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夜の栞  作者: 飴坊
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兄弟

空っぽの部屋だけが、残っていた。そこには夢が沢山あったはずなのに。読み切れなかったマンガに、触れなかったゲーム。自分にはよく分からなかった本や、仕事の物らしき資料達。そこに入ることは決して多くはなかったのに、手に取る様に思い出せる。あの時の憧憬も、幼く純粋だった楽しみも。

 移り変わってしまった、何もかもが。年月は、当たり前だけど彼にも自分にも同じように年を取らせていく。残酷だ。決して近づくことのできない時間の差がいつまでたってもそこには在り続ける。どうやっても、彼の見ている景色は自分には見えない。あの常に、自分の一歩先で、新しい景色を見ている。

 いつだって、羨ましかった。次々に自由を手にしていく彼が。自分の知らない世界を切り開いていく背中が。追いつきたかった。同じ景色を見てみたかった。だけど、もちろんそれは不可能だった。そしていつからか、背中から見ていることを楽しめるようになっていた。

 少しづつ、彼と自分は違う人間に変わっていく。今でも不意に追いかけたくなる衝動に駆られるけれど、やっとはっきり言えるようになってきた。自分は自分の世界を築き始めたと。遅すぎたと笑われるかもしれないけど、これが事実だ。追いかけることしか知らなかった自分から、ようやく変わり始めた。

 もう、自分は幻影ではない。オマケでも、付属品でもなく、唯一の個として生き始めている。ただ、あの日々の思い出だけを胸に残して。時に、鋭いナイフのように心を斬りつけ、時に微睡のような温もりで優しく包み込んでくれるあの思い出をだけを、しっかり刻み付けたままに。

 隣の部屋も、もう空っぽだ。準備は出来ている。誰に何を言われようと、自分は自分の道を進むことができる。そう、今なら。逃げ場所を失くして、言い訳を投げ捨てて、ヤケクソのような覚悟を握りしめた今なら。転ぶかもしれない、倒れるかもしれない、それでも、やってみないでは終われなかった。それは、ささやかな彼への対抗心の為せる業だろうか。

 止まっていられない、焦りに似たそんな感情が、自分を動かしてくれた。自分だけ、止まったままで時間を過ごすわけにはいかないと。そうでなくても、数年の差は縮まることがないというのに。

 空っぽの部屋のドアを軽く突き放す。建付けの痛んだそれは、音を立てて閉まった。そこに20年近い記憶を封じて。


 ――もう、逃げ込める小さな場所はない。


 これから先は、一人で戦う。


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