動植物神話体系―Eukaryotarum Mythologia―
クラゲの散歩
クラゲさんがふわふわと空を漂っています。つるりとした白い体は胴体から触手にかけて青く色が変わっていきます。海の中では目立ちませんが、夜空よりも濃い青に、他の生き物たちはギョッとしてクラゲさんを二度見します。
周りが騒がしくなっていることには構わず、クラゲさんはただ進んでいます。
クラゲさんはぽかぽか暖かったから空を泳ぎたくなったのです。海も好きですが、たまには別の場所に行きたいのです。誰にも邪魔されずに。
前に土の中を泳いでいたらオオトカゲさんに掘り起こされました。泳ぎたかったクラゲさんはまた土の中に潜ろうとしましたが、オオトカゲさんはクラゲさんを突っついて遊びます。オオトカゲさんとクラゲさんは仲良しですが、小さいクラゲさんは何度も潰されました。全く心休まらない状況に怒ったクラゲさんはオオトカゲさんをずぶ濡れにして知らんぷりしました。
しばらくはオオトカゲさんと口を聞いていません。後からヒョウさんがボロボロになったオオトカゲさんを引きずって謝罪させましたが、クラゲさんはまだ怒っています。
太陽の光がキラキラしていて、クラゲさんは気持ちよさそうに漂います。
「クラゲ、ちょっとこっち」
誰かが声をかけてきたので、クラゲさんは声の主を探します。スズメバチさんがカチカチカチと顎を鳴らしながら近づいてきます。シマシマの部分はえんじ色で、とても凶暴そうな見た目です。
クラゲさんよりもふた回りも大きいスズメバチさんは結構クールな性格をしています。
「はち。なぁに?」
「トカゲをそろそろ許してもいいんじゃない?」
「はちもひょうと一緒だ。トカゲ嫌い」
ふい、とスズメバチさんから体を背けたクラゲさんはまだ怒っています。
クラゲさんは温厚ですが、一度怒るとなかなか機嫌が治りません。
触手でお花をつついてクラゲさんは遊んでいます。話を聞く気がないとわかり、スズメバチさんはため息をつきました。
「それにしても、ここまでくるのは久しぶりね」
「うん。お花綺麗」
クラゲさんがいつもいる海には花はほとんどありません。極たまにフラフラと漂っていることはありますが、それは花の形をした泡のことが多いのです。
「はちは、この花のなまえ知ってる?」
「それは黒百合ね」
「くろゆりさん。こんにちは」
咲き乱れる黒百合の一輪に話しかけると、黒百合は可愛らしい声で笑います。
その声が他の黒百合にも広がり、さわさわと花畑が笑い声で満たされます。
「すごいね」
「黒百合に限らず、同じ種類の花たちはお互いに状況がわかるから。クラゲに話しかけられて嬉しかったんじゃない?」
「そうなんだ。ほほえましい」
クラゲさんたちがのんびりとお話をしていると、黒百合たちが風に吹かれたかのようにそよぎ始めました。
『ぬしさま』
『ぬしさま』
「ぬしさま?」
クラゲさんが首を傾げていると、空から羽音が聞こえます。
「こんにちは、クラゲ様、スズメバチ様」
2匹の側に赤いカラスさんが降り立ちました。
「あら、赤ガラス」
「赤、久しぶり」
クラゲさんたちが挨拶をすると、赤いカラスさんは黒百合にも挨拶をします。
「黒百合たち、久しぶり」
『赤のぬしさま』
「主ではないんだが、まあ、黒百合たちにはあまり区別はないか」
『白のぬしさまと灰のぬしさま、赤のぬしさま可愛らしいいってた』
「姉様も主も一体何を吹き込んでいるんだ……」
大きな黒百合の一輪が赤いカラスさんに告げました。カラスさんと灰色カラスさんはよくおしゃべりをしているようです。どちらとも話をするクラゲさんは確かに話題が赤いカラスさんになることが多いと思い出しました。
「赤、もてもて」
スズメバチさんは少しげんなりとした顔で何やら思い出しています。
「クラゲはよくカラスと灰色ガラスの話を聞けるわね。あれは溺愛とかそういう次元じゃない」
「仲のいいことはいいこと」
クラゲさんは小さな黒百合さんをつつきながら考え事をします。
よく迷惑を掛けられますが、オオトカゲさんには悪気はありません。熱中すると色々と忘れっぽくなります。それは、性質であってオオトカゲさんには変えられるものではありません。おっとりとしたクラゲさんがテキパキと動くよう求められるのと同じです。
「クラゲ様はどうしたのですか?」
「ああ、オオトカゲがまたやらかしたのよ」
スズメバチさんが赤ガラスさんにオオトカゲさんのいたずらを話しました。赤いカラスさんは少し考えこんでいます。クラゲさんはもやもやしながらその様子を見ています。
「ここに向かう途中でオオトカゲ様とも話をしましたが、お加減が宜しくなさそうでした」
クラゲさんはオオトカゲさんがしょんぼりしている様子を想像しました。
ごうごうと燃えるような赤い背中がとても寂しそうです。元気なオオトカゲさんらしくありません。
「はち、赤。ちょっと行ってくる」
クラゲさんは返事を待たず、オオトカゲさんを探しに行きました。クラゲさんにとって、オオトカゲさんはとても大切な友だちなのです。