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夜の栞  作者: 飴坊
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生還

 相も変わらずゴミで塗れた道路で、アスファルトの欠片を蹴り飛ばしてみる。くたびれた靴が情けない音を立て、虚無だけを残した。何もなく、何もない。意味なき言葉の羅列を舌の上で何度か転がして、唾と一緒に吐き出す。どうせ誰も見てやしない。見ていたとしても、止める奴などいないだろう。

 英雄でもなく、誰かの大切な人になることもできず、他に行くところがないという理由でここに戻ってきた。自分で選んだことだ、だけど、望んだことではない。かつて食べるものを探して彷徨い、大人の眼から逃れて這いつくばった道路に今、立っている。誰に怯えることもなく、誰から逃げることもなく。

 

 大切な物を沢山持っている奴から順番に、死んでいった。


 婚約者を残した者、子供の写真を毎晩見ていた者、友人との約束を意気揚々と語る者。ある者は満足そうに、ある者は絶望の中で、またある者は、何を想う暇も与えられずに消えていった。無情だった。そんなものだ。幸福の甘い味を知った彼らは、世界から無残に裏切られて消えていった。

 生き残ったのは、何も持とうとしなかった愚か者が一人。何かを失う辛さをしつこいほどに刻み付けられた所為だろうか。ただ自分の為だけに動くことが出来た小心者。罵倒の言葉なら幾らでもストックがある。浴びせかける相手が自分しかいないのが、少し悲しい。


 夕暮れの紅い残光が、汚れた街並みを際立たせる。太陽がどれほど美しく照らそうが、多分ここの景色は一生綺麗には見えないだろう。景観ではなく、この眼が美しさを全力で否定するだろう。そんなものを許せないから。この街が美しく見えるなど、決して認めてはいけないのだから。

 夕日を背にして走る数人の子供のうち一人が、腰にぶつかる。よくある手口だった。実践した経験ほど記憶に残るものはない。ポケットの安煙草が抜き取られていた。追う気にもなれず、声を上げる気力もなく、苦笑いで歩き出した。宿はとってある。愚かな同僚の安くない命と引き換えに、それなり以上の財産は手元にあった。


 明日からも多分、何も持たない日々が続くのだろう。得ようともせず、与えようともせず。ただ、そこにいるだけ。そこにいるだけで、誰かに認めてもらえる奴もいたというのに。煙草を盗んだ子供を殴り倒してもいい、小遣いをやって懐かせてもいい。多分どちらもしないのだろう。そういう人間だと、自分でよく分かっている。何もしないことで、何も恐れないで済むのだから。

 

 次の夜も、手のひらは空っぽのままなんだろう。


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