表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

近場の引っ越し

作者: 田鰻

 あれは一年ぐらい前だったかな、引っ越しの手伝いに来てくれないかと大学の友人から頼まれたんだ。業者に頼んだらいいのにと答えたら、場所がすごく近くだからと粘られる。

 正直なところ面倒くさかったし、そこまで親しい訳でもない相手の都合で休日が一日潰れるのも嫌だ。適当な用事をでっちあげて断れないかなと俺が言葉を濁していると、飯は奢るしバイト代も出すからと言ってくる。

 いくらか金を払っても引っ越し屋の料金よりは安く済むんだろうなと思うと、こっちも懐具合がそう豊かとはいえない学生なので、急に同情心が湧いてきて、まあいいよと承諾してしまった。


 で、当日。

 引っ越し作業は別にどうって事なく、梱包済みの荷物をそいつが用意しておいた軽トラに片っ端から積み込んでいった。一人暮らしにしては家具の量が結構多くて、確かにこれは一人で上げ下ろししようとしたらちょっと大変かもしれない。

 かかった時間は30分ぐらいだったかな。忘れ物はないかって空っぽになった部屋の中をチェックしてたら、備え付けのクローゼットの隅っこに変なもんが落ちてるのを見付けたんだ。

 最初は汚れたハンカチに見えたんだけど、拾ってみたら紙だった。黄ばんでて四角くて、やけに分厚い紙の真ん中あたりに黒い丸がみっつ描いてある。てっきり捨て忘れたゴミだろうと思った俺は、外から戻ってきた友人にゴミ落ちてたぞってそれを渡した。

 そうしたらそいつは、ゴミじゃないよって言って受け取るんだ。

 その時は深く追求するような事でもないと思ったので、そうなんだとか適当に流して俺はそのまま友人の後に続いて軽トラに乗り込んだ。


 車が走り出してから、移動先を聞いて驚いた。近いとは聞いていたけど、本当に目と鼻の先だったからだ。あらかじめ引越し先くらい調べておけよって話だけど、車を出すのは友人だし、近場なら聞く必要もないだろくらいの感覚だった。

 だから俺は当然の疑問として、これ引っ越す意味あるのかって聞いたんだ。よっぽど環境が悪かったのか、近所に騒音立てる奴でもいるのかって。

 そうしたら、俺はいいんだけどこいつがねって答えるんだ。


「同じ場所に居続けると良くないから」


 そう言った時の一瞬の目の動きで気付いたんだ。

 そいつ、あの紙を服の下に入れてた。

 何やってるんだって思うよな普通。そんな状態でそんな話を真顔でするもんだから、俺だってぎょっとなったよ。せめて半笑いでいてくれれば、脅かそうとしてるんだなってこっちも少し腹を立てながら笑えたのに。

 車内が変な空気になったのを察したのか、友人はこんなふうに続けてきた。


「平気平気、別に触ったり持ったりしたら何か起きるって訳じゃないから。ただ一箇所にいられないってだけ」


 フォローしようとしたのかもしれないけど全然フォローになってなかった。そもそも一箇所に置いておけないって何だよって思うだろ。相手がそういう反応をするって分かってないんだよ。

 俺もさすがに本格的に薄気味悪くなってきて、今すぐ軽トラから下りたくて仕方なくなってきた。怪談だの心霊現象だのを信じてる信じてないの話じゃなくて、そういう話を真面目にしてくるってのが怖くてな。

 でもここまできて気持ち悪いから帰るってのも言い出せないだろ、それで。


「そんな大事なものなら忘れかけてちゃだめじゃん」


 って無理に笑いながら言ったんだ。実際、ぽつんとクローゼットの隅に放置されてたし、わざわざ最終チェックしなきゃ俺だって気付かなかった。

 そうしたら友人は。


「ああ、忘れてたんじゃなくて最後に移動させないといけないんだよ」


 って、やっぱり真顔のまま言うんだ。

 俺はもう何も聞く気になれなくて、5分もかからない引越し先に着くと大急ぎで荷物を下ろして梱包を解いて、すぐに帰った。あの紙にはもちろん絶対に触らなかった。

 あ、飯は断ったけどバイト代は結局貰ったよ。なんだかんだで金は欲しかったし。その金もあんまり手元に置いておきたくなくて、結局帰り道で全部使っちまったけどな。

 ビビリだって笑われるかもしれないけど、その日の夜はやたら物音に敏感になりながら、普段あんまり飲まない酒を飲んで過ごしたよ。

 それで、やっと寝付けそうだって時にまた気付いたんだ。


 俺はゴミとか忘れ物とか一箇所に置いておけないって何って思ってたのに、あいつはずっと居続けるだのいられないだの、まるで生き物みたいに扱ってたって事に。

 もう関わる事もないだろうけど、今でもたまに思い出すと考えるんだ。俺の見たあれは本当に紙だったんだろうかって。

 友人は半年前から大学に来ていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ