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一話完結の短篇集

母親が死んだと頭の中を離れない。

作者: 雨霧樹

 その書類に気が付いたのは、家で掃除をしていた時だった。

 書類の合間から、ぶつけた拍子に、やけに分厚い書類を落としてしまった。


『生命保険締結のお知らせ』


 拾い上げた表紙に大きく書かれたそれを見つけた私は、心の中のどこかが崩れるような音がした。



 母は一人の人間としては尊敬できるが、親として最低な人物だと思う。


 最初に気がついたのは小さいときだった。

 私が幼い時から既に父とは折り合いが悪く、顔を合わせては喧嘩が始まっては、布団の中に入って早く終わってほしいと震える、それが日常だった。だから、いざ離婚すると言われた時もそんなに驚きはなく嬉しいとすら感じていた。その時の私は馬鹿だった。母についていくことに決めたのだ。いつも父に怒られている母に同情して、支えたいと思ったからだ。


 けれど、二人で暮らして程なく、父が毎日の様に怒っていた理由がわかった。


 食器を片付けない、気にしていることを一番言われたくな言い方で指摘する、朝起こしたら文句を言う、小さい頼み事をこなしてくれない、やって当たり前のことでイバる、私のことをまっすぐ見てくれない。

 文句を言い出し始めたら、きっと無限に言い続けられてしまうだろう。


 こんな辛いことを今まで全部、父が受け止めてくれていたと分かったときは涙が止まらなかった。


 私は母の元から逃げ出すように元の父が住む家へと向かった。なけなしのお小遣いを貯め電車を乗り継いで、本当の家に帰ろうと。


 そこで見たのは今まで見たこともない笑顔を浮かべた父と、全く知らない女性と私と同じくらいの年齢の少女だった。誰が見ても仲がいい家族が輝いてた。


あの家に、父の元に、私の居場所は無くなっていた。


 どれだけあの奥さんを、あの少女を恨んだかは分からない。

 

 なんであんなに眩しい家庭が私にはないんだと。

 

 私は涙を流しながら父の家に背を向けるしかなかった。


 家に帰って考えた。



 母はお金を稼ぐ能力だけはあった。それだけが、あってしまった。人を育てる才能をつぎ込んで生まれた悲しい人間なんだ。


 けれど、それがただの不器用ということも、同時にわかった。それは、母の日記を偶然発見した時、中身を読んだことがあるからだ。

『最近、娘と喧嘩ばかりしてしまってる。どうすればいいのだろうか』

『何か落ち込んでいることがあるみたいだけど、話しかけたら怒ってしまった。放っておくのがいいのだろうか』


 そこには、私との関係に悩んでいる内容が書かれていた。


 だから私は母を恨む気にはなれなかった。


 この不器用な母の愛情に耐えようと、


 自分を、気持ちを殺そうと、決めたのだ。


 そんな時に、この書類が見つかった。

 自分でもわからないが、契約内容について詳しく調べていた。一心不乱なんて言葉じゃ生ぬるい、執念といってもいい。何かに突き動かされるように動いた。


 結んだのはシングルマザー向けの死亡保険ということが分かった。


『もし子供を残して死んでしまっても大丈夫! 保険金が貴女の子供をお守りします!』

 あまりにも軽い宣伝文句に笑ってしまったから、よく覚えている。


 もしもの保険を残してくれるなんて、私は母に感謝していた。そしてそのまま自分の無遠慮さを振り返り恥ずかしくなった。


 そのあと母が帰る前に、何食わぬ顔で書類は元の場所に戻しておいた。




 その日以来、私はどこかに余裕ができた。何かが起きても、私にはそんなにはないけれど、お金がある。隠れて高いお肉を買って調理したときは独特の臭みがあったけれど、とても美味だった。


 こっそりブランドの服を買ったりもした。いつもと違う自分になれて、楽しくてしょうがなかった。


 クラスメートを何人か連れて、お菓子を大量に詰めさせて、全部奢ってあげた。


 あはは、楽しい。なんで今までこんなことで悩んでいたんだろう?


 一度これを知ってしまったら、多分もうこんなくだらない悩み何てなくなる気がする。



「お母さんお帰り~ 今日は私がカレー作ったから食べてね!」

「お母さん! 部屋の埃溜まっちゃってるんだから、休日とかいうわずに掃除して! 道具は用意してあるんだから!」

「お母さんへ、最近寝る時間がすれちがってるから会話できずに寂しいです。なのでこうして手紙を書きました」


 ――あれ? お母さんっていつから帰ってきてないんだっけ?



 ま、いっか。今が楽しいし。


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