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夜の栞  作者: 飴坊
20/21

 早朝のゴミ捨て場所に、ネットを捲って袋を放り込む。乱雑に。指に引っかかろうとするビニールを振りほどいて、捨てた。喉の奥に絡みつく様に離れない吐き気を持て余して、無作法に照らしてくる太陽から目を背けた。ここじゃない、の言葉は意味なんて孕んでおらず。ただ、癖の様に無秩序に放り投げられる。空に消えることもできずに湿度に変わるやるせない思いは、もうとっくに満喫している。

 要らないモノだとか、見たくないリアルだとか。知りたくもない知り合いの顔や、通りすがりの一瞬に感じてしまう視線とか。自分で自分を絞めていることくらい理解している。理解しているから、分からない。常々反発する素直にならない奥底の、どの部分を信じればいいのかももう、分からない。


 薄暗い部屋で、仕事の支度を始める。社会の為。上に立つ誰かの為。守るべき人の為。自分の生活の為。生きる為。全部立派な理由だ。そんなもの持ち合わせていないから、すべてが美しく見えてくる。そう、手に入れたことのない甘味にこそ恍惚としてしまうように。死んでもいい。生きてもいい。とりあえず、これが日常だから。

 道だとか方向性だとか、自分の好きなものだとか、語れる人間が羨ましい。例えその中身が空っぽだったとしても、それはそれでいいだろうが。何もない、こともない、そして愚かにもそれに気づいてしまった理性。無益。不幸である、と言い張れたら楽だったろう。幸福だ、と騙されていれば幸せだったろう。無に有を見る盲人であったならば、人間らしく生きていられただろう。


 残っちゃいない。


 何処まで行こうと、何処にも行かずとも、変わらないことが変わらない。平凡でみすぼらしい服に身を包み、雑踏に紛れて指先で幸福の欠片を切り取っていくだけの人間。必要性はない。ただ、此処にいるからそうしている、だけ。分かってくれなんて誰にも言えない。赦してくれ、なんて考えたこともない。自分の為にさえ生きられなくなった命に、何を語る資格があるだろうか。

 汚れた爪を噛んで、指先の痛みに舌を打つ。理解している、理解は、しているのに。


 いつから、どうして、問いに答える語彙も記憶も薄れて消えていく。何処かに置いてきたのだろうか。それとも、まだ見ぬ何処かに落ちているのだろうか。分かることもないし、それが分かったからどうなるものでもない。知っている。いや、知らない。知っているフリをしているだけで。

 もう一度爪を噛んだ。どれだけ噛み切っても、まだ汚かった。


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