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夜の栞  作者: 飴坊
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旅行

 終わり際の喪失感と、何とも言えない虚脱を溜息に織り交ぜて思い切り吐き出す。抵抗できない強さの力が俺を現実に引き戻しながら、長いようで短かった夢を掻き消していく。何時だって上手くはいかない人生は、何度逃げ出そうとしてもつき纏い、俺を擦り減らしていく。どうしようもなく疲れた俺は、一時の逃避に多額の財産を費やしてしまった。後悔がないと言えば、嘘になる。

 トランス状態の脳内で必死に言い訳を探し、自分にとって必要だと納得させるには時間がかかる。また少しの幸運で、その影に俺の弱さが隠れてしまうまで、俺は自己欺瞞を続けざるを得ないのだろう。疲れが癒える、その感覚は何時になったら取り戻せるのだろうか。特に意味もなく、死なないだけの時間は何時まで続くのだろうか。

 

 現実の体は重く、帰ってきたという実感が肩に圧し掛かる。都合のよかったもう一つの世界への旅行は終わりを告げ、悪夢と言うには大袈裟な、良い夢とは口が裂けても言えない現実に帰還を果たす。形容しがたい酔いの不快感は、現実に対する拒否反応か。軟弱な肉体、軟弱な精神に相応しい器だと自嘲する。口座の残高がまた減った、と冴えない自戒を胸に刻んで、しばらくの間ここには来るまいと静かに決意する。

 恐らく、数日後にはその決意も砕け散ってしまうだろうが。嫌になるほど軟弱で、それを認めるくらいには強いと自分を誤魔化し続ける小賢しい思考。焼き捨てたいと格好をつけても、それが可能なほどには強くない。これまでそれなりに生きてきたつもりでも、これからそれなりに生きていくつもりでも、どれだけ考えても完成しない自分という失敗作。

 本物の旅に一向に出ようとしないのは、帰属本能なんていう大層なものじゃない。受け入れられないことが恐ろしいから、本当は他の場所になんて少しも足を踏み出していないだけ。拒絶され、逃げられ、追い出され、傷塗れの背中になって帰ってくるのが怖いから、踏み出そうとしない。


 店を出た一秒後に自動ドアは閉まり、最初から無かった夢への道は閉ざし隠される。足を引き摺り歩き出した街並みは硬く、冷たい。寸分の隙も無く俺を逃がさない現実の檻は、実際のところ無限に広がり、歩こうと思えばどこまでだって歩いて行ける。臆病者は一歩目を踏み出せず、俺の遥か彼方にいる優秀な誰かは、ずっと歩いてそこまで辿り着いた。分かった様に語り、自分を満足させる。俺はまだ、腐っている訳じゃないと。時間を待っているだけだと。

 

 いつまで、自問自答を重ねて時間を稼いでいるのだろうか。


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