カラスの嫌いな女の子
カラスが嫌いな女の子
空はいい。俺はそう思っていた。空は自由だし、だだっ広い。風を切り、羽ばたいていればつまらないことは忘れていける。それは真実だった。鳥頭とバカにされるまでもなく、俺はシンプルにバカだ。大体の面倒なこと、面白くないことはさっくりと割り切って忘れていける。鶏は三歩というが、俺は一度羽を広げればもう忘れられる。便利だ。便利だった。まさか、忘れられない傷をつけられる日が来るなんて思ってもいなかった。
それは少し前の話になる。俺の自由だった翼を、見えない鎖で縛りつけたのは一人のガキだ。大した奴ではない。そこらを飛べば10人は軽く見つけられそうな、つまらない女の子で、尚且つ泣き虫だった。初めて見た時から泣いていたのだから間違いない。そして、こんなつまらないことを覚えているというのが、俺の最大の異常なのだ。
彼女は泣いていた。そしてその頭上数メートルのところには赤い風船が木の枝に引っかかっていた。その日、俺はいつも通り機嫌がよかった。太陽は夏を過ぎて大人しくなっていたから、黒い体が焼けこげる心配はしなくてよかったし、その前に合ったはずの、何やら嫌気のさすようなことはもう忘れていた。多分、俺があんな風に無駄に飛んでいたのは何かあったからだと思う。まぁ、それは正直どうでもいいことだった。
彼女を見て、俺は何かしらしてやりたくなってしまった。もちろん、俺にメリットなんてない。下手をすれば、羽を捥がれることだって有り得るかもしれない。ただ、その時の俺は――ある意味いつも通りだが――無意味に何かをしたかった。それで、俺はその赤い風船を嘴で掴み取ろうとした。泣き虫のクソガキに、偉そうにそれを渡してやりたかったのだ。そしてそれは、見事なまでに失敗した。
真っ赤なそれは、あっさりと爆ぜてしまった。引っ張った瞬間、恐らく枝が刺さったのだろう。耳が痛くなるような音を立てて砕け散っていった。動揺した俺が頭をぶつけたのはどうでもいいとして、その時の女の子の顔といったらなかった。世界が終わった様に、泣き叫んだ。ワザとやったわけじゃない。ただ、それを伝える手段も、弁解の余地も俺にはなかった。だから、仕方なくすぐにそこから飛び去った。後ろの泣き声が、どこまで飛んでも追いかけてくるような気がした。
あの日から、俺は自由じゃない。どこまで逃げてもあの泣き声は追いかけてくる。この先ずっと、俺は哀れな黒い鳥だ。