退屈
押し付けられた安マイクの電源を確認し、手のひらで数回叩く。膨張した雑音が室内に響き渡り、静まり返った99人を前に目を閉じる。この圧力、怒り、喜び、混濁した感情の渦が築き上げる確かな力。たった100人、しかし、100人。自らの心で何かを感じ、想うことを忘れなかった愚かな人間達。彼らから発せられる熱気は強く、脆く、爆発的な一過性の物。それは危うく、ともすれば誰一人として幸福にすることはないだろう。
それでも、声を上げなくてはいけない時がある。間違っていると分かっていても、進み続けなければいけない時がある。罪なき人を傷つけ、己に酔いしれて獣のように叫びながら、破滅に向かって進んでいく。彼らは紛れもなく、自分に巻き込まれた被害者だ。それが正しかろうと正しくなかろうと、自分だけはそう思っておかなくてはいけない。それが、煽動家たる者の使命なのだから。
「諸君」
静かに告げた声は、確かに自分のものだ。どんな嘘を吐こうと、どれほどの罪を重ねようと、この声は自分のものだ。自分の意志で何かを伝えることのできる、弱き己に最後に残された武器だ。
「我々は、戦わなくてはいけない。我々の上の、この鬱屈とした空を切り拓くために」
始まりは確かに本音で、漠然として、儚い夢として消える程度の物だった。
「我々自身の手で、この世界を変える為に」
いつからかそれは形を持ち、同志を得て、少しづつ現実味を増していった。
「この戦いに勝利があるかは分からない、しかし、我々は決して敗北しない」
敵も味方も分からなくなり、本当の意味を見失ったまま進み続けた。
「我々が一人残らず死ぬ時、確かに世界は変わる」
若気の至りで済ませられる程度をはるかに超えた今、もう自分の手には負えない。長らく封じ込められていた彼らの『想い』は、高まりすぎている。それはもう、数人の犠牲で背負えるほど軽くない。
「この戦いに正義などない。我々は、己の為に戦う」
一体どこで、道を間違えたのだろうか。
「我々は嘲られ、罵られ、決して名誉とは言えない屍を晒すだろう」
俺はただ、嘗てあった退屈な日常を破壊したかっただけなのに。強くもなく、弱くもなかった俺は、平凡に生きる道を歩いていたはずなのに。
「それでも、諸君は己に誇りを持たなければならない」
自分が何を言っているのか分からないまま、熱に浮かされ語り続けた。自分が自分でいられる最後の砦を自ら崩して。
「それが、革命家たる唯一の義務だ」
鬱屈とした日常を抜け出した先は、ただの破滅だったのだ。