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夜の栞  作者: 飴坊
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カモメ

 三月になると、僕は色々なことを思い出しながらこのT駅の近くで時間を潰すことが多くなる。人に話せばバカにされる、くだらない話だった。僕らしい、と言われるかもしれない。事実、去年はこの時間は完全に無駄に終わってしまっているのだから。

 僕が何をしているかと言えば、一人の女性を待っている。約束している訳ではない。それどころか、僕は彼女の連絡先も、本名さえ知らない。分かっているのは、毎年この時期になるとこのT駅の周りに出没するらしいこと。それには何か大事な理由があるらしいこと。

 そんな空虚な関係が始まったのは、四年前の三月だった。まだ冬の明けきらないその日、僕はこの場所で詰まらない人助けをした。駅で困りつくしていた彼女に、一枚の紙幣を渡していた。気まぐれだった。確かにルックスはよかったから、あわよくばという下心はあったかもしれない。しかし、僕は左程期待などしていなかった。割と虚無的な日々を過ごしていた時だったから、何か刺激が欲しかったのかもしれない。彼女はそれを受け取り、僕に告げた。


――一年後にここに来るから、その時に会いましょう。


 僕は苦笑して、その戯言――その時はそう思っていた――を受け取った。僕のそんな表情に気づいたのか、彼女は左手につけていた金属製のブレスレットを外し、僕の右手につけた。高価なものには見えないシンプルなそれは、冷たさと重みで僕の手を今でも押さえつけている。

 そして次の年、期待しないままに僕はその駅の周りをうろついていた。万が一、という淡い希望を捨てきれていなかった。そして、彼女は実際そこに来た。一年前より少し高価さを感じさせる身なりで僕に紙幣を返すと、笑って言った。


――それ、まだつけてたんだ。


 僕は返事に困った。友人には冷やかしの眼で見られたこのブレスレットだけど、何故か外すことを極端に躊躇われた。黙ったままそれを外そうとすると、彼女に止められた。


――あげるよ。似合ってるから。


 複雑な気分を抱きながら、僕は紙幣を財布に差し込んだ。これで、終わり。おかしな縁だったけど、僕は割と満足していた。下らない人とのかかわりが、初めて楽しく思えた。だから、つい尋ねていた。

 

――来年は?


 彼女は、少し困ったような顔をして、笑った。そして僕らはそれぞれの路へと別れた。


 去年は、結局彼女に会うことはなった。それでも、一縷の希望だけを握りしめて僕はまたここに来てしまうのだ。それが、無意味なことだと知りながらも。


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