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ネイキッド・バニッシャー対トランペット・チューンド

 暖かな日差しの降り注ぐ、昼過ぎの公園。ベンチや敷物に座り寛ぐ、あるいはボールやフリスビーで遊ぶなど、多くの人がそれぞれのやり方で楽しい時間を過ごしていた。


 そんな公園の一角、何人かのパフォーマーが各々に芸を披露している。

 ある人はジャグリング、またある人は楽器の演奏。各々に見物人を集めているが、一番その人数が多いのはトランペットを演奏する一人の男だ。


 ゆっくりしたい。多くの人がそう考えるであろう時間帯に合わせた、スローテンポな選曲。甘く艶のある音色による演奏は、聴くものの心を奪い恍惚とさせる。


 他のパフォーマー達すら手を止めた頃、トランペットの演奏者は曲を中断し一つのファンファーレを吹いた。

 遠くで演奏を聴いていた人々がフラフラと彼の元へ歩き出す。近くにいた聴衆は彼の前に整列し始めた。


 頼りない人々の動作が力強いものに変化したのを見届け、男は満足げにニヤリと笑う。

 彼は再びトランペットで合図を出し、様子のおかしい人々を引き連れ歩き出した。服装こそ統一されていないが、その様はまるで指揮官に率いられた兵士の様だ。


 鳴り響くエンジン音。一台のバイクが彼らの元へ近づく。

 道を無視して木々の間から飛び出したそれは、男から少し離れた場所へ止まった。


 バイクの搭乗者は、奇妙な姿をしている。

 ゴーグル、というよりも目のような意匠が特徴的なフルフェイスヘルメット。ライダースーツの上に胸部や腕、膝を覆う装甲を身に付けたような姿。

 それらはバイクに合わせた、白地に赤のラインが入った独特のカラーリングをしている。

 奇妙な姿のライダーは、行進を塞ぐように彼らの前に立ちはだかった。


「雑兵一人か……、舐められたものだな」


 トランペットで演奏者は号令をかける。

 邪魔をする者へ向けて、人々は異常な速度で走り出す。


 ゆっくりと歩きだしたライダーと、彼に殴りかかる人々。彼らがぶつかり合った後、倒れていたのは後者だった。


 奇妙な姿のライダーは、次から次へと自身に襲い掛かる人々の攻撃を時には捌き、時には身をかわして適切に対処する。また、彼が反撃として放つ掌打は一撃で人々を行動不能にする。


「長くこの国を離れている間に、人間と奴らも強くなったようだ。……面白い!」


 片手に持ったトランペットが、溶けるように男の体へ吸い込まれる。同時に彼の肉体は輪郭が揺らぐ。それが元に戻った時、男の姿は異形へと変じていた。


 金属光沢のある管がより集まって、人を模したような姿。所々にピストンやマウスピースなどトランペットの部品が配され、顔は細いパイプで覆われ、口を除いた部位は隠されている。


 片手についた、ラッパ状の管の先端にエネルギーが集まっていく。同時に、他の部位を使って異形は自身の手足に号令を出す。


 退け、邪魔をするな。


 人々が退き、敵に向けて射線が通ると同時に、チャージされたエネルギーの奔流が衝撃波として放たれた。

 人間達の意識を演奏に含まれる波動で汚染し操ったように、この衝撃波もまともに受ければ意識を奪える。敵の正体がトランペット奏者、その体を支配する波動生命の予想通りであっても、受け方を誤ればただでは済まない。


 狙われた相手は、回避を選ばなかった。両手を前に突きだし、衝撃波を受け止めて見せたのだ。

 殺さないよう加減されたとはいえ、装備の上からでも十分なダメージを与えられるはずだった衝撃波。もちろん相手も、それをただ受けたのではない。


 彼の両手に仕込まれた、波動を発生させる機構。これを使い、混入された波動ごと衝撃波を打ち消したのだ。

 操られた人間達が掌打の一撃で無力化されたのも、この装備が原因だ。

 意識を奪う波動を打ち消す攻性波動。これを掌打と共に打ち込む事で、汚染が軽度な被害者たちの動きは止められる。


 奇妙な姿のライダーは、人間離れした脚力で距離を詰める。そのスピードを乗せた拳の一撃を、異形は硬化させた腕で受け止めた。


「やはり、人間ではないか。何者だ?」


 波動生命の知る限り、人の装備にこの動きを実現できる物はない。膂力や反応速度を上げる物は知っているが、それは重量が増加して機動性を殺してしまう。

 異形は思い切り腕を振り、攻撃してきた相手を弾き飛ばした。着地した相手が問いに答える。


「お前の操るそれと同じ、チューンドのボディを持ったバニッシャー。ネイキッド・バニッシャーだ」

「ハッ、臆病者の『コーラス』達が私たちの真似を始めたのか」


 彼の言う臆病者、『コーラス』と名乗る波動生命達は、人体を都合に合わせて改造する技術を持っていない。人間の気持ちがどうこうといった、対立する波動生命には理解できない理屈で、彼らはそれを忌避している。


 おそらく目の前のこれは、誰かが接近戦向けにチューンし、乗り捨てた肉体。拾ってから相当長い時間使い込んでいる。

 『コーラス』が乗っているとは思えない、異常な程の動きの良さから彼はそう推測した。


「お前達『ソロ』の暴挙、何としてでも止めさせてもらう」

「このトランペット・チューンドは、一筋縄ではいかないぞ? 止めてみれば良い。出来るものならなァ!」


 その言葉と同時に異形、トランペット・チューンドの全身が蠢き、触手のように金属管が飛び出す。敵、バニッシャーを包むように伸び、衝撃波と鋭利な先端で全方位から襲い掛かる。


 先ほど以上の頻度で、上も含めた全方向から攻撃されるバニッシャー。

 だが、彼は一撃として有効打を受ける事はない。腕からの衝撃波やなぎ払いと違い、一発の威力が軽いため防御する事も出来るからだ。

 また、束ねた状態ならともかく、一本一本の強度が高くないので破壊も選択できる。


 避けられる攻撃は避け、避ければ体勢が崩れるものは防ぐ。

 余裕があれば管を破壊し、バニッシャーは相手の手数を減らしていった。


 自身の手による攻撃まで防がれるとは。


 『ソロ』の波動生命は、苛立ちを覚えながらも敵の能力を分析していた。機動力や反応は一級品だが、パワーや防御は貧弱。手の機構以外に武装は無い。

 この結論を元に、それは攻撃パターンを変えた。


 地面スレスレを這うように移動した一本の管が、バニッシャーの足に巻きつく。同時に、複数の管が衝撃波の発射待機状態となった。

 トランペット・チューンドは彼を吊し上げ、回避不能な状態にしてからの一斉射撃で仕留めるつもりだ。


 バニッシャーは、高い位置まで吊り上げられる前に、片足に巻きついた管を手刀で破壊した。


(逃すか!)


 拘束に失敗したが、『ソロ』の波動生命は即座に狙いを修正する。落下中のバニッシャーへ向けて放たれる、複数の衝撃波。

 二本の腕では防ぎきれず、滞空しているので避ける事もままならない。ならばどうするか。


(ここだ)


 波動で防御した片手を、発射タイミングがわずかに早い衝撃波へわざと当て、自身の位置をずらす。最小限の消耗で、バニッシャーは危機を脱した。


 相手の想定外な動作、処理能力を食う全方位攻撃。

 悪条件が重なった結果、トランペット・チューンドは全ての管を一瞬硬直させてしまう。


 着地したネイキッド・バニッシャーは、間髪入れず周囲の管へ向けて跳ぶ。

 軌道も、速さも、そして威力も稲妻のような蹴りが、トランペット・チューンドの胸に突き刺さった。


 生身の人間ならば胴を両断されていたであろう衝撃を受けても、チューンドの強化された肉体にとって生存に支障は無い。『生存』には。


(まずい! 増幅器官をやられた)


 波動を発生、増幅する主要器官である、胸郭に大きなダメージを受けてしまった。まともな衝撃波はほぼ撃てないため、これ以上の戦闘続行は自殺行為でしかない。


 トランペット・チューンドの管は、攻撃のみならず波動による障壁の発生も可能だ。仮にその防御を抜かれても、管は一定の強度を持った装甲として機能し、攻撃の威力を軽減する。

 敵の攻撃力を侮った波動生命は、それを殆ど攻撃に回してしまった。


 失敗を悔いながらも、撤退のため残りの兵士に足止めを命令する。


「逃がさねぇぞ」


 今まで聞いていた物とは異なる、力強いもうひとつの声。波動生命のそれとは異なる、人間の言葉。


「人間の人格が、生きているだとぉ!?」


 異様に敵の動きが良い理由。致命的なダメージを受けて、ようやくそれに気がつく。


「お前たちが言うように、我々は弱いからな。二人がかりでやらせてもらった」


 皮肉な口調で、バニッシャーの中の波動生命は言った。

 人間が身体を動かし、波動生命は装備の操作その他を受け持つ。彼らにこの役割分担を隠すつもりは無かった。しかし、人間を道具と見ている『ソロ』達は、価値観に縛られてこの事に気づけなかったのだ。


「増幅完了! アキラ、決めてくれ!」

「任せとけ」


 ネイキッド・バニッシャーの右手が、強力な攻性波動を帯びた。波動生命にとっては、死の宣告に等しい。


 自身に向けて殺到する兵士を、バニッシャーは脚力で抜き去り異形へ近づく。逃げるのは不可能と判断した波動生命は、全身の補助器官をフル稼働させて腕に波動を集中させた。


(狙うは、奴が波動を打ち込むタイミング。そこにカウンターを仕掛けるしか、離脱の望みは無い)


 わずかな時間で発射準備を済ませ、反撃を悟られないよう背を向けて逃げるトランペット・チューンド。後ろに迫ったバニッシャーが、触れるか触れないかという距離まで来た、その瞬間。


(今!)


 後ろを振り返り、最後の衝撃波を放つ。トランペット・チューンドが命中を確信した時、バニッシャーの姿が目の前から消えた。


「こいつで、終わりだ」


 後ろに回り込んだバニッシャーが、トランペット・チューンドの重心目掛けて渾身の掌打を打ち込む。その一撃が帯びた波動は、チューンドの全身を駆け巡り波動生命を消滅させていく。


 バニッシャーはトランペット・チューンドを格上と認識し、胸部の大きなダメージを負っていても全く油断しなかった。手からの衝撃波は特に、無防備に食らえば一撃で戦闘不能に追い込まれると警戒していたのだ。

 スピードに劣る敵の攻撃を、食らう道理は無い。


 攻性波動が十分に染み渡り、波動生命は駆逐された。

 トランペット・チューンドの肉体を構成する外殻が、崩壊を始める。


「鎮圧完了だ。オマワリ、被害者の救助に移るぞ」

「応援は要請済みだ。……やったな」

「ああ」



――――



 戦闘が行われた公園から、遠く離れた高台。ライダースジャケットにジーパンという出で立ちの男が、バニッシャーを見つめていた。


「……素晴らしい」


 最近作り出した分身、失っても痛くない身体による威力偵察で見つけた、思いがけないお宝。実戦で磨かれたであろう、強力な肉体。


「欲しい。何としてもあの身体が」


 『ソロ』ならば、こんな時どうするか。答えはひとつだ。


「奪い取ってみせる、必ずな」

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