意地悪
褐色に汚れた一枚の手紙が、僕の手元にはある。かすれて読みにくくなった、鉛筆で書かれたヘタクソな字は、いつだって僕を苦笑させる。それを受け取った日、僕は左手を包帯でぐるぐる巻きにされ、涙目で部屋に引き籠っていた。正直な話をすれば、何度か泣いて、やっと落ち着いていた時だった。母親に呼ばれ、玄関に出たところで僕はこの紙切れを渡された。
涙の痕を隠そうともせず、そっぽを向いたままの少女にそれを押し付けられた僕は、かける言葉を見つけられなかった。僕は、彼女が嫌いだった。いつも僕を滅茶苦茶に振り回した挙句、いつの間にか僕が悪いことになっていた。だからこの日も、僕の親は左程僕を心配もしなかった。いつも通り、僕が勝手に起こした事故だと思い込んでいた。
彼女は最低だった。僕が真面目な話をしようとすれば茶化すし、彼女の話には絶対に付き合わされた。イマイチ意味がつかめないまま相槌を打ち、何か言うたびに僕はバカにされた。僕が行きたがらない所にばかり行こうとするし、何か危ないことをする時や怖い場所に入る時は、必ず僕が先だった。彼女が少し臆病だったことが、最近になって分かるようになっていた。
酷い目にあわされ、何度も二度と会うまいと思っても、僕はいつの間にか彼女の隣にいた。それは、僕の意志でもあり、彼女の意志でもあった。他人に対して少し距離を置こうとする彼女の性格は、僕のような盾を必要としていた。僕は、いつしかその役目に慣れていた。少しだけ、誇りに思っているところもあった。僕の生きる意味は、僅かながらそこに在ったと言っても間違いではない。
その日々は、唐突に終わりを告げた。時の移り変わりが、僕と彼女をやんわりと引き剥がした。遠い場所で生きているあの少女を、僕が最後に見たのは薄汚れた駅のホームだった。幼いあの日、何も言えなかった僕は、同じようにただ立ち尽くしていた。彼女も、僕に何かを渡すことはしなかった。長かった少年時代が終わる音が、走り出した電車の騒音に掻き消されて散っていった。僕はもう、涙を流せるほど子供ではなくなっていた。
一昨年、僕は偶然にも再び彼女に出会った。お互いを忘れかけていた僕たちは、素直に再会を喜べるほどには大人になっていた。そして、僕が立っていたはずの彼女の隣には、一人の男が立っていた。彼女はもう、弱さを補い合える存在を手に入れていた。僕は微かな寂しさを刻み付けられて、笑った。
そんな二人から届いた一枚の招待状が、僕の机には置いてある。色褪せた手紙と並べられたそれには、奇しくも同じ文句が書かれている。昔よりずっと上手になった文字で。
ありがとう、と。