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「さあ、見るがよい。儂の前に倒れた貴様らの英雄の姿を。そして理解したまえ。貴様らを護る者は最早おらん。剣は、此処で折れたのだ!」
―ニンバス・バルバリア
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その日、悪夢を見た。
炎で赤く染まってゆく城下町。
怪物たちに追いたてられ、弄られ、貪り食われる人々。
煌びやかだった玉座の間は血と臓物に汚れ、王冠は無惨に踏みつけられた。
最後まで抗った自分はついに力尽き倒れ、低みより目前の邪悪を仰ぐことになる。
そして邪悪は笑いかけてくるのだ、無様だなと。
骨と皮だけの枯れ枝のような指が眼前に迫り、意識は、暗転し
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「っ!?」
酸素を求めて必死に息を吸い込む。
はあっ、はあっと、石造りの広い部屋に、己の荒い呼吸がやけに響いた。
すっかり見慣れた天井に焦点が合うと、そうして自分は夢を見ていたのだと気づく。
「夜明けにはまだ早いが……悪い夢でも見たか」
振り向いた先には木箱に座る巨躯の騎士……バスカリがいる。
今の姿になってから眠りにつくことがなくなったと、以前教えてもらったせいだろうか。
その姿がひどく寂しいものに見えた。
「すいません、ちょっと」
眠れそうにないと、ひどい夢の内容をそれとなく告げ、今日はもう起きる旨を伝えた。
「そうか。丁度よい、これからについて話がある」
「はい、その前に水をもらえませんか」
そう言って立ち上がり、彼のもとへ向かう。
「うむ、受け取れ」
彼はそう言って、銀でできた杯をこちらにさしだしてくれた。
その中は、すでにきれいな水で満たされているようだ。
「ありがとうございます。せめてこれが扱えるなら……潜る時の荷物が減りそうなんですけどね」
「この程度のことなら下僕でも買ってやらせればよい」
「そういったものはあまり馴染みが……それにお金も潤沢とは」
「慣れておるであろう、カードで」
差し出された杯を受け取りながら、寝床においてある硬貨入れに目をやる。
ここ数日の鍛錬兼ダンジョンハントでそれなりの枚数が稼げている。
手札を充実させたいところではあるが迷宮の外の物価がわからないため、外に出るまではなるべく出費を控えておいた方がよさそうだと思い、あれからガチャは回していない。
「同志を募るのもよい。貴様のそのカードの力なら独りでもあまり問題はないかもしれぬが、本来探宮者とは群れるものだ」
「あーそうですね、パーティか」
人付き合いはあまり得意ではないが、四六時中しもべを出しっぱなしにするというのもしんどそうだと考える。
彼らしもべを本格的に扱い始めて気づいたのだが、どうにもカード"使う"行為は疲れるようだ。
それもコストが重ければ重いほど、しもべなら呼び出した時間の長さに比例して、蓄積される疲れはひどくなるように感じる。
はじめて『渇きの呪文』を使用したときに何かが体から抜け出るように感じたことを思い出し、あれはこういうことだったのだなとなんとなく納得した。
「ふわっとしてるなあ」
つい、そんな感想がこぼれた。
気、マナ、生命力、創作物によって様々な呼び名のある謎のエネルギー。
目に見えず、それゆえに何となくで理解しているそれの実在は、こちらに来てそれなりに時間が経っている今もまだ、十全には信じきれてはいなかった。
「なんだ」
首をかしげるような骸骨の彼の様が妙にコミカルに見えて、自然と笑いそうになる。
「いや、やっぱりここは異世界なんですねえと……え?」
そうして穏やかな迷宮の一幕に、不意に、ぞろりと。
「ぬっ、これは」
闇が、生まれた。
違和感を覚えて振り向いた先、石造りの間にぽっかりと空いた黒い穴。
それはまるで出来の悪いCGのようで、どうにも現実感に乏しい。
あまりに奇妙過ぎて目が離せないでいると、その穴の中から浮かび上がってきたのはおそらく、手。
ついさっき夢に見たものにそっくりな、骨と皮だけの枯れ枝のようなそれは穴のふちを握りしめ、そしてずるりとそれは顔をのぞかせ、次いでぬるりとその全体を引きずり出した。
かつてはさぞかし上等な品だったであろう紫の古びたローブに包まれた枯れ木のように細い長身。
そのローブを所々彩っているアクセサリはいかにもな魔術の品でござい、という雰囲気を漂わせている。
手にしたその長身よりさらに長い杖は、その頭に人の腕の骨があしらわれていた。
フードの闇に包まれた面容はうかがえず、それがどうしても気になって目が離せない。
「いかんっ、目をそらせ!それを見るでない!」
その忠告は、あまりに遅かった。
「っ!!!!!!」
ずぐんっ、と。
暗闇の底が見えたと思ったその瞬間、両目に走った激痛に声にならない悲鳴を上げる。
「間に合わなんだか!気を確かに持て!脆いところを見せれば、そこから食い破られるぞ!」
バスカリが何か言ってくるが、あまりの激痛に思考がまとまらない。
自分ができることといえば、ただ両目を抑えて石畳を転げまわるのみだった。
「ぬうっ、思ったより早く見限られたか。よりによって、ワレの後釜が貴様とは」
「ヒァfえりぃAaanuあaaaaaaa……」
「自我が成長しきっておらぬな?奴はよほど焦って貴様をよこしたらしい!」
石の部屋に響く剣戟は、痛みで目が明けられないじぶんに激しい戦いはじまったことを教える。
だがそんなものにかまう余裕はなく、脂汗を流しながら地面を転がり、どうにか痛みに耐えようとする。
そうしてどれだけ経ったのか、この地獄が永遠に続くのではと無いかとくじけそうになったその時、ふいに両目を襲っていた痛みが和らいだ。
「生きておるな。ついてこ……いや、運んでやる。」
耳元で聞こえたバスカリの声に驚いていると、突然浮き上がる自分の体に慌て、暴れる。
「大人しくしておれ、すぐにつく」
どうやら彼に抱えられているようだと認識できた途端、びょうっと、ものすごいスピードで運ばれていく感覚に襲われた。
「うわっ、バスカリさんっ、一体!?」
「しゃべるな、舌を噛むぞ。宝物殿へ向かう、あそこの扉なら少しは耐えれるのでな」
そう言うがいなや、一段と増すスピードに慌て、必死に自分を抱えている彼にしがみつく。
前に、下に、まるでバイクにでも運ばれているかのようなスピードに必死にこらえていると、次第にそれは緩やかになり、やがてゼロになった。
「着いたぞ」
彼のその言葉を聞いた途端、張り詰めていたものが、ぷつり、と切れる音がした。