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夜の栞  作者: 飴坊
19/21

愚者

 垂れ流しのラジオから、興味もないニュースが溢れだす。テレビは好きではなかった。たかが他人の情報を知るために、耳と目の両方を使う気にはなれない。煩いと思えばスイッチを叩くだけだし、眠る時に垂れ流しておけば寝つきの悪さを誤魔化せる。

 交通事故、政治家の汚れ、国際情勢のなんやかんや。正直どうだっていい。報道されることなんてのは、大体が他人事の域を出ていない。誰が苦しもうと、何人が死のうと、メディアを通して『それ』を知る段階においては、間違いなく対岸だ。燃えようと、崩れようと、消し飛んでしまったとしても。

 ただ、次に流れたキャスターの声は少し違った。いや、彼らにとっては他と寸分違わない一つの『記事』なのだろうが。詐欺に対する注意喚起のその声に、自然と耳が集中する。下に当たるスプーンの鉄臭さが弱まり、代わりに首筋を微かに走る寒気。自然と緩む口元、小刻みに揺れる手が、自分自身の異常さをよく表していた。


 多分、ずっとこういう感覚を求めて生きてきたんだと思う。


 大体のことは何とかなった。他人が挫折していく姿を、他人事として受け止められるくらいには。やるべきことは常に明確に示されていたし、それをこなす程度の素質を持っていた。しかれたレールは平坦かつ丁寧なもので、走り続ける自分を誇っていた時期もあった。が、その生温い時間はいつの間にか終わりを告げていた。

 漠然とした退屈が体に纏わりつき、離れなくなる。逃れる術もないまま絡めとられて、自分を失っていった。これまでの全てが自分自身によって否定されて、拠り所を失った生存本能は短期的な刺激によって不安定に自立する。慣れた味では何も感じなくなっていき、より異常な刺激を求める。アルコールもニコチンも、数日の慰めにしかならなかった。


 そんな時に見つけた仕事だった。


 哀れで愚かな誰かから、現金入りの封筒を回収して渡すだけ。その犯罪性も、自らに課せられるリスクも、理解していた。それが成功報酬に見合わない大きなものであることも、それ一つで人生の全てが崩壊していくことも。だが、それこそが必要だった。罪悪感、絶望感、次の朝には手が後ろに回る恐怖、それらが刺激として、生きている実感をくれた。


 どうしてこうなったか、今ではよく分からない。ただ、今の俺にはこれが至って自然なことになってしまっているのは事実だった。だから今日も、破滅に一歩近づくために家を出るのだ。誰の為でもなく、この心が生きる為に。


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