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夜の栞  作者: 飴坊
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カードローン

 夏の終わり際、日陰のベンチに座った僕は一人、俯いていた。手元に残ったのは、ちっぽけな長方形のカード一枚。その右上端にある不可思議なカウンターを青空に透かせば、24時間と32分という中途半端な時間が目に浮かぶ。残酷な現実、計画性のない暴走、自業自得、自己満足に浸り切った哀れな一人の人生の黄昏。表現は多様でも、僕の頭は空っぽに近い。ただ一つを得ようとして、何一つを失い、失ったものの大切さに気付く頃にはもう、手遅れだった。蝉の声が五月蠅く響き、僕の最期の一日の始まりを告げていた。

 目の前に、数年前から幾度となく僕の目の前に現れ続けている幻影が映る。醜悪な面で微笑む、僕の全てを刈り取っていった無慈悲な死神の姿が。この悪魔のカードを僕に手渡した元凶が。殴りつけたいほど憎らしい顔を目の前に、僕は絶望に暮れた。彼は、今日から後に続くはずだった僕の50年を、無慈悲に握りつぶしてくれた。

 

 嘗て、僕には救いたい人がいた。余命僅かな彼女を救うためだけに、僕はこの死神と契約を交わし、カードを手にした。僕の余命と引き換えに、他人の命を延ばすその所業に、僕は手を染めた。その時は、彼女の為だと思い込んでいた。僕は数年分の手数料を死神に叩きつけ、彼女と僕の余命を等しく揃えた。自らの愚行に酔っていた僕は、数年分の満足を得ることができた。ただ、それだけだった。

 しばしの時を経て、彼女は僕のそばから離れていった。僕に残されたのは、遥かに短くなった余命と、虚無と、途方もない大きさの後悔。カードを空に透かせば、何時だって残された時間が鋭く鮮やかに、目に焼き付けられてしまう。どれほど目を逸らしても、変わらず突きつけられ続ける現実。明日は大丈夫、明後日も大丈夫、そう言い聞かせて必死に恐怖を飲み下そうとした。そしてその日々がもう、終わる。


 あと24時間後に、僕はこの世から消えていく。この空の続くどこかにいる彼女も、同じく消えていく。僕よりずっとマシだろう、終わるその瞬間まで、自分が明日も生きられると信じ切っているのだから。これから彼女に降り注ぐ理不尽な死は、僕の、最初で最後の復讐になるだろう。僕の味わってきた恐怖を伝えられないまでも、彼女なりに未練は残るはずだから。

 足元に転がり落ちてきた蝉を踏み潰し、僕は立ちあがる。これから、最後の一日を過ごすわけだ。財産は使い切り、帰る場所もない。いらない。捨て鉢のまま、あてもなく歩き出した。蒸し暑さに包み込まれ、ただ歩き続けた。


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