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4話

馬券を有人窓口に持っていき、ジュラルミンケースを受け取った。

中には1億と5千万円が入っている。僕の生涯賃金を計算したらこのくらいだと思う。

一生を一瞬で得る。

万年満たされなかった射幸心が10万馬券で満たされたことによる幸福感がたまらない。

そんな幸福につつまれながら、セレナと地球最後の1日を楽しんだ。

僕は今日、異界の女神に連れられて、異世界へ行く。

異世界行きのトラックなんていう異世界転生の定番から外れてはいるが、なんていう幸運だろうか。トラックみたいな痛い目や怖い目にも合わないし、最高だね。

なんとも現実感の無い話だった。唯一の救いは、この重いケースの半分ぐらいになる納税の義務から逃げられることだろうか。

ふっきれたら、お金に価値がなくなることに気が付いた。

万札がただの紙切れの束に思えて来る。価値なんていう魔法が解けるのは、簡単だった。

したことのない贅沢をしようと思いセレナを連れまわした。

回らない寿司とちょっといいお酒を楽しんだ。こんなちょっとした非日常が、僕の日常に刺激を与えてくれた。毎日会社行ってカップ麺食う生活に慣れると、人生こんなつまらなくするんだなと思った。

せっかくだし、セレナに楽しんでほしくて、僕は色んなところに連れまわした。

アイスクリームを食べたり洋服を買ったりした。なにを見るのも新鮮で楽しそうだった。そんな姿を見るのが僕はとても好きだった。

なんとなく男友達と一緒にいるような気分になる。それほど気を遣わなくていいという意味だし、なにより男勝りで勝気なセレナの性格がそうさせるのだろうか。

すぐに日が暮れた。

太陽が落ち、満月が出ていた。

やけに時間が過ぎるのが早いなと恨んだ。

「ふみまろ、公園に行きたいわ」

そう言われて、タクシーで公園に行った。

僕の自宅近くの小さな公園だ。

なんとなく、もう二度と彼女に逢えなくなるような気がした。

「ねえ、ふみまろ。本当にありがとう。あなたに感謝してる。この心細い世界でわたしは一人じゃなかった。それに力をくれたのも、あなたなのよ。わたしはもう異世界に戻るけれど、あなたはどうする?無理して行かなくていいのよ、あなたの手にはお金があるんだから」

選択の自由をくれた。

異世界へ行くか、お金がある現世で生きるか。

僕の心づもりは決まっていた。お金があろうが無かろうが、僕はロマンとスリルを追い求める。どっちの選択が確実かはわからないが、どっちが楽しいかは決まりきっていた。

「どうするも何も、決まってるだろ。異世界こそ僕のロマン。僕の現実逃避に付き合ってくれ」

諦めたようにセレナは笑った。

「剣と魔法のファンタジーへ案内するわ。後悔しても遅いんだから。けど、安心してちょうだい。わたしを助けてくれたお礼に、わたしがあなたを幸せにしてみせるから」

冗談めかして思ったことを言った。

「僕はお前と幸せになりたいんだけど?」

そう言うとセレナは顔を真っ赤に、口を笑みで歪めながらもキツく結んでから言い放った。

「バカ。考えとく」

言い放つと同時に照れ隠しか肩をバシンと殴られる。

セレナがこれまで見たこと無いような笑みで言った。

「ふみまろ、選んでほしいことがもう1つあるの」

「なに?異世界特典?」

「ううん、それは後。異世界行くためにね、1度死んで魂になって欲しいの」

「は?なんて?」

「わたしのために1度死んで?ついでに死に方選んで?」

僕は悩んだ。これは想定外だ。この女神が実は死神なんじゃないかと思って来た。

異世界転生できるかのわからないけれど、命をベットできるか?

多少のリスクは覚悟の内だった。命を賭ける行為ですら、僕の心を折るのに十分ではなかった。僕はそれでも異世界に行きたい。いや、異世界に行きたいんじゃなくて、このつらい現実から逃げたいのかもしれない。異世界が僕の救いであることは揺らがなかった。

「やるしかねえだろ。来いよ、主人公の天敵トラック」

手のひらで女神にカモンとジェスチャーしながら言った。

「わかったわ。それじゃあね、ふみまろ。あなたの運命、見守っているわよ。楽しみなさい。ありがとう、大好きよ」

セレナはそう僕に囁いた。耳元で囁いたと思ったら、頬に唇が当たった柔らかい感触が残った。

僕はセレナを見た。もうセレナはそこにいなかった。

辺りを見回してもいない。思わず公園を出て公道に出た。

セレナはいなかった。

道の先から、こっちに直進してくる10トントラックが見えた。

だれかを殺さんばかりに唸り声を上げて走っている。

段々と音が近づいてきた。

「うそだろ、おい。ちょっと待って、あんなの無理だろ」

うなるエンジン音だけが響いていた。

「天国から地獄じゃねえか、くっそっ」

脳が危険信号を出し、やけに世界がスローに見える中で僕はトラックを前に仁王立ちしていた。

自分で決めた選択から逃げないという固い意志から、僕はその場を動かなかった。

異世界に行ったら、毎日好きなことして生きて、美味しいもの食べて、ハーレムをつくるんだ。

トラックのライトが眩しくて、思わず手で顔を塞いだ。

激しい衝撃に襲われ、世界がブラックアウトした。


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