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これからも、続くもの

 薄暗い中、冷たいコンクリートの上を複数の人間が忙しなく行き交う。


 積み上げられた雑多な物資。食料や生活雑貨のような消耗品から、家電や工具のような機材まで、その内容に統一性は無い。


「フフ、上々の戦果だ」


 そんな光景を上機嫌で眺める男は、人の意思で動いてはいない。その肉体を操るのは、今回の襲撃を画策した『ソロ』たちのボス。


「消耗した我々の戦力も、回復させられる」

「……申し訳ない」

「何がだね?」


 脱出に成功して、予備の体に移ったファインデイがその傍に立つ。バイク・チューンドが撃破された事を差し引いても、その表情は暗い。


「戦力として招致されながら、私闘により戦線を離脱してしまいました」


 その言葉を受け、ボスは口の端をゆがめて笑う。


「あの時点で既に十分な戦果は上げられていた。だから私は許可を出していたし、そもそも今回の作戦は、君がいなければ成り立たなかったものだ」


 それに加えて、と彼は倉庫の一角を手で示す。


「あれだけの人体があれば、肉体を失った戦友たちも復帰できる。一人に一体割り当てても尚余る程の数を手に入れられた」


 そこに置かれていたのは、最大の目的にして、最重要の成果。

 ネイキッド・バニッシャーの参戦後は減る一方だった資源、『人体』の補充。

 アーマーの大破やバニッシャーの負傷によって、ファインデイが敵の数を減らしたからこそ、彼らは期待以上の成果が上げられた。


「……人間と奴らは、私から手に入れた技術を利用してくるでしょう」


 オマワリが選んだ捨て身の戦法により、『コーラス』側にチューンドを作る技術が流出してしまった。

 チューンドを直接投入してくるという事はまず無いが、ただでさえ厄介だったネイキッド・バニッシャーが、さらに強化される可能性は高い。


「それも君の手によるてこ入れがあれば、問題は無いだろう」

「しかし……」

「私や仲間達の手前、申し訳無いという態度を取っているようだが……君は、この状況を楽しんでいるだろう?」


 ボスが、隣に立つファインデイに視線を向けると、彼もまた笑っていた。


「……分かってしまいますか」

「形は多少違えど、私は君の同類だからね。より激化するであろう戦いに、期待が膨らんでいるよ」


 その時、硬いもの同士がぶつかり合ったような音が響く。


「ふざけないでよっ……!」


 戦利品の仕分けをしていた波動生命の一体が、手に持った工具を床に叩きつけていた。

 客人への無礼な態度に、周囲の同胞達もざわつくが、当のファインデイはそれを手で制した。


「言いたい事があるならば、聞こう」


 堰を切ったように、その個体は涙と言葉を溢れさせる。


「私たちが……、私たちがどんな思いをしたと……」


 大した脅威ではないと思われていた相手によって、徐々に削られる人員、資源。好転する事なく、悪くなるばかりの状況。

 ようやく攻勢に出れたと思えば、あっという間に頓挫してより強力な敵が出現する。


「あんたでも負けるような奴相手に、どうすりゃ良いってのよ……」


 無言で耳を傾けていたファインデイの表情が、ピクリと動く。

 勘の良い者はその意味に気が付き、彼女を静止しようとしたが、ファインデイの行動は早かった。瞬く間に彼女へ肉薄し、襟首を掴んで吊り上げる。


「私を責める気持ちは分かる。だが、怯えるばかりで気骨、気概がまるで感じられないのは、……どういう事だ?」


 彼女は目を逸らす事こそ無いが、自身を掴みあげる相手に対して何も出来ない。

 ファインデイの空いた手に波動が宿り、ゆっくりと振り上げられる。


「君の怒りが理解出来ない訳では無いが、それ以上は許容できない」


 いつの間にか、彼のすぐ後ろに立っていたボスが、彼の腕を掴み制止していた。表情こそ変えてはいないが、指が食い込むほどの力で彼の腕を抑えている。


「放してやってはくれないかね?」


 掴まれた腕の肉が僅かに膨張し、その圧力が指を押し返す。


「これに……、あなたから庇われるだけの価値は、あるのですか」

「そもそも、()()は私の部下だ。君がその要否を判断するのは、筋違いというものだよ」


 掴まれた腕の波動は、未だ鎮まらない。掴んだ手から伝わる波動とぶつかり合い、爆ぜるような音を立てる。


「……付け加えるなら、私もこれが言ったのでなければ庇いはしなかった。姿を変えることもままならない、若く未熟な同胞でなければ」

「これからに期待して、という事ですか」

「君の目で見て、見込みが無いと思うかね?」


 その言葉を受けて、ファインデイは再び視線を彼女に戻す。

 怯えの色をたたえた瞳、震える身体。まるで、弱さを体現したような姿。


「……やれるだけ、やってみましょう。先日のように、番狂わせを起こすかもしれません」


 弱者が、いつまでもそのままとは限らない。

 ボスはファインデイの腕を放し、すれ違うように歩を進め、振り返る。


「より多くの同胞との、より激しい戦い。楽しくなりそうだとは思わないか」

「……同感です」


 二つの笑いが静かに、暗い屋内で響いた。




――――




「私は、あの個体を戦わせ続ける事に反対だ」


 小さな会議室に集まった警察関係者たち。彼らに、壁に備えられたスピーカーからの声が意見を述べる。


「我々は、『人間との関わり方』という点でソロと対立している。例え彼らを圧倒できる手段だとしても、その方針に反するやり方では、意味が無い」


 プロジェクタに映るものが、発言者を示すシンボルからひとつの動画に切り替わる。

 そこに映っているのは、もがき苦しむバイク・チューンドと、おぼつかない足取りでそれへ近寄るネイキッド・バニッシャー。オマワリが、アキラの体を動かしてファインデイにとどめを刺そうとした場面。


「『人間の側が体を動かせなかった』、『大きな被害を出した相手を逃せない』。これらの理由があったとしても、この行為は非常に危ういものだ」


 ネイキッド・バニッシャーという案でさえ、彼らにとっては妥協の産物だった。代替案さえあれば、今からでも廃止させたい程に。

 映像の再生が終わり、プロジェクタの表示が先程のシンボルに戻る。


「戦闘に関わらせないか、何かしらの制限をつけるか。……少なくとも、従来のままというのはありえない」

「その『制限」というのは、どの程度を考えておいでで?」


 今回の動画を撮影した、オマワリをよく知る人間。現場の状況をよく知る者として、ジョウはこの場に呼ばれていた。


「まだ、具体的な方策はない。……逆に聞かせてもらおう、何か考えがあると?」

「本人から、提案を一つ預かっています」


 リモコンを操作し、先程の動画を再び表示させる。画面内の時間は撒き戻り、ネイキッド・バニッシャーがチューンド諸共に砲撃を受けた時点で停止する。


「今回彼らは、敵波動生命の侵食をあえて受けました。人体改造の技術、ノウハウを奪取するために」


 映像は進み、姿を変えたバニッシャーが再びチューンドと戦い始める。


「波動弾によるエネルギー供給で侵食をはね除け、結果として彼らは敵を撃退しました」


 もしこの戦略がうまくいかなかった時、どうする計画だったか。


「もしもの場合に備え、私は彼らを攻性波動弾で狙い続けていた。敗北した場合の保険として」


 アキラの体を奪われそうになったなら、自身ごとファインデイを狙撃するようオマワリはジョウに依頼していた。


「オマワリは今後もそれを続けていきたい。『自身の命を担保とする事で戦い続けたい』と言ってきました」


 スピーカーにノイズが走り、画面に映るシンボルが次々と入れ替わる。

 機器内部での混乱が収まると、先ほどとは別のシンボルが画面に表示された。


「本当に、奴はそんな発言を?」

「ええ。あなた方と同様に、オマワリ自身も自分の事が信用できないと考えています」


 一度タブーを踏み越えてしまった。その事実が、それ以上の行為に対するハードルを下げている。今はまだしも、今後もその境界線が下がらないという保証は無い。


「だから再び基底波のデータを提供し、『一線を越えたか』の判断を私に委ねるというのですよ」

「あなたはそれをするのか? ……出来るのか?」


 これまでとは別の個体が問いかける。


「可能かと言うのであれば、あの暴走状態を相手にしたシミュレーションでも、十分な勝率があると確認しています」

「意思の面では?」

「……肩を並べる仲間を、進んで撃ちたいとは思いません」


 あの日も、本人の頼みでなければ引き金を引くことは出来なかった、かもしれない。


「ですが、それ以上に私は、可能な限り彼を戦わせてやりたい」


 人の、正常な営みを守る。

 今も彼らは、同じ理想を抱いて戦っている。だからこそ。


「もし、道を違える事があれば。その時は私が、彼を撃ちます」


 そのための弾は今も、発射の瞬間を待ち続けている。




――――




「これを着るのも久々だ」


 ロッカールームで一人、防護服に袖を通すアキラ。

 上半身、下半身、両手両脚と体を覆い、継ぎ目をリングで締めていく。


「ベッドの上は退屈だったぜ、オマワリ」


 彼はあの日から、ほんの数日前まで病院のベッドに逆戻りしていた。四肢の酷使に対して、ドクターストップがかかったのだ。


「休める時に、休んでおくのも大事だ」


 病院送りとなったアキラとは対照的に、オマワリは今回の事後処理に忙殺されていた。

 本人の意思に関わらず、リミッターを解除できるものと引き離されてしまっては戦えない。

 制止されずとも、彼らに選択肢はなかったのだ。


 ボディアーマーを身につけ、手足の防具と発生器からの伝達管を繋ぐ。仕上げにヘルメットを被り、体内のオマワリが発生器を起動すれば、準備完了だ。……今までならば。


「やってくれ、オマワリ」


 これからは、もうひとつ手順が増える。


「……君は、怖くないか」

「なんだよ急に」


「ワタシは、怖い」

「このまま戦い続けた結果、ワタシという存在が憤怒に塗り潰されるのではないか。ワタシがワタシでなくなり、君の体を奪おうとするのではないか」


 実際に、その兆候はあった。あの日オマワリは、アキラの肉体をその意に反して操ってみせた。

 限界を超えた彼の体を動かして、ファインデイを消そうとした。


「不安なのか? なら、俺が保証してやるよ。『オマワリはそんな事にならない』ってな」

「なぜ、そんな事が言える?」


 例えほんのわずかな可能性だとしても、それが実現してしまうという不安は拭えない。


「『俺がオマワリの相棒だから』じゃ納得できないのか?」

「だから、ワタシを信じると?」

「違う。『俺が信じるから、オマワリも自分を信じろ』って言ってんだ」

「……ありがとう」


 無茶苦茶な理屈、そう感じる一方で「本当にそうはならない」とも思えてしまう。


「気が済んだなら、今度こそやってくれ」


 彼の声に応じて、身につけた装備が脈動し形を変える。あの日の戦いで見せた暴走形態から、四肢の肥大を除いたような姿。

 チューンド化技術を応用した、ネイキッド・バニッシャーのための鎧。


「いい感じだ」


 体が軽い。あの時ほどではなくとも、力のみなぎる感覚もある。


「さあ、今日も……」


 いいや、そうじゃないな。


「これからもよろしく頼むぜ。オマワリ」

「こちらこそ、アキラ」

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