地下室
私の住処に、日は差さない。薄暗く、湿っていて、肌寒い。恐らく世間一般の人々が入ろうとは思わない場所を、私は拠り所としている。理由は簡単な話だ。私にとって太陽やら世間やらは痛みでしかない。人の眼に晒されるたび、この体は不可解な苦痛を味わう。白日の下に身を渡すたび、私の魂は悲鳴をあげる。人は私を汚れていると呼び、いつしかそれは私すら認める二つとない事実となった。
生来、生きるだけならまず苦労しない境遇であった。人が望むものは、ことごとく手にすることが可能だった。名誉、財産、家庭、どれも手を伸ばせばそこにあった。私は自由と言えるほどに恵まれており、自らそれを自覚してもいた。他人から見た自分ほど幸福な存在はないと、自信をもって言うことができた。しかし、それは私が真には不幸だったからだ。誰にも理解されることのない不幸が私の体には住み着いていたのだ。
私は世界を恐れた。そこに立っている、それだけで私は苦痛に取り囲まれて押し潰される。望むべき全てを与えられて尚、私にそれを堪能する自由だけが与えられていなかった。そして私は絶望し、薄暗い地下室へと身を窶した。
ここは、私にとっての理想郷である。妬みも嫉みも、光も美しさも、誰の声も届くことはない。金を渡してある一人の盲人が、日に2度の食事と適当な小説を持ってきてくれる。それだけが私の人生だった。そして、私はそれに満足だった。自分に与えられた財産の、最も私に適した使い方だと納得していた。
世間は私のことをもう忘れているだろう。かつては偏屈な財産家という人々の憎悪を集める対象として飾られてはいたものの、その実はただの病気持ちなのだ。忘れることは正しいし、私もそれを望んでいる。どれほどの年月が経とうとも、私はここから出ることはしないつもりだ。世話をしてくれる彼が死んだとき、私も恐らく死ぬのだろう。餓死の恐怖、それ以前に、元来強くない体の限界、可能性は幾らでも考え付く。所詮、私とはその程度の存在であるべきなのだ。
暗闇、それこそが私にとっての世界のすべてだった。他の何も必要なかった。闇の中にいられるだけで、私は満足できる。狭く、暗く、冷たいこの地下室の中が、唯一で万物なのだから。私はこれ以上の何も望まない。私にはもう何も必要などではない。このままここで、消えるようにいなくなってしまうのが、私にとっても外の世界にとっても、最善なのだと分かっている。




