝国の魔法技術は王国のそれを遥かに上回る。
我が国では、才能を買われて伯爵家の養子になり王立魔法研究所に所属しているショタ枠ですら、魔法の光を一瞬煌めかせることくらいしかできない。もちろん回復魔法なんて夢のまた夢だ。
これは乙女ゲーム『真珠の涙の少女』のせいだろう。
この世界とあのゲームがそのまま同じなのか、似ているだけなのかはわからないけれど、互いに影響し合っていることは間違いないと思う。
私が転生してるしDL配布のアクセサリーもあったし。
この学園って、最初にゲーム情報が公開されたときは『魔法学園』だったんだよね。
発売されたとき『学園』になってたのは、魔法のパラメータ管理が面倒になって、それに関するシステムを消しちゃったからじゃないかと噂されていた。
無理矢理納期に間に合わせるために削った説もある。
ともあれ、どの選択肢を選んでも好感度が上がるのは、本当は選択肢が魔法のパラメータに対応していたからなんじゃないかって言われてた。
パラメータを上げるシステムは削ったものの、細かいイベントでのパラメータ分岐を削除する余裕はなくて、ゲームスタート時で全パラメータがMAXになるよう調整したせいでどの選択肢でも好感度が上がるんじゃないかって。
実際クリミネラの魔力は強かった。
この国に魔法を学ぶ場所はないのに、魔力を計る儀式だけは存在するのだ。
第一王子の婚約式ごときで帝国の最高権力者とその腹心がわざわざやって来たのは、クリミネラの魔力を確かめるためもあるかもしれない。隠しキャラその2エンドで彼女が略奪されるのがそういう理由だったなら、ユジェーヌ様がバンジャマン陛下を止めることはないかも。
……どうしようかなあ?
ぶっちゃけ心の中で騒いでいるのはカプ廚喪女の私だけで、シュザンヌ様はこのまま王国で独身を貫かれても気にしそうにない。私と違って悪役令嬢ポジションではないから、弟君との仲も良好みたいだし。
ああ、でもバンジャマン陛下を楽しませるため書棚から本を探していながら夢中になって陛下の存在を忘れたシュザンヌ様と、そんな彼女に構ってもらいたくてたまらない顔をしてる陛下最高! 本を探すシュザンヌ様が楽しそうだから邪魔して嫌われるのが怖いんだよね、尊い!
……ぴゃっ!
シュザンヌ様達を鑑賞してたら、ユジェーヌ様の指が動いて私の手を刺激した。
恋人つなぎなんて生まれて初めてなのに、彼に触れられているだけで嬉しくて心地良くなるから困る。
ユジェーヌ様が私を見つめ、ふわりと微笑んだ。
「私が触れただけで、そんなに緊張なさらないでください」
「ご、ごめんなさいっ!」
「そんなに緊張した顔をされると楽しくて、もっとからかいたくなってしまいます」
「はうー」
ドMじゃない。ドMじゃないのよ?
でも好みど真ん中のキャラにからかわれると胸がトゥンクしちゃうの。
以前仲良くしてくださっていたとはいえ、憎い略奪者の異母姉である私に学園の見学許可を取ってくださってお忙しい中同行してくださって、お仕事のついでとはいえ帝国の萌える主従を紹介してくださったシュザンヌ様には感謝しかありませんが、このままではトゥンクし過ぎで心臓が持ちそうにありません。でも……ユジェーヌ様から離れるのも嫌なんだよね。はわわー。
……ギャルゲーの可愛いヒロインでもないのに、はわわ言うな>自分(*ノωノ)。