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カードゲームの中の人!  作者: 鈴木彗星
1章 はじめましてとまたあおうねのおはなし
12/17

1-10

彼は隣人を妬み、友人を恨み、愛するものを憎んだ。そうやってついには、世界を呪う『もの』になってしまったんだよ。

                          『百識』アリオール




――――――――――――――


「なむさんっ!」


気合一閃。

ゴッと、鈍い音を立てて白銀のメイスが、地べたに倒れこんで動けない怪物の脳天に沈む。

頭をつぶされたらいかな化け物でも……というわけにはいかないのがこの迷宮だが、しばらく観察してもピクリとも動かないところを見るに、どうやらこのモンスターには急所であったようだ。


「もはや躊躇うことはないか」


うむうむと、どうやら満足げな様子でこちらに歩いてくるバスカリ。

あの決意した日からちょうど一か月が過ぎた。


「しばらくカードを使うのは控えよ」


鍛錬が厳しくなった日に、彼に言われた言葉だ。


朝起きて昼までバスカリと模擬戦を行い、昼飯を取ってから夜動けなくなるまでまで(迷宮の中では昼夜もなにもないが)迷宮の潜り方のノウハウを学びながら、遭遇したモンスターと実戦を繰り返す。

最初のうちは疲れ果てて動けなくなり、拠点まで引きずられて帰るといったこともあった。

1週間ほどたつと、どうにか自分の足で戻ってこれるようになった。

1か月たった今は、ずいぶんと余裕もある。


成長が実感できてうれしい旨を彼に伝えたところ、


「この程度の期間で技術や体力が目に見えて育つわけが無かろう」


と一蹴されてしまった。


「今までの貴様は無駄に気負い、張りつめていた。ようやっと、力の抜きどころがわかってきただけであるよ」



なんとなくカードを一枚取り出して、掌で躍らせる。

それはしなやかで丈夫で、限界まで折り曲げても跡はつかず、とても紙製とは思えない。

そうやって彼の言を思い返し、頷く。


「ええ、ずいぶん慣れました。手のタコが痛いこと以外は」


金属でできたメイスが重くないわけがない。


「臆病では成せぬ。しかし、蛮勇は愚である」


おどけた風の自分に、彼はいつも通りまじめな口調で返してきた。

その内容に、少し驚く。


「……」


「なんだ」


「いえ、わたしの世界で伝え聞く騎士様は死ぬことをほまれとしていたことがあったような、と。あれは創作だったかもしれませんが」


「……そういう面は否定できぬがな」


遠くを見るように、そうつぶやいた。


「さて、貴様自身はひとまずよい。これより鍛錬の内容を変える」


「は、はあ」


「疑問か」


「あーえっと……変える、とは」


「貴様の才と年齢でたどり着ける貴様自身の"武"など大したものではない。そちらに時間をかけるより、貴様の"能力"での戦い方を磨く方がよいであろう」


彼はこちらを指さした。

その先にはよく手に馴染む、一枚のカードがある。


「これまでの鍛錬は、いわば基礎中の基礎。今後はそやつらを惜しみなく使うのだ」


そう言われ、短くない時間情熱を注ぎ続けたそのカードをじっと見つめる。

少々様変わりはしたがこれはフェアトラーク。

己の腕がよかったとはとても言えないが、経験値だけならそれなりに胸を張れる。

やっとこれを使うことが許されるというのだ。


「……忘れそうになってました。体を鍛えるのも割と悪くなかったですけど」


「くくっ」


なんとなく侮られたような笑いに、少しムッとして返す。


「なんですか」


「いやなに、筋がいいとは世辞でも言えぬが……気に入ったなら鍛錬は続けるがいい。無駄ということもない」


「そうですね、今の状態を維持する程度には体動かすことにします」


今ここに、異世界に来て初めての日課が生まれた。


「よっし、じゃあ早速。契約してから呼ぶのは初めてのやつですけど、いいですか」


少し不安になり、念を押す。

しもべとして呼ぶのは初めての一枚だ。

まさか逆らってくるなんてことはないと思うが。


「思う存分やるがいい。何かあれば手を出す」


その心強い言葉に頷き、手元のカードに視線を落とした。

護衛目的なら都合のいい一枚だし、呼べるだけのマナの貯蓄も十分にある。


そしてじぶんは、そのカードを大仰に掲げ


「キャスト、『強壮たるデーモン』」


ぶおん、と音の聞こえてきそうな黒い螺旋がカードから解き放たれた。

たまらず目をつぶること一瞬、目の前に跪くのは、じぶんより二回りは大きい屈強な肉体を持つ人型の生物だった。

その肌は青みがかった黒で背中には蝙蝠のような羽根を持ち、ねじれた2本の角が頭部から生える。

日本人の若者に聞けば10人中10人が悪魔と呼ぶであろうその姿は、恐怖という本能を呼び覚ますかのよう。


ひとしきりその巨体を眺めていると、


「そら、丁度いいところに……客が来ておるぞ」


そう言ったバスカリが指す先には、いつの間にか3匹の犬…だろうか。

毛むくじゃらで、先日相対したものと比べるとどれも一回り小さいように見える。


「どうする。不安であれば手を貸さんこともないが」


「しもべ使っていいのなら、ジャックスごときにうちのデーモンが負けるはずないですね」


胸を張り、そう答える。


『希少度:1 群れる亡霊犬(ヘアリージャックス)[デモニスト]マナ2 AT2 LP1 残滓:手札に『煉獄犬 マナ1 AT1 LP1』を2枚創造する 』


脳裏に浮かんだのは一枚のカードだ。

イラストとそっくりの青みがかった黒の毛むくじゃらな風貌は、ほぼ間違いないだろう。


「なんかここ、犬多いですね」


そんな軽口とともに、軽やかに右手を差し出す。

それは自分が長年続けてきたカードゲームで、『攻撃宣言』するときの癖のようなものだ。

今は、目の前に指示を待つ本物のしもべがいる。

普段より芝居に熱も入る。


「デーモン、攻撃」


刹那、ズドン、と。

薄暗く澱んでいた迷宮内の空気が突然はじけた。


正直、AT3を甘く見ていた。

防御性能が高いだけのカードだと思っていた。

そもそもの比較対象がおかしかったのだ。

後ろに控えている冗談みたいなスペックの骸骨のような連中と比べなければ、こいつは十分に凶悪だと。

人々が恐れる怪物、煉獄の悪魔は伊達ではなかったのだ。

一瞬でジャック2匹を肉塊に変えたデーモンを見ながら、じぶんは考えを変えた。


「は、はは……なんだ、すごい強いじゃないですか」


称賛より畏怖のこもった言葉を絞り出す間に、デーモンは腕に噛みついたジャックの頭をあっさりと握りつぶした。

かまれた腕には傷ひとつついていないように見える。

それはデーモンのもつアビリティを考えれば当然の結果ではあるのだが、実際目の当たりにしてみるとあまりに頼もしかった。


「これは、わたしが強くなる意味は……いやまあ、わかってはいたんですが」


なんとなく落ち込んでいると、ぽんと肩を叩かれた。


「問題ないようであるな」


振り向くとそこには、髑髏の騎士様が。


「あ、はい。デーモンがこんなに強力だとは思いませんでした。この前のバーゲストだと若干被害出ますけど、手持ちの札でも十分いけそうなんですが……」


どうにもしっくりこないことがひとつ。


「なんだ、聞きたいことでもあるのか。言ってみよ」


「……えーと、ここは『もっとも深淵なる』って言われるくらいやばい迷宮なんですよね」


「いかにも。数多の探宮者が挑み、そのことごとくを飲み込んだ悪名高き地の獄である」


「その……なんといいますか、その割には少しぬるいというか……このカードがすごいだけということかもしれませんけど」


手元にあるスマホを掲げる。


「ふむ」


「この前にも少しお話しましたけど、私の知っている『フェアトラーク』はバスカリさんのようにめちゃくちゃな力を持った怪物が山ほどいるはずなんです。さっきジャックスを蹴散らしたデーモンですけど、正直その怪物たちの中ではかなり下の方というか……あっ、ご、ごめんなさい、君を馬鹿にしたわけじゃないんですよ……」


なんとなく恨みがましい視線を横から感じ、思わず謝る。

しょうがねえなあといわんばかりに両手を腰に当てポーズをとるデーモン。

こいつ、意外と感情豊かだな。


「バーゲストはまあともかく、ジャックスなんて直接的な戦闘力なんて正直下の下です。ここ一月ほど迷宮内で結構な数を相手させられましたけど、カードのデータを思い出すのも難しいくらいの小物ばかりです。なのにその、危険で有名な迷宮の、しかも最下層周辺でそんなのが出てくるのは何というか……違和感しかないというか」


「ふむ、危険である理由か。そういえば言い忘れておったな」


いつものポーズを取り、考えること一呼吸。


「なんと言えばよいか……ふむ、そうだな。ステグスのモンスターには"底"がないのだ」


「"底"ですか」


「強さの"底"である」


「はあ、それは」


何のことだと頭をひねる。


「迷宮には様々な特性があるという話はしたな。ステグスの特性は侵入者の力量を測り、それに応じたモンスターを生み出すというものだ」


「え、なん……」


だって、そんなずるい迷宮があっていいのか。


「いかに手練れを集めたところで立ちはだかる怪物はそれに応じて危険になるのだ。しかもステグスはそこいらの迷宮よりモンスターの密度が濃い。正直、ここまでたどり着ける道理もない」


「パーティーの人たちに力量差があった場合……強い人が弱い人を引っ張ったりは」


「一番の強者に合わせられるようになっておる」


なるほど、じぶんのエンカウントするモンスターがどうにかなるような奴ばかりだった疑問は解決した。

しかしこうなると、もう一つの疑問が浮上してくる。


「あの、バスカリさんはとんでもなく強いと思うんですけどそれは」


玉座の間以外で一人になったことはない。

この一月あまり、ほとんどの時間自分とこの騎士様は一緒にいるのだ。


「ワレはこの獄の守護者であるぞ。今は手を貸しておるが、本来であればそこな骸と同じく貴様を襲う側である。忘れるでない」


彼はジャックスたちの死骸を顎で指す。

そうか、確かにそれはすっかり忘れていた。


「ははあ、でもこれだけお世話になっていますし……今更モンスターと一緒と考えるのは難しいですね」


苦笑いでそう返した。

少し気まずい空気を、無理やりかえようと疑問を投げる。


「カード……はどうなんでしょうね。出会ってから呼んだわけですから、さすがにこいつの戦力は計算外だったとかなんですかね」


従属魔モンスターは頭数に含まれぬ」


「えっ?それじゃもしかして、ここはわたしの独壇場なのでは……」


「まあ、普通はそれのように強力なものは人に従わぬものであるからな。経験を積むのにちょうどよかろう、そら次に行くぞ」


そう言って通路の奥へと消えるバスカリの後を慌てて追おうとして、静かに佇むデーモンを思い出した。


「あっ、はい。デーモ……名前あるのかな?」


そういえば、と尋ねる。

知能は高そうだが、呼んでから一度も言葉を発していないのだ。

少しの間見つめたが、何の反応も帰ってこなかった。


「後でなんか考えときます。行きましょうか」


振り向くと、バスカリの背中はすでに遠い。

長く生き(?)ている割に、どうにもせっかちな骸骨である。














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