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夜の栞  作者: 飴坊
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蒼い薔薇

誰もそこにはいない。部屋は薄暗く、重く暗い色のカーテンの隙間から僅かながらの日射が紛れ込むだけ。これは、恐らく悪夢だ。時々、こうして分かることがある。自分は今、薄っぺらな布団の上で汗に塗れているのだろう。ただ、気づいたところで何かできるわけでもなく、目覚める時間を待つくらいしか僕に選択肢はなかった。

 この現象が始まったのは、確か小学生くらいの頃から。初めに起こった時、それは恐ろしい程の現実味を持って僕を飲み込もうとしていた。怖くて、怖くて、朝が来た時には辺りは汗と涙でぐっしょりと濡れていた。その夢の内容はどうしても思い出せないというのに、その恐怖と解放された時の安心感だけは強く残っている。あれからかなりの時が経ったけど、まだそれは僕の中で恐怖の象徴なのだ。


 暗い夢の世界にまた放り込まれてしまった僕は、差し当たり部屋の中を眺めまわす。「この中」での時間の経ち方は非常に分かりにくい。体感で何時間経とうと朝が来ないこともあれば、数秒の間にたちまち目が覚めることもある。夢の中の時間を信じてはいけない。僕の脳か、さもなくばどこぞの悪夢の元凶が満足するまで、僕はこの暗い湿った世界に閉じ込められることを覚悟しなくてはいけなかった。

 部屋は、所謂殺風景だった。割とよく見るパターンの悪夢であることに、僕は少し安心する。結局のところ、「慣れ」は必要だ。この部屋の夢は、定期的に僕を苛む。ただし、それは左程の恐怖を植え付けることはなかった。ただ言い知れぬ重苦しい空気が胸を詰まらせるが、死の恐怖には程遠い。

 僕は、この悪夢から抜け出すための何かを探した。悪夢から抜け出す為に必要なのは、僕の本来いるべき現実には存在しない何か。僕はそれに触れることで、ようやく現実を思い出すことができるらしい。このことも、幾度の経験から手に入れた僕の、恐怖への対抗策だった。僕は少なくとも、この夢が夢だとしっているからこそ、それに対抗することもできた。

部屋の中央の小さな丸テーブルに近づき、そこに置かれた紅い花瓶と、それに刺された一本の薔薇を指でなぞる。蒼い薔薇と、紅い花瓶。用絶なコントラストを放つそれは、僕の救い主だった。「蒼い」薔薇なんて、現実には存在しない。一本の棘が指を食い破り、血が流れる。気にする必要はない。恐れることは一つもない。夢から醒めてしまえば、僕は白いシーツの上にいるに違いないのだから。



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