『マッチ』売りの元締め(ヤンキー)
「……ッチ、いかーっすかぁー。 ッチ、いかーっすかぁー」
ちっ、こんな寒空に『マッチ』が売れるわけがないだろ……
投げやりなセールストークをやめ、今にも雪が降ってきそうな、どんよりとしたぶ厚い雲を見上る。
なぜ私がこんな目に。
あれは何時もの様に、交通機動隊のオジサマとの熱いカーチェイス中だった。
見通しの悪いカーブを越えた瞬間、飛び出した熊にぶつかり私と愛車は空を飛んだ。
気がつけば病院のベッドの上ではなく、夕日の差し込む昭和を思い出させる四畳半の部屋で、私はなぜかちゃぶ台に座っていた。
正面にはメト○ン星人がいて、色々と説明してくれた。
現実世界の私は今、生死の境をさ迷っているらしい。
善人ならばこのまま生き返らせてくれるらしいのだが、ヤンチャがすぎて周りの人たちに迷惑を掛けすぎた私では難しいらしい。
ゴネにゴネて貰ったチャンスが、童話の『マッチ売りの少女』の少女となって、マッチを売りきり幸せな結末を迎えるというものだった。
その数一万本。
はんっ、やったろうじゃんッ!!
そして次に目を開けた時には、この『孤独な立売通り』に立っていた。
略して『ロリ通り』だとさ。
ひでぇ略称だな、オイ。
ここは肉体労働に向かない少女や幼女が売り子をしても良いとされる通りで、行政から正式に認められているため、阿漕な連中が少女たちの上前を跳ねるなどといった事はない。
売れば売っただけ、その少女たちの利益となる。
なので、身寄りの無い子供たちも野山で採ってきた花や果実などを売っている訳だが。
ちなみになぜこんなことを知っているかというと、神様が事前に教えてくれた。
……なるほど、私以外にもちらほらと幼女が売り子をしている。
花であったり、お菓子であったり、果物だったり、緑の生物であったり。
……え? ゴブリン!? 売れるのかそんな生物!?
……よし、見なかったことにしよう。
気を取り直し売り物である手提げ篭の『マッチ』を確認して愕然としたのは数秒後の話ではあるのだが。
「こんなもん、売れる訳ねぇだろッ!! ふっざけんなよ、くそがぁッ!!」
私の叫びは周囲から奇異の目を向けられるだけの結果になった。
……
…………
………………
その後、『マッチ』は売れないまま日が傾いてきた。
昼の陽気で売れない『マッチ』が、これからさらに冷え込む時間帯に売れる訳もなく。
私が途方にくれていると、隣でマッチを売っていた幼女が悲鳴をあげる。
泥酔客が幼女に無理矢理迫っていた。
事案である。
私は『マッチ』を握りしめると、駆け出した勢いそのままに泥酔客の側頭部目掛け『マッチ』振り抜く。
「おまわりさーーーん、この人ですッ!!」
『マッチ』の一撃を喰らい倒れた泥酔客に馬乗りになると更に『マッチ』を振るう。
「このッ、※※※野郎がッ。 ※※※してぇなら、裏通りに行きやがれってんだッ」
ようやく駆けつけた警官に、なぜか私が拘束され、詰所に連行されるという手違いはあったが。
はぁ? やり過ぎ? 知らんがな、そんなこと。
調書を取り終え詰所から解放された私を迎えたのは、先程の幼女であった。
先に調書を取り終えていたが、私を待っていたと。
「ありがとう! おねーちゃん」
そのはにかむような笑顔が眩しかった。
この子はきっとイイ女になるよ、私が保証する。
「大丈夫だったかい?」
「うん。 でも、マッチが……」
悲しそうに呟く幼女が売っていたマッチは、その殆どが路上へと巻き散らかされ売り物とは呼べなかった。
「ああ、さっきのおっさんがな、詫びだっていって……」
私はポッケから取り出した数枚の札を幼女に手渡し、しっかりと握らせる。
「ほら、持っていきな。 ちょっと足りないかもしれないがね」
「ううん、大丈夫だよ。 でもおねーちゃんの分は……」
「おねーちゃんはちゃんと稼げてるから大丈夫さ」
もちろんウソ。
一本すら売れてないが、こんな小さな子から分け前をもらうのは女が廃るってもんさね。
「あ、これな。 さすがに売り物にならねーからあんたにやるよ」
先程殴打した『マッチ』を幼女のポッケにねじりこむ。
べ、別に証拠隠滅ってわけじゃないんだからな!
勘違いするんじゃねーぞ?
「ほら、落とさない様にしっかりもって帰んな」
「うん! ありがとうね、おねーちゃん!!」
駆け去る幼女の背を見送る。
……さて。
もうひとがんばりするかーぁ。
この寒空の下、橋の下で寝るのだけは勘弁だからな。
「ッチ、いかがっすか~ぁ? ッチ、あるっすよ~ぉ?」
……
…………
………………
なんて空元気をだしてた時期もありました。
あれからやはり一本も売れてません。
マジかー、橋の下コースですかー?
『神』待ちなんてしたくはねぇが……
……オイオイ。
これが弱り目に祟り目ってやつですかー?
少しばかり18禁展開事を考えた罰なのか……
見上げた空から白い物がチラチラと舞い降りてきた。
「ハ、ハハハ。 こりゃー『マッチ売りの少女』が売り物に手を出して暖をとりたくもなるわなー」
舞い落ちる雪を認識したら一気に寒さが襲ってくる。
私も童話のようにマッチに火を灯して暖をとりたくなる。
だが私にはその手段が取れない。
だって……
私が売っているのは……
炭酸飲料なんだもの!!
神様、この『マッチ』じゃないよ……
さすがの私でも途方に暮れる事案である。
座り込み、両ヒザでまなじりに貯まった汗を拭っていたときだった。
「お嬢さん? この飲み物は君が売っているのかい?」
優しいおじさまの声に顔を上げると、『マッチ』の空ペットボトルを持ったおじさまと、その横には先程別れた幼女が立っていた。
「あぁ…… 確かにそりゃー私の売り物さねぇ」
「私は食堂をやっていてね。 数はまだあるかい? 良かったら私の店に卸してくれないか?」
「……あ。 ハイッ! ヨロコンデッ!!」
……これが『情けは人の為ならず』ってやつかねぇ。
……
…………
………………
「姉御、角の酒場で5ケース急ぎで持ってきて欲しいって」
「あいよ」
「おねーさん、新規顧客とれたよー。 川向こうの宿屋さん」
「ほいよ」
「ねえさん、いつもの行商の人がもう少し数を増やしたいって」
「へぇ?」
あれから随分と経った。
この時代にはない炭酸飲料という珍しさもあったのだろう。
噂は徐々に広まり、固定客を得て、顧客も増えていった。
『マッチ』自体は謎の神様パワーで、私が望めば望むだけ篭の中に補充された。
目標が一万本であるから、当然の仕様である。
すでに累計十万本は産み出しているはずなのに、条件が達成された気配はない。
私が直接販売しなければ、きっとカウントされないのだろう。
人手は積極的にあの通りの子供たちを雇った。
御用聞きや配達、営業など手広く使っている。
暫くすると年長達は貯めた給金で独立し巣立っていく。
私はそれを見るのが何よりの楽しみになった。
あっちの世界に未練がないといえばウソになる。
でも、この充実感は何物にも代えがたいと感じる自分がいるのも確かだ。
幼い子供が寒空の下で売り子をしていた『孤独な立売通り』。
今はもう、あの通りで売り子をする子供は居ない。
これも一つの幸せな結末って奴じゃないかい?
なぁ、神様?