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雪辱戦の先触れ

「少々、お時間をいただけませんか?」

「はい?」


 人が行き交う真昼のビル街。スーツ姿の男が、同じくスーツ姿の女に声をかける。

 面識の無い相手、当然反応は芳しくない。


「急いでいますので」

「そうですか」


 女の返事を確認した男は、事も無げにカバンからある物を取り出した。鈍く輝く銃身を持った、玩具の拳銃。


「一応、断りを入れただけですので。お気になさらず」


 何かの勧誘にしては妙な言葉に、違和感を感じた女が後ろを振り返る。


 ……そこにいた者は既に、人間の姿をしていなかった。


 硬く、冷たい指で肩を掴まれた女の、甲高い悲鳴が辺りに響き渡る。


「貴女の意思がどうであれ、ワタクシの仕事につきあって頂きます」




――――




 久しぶりの通報を受け、現場に到着したアキラを迎えたのは、静まりかえった広場だった。


 心を奪われた被害者達が、犠牲を増やそうと暴れていない。意識を奪われ倒れてもいない。

 あるのは、被害者がそこにいたであろう痕跡のみ。


「久々の通報だと思ったら」


 彼にとっては、違和感と既視感を覚える光景。


 通常、ネイキッド・バニッシャーがこのような状況に遭遇することは、まず無い。

 白昼堂々と活動するソロは大抵、その場で被害を拡大させようとする。

 もし、活動を開始したチューンドが移動しているなら、その位置が連絡されるはず。


 どちらでもないこの状況。既視感が正しいならば、これの意味するところはひとつ。

 周囲を警戒しながら足を進めるアキラ、そんな彼を囲むように物音が立ち始める。


「やっぱり待ち伏せかよ、ついてねぇ」


 物陰に隠れ、息を潜めていた被害者達が続々と姿を現し始めた。彼らは、ゆっくりと包囲の輪を狭めていく。


 わざわざ、袋叩きにされてやる理由はない。


 アキラは地を蹴り、包囲の一角を成す被害者へと迫る。

 敵は、僅かな波動で人の意識を奪える。それを打ち消すために必要な波動も、僅かで良い。

 微弱な攻性波動を纏った掌が、その胸へと押し当てられる。


 まずはひとり。

 そう考えたアキラの腕が、波動を打たれたはずの被害者に掴まれる。


「何っ!」


 まだ動くのか!?

 追加の波動を、と彼が口に出す前に攻性波動の手応えが戻った。

 すかさず二打目を放ち、拘束から逃れて距離を取る。


「次からは波動の出力を上げる。いつものようにいってくれ」

「悪い、頼む」


 攻撃に反応して、被害者たちの動きが加速し始めた。包囲の輪を一気に狭め、四方八方からネイキッド・バニッシャーへと迫る。


 彼らの手が届く前に、アキラは跳躍して上へ逃れようとする。

 通常ならば、それで仕切り直すことができただろう。だが今回は、そうもいかなかった。


 彼を追って数人が跳び上がり、その内一人に足首を捕らえられてしまう。


「くっそ、離せ!」


 バランスを崩し、二人そろって地面へと落ちる。

 滞空していたわずかな時間に、攻性波動は打ち込んでいた。弛緩した被害者の体を抱え、日本の脚で着地する。


 動きを止めた彼の下へ殺到する被害者たち。抱えた人を下ろし、彼らを迎え撃つ。


 出力を上げた攻性波動は、今度こそ彼らを制止させる事ができた。持ち前の速さで、アキラは以前のように被害者を止めていく。


 今回は、異常な事ばかりが起こっている。

 待ち伏せ、強力な被害者たち、そしてもう一つ。


 アキラの背後、死角に位置した一人の姿が変わる。

 肥大化した腕が彼へと振り下ろされ、広場に衝撃音が響いた。


「……やはり、このような手は通用しませんか」

「あまり、俺たちを舐めんな」


 チューンドの拳は、ネイキッド・バニッシャーには届いていない。後方へ向けてのキックが、拳ごとその体を弾き飛ばしたのだ。


 ネイキッド・バニッシャーが敵へと向き直る。

 銃身の四肢を持つそのチューンドは、さしたるダメージを受けていないという様子で立っていた。


「さすがは、Mr.ファインデイを打ちのめした方々だ」

「奴に差し向けられたのか、貴様は」

「いいえ、これはあの方の命令ではありません」


 両手で構えを取りながら、それは否定の言葉を返す。


「ですが、推挙していただきました。あなた方への先鋒にふさわしいのは、ワタクシだと」


 言い終わると同時に、腕の銃口から破裂音と波動弾が放たれた。両腕で矢継ぎ早に発砲しながら、ネイキッド・バニッシャーへ迫る。


 対するアキラも、自身へ向けられた弾丸を弾きチューンドへと走った。

 巨大な腕の一撃をかわし、無防備な胴へと拳を放つ。


「そんなにトロくちゃ、俺に触れられないぜ?」

「……お互い様ですよ」


 何事も無かったかの様に、空いた腕から波動弾が連射された。


「この程度では、トイガン・チューンドの防御は抜けません」


 遅いが、硬い。そして火力も侮れない。銃の姿をしているだけはある。


「仲間たちを代表する身としては、残念です。……こちらから、カードを切りましょう」


 振りかぶられた腕が、肘を軸に回転する。


 背筋を走る悪寒。アキラはその直感に従い、両腕を組んで跳ぶ。

 発砲音が聞こえると同時に、彼の体は背後の壁に叩きつけられていた。殺しきれなかった衝撃が、腕にしびれを残す。


「拳銃ならぬ、『銃拳』。危機感を持っていただけましたか?」


 言い終わると同時に、その巨体がネイキッド・バニッシャー目がけて急加速する。

 アキラは飛び退いてこれをかわす。

 先ほどまで彼が居た場所では、敵の腕が壁に突き刺さっていた。


 追撃は、まだ終わらない。


 いつの間にか、回転していた腕の銃口。そこから放たれる衝撃波がネイキッド・バニッシャーを襲う。


「手を奴の方に!」


 言葉に反応して掌を向ける。発生器からの波動が障壁を形成し、アキラの身を守った。


「まだ、名乗っていませんでしたね」


 壁から腕を引き抜き、ネイキッド・バニッシャーの方を向く。


「エームと申します。同胞を代表して、訓練の成果を確かめに参りました」

「訓練? 長いこと大人しいと思ったら……」


 崩れた体勢を立て直しながら、アキラがこぼす。


「Mr.ファインデイの力に衝撃を受けたのは、あなた方だけではないのです」

「ワタシ達も、以前のままではない」

「ならばその力を、示してください」

「言われずとも!」


 電流のような刺激と共に、アキラはスーツが体に張り付く感覚を覚える。オマワリの手により変化したスーツが、活性化した合図だ。


 強化された脚力で、足からの波動により保護した地面を思い切り蹴る。


「ぐっ!?」


 腕で防ごうとしたエームはうめき声を上げる。

 軌道が読める彼らの一撃には、防御を貫くだけの威力があった。


「もう一丁!」


 追撃をせんと、ネイキッド・バニッシャーが空中を蹴る。

 アキラが敵の頭部へと向けた拳は、空を切った。


 チューンドの体が後ろへと倒れ込む。背に付いた第五の銃口から衝撃波が放たれ、その体は後方へと飛んだ。

 両足からばら撒かれる波動弾が、ネイキッド・バニッシャーの行く手を阻む。


「そうこなくては。騒ぎを起こした甲斐がありません」


 エームは両腕を垂直に立て、肘からの発砲により上空へと飛び上がる。空中で脚を向けた先には、眼下に立つネイキッド・バニッシャーの姿。

 衝撃波を続けざまに下方へ放ち、その反動でチューンドは滞空し続ける。


「俺と、やり合いに来たんじゃ無いのか」


 飛び道具を持たないアキラは、回避し続ける事を強いられた。


「倒されに来た訳ではありません。残念ですが、今のあなたに接近戦を仕掛けるのは危険と判断しました」

「そんなせこい手で……」


 上からの射撃をかいくぐり、ビルの壁を駆け上がる。

 高度の維持は無理と判断したエームは、射角を水平に近づけてビルの壁に張り付いた。


「俺たちを、どうにかできると思うな!」

「思ってなど、いませんとも!」


 ネイキッド・バニッシャーが、力の限りに跳ぶ。

 トイガン・チューンドも、全身の銃口を使い一気に自身を加速させた。


 空中でぶつかり合う、双方の拳。

 どちらが手傷を負ったという事もなく、彼らは広場へ着地した。

 激しい攻防から一転、距離を離したままにらみ合う。


「……Mr.ファインデイは自身の力に誇りを持ち、それを打ち破ったあなた方に敬意を抱いています」

「そいつはどうも」

「それを成した、あなたの全力が見たい」


 カチリ、とチューンドの体から音が聞こえた。


「一体何を、するつもりだ?」


 何か、良からぬ事の予備動作ではないか。オマワリが問い質す。


「分身達への合図です。操っている人間の、精神と記憶を損傷させろと」


 アキラは、自身の内に強い脈動を感じ取った。


(オマワリ!)

(分かっている。失敗は繰り返さない)


 そう、あの日の失敗は繰り返さない。

 だが、それと腹が立つか立たないかは、別の問題だ。


「あの方には止められました。しかし、どんな手を使おうとワタクシは、あなた方の全力が見たい。」


(いけるか?)

(可能だ。ワタシ自身、そうしたい)


 自制は利くが、熱くなるところは変わっちゃいない。

 だが俺も、舐められるのは気に食わない。


「後悔すんなよ?」

「例え敗北、消滅しても、後悔などしません。するものですか」


 そんな言葉を重ねる間に、彼らの波動は増幅されていく。

 互いに、その終わりを確認して、数秒。

 仕掛けたのは、エームだった。


 背と両肘、三カ所の銃口で突進し、ネイキッド・バニッシャーを背後の壁に激突させる。

 その手は相手の両肩を捕らえ、離さない。


 銃口で加速させた膝蹴り、常人が受ければ胴が泣き別れとなる威力のそれを、放つ。


 次の瞬間、エームは強い衝撃を感じた。

 場所は両肩、そして顎。


 敵は拘束を、力任せに逃れた。

 彼がそれを認識すると同時に、トイガン・チューンドの顔面は壁へとめり込む。


 ネイキッド・バニッシャーは、チューンドの拘束を力づくで逃れた。両肩を、自身も危険なレベルのパワーで叩き、その勢いで顎にも膝を当てる。

 そして、空振りされた相手の膝を足場に跳び、宙返りの後に相手の後頭部を踵で蹴りつけたのだ。


 強烈な反動により、大分離れた所へ着地するアキラ。僅かに遅れて、エームも自身の頭部を壁から引き抜いた。

 一本角は激突の衝撃で折れ、両腕の付け根はひび割れ、陥没している。


「これが……」

「まだ、動けんのかよ」


 短時間とはいえ、限界以上の力を発揮した代償は払わされた。少なくとも今すぐには、普段通りの動きは出来ない。


「これが、あの方を倒した力……」


 おぼつかない足取りでもなお、トイガン·チューンドはネイキッド·バニッシャーの方へと向いた。


「ありがとう、ございます。応えてくれて。これで、力を貸してくれた仲間たちに、顔向けできる」

「悪いが、逃がしてやる気はねぇぞ」


 アキラは手に攻性波動を携え、ゆっくりと近づいていく。


「もちろんです。……こうなることも想定していました」

「何だと!?」


 チューンドの背後から細長いものが伸び、体に巻きついた。

 牽引が開始されるのと同時に、ネイキッド·バニッシャーは走り出す。


「逃がすか!」

「今日のところは、お別れです」


 トイガン·チューンドは、だらりと垂れた腕を振るった。軽い金属音と共に、缶のようなものがバニッシャーへ放られる。


「いずれまた、お会いしましょう。Mr.ファインデイも、その日を待ち望まれています」


 無事な脚部から発射された衝撃波が命中し、缶が爆ぜ閃光と爆音が発生する。

 眩まされた感覚器が元の働きを取り戻した時、既に敵の姿は無かった。




――――




 白昼の市街を駆ける、一体の異形。背から伸びた機械の腕、先端部に車輪のついたそれを両足に纏って、仲間を背負い走る。


「ココロ、助かりました」

「どうだったエーム? 派手にやられちゃったみたいだけど」


 ココロの操るバイシクル・チューンドは、僅かに背後へと視線を向けた。


「訓練の成果は上々でした。ワタクシ自身としては……今後も努力が必要です」

「やっぱり、強いのね」

「……話を続ける前に、そろそろ姿を戻しませんか? 肩を砕かれたままでいるのは、辛くなってきました」

「あ、ちょっとまって」


 ごそごそと何かを取り出す仕草の後、彼女はあるものをエームに渡す。先ほど彼が目眩ましに使用した、缶のような物体。


「シェルグレネード、いくつか分けてもらったけど使わなかったわ」


 未熟な彼女のために、エームは自らが持つ手投げ弾、波動エネルギーのバッテリーとしても使えるそれを渡していた。


「これはありがたい」


 手渡されたそれを、空き缶を握りつぶすように破壊して、内部のエネルギーを取り込む。大きな損傷とエネルギーの枯渇による苦しみが、多少和らいだ。


 それが済むと、トイガン・チューンドの輪郭が歪み、縮んで、元の姿が現れた。オフィス街のビジネスマン、といった姿。


「肩のところにつかまって。こっちも戻るから」


 人のそれと変わらぬ姿を覆うフレーム。その一本を掴んでいたエームは、指示の通りに彼女の肩へつかまった。

 二つの車輪で走行していたバイシクル・チューンドは、走行し続けながら元の姿へと戻る。

 自転車と、それに乗る少女。


「この荷台、もう少し座りやすくできませんか?」

「文句があるなら、降りてもいいのよ」

「……帰ってからにしましょう」


 すでに追跡は撒いているので、歩いて撤収する事も可能だ。しかし、激しい戦闘の後にわざわざそんなことをしたくはない。


「話を戻しますが、結果はどうであれ貴重な体験が出来ました。目指す頂の、高さを知ることが出来た」

「あたしも、やってみたかったなぁ」

「ブギー様やMr.ファインデイに、許可をもらう所から始めましょうか」

「えー、あいつに?」


 露骨に嫌な顔をするココロ。


「まだ根に持っているんですか」

「だって、あたし殺されかけたのよ?」


 あの日、彼女はうかつな発言でファインデイの逆鱗に触れた。ボスの取りなしが無ければ、どうなっていたことか。


「皆に、あなたの言葉にも問題があったと言われたでしょう。一応あなたの先生でもあるんですから、もう少しこう……打ち解けても」

「嫌」

「……言い方を変えます」


 ファインデイも一目置くほどの頑固さ。彼女の長所でも、短所でもある。


「お二方に、認められる強さを身につけましょう。自分の実力が、あの方の歯牙にもかけられないレベルだと、理解はしているでしょう」


 ココロは、不満げに頬を膨らませている。


「時間はかかるはずですが、一歩ずつ進んでいきましょう。あなたなら、きっと出来ますよ。あの方も昔は、あなたのような所があったそうです」

「ファインデーも?」

「そういう所を直さないとまた小言を……。まあ、これも帰ってからにしましょう。よろしくお願いします」

「しっかりつかまってなさい」


 立ちこぎでスピードを上げ、彼らは隠れ家へと帰っていった。

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