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夜の栞  作者: 飴坊
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紅蓮

 少しばかりの庭を持てる、それは私にとって掛け替えのない幸福だった。季節ごとに違った顔を見せてくれるその狭い空間は、無限の可能性を秘めて私を愉しませ続けてくれる。長い時間を終えた私は、ただ一人孤独な老人として庭と共に過ごしていた。私は幸福だった。ひた走る様に駆け抜けてきた幾重の季節が、この小さな庭に凝縮されているようだった。

 まだ青く小さな木々の芽は、幼く我儘だった私のように方々へと手を伸ばそうとする。それを優しく見下ろすように、育った木々は太陽の下に輝き続ける。ところどころには鮮やかな色を湛える花が人生を祝福する花火のように咲き乱れ、心地よい風は私の肌を撫でていく。年々重くなる体を支えきれず、徐々に庭に伸びる手は減っていた。しかし、今ではそんな風に自由に生きる庭もまた、気に入っていた。

 自由、とは何だったのか。私はその答えを知ることはできなかった。自由を求めて足掻き、その末に自由が何なのかを考えなくてはならなくなった。走っても走っても、自由にはなれなかったからだ。池に浮かぶ小さな蓮の花が囁くように思い出させる。紅く紅く、華麗なまでに不自由に咲き乱れる花が、私の記憶の底の炎を炙り出す。

 あの頃こそが、最も自由だったのかもしれない。自分は自分の為に生きていると、動いていると、一片の疑いもなく言い続けることができた。どれほど手が汚れて行こうと、どれほど罪を重ねていこうと、自分は自分のままでいられた。私は、紛れもなく私だったのだ。


 今の私は、底にとごった残り物の燃え滓でしか無い。魂の底で強く燃えていたあの炎はどこにも見当たらない。それは、ある種幸福なのかもしれない。命を燃やし続けることなく、生きることができるようになってしまった。心地の良い倦怠のまま、余生を送るのはきっと、老人として正しいことなのだろう。そう、それは正しいことのはずだ。人として、また、一つの生命として。

 私の熾した火は、次の世代にしっかりと受け継がれていた。彼らは今、瞳を燃やし、命を削り、戦い続けている。若き日の私のように、それが自分の為だと信じ切ったまま。彼らは決して幸福ではないだろう。しかし、私は少し羨ましく感じてしまう。二度と燃えることのない、使い古した魂はもう、穏やかに枯れていくのを待つだけなのだから。

 私は庭を眺めまわしながらため息を吐いた。自分の生涯の一瞬一瞬を、自由に生き続ける庭のどこかに当てはめながら。


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