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賭けの配当、そして決着

 あと少し、あとほんの少しで、アキラの体を完全に制圧できるという状況。

 勝利へと向いていたファインデイの意識は、流れ込んできた膨大な波動にかき乱された。


 周囲への警戒が、奴へのとどめを、いや状況は。

 散り散りになりかけた思考が、肉体から送られた号令によって再び収束する。

 そして感じる違和感。攻性波動を食らったにしては、(·)(·)(·)(·)(·)が目減りしていない。


「まさか、これは……」


 周囲の波動は徐々に指向性を持ち、周囲からの圧迫感が増していく。


「察しが良いな」


 圧迫感は重圧となり、ファインデイをギリギリと締め上げる。


「正気か!?」


 こんな事が起こる理由は、一つしかない。まともな波動生命ならば、選ぶはずのない選択肢。


「自身の基底波を他者に教える。その意味を知らないはずは無い!」

「もちろん、知っている」


 生殺与奪の権を、他者に委ねる事に等しい。そんな事は承知の上。


「まともなやり方で貴様に勝てると思う程、自惚れてはいない」


 低く冷たい声が、熱を帯び始めた。周囲の波動もそれに従い、温度を上げる。


「ワタシの全てを賭けてでも、貴様だけは殺すと誓った」


 その場に留まろうとファインデイは身構えたが、熱量も圧力も際限なく上がり続ける。まるで、自身の肉体ごと地殻まで沈められたような感覚。


「命一つでそれが叶うなら何度だって賭けてやる!」


 抗いきれず、弾き出されるファインデイ。地の底から一転、空高く打ち上げられる感覚は決して錯覚ではない。

 バイク・チューンドの肉体もまた、反抗の余波によって宙を舞っていたのだ。



――――



 二つの波によって目一杯に撹拌された意識や感覚を、頭を振ってクリアにする。景気づけとばかりに舗装を手で打ち、アキラは再び立ち上がった。


「俺がこうしていられるって事は、……上手くいったんだな?」

「ああ、ワタシは賭けに勝った。これがその、成果だ」


 二つ目の心臓を埋め込まれた、と言う表現では不十分な、膨大な力が全身を循環する感覚。痛みを伴わない熱さを覚えた手足には、装備が熱で溶け落ちたかのような開放感があった。


「……『バニッシャー・チューンド』とでも言うべきか」


 一拍遅れて立ち上がったファインデイ。硬質な物の破砕音と、重量物の衝突音が同時に響く。


「違う」


 否定の意思を示すかのように放たれた、ネイキッド・バニッシャーによる一撃。それは依然変わらず、オマワリの手による物ではない。


「俺はここにいるぜ? ファインデイ」

「ワタシは、……ワタシ達は今も、ネイキッド・バニッシャーだ」


 舗装の抉れた箇所から土煙を上げ、バイク・チューンドが排気音を唸らせてネイキッド・バニッシャーに迫る。


「己も省みぬ執念の産物、どれ程の物か見せてもらおう!」


 僅かな距離で最高速に達し、全身に砲弾のような運動エネルギーを蓄えたバイク・チューンド。その突撃を止めたのは、早く、そして重くなったアキラの拳だった。


「おおおぉぉぉぉぉっ!」


 勢いを失い体勢を崩した相手に、雄叫びを上げて追撃の連打を放つ。


(すげぇ、何だこれ)


 殴った拳の感触が、全く違う。

 これまでは、タイヤのような手ごたえだったバイク・チューンドのボディに、今は拳が突き刺さる。

 凹み、ひび割れ、事故車のような有り様となった相手の拳は一発も、アキラには届かない。スピードの差が手数の差を生み、ファインデイの打撃は全て打ち落とされているからだ。



 ……それなのに何故、奴は笑い続けている?

 敵を見据えるアキラの眼は、引きつるような形を崩さない口元を捉え続けていた。


 笑っている。これが虚勢には思えない。ファインデイは、そんな容易い相手ではない。

 何か、見逃している事がある。


 その何かを、彼は思いの外早く理解することになった。思考より先に、肉体が解答へと行き着いたからだ。


 みしり。


 腕が、きしむ音と鋭い痛みという形で悲鳴を上げる。

 そしてこの時を待っていたと、バイク·チューンドの背後からマフラーが口を覗かせた。あまりの痛みに体勢を崩したネイキッド·バニッシャーへ、密かにチャージされていた衝撃波が放たれる。


 アキラはとっさに負傷した腕をかばう。障壁の展開は、間に合わない。

 通常の装備なら、防護機能を喪失していたであろう出力の照射。それに彼の装備は耐えた。

 変質した装甲表面に波動のエネルギーが迸り、ファインデイの衝撃波を弾き寄せつけない。

 そうして生まれたわずかな時間で、無事な腕に防壁を発生させて波動の照射を受け止める。


「私の青写真を、使いこなせなかったようだな」


 互いの波動がぶつかり合い、激しい音の立つ障壁を隔てて両者はにらみ合う。


「……なすがままだったのは、こういうことか」

「誰よりもよく知っているチューンだぞ?」


 何を馬鹿な事を、と言わんばかりの声色。


「あんな動きをすればどうなるか、予想するのは容易い事だ」


 バイク·チューンドの背後で蠢く、何かの気配。そして、わずかに緩む衝撃波の圧力。


(跳べ!)


 体内に響いた叫びに反応し、飛び退くアキラ。

 次の瞬間、彼のいた場所をもう一閃の衝撃波が通過した。より正確に言うならば、そこは『負傷した腕のあった位置』だ。

 そして放たれた衝撃波の性質は、先程までと比べ明らかに異なる。砲口を絞ることでワイヤーのように収束されたそれは、回避しなければ障壁を貫いていたかもしれない。



 バイク・チューンドの、千鳥足のように不規則な移動。それに伴い、多種多様な衝撃波が続けざまに放たれる。大小の波動弾も織り交ぜられたその弾幕は、標的を追い詰め、絡めとろうとする意志の表れだ。


 対するネイキッド・バニッシャーは、照射の隙間を縫うように跳び包囲を掻い潜る。防戦、と言う点では強化前と変わらない状況だが、今の彼は高所へ跳ぼうとしない。

 傷ついた腕を抱えていても、今は彼が追う側だからだ。だから、無駄に距離を取る必要は無い。


(腕の具合はどんなだ?)

(再び使えるようになるまで、少々時間がかかる)


 わずかに向けた内側への意識。自身の内で鳴る音と疼痛が、アキラに治癒を実感させる。


(現状、パワーの調整までは手が回らない。悪いが時間を稼いで欲しい)

(……必要ねぇよ)

(何?)


 自身の肉体をも傷つける、過剰な力。

 アキラの腕は一度、実際に砕けている。普段のようにリミッターを設定しなければ先程の二の舞に、あるいはなお悪い状況になるだろう。


(その辺はこっちで加減する)

(しかし……)


 また、肝心な所で限界が来るかもしれない。それはアキラも理解している。

 だが彼には、別の考えがあった。


(それであいつに、勝てると思うか?)


 危険を冒して手に入れた、バイク・チューンドをも圧倒する力。

 ファインデイは今なお余力を残し、射撃により彼らを仕留めにかかっている。そんな相手を倒すためには、新たな力をいつでも使えるようにしておきたい。


(いつもみたいに、スイッチを入れる一瞬の間が惜しい。このままやらせてくれ)

(……腕の状態は感覚で分かるはずだ。攻性波動も準備する、何とか奴に近づいてくれ)

(ああ、任せとけ)



 手足の感覚、自身の体内に響く音。敵の動きや射線と同様に、アキラは注意を払う。再び力の加減を誤れば、生じる隙は致命的だ。

 オマワリの手による腕の治療は刻一刻と進行しているが、それはファインデイも変わらない。変則的な移動に伴う射撃と平行して、バイク・チューンドの損傷は修復されていく。


 エネルギーはどちらも有限。こちらも外部から補充を受けているとはいえ、敵もまたダメージを回復しつつあるという状況は焦りを生む。

 体内に響く、激しさを増しつつある律動もまたアキラを急かした。その変化は、黙して腕を治療する彼の思いを雄弁に語っている。


 腕の痛みの消える瞬間が、訪れた。


 二、三拳を開閉し、ネイキッド・バニッシャーは全力で地を蹴る。足元を削り、後ろへ礫を散らしながら、肉食獣のような動きで敵へと迫る。


(限界が来る前に!)


 その一撃を防がんとするバイク・チューンドの腕も間に合わず、その頬に拳が届こうという瞬間、アキラは腹部に衝撃を感じた。

 いつの間にか身を引いていた相手の体勢、下方から向けられていたマフラー。踏み込みの勢いと相まって、ネイキッド・バニッシャーの体は上に跳ね上げられる。


「私にも意地がある!」


 衝撃波が途切れると同時に響く、金切り声のように高いエンジン音。波動生命でなくとも肌にビリビリと来る、波動のエネルギー。

 それに呼応して背部にある発生器も唸りを上げる。両腕に宿る攻性波動の重圧が意味するのは、必殺の意思。敵のそれもまた同じ。


 空中で体勢を整え、着地と同時に後方の敵へ振り返る。片方のマフラーを突撃槍のように構えて迫る、バイク・チューンド。


「勝負だ、ネイキッド・バニッシャアァァァッ!」


 異様な体勢と気迫に怯むことなく、アキラは敵の懐目がけて踏み込む。

 自身に迫るマフラーを、身を翻してかわした彼を迎え撃つのは、もう一方から放たれる衝撃波。


 障壁で受けとめたそれの、貫通力を度外視したとしか思えない太さ。そしてバイク・チューンドの口腔から発せられる、強烈な波動の気配。


 縫い止められた。このままでは、撃ち抜かれる。


「俺達を、舐めんなよファインデイ!」


 ここで使わずして、いつ使うと言うのか。

 最大の力を引き出して、叫びと共に障壁ごと衝撃波を押し返す。


 開いた道が塞がれる前に、先に撃ち抜かれる前に。

 渾身の力を込めて、腕を振るう。

 

 無我夢中で放った掌打の手ごたえと、腹部に受けた衝撃と痛みを感じたのは、ほぼ同時だった。



 触れた手から伝わる、攻性波動を打ち込まれた相手の痙攣。

 これでどうだ、と焦点のぼやけた視線を上げる。


 大きく開かれていた口が、再び笑みの形へと戻った。


 背筋を走る悪寒。

 まだ奴は、打つ手を残している。


 それがどんなものかは分からない。しかし今は、波動を生み出す発生器が破損している。対抗する手段が無い。

 ほんの僅かな逡巡の後、行き着いた答えは。


(何もしねぇよりは!)


 波動を纏わない腕を振りかぶる。

 これが、悪あがきに過ぎない行為であろうと、何もしないという選択肢だけは、ありえない。


 彼の意思が、勝機を引き寄せた。

 拳を握ろうとしたその瞬間、波動が再び手に宿る。


 手を開いたまま、相手の胸めがけて振り抜く。

 終始笑みを浮かべていた、バイク・チューンドの口が、遂に歪んだ。


 収まりつつあった痙攣は一層激しくなり、肉薄していたアキラを弾き飛ばした。

 それは最早、あまりの震えにバランスを取ることすらままならず倒れ込む。


 アキラの眼前で、のたうち回るバイク・チューンド。

 同じく背を地につけた彼は、自身の状態に意識を向ける。


 下腹部に、風穴が開いていた。


 戦意によって麻痺した痛覚が戻り始め、彼を苛む。

 目の前で悶える相手のようにはならない。むしろ、下手に動こうとすれば痛みが増す。


 アキラは歯を食いしばり、傷の治療を促す声を絞り出そうとする。

 それを妨げたのは、意図せずして立ち上がった彼の体と、その動作が生み出す苦痛だった。


 覚束ない足取りで、彼の肉体はバイク・チューンドへと接近していく。


「自身が消え行く気分はどうだ? ファインデイ」


 無防備な急所へと放たれた波動が、容赦なくバイク・チューンドを侵食していた。オマワリへの返答はない。


「……答える余裕は無い、か」


 一体、どこから湧いてきたというのか。

 アキラの体内に響く波動が、彼の体をその意に反して突き動かしていた。


 一歩、また一歩。

 足が前へと動くたび、波動の強さとそれがもたらす苦痛は増していく。


「これでお終いだ。貴様も、その行いも」


 再び手に宿った攻性波動は、先の一撃に比べれば頼りないものでしかない。しかし、今のファインデイにはそんなものでも致命的だ。


「無に還れ。ファインデイ」


 波動のみならず、様々なものが乗った手のひら。それが眼下のバイク・チューンドへと振り下ろされる、その瞬間。


「っ! ぐうっ……!」


 痛みを堪えきれなかったアキラが、声を上げた。そしてその声に反応し、一瞬だけ手が止まる。


「……また会おう」


 そのわずかな隙に乗じて、横薙ぎにされたマフラー。

 無防備な状態で受けたネイキッド・バニッシャーを襲うのは、バイク・チューンドを爆心として発生した、大爆発。


 巻き上げられた粉塵の中から現れたのは、手足を丸めて身を守った彼らの姿だった。


 恐る恐るといった調子で、顔の前で組んだ腕をゆっくりと解いた彼は、握り拳を地にめり込ませた。


「くそっ! 」


 わなわなと身を震わせる彼に、体の持ち主から声が届く。


「オマワリ……、腹の、きず……」


 爆発の瞬間、全身が波動の被膜で防御されたが、それ以前に破壊力をほぼ持たないものだった。

 それでも尚、アキラが息も絶え絶えといった有り様であるのは、勝利のために無理を重ねたため。


「済まない! すぐ治療にかかる」


 痛覚への干渉を受けて、アキラは「どこが痛いのか」の区別がつかない状態から解放された。


「何とか、勝てたな」


 息をつく代わりにつぶやいた一言。何気ないその言葉が体内の波動を乱し、再び増した痛みに彼は顔をしかめる。


「っ痛、おいオマワリ!」

「……ワタシは、ワタシはっ!」


 いまだかつて聞いた事のない、オマワリの声。


「全てを捨てても、それでも奴に、ファインデイに届かなかった!」


 震える声、搾り出すような叫び。


「あと一撃、それで奴は死んだ! なのにワタシは……」

「オマワリ!」


 いつもの彼ならば、好きに言わせていたかもしれない。だが、今はそんな余裕はない。


「頼むから、腹の傷を早く塞いでくれ」

「……君は、どう思っている?」

「どうって」

「ワタシが禁忌を犯して、それでも奴を逃がした事を」


 わずかに沈黙した彼が、再び口を開こうとした時。ジョウから通信が入った。


「バイク・チューンドの撃破を確認した。そちらの状況を」

「……オマワリ、頼む」


 波動を用いた鎮痛により、彼の身体感覚は鈍っている。自身の体がどういう状態なのかを把握できない。


「発生器一台の大破に加え、骨格と内臓にダメージを受けた。戦闘の続行は不可能だ」

「救援は必要か?」

「応急処置のみならば、僅かな時間で完了する。助力が無くとも拠点へ戻るのは可能だ」

「……このまま、戦い続けられないか?」


 口を挟んだアキラの問いかけ。まだ戦闘に参加しようとする彼は、双方から制止された。


「発生器は片方がまだ生きている。可能ではあるが、推奨できない」

「猫の手も借りたい今、そう言ってくれるのは助かるが、無茶はするな」


 痺れた上体を、彼はむりやり起こして言った。


「俺はこの、アホみたいな騒ぎをとっとと終わらせたいんだ」

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