『ソロ』の事情、そして再戦
街の一角に存在する、小さな雑居ビル。その一室で二人の人物が向かい合って座っている。
一人は、バニッシャーとトランペット・チューンドの戦いを眺めていた男。もう一人は、スーツを着た壮年の男性。
この地域で活動する『ソロ』達のボスと、彼に呼ばれた強力な戦闘要員が、二つの体を動かしているのだ。
「すまないね、このようなところで。よく招致に応じてくれた」
「早速ですが、私がここに呼ばれた理由を聞かせて欲しい」
戦闘要員の波動生命は、かつて日本で戦っていた。戦況の変化、停滞によって戦場をアメリカに移した彼は、「腕の立つ奴をよこしてくれ」という要請を受けて再び日本に帰ってきたのだ。
「君は、既にこちらで敵と交戦したそうだね」
「手に入れて日の浅いボディとはいえ、たった一人に倒されてしまうとは。いや、面目ない」
「侮れない相手だろう。あれが、我々を悩ませているものだ」
人間社会全体を掌握、支配しようという『ソロ』の試みは、『コーラス』と手を結んだ人間たちの抵抗により失敗した。
彼らは『コーラス』たちが協力できなかった反社会勢力に成り代わり、その人員、物資その他のリソースを受け継いで社会の闇に潜伏。チューンドを使った散発的な攻撃や誘拐、略奪で人間の抵抗力を削ぎ、力を蓄えながら人間と『コーラス』の隙をうかがってきた。
ところが、そんな『ソロ』の目論見を破綻させる存在が現れる。『ネイキッド・バニッシャー』だ。
一度の戦闘で装備を使い潰すとはいえ、それは大量生産されたものの一つでしかない。個体によって戦闘能力にばらつきはあるが、彼らは正規のバニッシャー部隊よりも速く、安くチューンドを制圧できる。
「確かに奴の戦闘能力は相当なものですが、あれを倒せる者がいないという事は無いのでは?」
自身の戦った経験からの言葉。彼は、あれが平均的な能力だとは思っていない。もしそうなら、もっと早くに応援が呼ばれているはずだ。
極一部でもあれほどの力を持っているなら、脅威である事に間違いはない。
「君が交戦したあれは、特に強い個体だ。……確かに倒すだけなら出来ない事は無いがね」
奴らの厄介なところは直接的な戦闘力ではない。
平均的なネイキッド・バニッシャーは、同じく平均的なチューンドと戦える程度の能力を持つ。『倒せる』ではなく、『戦える』。
『ソロ』は人間と『コーラス』に比べて頭数が少ない。そんな彼らが互角以上に戦えるのは、自身の一部である波動を放射し、生物機械問わず身体を乗っ取る事が出来るからだ。
如何に強力であろうと、これへの対策を忘れた相手など彼らにとって良いカモでしかない。
一方ネイキッド・バニッシャーは、少ない『ソロ』の戦力を確実に削り取る。
頭数が多く、他のバニッシャーよりも弱い代わりに身軽で、運用コストが遥かに安い。その上乗っ取っても大した戦力にならないというオマケ付きだ。
倒さなければ極めて邪魔な相手であるというのに、倒すために必要なコストやリスクがメリットと釣り合わない。
「そこで君には、奴らの間引きをお願いしたい」
この地域の波動生命と比べれば、頭一つ以上に強力な力を持つ助っ人。彼が全力で戦うなら、最高クラスのネイキッド・バニッシャーでも圧倒する事が可能だ。
万が一敗北すれば大損害を受ける事に違いはないが、部下達に任せるよりはリスクが低下する。
また、波動生命にとって人体は、人間にとっての土地や家屋のようなものだ。彼らの手でそれを損なう殺人は忌避される行為だが、現状そうは言っていられない。
生死、種別を問わずバニッシャーを減らし、人と『コーラス』に押されていた形勢を押し戻す。
これがボスの依頼だった。
「……一つ、意見を聞いてもよろしいか」
「何かね?」
「あなたは、奴らのやり方をどう思っている?」
ネイキッド・バニッシャーが戦線に投入された事を、ボスがどう思っているか。彼はそれを聞いておきたかった。
「こうして追い詰められている身からすれば、英断だと思うよ」
言葉を続けるようとしたボスは、その前にと一つ質問を返す。
彼ら、人類と『コーラス』の価値観を知識として知っているか。共感するかはともかく、ある程度理解しているかと。
そういった事に興味を持たない波動生命はとことん無関心だ。目の前の男がそうではないと返事をすると、彼は知っているという前提で話を続ける。
「彼らの価値観で判断するなら、ネイキッド・バニッシャーという手段は良いとは言えないもののはずだ」
人に手段だけ与えて、戦うかどうか、どうやって戦うかの判断を任せていた節のある『コーラス』が、このやり方に協力している。
乗り捨てられた元チューンドを、ボスは人間のリソースを浪費させる手段と考えていた。彼らは弱者を見捨てられないと。
そんな彼らが、元チューンドを戦力として運用し始めた。強敵と認めるに相応しい、そういう考え方をするようになったという事だ。
「喜ばしい事だと?」
「あれに手を焼かされている今は、手放しに喜べんがね」
助っ人は、敵が強くなった事を喜ぶ思いに共感は出来たが、ネイキッド・バニッシャーに対する意見は異なる。
「奴らには、失望しました」
「ほう、何故だい」
『コーラス』がチューンドの運用を始めたと勘違いした彼は、期待をしていた。取るに足らない弱者が敬意を払うに相応しい敵へ変わったと。
ネイキッド・バニッシャーの実態を知った今は、唾棄すべき相手、見下げ果てた存在だと思っている。
能力を鑑みれば、人と『コーラス』が役割分担をして戦うのは至極当然の事だろう。人体の運用技術は、『ソロ』に一日の長がある。人間に任せられる部分は人間に任せるというのは、合理的だ。
合理的な判断だが、気にくわない。半端に主義主張を曲げる、という部分が特に。
「つまり、君の美学に反するやり方が嫌だと」
「そんなところです」
愉快、あるいは興味深いとばかりにボスは笑う。
「やる気になってくれて助かる。戦果を期待させてもらうよ」
「言われなくとも。ただ、その前に一つ頼みが」
私闘を許可して欲しい。仕事に取り掛かる前に、分身を倒したネイキッド・バニッシャーとの再戦を彼は望んだ。
「倒してくれるなら仕事の内なので構わんがね。やられたままでいる気は無い、という事かな」
そういう部分も無い訳ではないが、大きな理由は別にある。
「私は、あのバニッシャーの身体を手に入れたい」
――――
最後にチューンドを倒してから数日後、あれから『ソロ』は大人しく、アキラはチューンドに遭遇していない。
彼がいつものように割り振られたルートをパトロールしていると、通信が入った。波動生命がセンサーにかかった、近くで奴らが活動を始めている、と。
「我々が向かう、と連絡しておく。現場までのルートを表示するので、向かってくれ」
「分かった」
オマワリは通信への返答と同時に、バイクについた回転灯を点けてアキラの『スイッチ』を切り替える。チューンドとしての能力を解放し、臨戦態勢を取るためだ。
全身を走る力の感覚から、アキラは自身のリミッターが解除された事を感じ取る。この刺激は、彼自身の精神的なスイッチも切り替えた。
到着した現場は、先日とは別の公園。そこに広がる異様な光景に、彼らは警戒を強める。
『ソロ』が悪事を働くとき、人手は現地で調達される。先日のように、普通は意識を奪われた人間がいるものなのだ。
ここにいた被害者たちは、皆地面に倒れ伏している。呼吸はしているので命に別状はない。
「一体、どうなってるんだ?」
アキラは被害者の一人に近寄って、オマワリに状態を確認させる。
「体内に存在する波動が非常に少ない。この量では身体機能の強化や精神の操作は不可能だ」
「なら何で、この人たちは昏倒しているんだ?」
「理由は不明だが、人間の意識を奪うために波動を放ったものと思われる」
今までに『ソロ』が、このような事件を引き起こした事は無かった。その意図を推測することも出来ない。
彼らは人間やコーラスと相容れない思想を持ってはいるが、理由や目的を持たずに事件を起こした事は無い。そんな彼らが意図の分からない行動を起こしたならば、当然警戒するべきだ。
オマワリの誘導に従い、波動生命の反応がある方へアキラは向かう。道に倒れた被害者達はうめき声一つ上げず、辺りには木々のざわめきや水音だけが響いていた。
「またまた、素早い到着だな」
広場に立っていた一人の男が、バイクを傍らに彼らを迎える。
アキラは彼の顔に見覚えは無かったが、オマワリは目の前の存在が誰なのか分かる。彼は前回の出動で倒した相手と同じ、強力な波動を感知していた。
「先日、別の公園で暴れていた奴だな」
「そうだ。ほんの小手調べのつもりだったが、見事にやられてしまったよ」
男とバイクの輪郭が揺らぎ、融合が始まる。アキラは構えを取った。
「だが今日は、この間のようにいかないぞ」
銀色の金属菅で形成された人型を、滑らかなバイクのボディが覆っている。口しか無いはずの顔にはバイクのヘッドライトが配され、まるで目のようだ。
首の部分には、防寒具のマフラーのように二本の排気管が垂れ下がり、ゆるやかに揺れる。
「名乗らせてもらおう。私はファインデイ、先日アメリカからこの国に戻って来た。今日はこの、バイク・チューンドでお相手しよう」




