第二話 前世はカプ廚喪女でした。
ほぼ徹夜しているのに、パイロンへの怒りと前世を思い出した興奮で少しも眠くない。
分家の屋敷の中庭で、本家の侯爵邸から連れて来たメイドに淹れてもらった熱いお茶を飲みながら私は思う。
……この世界って、乙女ゲーム『真珠の涙の少女』だよね?
『真珠の涙の少女』は、ネット小説の悪役令嬢ものでベースとなるようなヒロインによる略奪ゲームだった。
ぶっちゃけ、そんなものだれも望んでいなかった。ネット小説で悪役令嬢ものが流行していたのは、一時期TVドラマなどが不倫ものをゴリ押ししていた反動でしょ。
実際にそんな乙女ゲームや少女漫画小説があったから悪役令嬢ものが生まれたわけじゃない。浮気略奪女には天誅が下されるべきだよね、という人間心理が生み出した産物だ。いや、愛人の子どもが正義みたいな少女小説は結構あったかも。
そもそも略奪を好むような肉食猛禽女は、乙女ゲームなんかせずにリアル合コンや逆ナンへ行っとるわ! 棲み分け大事!
カプ廚喪女の私が『真珠の涙の少女』を購入したのは、フルコンプしたら悪役令嬢モードでプレイ出来るという都市伝説を真に受けたからだった。
うん、そんなのなかったよね。
まだ主人公が天然キャラで婚約者付きの男に勝手に惚れられるというのなら多少は萌えられたんだけど、残念ながら主人公は計算演技女だった。
個人的に計算演技女の相手役はほんわかおっとり系が好きなのよ! ほんわかおっとりなだけじゃなくて、ちょっぴり腹黒でも可。
でも攻略対象は婚約者がいるくせに、ほかの女に手を出すような俺様肉食系ばっかりだった。
違うの! 私が壁や空気になって見守りたいのはこんなカップリングじゃないの!
俺様男子には天然女子なの!
世間知らずのお花畑と侮りながら、たまに漏らす鋭い発言に心を射抜かれていくの! 普段の天然トークにも振り回されちゃうの!
最終的にはメロメロになって、溺愛ヤンデレになるのー! ほかの人には俺様のままなのー! 計算演技女に騙される程度の俺様肉食系なんてショボ過ぎるー!
まあ、私個人の嗜好はどうでもいいんだけどね。
「……はあ……」
お茶のカップから口を離して溜息をつく。
私はゲームの中の悪役令嬢だった。
主人公の腹違いの姉でメイン攻略対象の第二王子の婚約者。なんの罪もないヒロインをいつも睨みつけて意地悪してくる心の狭い女だ。まあ今世ではほかにやることがあったから、意地悪まではしなかったけど。
前からカプ廚喪女の前世がメイン人格だったら、学園時代の知り合いをカップリングして夢中になってたよねー。
なにせ乙女ゲームの世界だから、モブも美男美女なのだ。
どっちかと言えば内面重視だけど、内面に合った外見だとカプ妄想も捗るのよね。あ、私は男女専門です。BLは友達の担当だった。
というかさー、母親が死んだ直後に父親が腹違いの妹連れてくるって相当なストレスでしょ。
それで優しく異母妹を受け入れられるのは聖女だけだ。
ネット小説でやたらと理不尽に追放されてる聖女じゃなくて、人格的なものとしての聖女。
しかも──あ、思い出したらさらに怒りが湧いてきた。
異母妹が屋敷に来た直後、早速彼女に惚れたのか、まだ婚約者だったパイロンに言われたのだ。
君は姉なのだから、母を亡くした可哀相な彼女に思いやりを持って接するべきだろう、ってね。
私も母を亡くしたばかりだったんだよ! 十代前半、思春期、多感な年ごろにね!
パイロンがクリミネラを慰めるところは星の数ほど目撃したが、私が慰めてもらった記憶はついぞない。
てかあの男、婚約初期から私のこと嫌ってたよね。
だったらとっとと婚約を解消したら良かったでしょうが。王国にいくつかある公爵家で王家の兄弟に釣り合う年齢の令嬢はひとりしかいなくて、彼女は第一王子の婚約者と決まっていたし、数ある侯爵家の中では我がアザール侯爵家が一番裕福だったから婚約を維持してたんだよねー。ちなみに父の活躍で稼いだ金ではない。
ああ、ムカムカする!
前世の記憶は蘇ったし、口調も引きずられているけれど精神のメインはアザール侯爵令嬢エレノアだ。
私だからこそ、パイロンへの怒りと、そんな男に夢中だった自分への怒りが抑えられない!
早目に婚約解消されてたら、私の初恋も昇華されてたと思う。
婚約者の立場のままだから諦めきれなくて、異母妹に嫉妬したのだ。
それにしても思い出すのが遅かった! クリミネラがゲームのメイン攻略対象だった第二王子パイロンを踏み台にして、隠しキャラの第一王子ナタン王太子殿下を婚約者だった公爵令嬢のシュザンヌ様から略奪した後じゃんか!
これじゃゲーム知識があってもなにも出来ない。
年齢が離れているので三年制の学園でご一緒することはなかったけれど(だからパイロンを踏み台にしないと庶子のクリミネラは第一王子殿下と出会えない)、王宮で会うシュザンヌ様はいつもお優しい素敵な方だった。あの方のためにも復讐したかったな。
パイロン関係で王宮を訪ねたとき、頭はいいのに天然のシュザンヌ様が俺様第一王子と一緒にいるのを見るのが、とってもとっても好きだった! 尊いって言葉は、あの光景のことを差すのだ。
俺様王子もシュザンヌ様が好きそうだったんだけど、ゲームの強制力に負けたのかなー。
……いや? もしかしてゲームってまだ終わってない?
第一王子のエンドスチルってなんだっけ? 主人公が正式に認められて第一王子と結婚し、王妃として王宮のベランダから国民に手を振るシーンじゃなかった?
って、何年後だよ! 今の国王陛下ご夫妻どうなったの!
弟王子の婚約破棄に胸を痛めていたところに、第一王子が弟の恋人略奪した衝撃で寝込んじゃってるけど、まだまだ儚くなるようなお年じゃないわよ?
下半身でものを考える息子達に絶望して引退なさるのかな。それならありそう。
……ゲームが終わってなかったら、まだなにか出来るかな。
俺様第一王子×天然令嬢シュザンヌ様をもう一度この目に映せる?
あれ? 気がつくと悪役令嬢よりカプ廚喪女の意識のほうが強くなってない? まあとりあえずしたいことが出来たから、これはこれでいいか。
私はゲームの記憶を辿って、復讐に利用出来そうな知識がないか考えた。