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こんな俺を抱いてくれよ (後編)

作者: 川崎ルイ

4.






 それから2週間ほど、俺はエリカに会いたくて何度かメールを送ったが,返事はいつも無理,という事だった。しかし俺はこうなる事に何となく感づいてはいた。それは始めから書かれていたシナリオで,俺たちが本当の恋人同士になれると言うストーリーはなかなか想像できなかったからだ。彼女も恐らくその事を分かっているのだろう。俺はエリカの事をほとんど知らなかったし,いやでもだからといって彼女を愛せないという理由にはならないのだが,もしエリカがその相手になれるか,と言うと何となく違うような気がした。俺は今まで本当に誰かを心から愛した事は無かったし,同じように俺を愛してくれた人もいなかったように思われた。


「俺はもしかしたら人を愛するのが下手なのかな?もしかしたら一生人を愛するなんて事は出来ないのかもしれない。」そんな考えが頭をよぎってなんだか自分が情けなく思えて来た。


 更にもう一つ俺を寂しくしている理由があった。どうやら葵に彼氏が出来たみたいなのだ。最近なかなか会える機会が無いし,週末はいつも留守にしているようだったので俺が何となく聞いてみたら,


「今つきあってる人がいるの。」という事だった。


 まあそれはそれで彼女に取っては良い事ではあるのだけれど,俺は何となく腑に落ちなかった。葵は今は恋人は欲しくない,と言っていたからだ。俺は何となく裏切られたようなそんな気持ちだった。しかそう言ってしまえば最初に裏切ったのは俺の方になる。何しろ俺はエリカと寝たのだから。俺は自分が最低の男のように思えて悲しくなって来た。気分転換に音楽でも聴こうと思い,久しぶりにライクアローリングストーンをかけてみた。寂しく悲しい気持ちで聴くその曲はあの青年が言っていた“悲観的”なバージョンに聞こえた。


「どんな気分だい?もうお前は自分一人で生きて行かなくちゃならないんだぜ。もう帰る家さえない。誰もお前のことを知っている奴さえいない。お前はローリングストーンになっちまったんだ。」


「最悪の気分だ。」


 思わずそう答えたかった。そして俺は音楽を消してベランダに出て煙草を吸った。6月の下旬で,梅雨のじめじめとした日々が続いていたがその夜は珍しく雨もやんでいた。空には星が見えていた。遠くに聞こえる電車の音はその時の俺にとっての最高のBGMだった。そしてその音を聞きながら俺は開き直ってこう考える事にした。


「人を愛する事が出来なくても,女の子と楽しい夜を過ごす事は出来る。」実際それは事実だった。ボノが言っていたように,恋愛なんて面倒くさい事のように思われて来た。俺はエリカとまた寝たかったがそれは恋愛感情を抜きにしての話だったのだ。とにかく今はあまり深い事は考えないようにした。その夜は土曜日だったし俺はこのまま家にいても意味が無いと思い何処かに行く事にした。誰かと酒を飲みたい気分だった。俺は携帯を取って誰か連絡できる相手はいないか探してみた。ボノに連絡しようとも思ったが俺は長い事彼に会っていなかったので少し気が引けた。しかしそれ以外にはこれという飲み友達はいない。その時ふとシノブの事を思い出した。俺はまだ彼と連絡を取っていなかった。今日は土曜日だし,一緒にレブフィーに行かないか?と誘ってみる事にした。メールの返事はすぐに来た。彼も「ちょうど今夜飲みに行きたいと思っていた所なので一緒にレブフィーで会おう。」という事だった。俺は「今から行く。」と返事を送り着替えて足早に家を出た。




 レブフィーに着くとシノブは窓側の席に座っていた。俺がいつも腰掛けているお気に入りの席だ。


「待った?」


「いや俺も今来たところ。」


 彼は今夜は光沢のあるVネックのTシャツを着ていた。髪が前より伸びたみたいだった。色も濃いめの茶髪に落としていた。無造作にかきあげた前髪はリバーフェニックスを思わせた。耳には光るピアスを付けていた。


「君はいつもおしゃれだね。」


「ありがとう。アキさんも今日もかっこいいですよ。」


「”さん“はいいって。敬語も使わなくていい。」


「すいません,ついいつものくせで」


 俺はその場で何となくぎこちない感じになってしまった。ゲイかどうかはさておき,こんなにイケメンでおしゃれな男と2人だけで飲むのは初めての事だったからだ。しかしそんな俺とは対照的にシノブは完全にリラックスしていた。


「アキは俺より年上だよね?」


「俺今23だけど。」


「ああ,じゃあ同い年だ。俺もうちょっと上かと思ってた。」


「よく言われるよ。シノブはいつも年より下に見られるんじゃないの?」


「そう。だからアキが羨ましいよ。」


「俺はシノブが羨ましいな。それに俺シノブみたいな髪型やるのが夢なんだよ。」


 俺はいつも短髪で過ごしていた。髪の質が固いので伸ばすとごわごわになってしまう。


「短髪の方がもてるよ。俺も伸びすぎてきたから切ろうと思ってたんだ。」


 そんな話をしているうちに俺たちはだんだん打ち解けて来た。ビールが運ばれて来たので俺たちは乾杯した。


「エリカはその後どう?」彼が聞いた。


「実はこの前のパーティー以来会ってない。」


 シノブはきっと俺が彼女と寝た事を知らないのだろう。もちろん俺はその事は言わないでおいた。どちらにしろその夜はあまりエリカの話はしたくなかった。


「あのパーティーは面白かったね。」


 俺の気持ちを察したのかシノブが話題を変えた。もしかしたら彼は全てお見通しなのかもしれない。


「忘れられないパーティーだったよ。シノブはよくパーティーに行くの?」


「それほどでもない。テクノががんがん鳴ってるクラブなんかもあまり行かない。どっちかと言うと俺はバーのカウンターに座って話しながらタバコ吸ったり飲んだりする方が好きだ。」


 そう言いながら彼は新しいタバコに火をつけた。


「バーだとどの辺に行くの?」俺が聞いた。


「やっぱり、」


 彼は間を置いて言った。


「俺はゲイだから新宿2丁目に行くよ。」


「2丁目か。」


 俺も少し間を置いてから言った。


「俺は足を踏み入れた事も無い。行ってみたいとは思うけど俺はゲイじゃないからな。」


「一緒に行ってみる?」


「本当に?」


「俺の行きつけのバーがあるんだ。今夜は土曜日だからいろいろな人が来ると思う。実はおれ今夜そこに行こうと思ってたんだ。」


 それはなかなか面白そうな提案だった。ゲイバーでゲイと話をしながら夜を過ごすのも悪くない。もし皆シノブのような連中だったらきっと楽しい夜が過ごせるだろう。


「よし,決まった。俺をそこへ連れてってくれ。」


「まるで未知の世界へ行くような言い方だね。」


「東京を知らない女の子が夜の町に連れて行かれるみたいな感じだな。」


「ロマンティックで良いじゃない。」


「ちょっと危ない感じの秘密めいた所がたまらない。」


 そう言って俺たちは笑いながらビールを飲んだ。




 俺たちはレブフィーを出て地下鉄に乗る為に駅に向かった。彼と2人で歩いていると何となく女の子達の目線が俺たちに注がれるのを感じた。まあ皆主にシノブの方を見ているのだろうが、やはりイケメンと一緒にいると俺もイケメンに写るのかもしれない。


「アキって背高いよね。いいなー。」シノブは俺よりも身長が10cmほど低かった。俺は身長178cmあった。


「それだけイケメンなら十分だろ。」


 俺が冗談まじりに言った。もしかしたら俺たちはお似合いのカップルなのかもしれない。実際もし俺がゲイだったらシノブとつきあっていたかもしれない。


「ちょっと待って。」


 シノブはそう言って立ち止まり,タバコを取り出して火をつけた。シノブはよく煙草を吸う。


「シノブはタバコが好きなんだね。」


「俺飲みに行くときは二箱位吸っちゃうこともあるよ。食事代よりもタバコ代の方がかかるぐらい。」


「フランクザッパが言ってたんだけどな,タバコは俺に取っては食べ物だって。」


「それは名言だね。」


 俺たちは笑った。


「フランクザッパって誰?」


「70−80年代のアメリカのギタリストだ。作詞もする。彼が80年代後半に出したブロードウェイ・ザ・ハード・ウェイというアルバムは名盤だよ。」


「今度聴いてみるよ。」


「きっと気に入るよ。」


 そんな話をしながら俺たちは地下鉄に乗り,新宿3丁目の駅で降りた。地下鉄から出て少し歩くとこじんまりとしたネオン街があった。新宿2丁目の中心街だ。土曜の夜は結構賑わっていてやはり大半が男性だったが,興味深さで来たと思われる若い女の子のグループもちらほら見えた。俺たちはそのネオン街を少し歩き細い小道を曲がった。その道も小さなバーが所狭しと軒を連ねている感じだった。


「ここだ。」


 それは小さな雑居ビルの3階にあった。実際なんの変哲も無いビルで入り口には看板も何も無かった。普通の人はそこバーがあるという事さえ知らないのかもしれない。でもだからこそ知っている人しか来ない隠れ家的が雰囲気があるのだろう。店に入るとイケメンの若いバーテンダーが迎えてくれシノブと抱擁を交わした。そこは10人もいれば満員になってしまうような小さな場所だった。カウンター席がいくつかありチッペンデールのような体格の良い若い男性が3人腰掛けてバーテンダーと話をしていた。その向かいには大きなソファーが置いてありサラリーマン風の男性が2人座っていた。俺たちはカウンター席に座り飲み物を注文した。俺はウォッカオレンジ、シノブはジントニックを頼んだ。タバコに火をつけ煙を吐き出してから彼は言った。


「この辺にはこういう小さなバーがいくつもある。俺はこの場所が一番落ち着くんだ。」


 確かにそこはゆっくりと話をするには最適の場所だった。俺がシノブみたいないい男ならよくナンパされそうだな,と言うとシノブは今つきあっている彼氏の話をしてくれた。そう言えば彼は遠距離恋愛中なのだった。


「実は先日彼に会いに神戸まで言って来たんだ。」


「で、どうだった?」


「それが、浮気してたみたいなんだ。」


 そして彼は少し間を置いてから言った。


「俺もう彼とは別れる事にした。」


 そして彼はその恋人の事を少し俺に話してくれた。その人は彼より7つ年上で,彼に初めて出来た本当の恋人だったみたいだ。


「それまでは俺女とつきあってみた事もあったし。最初は自分がゲイだなんて思ってなかったから。でも彼に出会ってから本当に自分は男が好きなんだって思い始めたんだ。でも本当は俺彼の事なんか愛していなかったように思う。」


 彼の言っている意味は俺にも何となく分かるような気がした。俺も恋愛感情とセクシュアリティーは別々のものだと思うことが良くある。それから俺は話題を変えてみようと思い,自分が今書こうと思っている小説の話を始めた。いろいろと彼と話しているうちにシノブに似た人物を小説の中に登場させても良いかななどと思い始めた。それから俺たちはシノブが通っている学校の話をした。彼も学校には満足しているようだった。そんな話をしながら俺たちはそこで何杯か酒を飲んだ。


「もうすぐ終電の時間だけど,どうする?」


 シノブが腕時計をちらっと見てから言った。俺はまだ全然飲み足りない気分だった。


「俺はまだ帰る気がしないな。それこそ朝まで飲みたい気分だ。」


「踊りにいきますか?」


「行く?」


「この近くにいつも古い邦楽の曲ばかりかけて踊る場所があるんだ。オカマも結構いるけど面白いよ。」


 なかなか良い提案だった。初のゲイタウンの夜を締めくくるには最高の場所のように思われた。




 バーを出ると細い道はかない熱い雰囲気に包まれていた。男性同士のカップルが多く、道ばたで抱き合ってキスをしている人もいた。この辺にはホテルもあるようだ。俺たちはネオンのきらめく表通りに出て少し歩いた。一体ここにはいくつの飲み屋があるのだろう?俺がそんな事を思いながら観光客のようにきょろきょろ回りを眺めながら(幸いにも写真機は取り出していなかったが)歩いていると,


「着いたよ。」


 派手なネオンの付いた建物の前にで俺達は足を止めた。その建物の一階には劇場のような物があるらしくドラッグクイーンや男性ストリップのポスターが貼られていた。全ての階が飲み屋や居酒屋で埋め尽くされている感じだった。入り口にはそこにある店の名前が張り出されていた。地上は6階,地下は3階まであった。上の階に行くほどセクシーな,そして下の階に行くほどダークな場所があるような感じだった。


「こっちだよ。」


 シノブがビルの地下に続いて行く階段を指差した。俺はたとえ酔っぱらっていても一人ではとてもこう言う場所には入れないだろうと思いながら彼に着いてその薄暗い階段を下りて行った。明るい笑い声と音楽が聞こえて来た。ドアには「女性もどうぞ」という張り出しがしてあった。それを見て俺は少しほっとしたようなそうでも無いような複雑な気持ちになった。店内はそれほど広くなかったが逆にそのこじんまりとした感じがアットホームな雰囲気を漂わせていた。レトロなディスコのように装飾され、赤や青や緑や黄色の色とりどりの薄暗い照明に照らし出されたダンスフロアーの天井には大きなミラーボールがきらきらと輝いていた。そこはもう結構な盛り上がりを見せ,カラフルな音色の80年代風のテクノポップに乗せて皆が踊っていた。やはり明らかにオカマと思われる人が何人かいたが,明らかに女性と思われる人も何人かいた。まあもちろん真相は分からないのだが。俺たちはカウンターヘ行きドリンクを注文した。


「俺テクノよりもこういう音楽の方が好きだ。」


 シノブがタバコに火をつけてから言った。彼はもうかなり酔っているようだった。


「俺は邦楽も聴くよ。特に80年代。この店の音楽は最高だ。」


 俺たちが用意された飲み物を飲んでいるとYMOの「ABSOLUTE EGO DANCE」のイントロが聞こえて来た。コンピューターゲームのような音で始まるその曲は踊るには最高だった。俺もシノブと一緒にドリンクを片手にダンスフロアーへと向かっていった。その場所では誰もが自由気ままに踊っていた。流行のクラブのように気取って踊るのではなく,うまい下手関係なくただ楽しくて踊るという感じだった。男も女もオカマもゲイも関係なく皆自然の流れに身を任せて音楽の虜になっていた。その次にDJはアン・ルイスの「あゝ無情」をかけた。場内は大歓声に包まれた。近くで踊っていたオカマがその曲を振り付け付きで歌い始めた。シノブは彼と一緒に踊った。その歌詞の内容は踊るその2人にまさにぴったりマッチしていた。それからもDJは乗りの良いJPOPのヒット曲を次から次へとかけていった。その選曲とタイミングは抜群で場内では新しい曲がかかるたびに歓声が上がり皆歌いながら踊りだした。俺も我を忘れてオカマと一緒に踊った。シノブはどうやら知り合いを見つけたようで彼らと一緒に踊っていた。そうやって俺たちがなすがままに踊っているうちに新宿2丁目の夜は更けていった。




 パーティーは朝の5時に終了した。締めくくりにDJはジュディオングの「魅せられて」を流し、ドラッグクイーン達がお立ち台に立ちクジャクのように翼を広げて踊っていた。俺はそれを笑いながら見ていた。場内が明るくなるとシノブの姿が見えなかった。もう先に帰ったのかと思いながら探しているとソファーの上で酔いつぶれて眠っている彼の姿が見えた。俺が彼の肩を揺すると彼はすぐに目を覚ました。


「ああ,俺寝ちゃったんだ。」


「歩けるか?」


「大丈夫だよ。俺こういうの慣れてる。」


 彼はそう言って身を起こし,タバコを取り出して火をつけた。


 俺たちがその場所を出て階段を上るともう夜が開けてようとしていた。その日は天気も良く夜明けの薄暗い光はこれまでのディスコのきらきらと輝く夜の光とは全く対照的な物に思われた。回りにはさっき踊っていたオカマやドラッグクイーン達が陽気にしゃべりながら歩いていた。


「今夜はとても楽しかったよ。」俺が言うと,


「俺も。寝ちゃったのは残念だけど。俺酒に弱いんだ。」


 そして俺たちは地下鉄の入り口の前でさよならを言った。俺は新宿駅まで歩いていく事にした。


「また今度一緒に何処かに行こう。」


「うん。いつでも連絡してくれて構わない。」


「じゃあな。」


「じゃあね。」そう言って彼はふらふらと地下鉄の階段を下りていった。






 俺はその後夜明けの町を新宿駅まで歩いた。日曜日の朝は人影もまばらでこの辺を歩いているのは恐らく俺みたいな朝帰りの連中だけのように思われた。もうとっくに始発も出ている時間だったが俺はまだ何となく眠くなかった。駅の近くを歩いていると24時間営業と書かれたカフェがあったので俺はそこに寄っていく事にした。それはビルの2階にあり店内の窓から明けていく朝の町が見渡せた。客はほとんどいなかった。俺は窓際の席に座ってコーヒーを飲みながら町を行く人達をぼーっと眺めていた。それは東京の町が目覚める時間だった。朝帰りと思われる人たちの姿が,これからどこかに出かけると思われる人達の姿に変わっていった。店内ではラジオが朝のニュースを流していた。昨日はいろいろなことが起こり,今日もいろいろなことが起きるのだろう。そして今日も急がしい東京の一日が始まるのだ。窓からは明るい朝の日差しが差し込んで来た。それはこれから始まる暑い夏を思わせた。そして俺は何となくエリカや葵の事を考えた。するとまた何となく寂しい気持ちに覆われた。そしてシノブの事を考えた。彼もきっと寂しいのだろう。いやもしからしたらエリカや葵だって寂しいのかもしれない。この町には俺以外にも寂しい人達であふれかえっている。そんな巨大な町の中心に今俺はいる。そう考えるとまだ俺は家には帰りたくない気分だった。そして俺はふとあの代々木公園で出会ったギターを弾く青年の事を思い出した。またあいつに会いたい気がした。俺はコーヒーを飲み干しその場所を出て代々木公園に行く事にした。前と同じように公園で食べようと思いコンビニでパンを買った。一晩中踊った後だったが俺は体の中にあるエネルギーを全て消費したい気分だった。俺はまた代々木を通って歩いていく事にした。それは結構な道のりだったが足取りは軽く,あのエリカの家から出た朝に通った道を再び通ると何となく懐かしい気がした。そして参宮橋の入り口付近のあの場所に行ってみた。予想通り彼はいた。前と同じように芝生に座ってギターを弾いていた。回りには前と同じようにビールの空き缶がいくつか転がっていた。


「やあ。」


「ヘーイ!。」


 俺が挨拶をすると彼はそう言ってギターの手を止め,嬉しそうに右手を俺の方に差し出した。俺は彼と握手を交わし,彼のそばに座った。


「元気かい、その後?」彼が聞いた。


「まあまあかな。君は?」


「俺はいつも元気だ。」


「ずいぶん早くからいるんだね。」


「俺はいつも7時にここに来る。今日みたいな天気のいい日は最高だ。」


「ようやく夏が始まるね。」


「ああ。俺は夏にはきっと暇さえあればここに来るよ。俺すぐそこに住んでるんだ。」


 彼はそう言って新しい缶ビールの蓋を明けた。


 俺は彼が普段どんな仕事をしているのだろうとふと思った。英語がうまいからもしかしたら有名な所で働いているのかもしれない。


「お前も飲むか?」


 彼はそう言ってもう一つの缶を俺に差し出した。俺はどうしようか迷っていたが,


「パンと交換しよう。」


 そう言って彼にさっき買ったパンを一つ差し出した。俺たちはパンとビールを交換した。そしてそこでパンを食べながらビールを飲んで何気ない話をした。彼の近くには座布団が置いてありその上で小さな猫が気持ち良さそうに丸くなって寝ていた。


「俺が飼ってる猫だ。今日は天気がいいから連れて来た。マルちゃんって言うんだ。いつも丸くなってるからマルちゃんだ。」


「うどんみたいだな。」


 俺はいかにも低レベルのジョークを言ってしまい,直後に言ったことを後悔したが,彼はお世辞笑いで返してくれた。


「そうだこの前新しい曲を書いたんだ。聴いてくれるか?」


「よろこんで。」


「まだ書いたばかりだから良く覚えてない。」


 と言って彼はぼろぼろになったノートブックを取り出した。そこには歌詞やコードが所狭しと書きなぐられてあった。ワインか何かのしみが付いているページもあった。


「このノートブックは俺の宝物だ。もしこれをなくしたら俺は生きていけない。命よりも大切な物だ。だから俺はいっつもこれと一緒に寝てる。」


 そう言ってから彼はその曲のページを開き歌いだした。その曲はある有名なタレントの事を歌った歌でその人はいつもたくさんのファンやきれいな女性に囲まれているが家に帰るといつもひとりぼっちで孤独に感じている,という内容だった。前とは違って何処か悲しげな切ないメロディーのきれいなバラードという感じだった。


「良いんじゃない?ヒットしそうだ。」


「そうかな,今の時代アコギ一本じゃそれだけで断られちまうんだよ。アイドルが歌うような歌でないとダメなんだ。」


 俺は音楽業界のことは良く知らなかったがもしかしたら本当にそうなのかもしれない。


「でも俺は歌手になるつもりなんか無いんだよ。テレビに出て歌ったりなんて俺には出来ないから。こうやって公園で歌うのが一番気持ちが良いんだ。」


 そう言って彼はまた別の歌を歌いだした。ビールを飲んでパンを食べたらさすがに何となく眠くなって来た。その場で寝てしまいたい気分だったが,さすがにもう家に帰ることにした。俺は彼にさよならを言い、また近いうちに会うことを約束した。家に帰ってからシャワーを浴びた後俺は裸のまま布団の上に寝転んだ。さすがに男ばかりの夜を過ごした後は女の子のことを考えたかった。やはり俺はゲイにはなれないと思う。






5.






 梅雨も明けて熱い夏が始まり,太陽が燦々と照りつける毎日が続いていた。俺は相変わらずレブフィーや近所のカフェへ行って本を読んだり,夜は家で映画を見たりして過ごしていた。小説の方はこちらも相変わらず手つかずだった。小説とは関係の無いあまり意味の無い文章や夢の話などをだらだらと書き連ねていたが読み返すことさえ無くフォルダーの奥底に埋めておいた。


 一度エリカから連絡があり俺たちは一緒に飲みに行った。もちろん俺たちは口づけさえすることも無かったけれど,俺は充分嬉しかった。俺は彼女と良い友達でいたかったし,それは彼女も同じみたいだった。彼女は明るく,元気で学校での生活もうまく行っているようだった。


 それから一度,シノブと一緒に鎌倉の海に行った。やはり彼と一緒にいると,ビキニのきれいなお姉ちゃん達が俺たちの方を気にかけているのを感じた。俺たちはその後海の家のテラスで酒を飲み,夜の10時過ぎまでわいわい騒いでいた。俺は思ったのだがシノブがあれだけ魅力的に見えるのは,彼が全く女性に目を向けないからだ。男ならゲイでなければ女性に目を向けるのは当然だし,女性も男性に見られたいと思っているだろう。しかし特に欲求がたまっている男性ならどうしても「今日は女をゲットしてやる。」みたいな目線になってしまうことが良くある。あれほど醜い物は無い。俺も極力そう言う目はしないように心がけてはいるのだがやはりビーチでビキニ姿の美しい女性を大量に見るとどうしても男性心が働いてしまうのはしょうがないとも言える。しかしそんな時にシノブが近くにいると俺も彼のように大人しやかで深沈たる態度を保てるような気がした。こういう場所には女目当の野郎どもと一緒に来るよりもシノブのような人と一緒に来た方が良い。


「ゲイの友人をもって良かったな。」俺はつくづくそう思った。


 葵とは家が隣同士ということもあってたまに顔を合わせることはあったが一緒に何処かへ行くようなことも無かったし,前みたいに毎日のようにメールのやり取りはしていなかった。彼女は新しく出来た彼氏の方で忙しいと思っていたからだ。






 そんな7月中旬のある蒸し暑い晩。俺は家でいつものようにソファに座って本を読んでいた。何か光ったなと思うと,遠くでものすごい音が響き突然土砂降りの雨が滝のように降り出した。俺は読むのを止めてしばらくの間その雨をぽかんと眺めていた。これだけ暑い日が続いたのでこういう雨が降ると気持ちが良く感じられる。雨は結構長い間降り続いていた。少し雨足が弱くなって来たなと思ったその時,午後8時頃だったと思う,玄関でベルが鳴ったので出てみるとそこには葵がいた。彼女は泣き出しそうな目をしていた。「何かあったな。」俺は即座にそう思った。


「入る?」


「邪魔しない?」


「全然。葵にあえて嬉しいよ。」


「そう言ってくれると嬉しい。あたし泣きそうな気分なの。」


「とにかく入れ。」


 俺は彼女を部屋に入れてやり,折りたたみのいすを台所のテーブルのそばに二つ並べて彼女を座らせてあげた。


「何かあったの?」


「うん。」


 俺は冷蔵庫から白ワインのボトルを出して言った。


「飲むか?」


「飲みたい。」


 俺はグラスを二つ置いてワインを注いだ。ワインを一口飲んでから彼女は言った。


「彼氏がね、」彼女は少し間を置いた。


「浮気してるの。」


 そう言ってから彼女の目から涙がこぼれた。俺は彼女のすぐ隣に座り、ワインを少し飲んでから言った。


「こんな俺でも良かったら、慰めてあげたいけど。」


「あなたは本当に優しいのね。」


 俺は何も言わずに彼女のことを見つめていた。


「あたしね、」


 と言ってから彼女はワインを一口飲んで続けた。


「エリカとも喧嘩しちゃったの。あなたにもあまり会えなくなっちゃったし。そしたら彼が今浮気してて,私友達全員なくしちゃったような気がして、せっかく皆であんなに楽しくやってたのに。」


「俺はずっと君の友達でいるよ。信じて良い。」


 俺はそう言ってから思った。葵がエリカと喧嘩したのはもしかしたら俺が原因かもしれない。もしそうだとしたら,葵が寂しく感じているのは俺のせいだということになる。俺はそれで責任感を感じてしまい何も言えないでいた。


「私、アキとはずーっと友達でいたい。ずーっと。永遠に。」


 葵はそう言ってまたワインを飲んでからつぶやいた。


「恋人以上の友達。」


 そして彼女の目から大粒の涙があふれ出した。俺は彼女の小さな肩を優しく抱いてあげた。彼女は俺の胸に顔を埋め泣いた。おそらく部屋着のまま来たのだろう、薄手のTシャツの下には何も着ていないようだった。葵の甘い女の子の良い香りがした。彼女を慰めながら俺は彼女が言った「恋人以上の友達」という意味について考えた。






 ひとしきり泣いた後、彼女が顔を上げて言った。


「私って自分勝手ね。」


 俺は彼女の目と頬の涙を指で拭ってあげた。彼女のほっぺたは熱いぐらいだった。


「そんなこと無い。自分勝手なのは俺の方だよ。」


 彼女は俺が言った意味をすぐに察したようだった。そして俺の方を向いて今夜初めての笑顔を見せた。その笑顔は俺が今まで見た中で一番かわいらしい葵の笑顔だったと言って良い。


「君の笑顔を見ると俺の心は癒されるな。」


 俺がそう言うと彼女の笑顔はますますかわいらしくなった。俺は思わず彼女を抱きしめた。


「私もあなたといると癒される。」


 抱かれながら彼女が言った。俺たちは少しの間そうやって抱き合っていた。


「俺たちは結ばれるべきなのかな。」


 俺が何となく言うと,彼女は笑いながら俺の腕から体を離した。言わなきゃ良かったかな。でも彼女に笑顔が戻ったみたいだった。


 そして俺たちは笑い合いながらワインを飲んだ。しかし少しすると彼女の顔はまた悲しげなものに戻ってしまった。


「でも君の泣き顔も可愛かったよ。」


 俺が言うと彼女はまた笑顔になった。


 外では雨がやんだようだった。俺がベランダに出て見ると雨上がりの涼しい風が気持ちよかった。


「一緒にベランダに出て座ろう。」


「うん。」


 俺は折り畳み椅子をベランダに出して彼女と並んで座った。いつも通り電車のガタンゴトンという音が聞こえてくる。俺がタバコに火をつけると彼女が言った。


「私にも一本ちょうだい。」


「葵もタバコ吸うの?」


「たまにね。悲しいときとか。」


「よけいに悲しくなるよ。」


「いいのよ。今夜は悲しいムードに染まりたいの。」


「かっこいいな。」


 俺はそう冗談を言いながら彼女に煙草をくわえさせて火をつけてあげた。そうやって俺たちはそこに座り電車の音を聞きながら煙草を吸った。2人とも何も言わなかった。


 夜の明かりに照らされて彼女の胸の形が何となく浮かんでいた。俺がその方をさりげなくちらちらと見ても彼女は特に気にかけていないようだった。下は子供が履くようなショートパンツだった。健康そうな白い太ももが月の光に照らされてきれいだった。俺も短パン姿で俺たちの素足はぴたっとくっつき合っていた。


「私ね、人を好きなるともうその人の事しか考えられなくなっちゃうの。」


「恋愛って言うのはそう言うもんさ。」


「エリカは違うわ。」


「そうかな。」


「アキだって浮気するんでしょ?」


「どうなんだろう。」


 いろいろな女と寝てみたいと思うのは浮気なのだろうか?本当の恋愛さえ経験したこの無い俺にはよくわからなかった。


 俺たちはタバコをすい終わり部屋に戻った。俺は小さな音で音楽をかけた。トムウェイツのバラードばかりを集めた自作のコンピレーションだ。TIMEという曲がかかっていた。


「素敵な曲ね。」彼女が部屋のソファに座りながら言った。


「今の君によく似合ってるよ。」


「もう少しワインをちょうだい。」


 彼女がそう言ったので俺は台所からボトルとコップをもって来た。そして彼女の隣に座ってワインを注ぎ、目で乾杯をしてから飲んだ。飲み終わってから彼女はコップを床において俺の胸に頭を埋めた。俺もワインを飲み干しコップを置いて彼女の小さな頭を抱いた。それから俺は彼女の髪を優しく撫でてあげた。彼女は小さく嬉しそうな声を上げた。俺はリモコンで音楽を消した。2人はまた少しの間そうやって抱き合っていた。


「私あなたの臭いが好き。」


「俺も君の臭いが好きだ。」


 俺はその時無性に彼女に口づけをしたかったが俺はそうすることはしなかった。そうする事によって今の彼女とのこの関係を壊してしまうような、そんな気がした。俺は彼女が言ったように彼女とずっと永遠に「友達」でいたかった。「恋人以上の友達」で。その時彼女がさっき言った言葉の意味が分かったような気がした。愛情に変わると同時に俺たちはもう友達ではなくなってしまうような、そんな気持ちだった。俺がそんなことを考えていると彼女は顔を上げて俺の方を見た。2人は少しの間見つめ合った。その時俺は彼女がそんな俺の気持ちを読み取ったような,そんな気がした。俺の心の中が全て見透かされている、そんな感じだった。


 そして彼女は俺に口づけをした。俺は女の子の方からキスをされたのは初めてだったので少し戸惑ってしまったがすぐにお返しの口づけをしてあげた。彼女の柔らかい唇が俺の唇に吸い付いてくるようだった。それは2人の初めてのキスとは思えない,長く熱いものだった。


 俺の股間は反応していた。彼女はそれに気付き、俺の大きくなったものを優しく愛撫し始めた。俺は彼女と交わりたかった。俺たちは見つめ合った。お互いに求め合っていることは明らかだった。俺は彼女に口づけた。それはさっきよりも熱く舌と唾液が絡み合う激しいものだった。それから2人は裸になり,布団の上で交わった。長くて熱い交わりが終わった後は2人とも汗だくだった。部屋にはエアコンが付いていたがそれでも熱く、抱き合うとお互いの汗ばんだ肌がペトペトとくっつき合った。


「一緒にお風呂に入りましょう。」


 そう葵が言い、俺は狭い浴室に行って浴槽にぬるま湯をためた。そして彼女と一緒に入った。お互いに狭い浴槽の中で抱き合い,何度も口づけをした。舌と舌とを触れ合わせた。そんなことをしていると俺は本当に彼女のことが好きになってしまいそうな気持ちに覆われた。しかしその心配は無用だった。彼女がこう言ったからだ。


「これは今夜だけのことにしておこうね。私たちの思い出として胸の中にしまっておきましょう。」


 風呂から上がると俺達は体を拭いて服を着てから冷たい麦茶を飲んだ。それから俺は自分が無性に腹が減っているのに気付いた。俺の腹がグーッと大きな音を立てて鳴った。俺は昼から何も食べていなかった。時計を見るともう午前零時を回っていた。


「外に何か食べにいきましょう。」


 そう葵が言った。彼女も同じだったようだ。俺たちは部屋を出た。


「その前に私ちょっと着替えてくるわ。」


 そう言って彼女はすぐ隣の自分の部屋のドアを開けて中に入り、シンプルなワンピースを着て出て来た。彼女は普段からお化粧はほとんどしない。俺はスッピンの女の子にある種のセクシーさを感じてしまうことがあるのだが,葵はまさにそれだった。


 そして俺たちは夜の道を吉祥寺の方へ向かって歩いた。道はまだぬれていてそのせいかいつもよりは少し涼しく感じられた。彼女は陽気に鼻歌まじりで道を歩いていた。ついさっきまで泣いていたのに,どうやら元気を取り戻したようでそれはそれでよかった。


「アキってエッチがうまいんだね。そんな風に思ってたけど,やっぱり。女の子に優しいんだね。気持ちよかったもん。」


 俺はあまりなんて答えて良いか分からなかったので、とりあえず


「ありがとう。」とだけ言っておいた。


 吉祥寺駅の周辺はまだ結構賑わっていた。この辺には一晩中営業している飲食店が数えきれないほどある。俺たちは偶然目に入ったラーメン屋さんに入った。店内は静かで俺たち以外にはカップルが一組いるだけだった。俺たちはそこでラーメンを食べ,俺はまだ腹が減っていたので追加にチャーハンを注文した。俺はもうその時かなり眠くなって来ていたのであまり話しはしなかった。ただ無言でがつがつと食べ続ける俺の姿を葵は微笑みながら眺めていた。俺はその微笑みに気付き,同じように笑みを返した。食事が終わって店を出ると,俺の口からあくびが出た。俺たちはまた来た道を戻り家に帰った。


「私,やっぱり自分の部屋で寝るわ。今夜はとても楽しかった。どうもありがとう。」


 そう彼女は言って自分の部屋に戻った。俺も鍵を取り出し,自分の部屋のドアを開け中に入った。服を脱いで布団の上に寝転ぶとまだ葵の臭いがした。そして俺はさっきの交わりと葵の体を思い浮かべながら目を閉じた。






 それら数日後俺はふと彼女が言った「恋人以上の友達」という意味に付いて考えてみた。俺はその時もう彼女のすべてを知っているような気がしていた。彼女には隠し事も出来ないし,悩み事があれば何でも打ち明けられる,そんな仲に2人はなっているような気がした。俺は彼女と寝た(交わった)ことによって友達以上に親しくなれたのだ。でもだからといって俺たちは恋人でもない。この「恋人」と「友達」の境界線を俺たちは見事に無くすことが出来た。俺たちは「恋人」ではないけれどそれ以上の「友達」になれたのだ。そして俺たちはこの先もずーっと永遠にその「友達」でいられることだろう。それは時には「恋人」よりも強いものになり得るかもしれない。彼女が俺に求めていたのはそれなのだ。恋人になること意外にも「交わる」ことの意味はある。彼女が言っていたように俺たちが交わったあの夜は美しい思い出として俺たちの心に残り続けるだろう。そしてその思い出が俺たちの心の絆を永遠の物にしくれるのではないか。それはまた恋愛とは別の意味での美しくて力強い絆であるような気がした。






6.






 葵はその後彼氏とよりを戻し,エリカとも仲直りしたようだった。俺たちはまた何気ないメールを頻繁に送り合うようになった。ただ俺の方は相変わらずで毎日をカフェやバーでのほほんと過ごし、本を読んだり、遊び半分で自分の身に起こった出来事を題材にいくつか物語を書いたりして過ごしていた。昼夜が全く逆転した生活を送り、毎日夕方に目を覚ましてから町をふらつき,夜中過ぎに家に帰り書き物をしたり,映画を見たりして明け方近くに鳥のさえずりを聞きながら床に付くという感じだった。


 8月の初めのある週末の夜,その夜は「都会の熱い夏の夜」という言葉がふさわしい夜だった。ただここで言う「熱い」には二つの意味あいがあり,気温が熱いというのと女の子達が熱いという意味がある。その夜はまさに都会の可憐なヴィーナス達が男達に誘惑の手を差し伸べている、「ホットサマーナイトインザシティ」という感じだった。俺はその熱い夜が俺の運命を大きく変える夜になるとはこれっぽっちも思っていなかった。


 その夜,俺はゾエと出会った。俺はいつのようにレブフィーにいた。いつもの窓際の席は空いていなかったので,4人がけのテーブル席に一人で座って読みかけの「コインロッカーベイビーズ」の続きを読もうとしたのだが,店も混み合って来たこともあってあまり本を読む気にはなれず,本を脇においてビールを飲みながら今日みたいな熱い夜には何処かパーティーにでも行きたいな,などと考えていた。その時,2人のきれいな外国人の女の子が俺の方に来てそのうちの一人が俺に隣の席が空いているかどうか上手な日本語で聞いた。他の席は全て埋まっていたからだ。

俺が


「もちろん空いてるよ。どうぞ。」


 と言うと、彼女達は隣の席に座った。手にはコロナのボトルを持っていた。さっき俺に話しかけた子は俺のはす向かいに座った。彼女は輝くような青い目をしていた。彼女達は英語で話していた。「アメリカ人かな」と俺は思った。どちらかと言うとイギリス英語よりもアメリカ英語に近い気がしたからだ。俺は外国語はあまり得意ではなかったが映画を良く見るせいで言葉を聞き分けるのには少し自信があった。俺は彼女達がとてもきれいだったのと少し酔っていたせいもあって自分でも彼女達の方,特にはす向かいの子をじろじろと眺めていたことに自分でも気付かなかった。そんな俺の目線に気付いたのか彼女が俺が机の上に置いた本を差して言った。


「あたしこの本読んだことある。」


「ああ,俺今読んでる所だけどとても面白い。」


「私、高校生の時に初めて読んだんだけど、凄いなって思って。それから村上春樹の本なんかも読んで,それで日本に行きたいなって思い始めるようになったの。」


「俺も村上春樹は大好きだ。今は日本に住んでいるの?」


 俺がそう聞くと彼女達は自分達のことを少し話してくれた。彼女達はサンフランシスコからの交換留学生で一年間東京の大学で勉強したそうだ。“勉強した”と言ったのはもう一年間の学生生活は終わり,8月の終わりにはアメリカに帰るのだそうだ。彼女は日本がとても気に入ってまた戻ってきたい,と言っていた。今は夏休みで日本で過ごす最後の一ヶ月をいろいろエンジョイしたい,ということだった。


 それから俺たちは簡単な自己紹介をした。


「私の名前はゾーイー。Zoeyって書くの。でも日本の皆は私のことをゾエって呼ぶのよ。その方が呼びやすいし,フランス語読みだとゾエになるの。私のお父さんはフランス人なの。」はす向かいの子が言った。


「私はエミリー。よろしくね。」もう一人の子が言った。


「よろしく。俺はアキだ。正確にはアキヒロだけど皆は俺をアキって呼ぶ。」


 それから俺たちはアメリカ風の握手を交わした。


「日本ではあまり握手はしないね。」ゾエが言った。


「俺は握手するのは好きだよ。スキンシップがあるのは良い。フランスなんかじゃほっぺたとほっぺたをくっつけるんだよね。」


「そうよ。やってみる?」


 ゾエがそう言ったので俺たちは立ち上がりフランス風の挨拶をした。俺はさすがに少し照れてしまった。ゾエのほっぺたはすべすべで気持ちがよかった。


「挨拶だけで照れてるようじゃ俺はフランスではやってけないな。」


「すぐに慣れるわよ。一日に何回もすれば当たり前になっちゃう。それに嫌いな人とはしないでも良いのよ。本当に親しい友人とだけ。女の子同士でもするし,男同士でも稀だけどすることもある。」


「ゾエはフランスで生活していたこともあるのかい?」


「実際に生活していたことは無いけれど,お父さんの家族が皆フランスにいるから何回か行ったことがあるわ。」


「俺は日本から出たことが無い。残念ながら。」


「サンフランシスコは良い所よ。きっと気に入るわ。」


「行ってみたいな。」


「私の生まれ故郷のポートランドも行ってみると良いわ。オレゴン州にあるの。田舎のきれいな町よ。」


 そして俺たちはそこで少し話をした。彼女達は驚くほど日本語が上手でたった一年でこんなにうまくなる物かと驚いたぐらいだった。それからエミリーは明日忙しいからということで帰宅した。ゾエは俺ともう少し話がしたいと言ってその場に残った。俺はゾエの真向かいに座った。


「エミリーのアメリカの彼氏が明日東京に来るの。一緒に旅行に行くんだって。羨ましいな。」


「ゾエは?」俺は何となく聞いてみた。


「アキは?」彼女が逆に聞き返した。


「俺は今の所独身だ。っていうか俺はいつもそうなんだけど。」変に自慢げに俺は答えた。


「そうなんだ。」そして彼女は少し間を置いてから続けた。


「実は私、アメリカにつきあってる彼がいるんだけど,なんかもうどうでもいい気分なの。」


「アメリカに帰ったらまた彼とつきあうのかい?」


「分からない。私結構変わっちゃったから。もう今までみたいにはつきあえないと思う。」


 俺は何となく彼女が言ってる意味が分かるような気がした。


「アキは今いくつなの?」


「23歳だ。」


「そうなんだ。大人びて見えるね。」


「良く言われる。ゾエは?」


「私は21歳。」


「君はその年齢に見える。」


 俺は実はもうちょっと上かと思ったがあえてそう言った。白人の女の子は日本人の女の子よりも大人っぽく見えるような気がしたからだ。


 それから俺たちはビールをもういっぱい頼んで乾杯した。


「ゾエは日本が好きなんだね。」


「とっても。でも私の生活はやっぱりアメリカにあると思うわ。ガイジンでいるのは面白かったけど一年で十分だわ。」


「俺もアメリカに行けばガイジンになるんだろうな。」


「それとはちょっと違うのよ。向こうにはアジア系のアメリカ人だってたくさんいるから。」


「俺はアジア人になるのか。」それはそれで良さそうな気分だった。


 俺が店の時計を見るともう12時近かった。


「もうすぐ終電の時間だ。」


「そうね。」


「俺はまだ帰りたくないな。」


「あたし下北沢に良い場所知ってるの。一緒に行く?」


「喜んで!」


「じゃあ一緒に行こう。」


 そして俺たちはレブフィーを出た。まさかこんなにきれいな外国人の女の子と一緒に今夜飲みに行けるなんて思ってもいなかった。人生何が起こるか分からない。俺は完全に浮かれ気分だった。




 俺たちは電車に乗り下北沢に行った。俺がここに来たのは久しぶりだった。週末の下北はまだ結構な人で賑わっていた。陽気な賑わう夜の町を茶色い髪をしたきれいな外国人の女の子と一緒に歩いているとまるで自分が特別な人間になったように思えた。


 その店は裏通りにある居酒屋で週末は明け方まで営業と書いてあった。地下へ続く階段を下り店に入ると結構な人で賑わっていた。ゾエが顔を見せると店員達が彼女の名前を読んで親しげな挨拶をした。カウンターにいる常連客とも挨拶を交わしていた。


「あたしここに良く来るからみんな知ってるわ。あたしの住んでいる寮がここのすぐ近くなの。」


 俺たちはカウンターの席にならんで腰掛けた。そこはこじんまりとした感じの店でほとんどが常連客で皆が知り合いという感じだった。レブフィーの居酒屋版と言った感じだ。


「良い場所だね。俺の好きなタイプの場所だ。」


「アキなら絶対気に入ると思ってたわ。」


 俺たちはそこでビールを注文し,ここのメニューに詳しいゾエがいろいろおつまみを注文してくれた。その場所はお値段も良心的だった。


「ところで,アキは普段どんなことをしてるの?」


 俺はまだ自分のことを話していなかった。


「俺は」


 俺は少し間を置いてから言った。


「実は駆け出しの小説家なんだ。」


「すごいじゃない。あたしも読んでみたいけど,日本語読むのあまり得意じゃないの。」


 そして俺は鞄の中に入っていたノートブックを取り出した。外で書き物をするときはいつもこのノートブックを使っている。


「何か読んであげようか。ここにショートストーリーがいくつかある。あんまりたいした物じゃないけど。」


「ぜひお願い!」


 俺は彼女にシノブと過ごした夜の事を書いた話を読んであげた。


「面白いわ。ユーモアがあっていいわね。」


 彼女の隣に座っていた30代ぐらいの女性もこの話を聞いていたようだ。


「上手じゃない。もっと聞かせてよ。」


 彼女がそう言ったので俺は気分が良くなって何か別の話を読んであげることにした。それはかなり前に書いた話で、小説「ティファニーで朝食を」の最後で捨てられた猫が新しい飼い主を見つけるまでの道のりを想像して書いた物だった。舞台は第2次世界大戦時のニューヨークから現代の東京に置き換えてあった。「俺は猫だ。名前なんて無い。」という何処かで聞いたような出だしで始まるその話は猫の一人称で書かれており,東京の隠れた場所で暮らす人々の雰囲気がちりばめられていた。その猫はホームレスの人や家出の少女,日本語が話せない移民の手を渡り歩いた後,公園で野良猫たちと一緒に暮らし始めるが最後には近くで一人で静かに暮らしている老婦人に拾われるという話だった。昔書いた物でかなり書きなぐられた感じだったので俺は分かりやすいように少し装飾をしながら読み上げた。俺がその話を読んでいると回りにいた他のお客さん達もおしゃべりをやめて俺の物語に聞き入り始めた。俺は皆に聞こえるように少し声を上げて読んだ。最後には店員を含め店全体が俺の話に聞き入っていた。俺が話を終えると拍手が起こった。俺はこんなことは生まれて初めてだったのでびっくりしたと同時に恥ずかしかった。酒が入っていなければとてもこんなことは出来なかっただろう。


「あなた絶対この話本にして出すべきよ。」


「でもやっぱり本にするには長編小説じゃないとな。実は俺、今初めての長編小説に挑戦している所なんだ。」


 そして俺は今書こうと思っている小説の話をした。


「そうだ,この小説の中にゾエも登場させてみよう。」


「素敵な女性に書いてね。」


「もちろんだよ。」


 そのあと俺達は店員や他の客達と少し話をした。そんなこんなで俺たちは閉店時間までそこにいた。店を出て駅への道を歩きながら彼女が俺に言った。


「ねえ、」


「何だい?」


「海に行かない?」


 俺は突然の彼女の提案に少しびっくりしたが、実は俺もまだ家に帰りたい気分ではなかったのだ。


「行こうか!」


「行きましょうよ!」


「よし決まりだ!」


 俺はスマホで海に行く始発の電車の時刻を調べた。まだ少し時間があったので俺たちはコンビニで白ワインの小さなボトルを一本買い,近くにあった公園に行った。そこは子供の遊ぶブランコや滑り台がある小さな広場という感じだった。俺たちはそこのベンチに座り、コップが無かったのでワインのボトルに直接口をつけてかわりばんこに飲んだ。ワインを飲み終わった後俺たちはブランコに乗って遊んだ。


「ねえ,歌歌ってあげようか。」


 ゾエがそう言って英語の歌を歌った。それは古いフォークソングで俺も聞き覚えのある曲だった。それはアイルランド民謡の「ダニーボーイ」という曲だった。彼女の透き通るような美しい声が夜明けの公園に鳴り響いていた。ブランコを小さくこぎながら歌う彼女の姿はアメリカの田舎町で暮らす少女を思わせた。その間に少しづつ夜が明けて明るい太陽が照りだして来た。今日も暑くなりそうだ。朝日に照らされるゾエの顔は美しかった。時計を見るともう電車が出ている時刻だった。俺たちはゆっくりと駅への道を歩き電車を乗り換え鎌倉へ行く電車に乗った。朝の電車は空いていた。俺たちは4人がけの席に並んで座った。


「着いたら起こしてね。」


 ゾエはそう言って俺の肩に頭をもたれかけた。


「分かった。」


 俺がそう言った時には彼女はもう小さな寝息を立てていた。俺は眠らずに窓から朝日に照らされる町を眺めていた。






「着いたよ。」


 鎌倉駅について俺は彼女を優しく起こしてあげた。


「うう、ん、」


 彼女は小さく伸びをして立ち上がった。電車を降りると既に夏の日差しが強く照りつけているのが感じられた。


「ああ,本当に来たんだね。信じられない。」


彼女はそう言った。


「でも来て良かった。」


「私も。」


 俺たちは海への道をゆっくりと歩いた。途中のコンビニで水を買った。


 海に着くとまだほとんど無人だった。犬を連れたり散歩するひとが何人かいるだけだった。俺たちは海の家の無い左側のビーチへと歩いていった。そして回りには誰もいない静かな所に腰を下ろした。ゾエは着ていたシャツと下着を脱いだ。彼女の胸があらわになった。俺も自分のTシャツを脱いだ。彼女が俺の体に抱きついてきた。俺も彼女を抱きしめた。そしてそのまま2人は砂の上に倒れ込み抱き合いながら眠った。






 俺が目を覚ますと太陽の光がさんさんと降り注いでいた。無性に喉が渇いていたので水をがぶがぶと飲んだ。ゾエも目を覚ましたようだった。彼女は俺を見てから少し笑った。それからさっき脱ぎ捨てたままだった下着とシャツを着た。俺が彼女に水のボトルを渡してあげるとおいしそうにごくごくと飲んだ。時計を見ると10時近かった。その場所にはまだ回りに誰もいなかったが反対側のビーチは既に結構な人で賑わっているみたいだった。俺たちはそこで少しの間海を眺めていた。


「そろそろ行きましょう。」ゾエが言った。


「そうだね。」


 そして俺たちはその場から元来た道の方に向かって歩き始めた。俺は歩きながらTシャツを着た。そして俺は今度は腹が減っているのに気付いた。


「お腹減ったね。」


「うん。何処かで朝ごはん食べていこう。」


「そうしよう。」


 少し歩くとデニーズの看板が見えた。あそこならこの時間でもやっているだろう。俺たちはデニーズの店内に入り案内された席に座った。店内は空いていた。俺たちはそこでスクランブルエッグとサラダとパンケーキとコーヒーを頼んだ。


「Breakfast at Tiffany’s ならぬ Breakfast at Denny’s ね。」


 ゾエが言った。まさにその通りだ。俺たちは笑った。


「今日はとても楽しかったわ。一緒に海に来てくれてありがとう。」


「また君に会いたいな。」


「もちろんよ。」


 俺たちは携帯番号とメールアドレスを交換した。


「俺吉祥寺に住んでるんだ。」


「ああ,私よく行くわ。今度は吉祥寺で会おうか?」


「いいよ。」


「また新しいお話書いたら聞かせてね。」


「分かった。」


 朝食を済ませ,俺たちは駅までの道をふらふらと歩き電車に乗った。電車は空いていたので来るときと同じように4人がけの席に隣同士に座った。ゾエは同じように俺の肩を枕にして眠った。今回は俺もさすがに少し寝てしまったが横浜に着くと少し混んで来たので目を覚ました。もうすぐ渋谷に着く頃に俺はゾエを起こしてあげた。


「もうすぐ着くよ。」


「起こしてくれてありがとう。」


「立てる?」


 俺は彼女を立たせてあげた。


「家まで送ろうか?」


「大丈夫。一人で帰れるわ。」


「分かった。」


「じゃあまたね。」


「うん。メールする。」


「次に会えるの楽しみにしてるわ。」


「俺も。」


 そう言って俺たちはお別れをし彼女は電車を降りた。ホームを歩きながら彼女は俺の方を見て笑顔で手を振った。俺も彼女に笑いながら手を振った。電車のドアが閉まりその駅から素早く発車した。


 俺は家に帰ってからシャワーを浴びいつものように裸で布団の上に寝転んだ。俺の体中が幸福に満たされている感じだった。これが恋という物なのだろうか?






7.






 俺は翌日昼過ぎに目を覚まし,早速パソコンに向かった。昨日ゾエと過ごした夜のことを書き留めておきたかったからだ。書いていくうちにそれは一種の恋愛小説になっていきそうな雰囲気の物になった。もちろん俺はゾエと口づけさえ交していなかったが小説の世界では全てが可能だ。そうやって俺は自分で作り出したゾエの分身と空想のデートを楽しんでいた。さらにその物語に今まで書いたボノやシノブとのエピソードも交え長編小説の最初の骨組みのような物を作ることが出来た。まだこの物語がどのようにして終わるかは分からなかったけど,自分では結構手応えがあった。更に俺はそこにエリカや葵も登場させることにした。


 俺はエリカや葵にも恋をしていた。でもその恋は結ばれなかった。そして今度は俺はゾエに恋をしている。俺は見境なく恋をしているな。だから俺の恋は実らないのだろうか?しかしそのゾエも一ヶ月後には日本を去ってしまう。でもそれはそれでも構わない。ほんの一ヶ月でも本当の恋を経験できるならそれでも俺は嬉しいと思った。


 俺は前に一度ネットで読んだ「男性はBluetoothで女性はWiFiだ」というジョークを思い出した。男性はBluetoothのように近くにある物にすぐに接続するが相手が遠くに離れてしまうと、また新しい接続口を探し始める。女性はWiFiのように回りにある全ての電波を受信でき,その中の一番強い物と繋がる,という意味だ。俺はまさしくBluetoothのようだったが,ゾエは果たしてWiFiのパスワードを俺に教えてくれるだろうか?でもそのWiFiもきっとアメリカまでは届かないだろう。


 その夜俺はゾエにメールを送った。「ゾエさん、元気?近いうちに吉祥寺で会おう。」いろいろ迷ったがこのシンプルな書き方が一番良いと思った。実は俺は彼女がYESと言ってくれるかどうか少し心配だった。返事はすぐに来た。「いいわよ」こちらもシンプルな返事だった。俺たちは明日の午後7時に吉祥寺の駅前で待ち合わせることにした。その約束をしたあと俺は嬉しくて叫びそうになった。




 翌日、俺は出来ればその夜ゾエと一緒に寝ることは無くてもキスぐらいはしたいと思っていた。ゾエが家に来ることもあるかもしれないと思い俺は部屋を片付けシーツを交換した。ちょうど葵は夏休みで実家に帰っていた。だから俺がゾエを部屋に連れて来ても気付かれることは無い。まあ別に気付かれても良いのだけれど,葵は自分の部屋に一度も彼氏を連れてくることは無かった。やはり俺に聞かれると向こうも恥ずかしいし,俺もいい気分はしないだろうということは分かっていたのだろう。その辺の所も暗黙の約束みたいな物なのだ。だから俺も葵がいるときは家に女の子を連れてこないと心に決めていた。


 夜7時、俺は彼女と吉祥寺の駅前で会った。彼女は元気そうだった。俺たちはフランス風のほっぺたをくっつける挨拶を交わした。俺も前よりは少しうまくなったみたいだ。それから俺たちは今夜も混み合う商店街を少し歩いた。渋谷や原宿と違って外国人の少ない吉祥寺の町を彼女と一緒に歩くとなんか自分が特別な人間になったみたいで嬉しかった。俺たちはそこで一緒に過ごしたおとといの夜の話をした。


「忘れられない思い出になるわ。」


 彼女が言った。それは俺も同じだった。ブランコに乗りながら歌う彼女の姿や2人で朝の海に行ったことは俺も一生忘れることは無いだろう。それから俺はその後彼女が登場する小説を書き始めた話をした。


「その小説の主人公はその子に恋をするんだ。どのように終わるかはまだ決めてない。」


「現実でもそういう風になると良いわね。」


 彼女が言った。俺はなんと無く彼女が言った意味が分かったような気がした。


「breakfast at denny’s ってタイトルはどうかな。」


 俺が冗談まじりに言うと


「もういい加減トルーマンカポーティからは離れた方が良いわよ。」


 彼女がそう言って俺たちは笑った。


 少し歩いてから俺たちはハーモニカ横町にある焼き鳥屋さんに行くことにした。そこもほぼ満員というぐらいに賑わっていた。俺たちは奥に空いていた2人がけの席に向かい合わせになって座った。俺たちは焼き鳥をいくつかとビールを注文した。


「良い場所ね。」


「ゾエは居酒屋が好きなんだね。」


「あたしバーも好きなんだけど居酒屋は日本にしか無いでしょ。あたしもサンフランシスコには好きなバーがたくさんあるよ。あなたが通ってるレブフィーみたいな所がね。」


「ぜひ行ってみたいな。」


「あなたがサンフランシスコに来てくれたら連れてってあげるわよ。楽しみにしてる。私の友達も紹介してあげるわ。」


 俺はサンフランシスコのバーでゾエと酒を飲み彼女の友達と片言の英語で話している自分を想像した。まるで自分とは思えない感じだった。それから彼女はアメリカでの生活のことをいろいろ話してくれた。俺ももう少し年を取ったらアメリカで一年ぐらい暮らしてみたい。そんな気がして来た。


 そこで何杯か飲んでから俺たちは店を出た。ハーモニカ横町を出て少し歩くと道に椅子を出して水タバコを吸っている店があった。俺たちはそこに寄っていく事にした。俺たちはそこで外の椅子に座りビールを飲んだ。その夜も熱帯夜だったが風が気持ちよかった。ビールを飲み終わる頃になって俺は時計をちらっと見た。もうすぐ11時だった。彼女の方を見ると「まだ帰りたくない」というような笑顔を返してくれた。俺が他の店に行ってみようか?と言うと彼女が言った。


「あなたの所に行きましょう。」


 俺たちは家への道を無言で歩いた。駅から離れ,人通りの少ない道に出た時に彼女を抱きしめようかとも思ったがなかなか出来ずにいた。俺の家に入るドアの前まで来て俺は彼女にキスをした。ゾエはこの時を待っていたとでも言わんばかりに俺に抱きついてそれを受けいれた。俺も彼女の体を抱きしめた。俺たちはそこで少しの間そこで抱き合いながら長い口づけを何度か交した。それから俺はドアを開けて彼女を中に入れた。ドアを閉めて部屋に入った後2人はもう我慢できないと言った感じでお互いの服を脱がし裸になって抱き合った。そしてそのまま布団の上に倒れ込んで交わった。






 その夜,俺がゾエと過ごした初めての夜は俺がこれまで(と言っても俺はそれほど経験豊富な訳ではないが)女の子と一緒に過ごしたどんな夜よりも素晴らしい物だったと言って良いだろう。俺たちは互いに求め合い,心を通わせ合い,抱き合って愛を感じながら朝を迎えた。そして朝の光が差し込む部屋で俺たちはまた交わり合い,また抱き合いながら眠った。すこししてから目を覚ますと,いつも通りの夏の暑い日差しが部屋に差し込んで来ていた。床には俺たちの服や下着が昨日脱ぎ捨てたままちらばっていた。俺が先に起きてシャワーを浴びていると裸のゾエが中に入って来た。2人は一緒に体を洗った。シャワーを出て着替えてから俺たちは近所のカフェに朝食を食べに行くことにした。ゾエは鞄の中に着替えや歯ブラシなどをもって来ていた。どうやら彼女は昨日のうちにもう俺と夜を過ごすことを始めから分かっていたようだった。まあ俺もその為の準備はしてはいたのだが。


 アパートを出て朝の太陽の眩しい道をゆっくりと歩きながら彼女は俺の左腕に両腕を絡め頭を俺の肩にくっつけた。端から見るとあっつあつのカップルに見えるだろう。俺はボブディランのアルバムThe Freewheelin のジャケット写真を思い浮かべた。「Freewheelin の真夏バージョンだな。」


 それから俺たちは吉祥寺北口のチェーン系のカフェに入りアイスコーヒーとクロワッサンを注文した。俺たちは窓際の席に座り,ほとんど無言で朝食を食べた。俺は朝日の光に照らされる彼女に見とれていた。彼女は美しかった。そしてそこには言葉は必要なかった。俺が言葉に出さなくても俺の考えていることが彼女に通じているのが何となく分かったからだ。朝食を終えてからも俺たちそこでそうやって見つめ合いながら机の上で手の指と指を絡めあっていた。


「アキは,今日は何か予定はあるの?」


 少ししてからゾエが俺に聞いた。


「別に。俺は今はいつも空いてる。ゾエは?」


「あたしも今日は空いてるわ。」


「君と一日中一緒にいたいな。」


「私もよ。」


 そして俺たちはまた口づけをした。


「ねえ、」


 ゾエが言った。


「また海に行かない?」


 たしかに今日も暑くなりそうだし,海に行く以外にには考えられないという日和だった。


「そうしよう。」


 そして俺たちはカフェを出て家に戻った。彼女は実は水着ももって来ていたみたいだった。彼女は鞄から小さなビキニを取り出し,服を脱いで裸になってからそれを身につけた。目が釘付けになるほどに可愛かった。彼女はその上に薄手のワンピースを着た。俺も海パンに履き替え上に薄手の白い半袖シャツを着た。彼女にビーチで聞かせてあげようと思い先日書いたゾエと過ごした夜の話をプリントして鞄に入れた。そして俺たちは家を出た。


 電車に乗ってから俺たちは比較的静かだと思われる茅ヶ崎の海に行くことにした。ここから一時間半ぐらいだ。茅ヶ崎の駅に着くともう真夏の太陽が照りつけていた。俺たちは売店で水を買い海までの道を歩いた。そして海辺を手を繋ぎながら歩いて人気の少ない場所まで来ると、シートを敷いて鞄を放り投げてからもう待ちきれないという感じで服を脱いで水着になった。そして2人で手を繋ぎながら海まで駆けていった。水は冷たくて気持ちよく,俺たちは声を上げて喜んだ。そして濡れた体でまた抱き合って口づけをした。彼女の熱い体と冷たい水が交じり合って気持ちがよかった。そして俺たちはまた水の中に入った。そこはすぐに深くなっていたのであまり遠くには行かなかった。ゾエは泳ぎがうまかった。ひとしきり泳いでから俺たちは浜辺に戻って寝転んだ。空は雲一つない青空だった。俺は彼女と体をくっつけあいながら少しの間眠った。


 ふと目を覚ますともう夕暮れ時だった。海で見る夕日は美しく,波に反射するオレンジ色の光がまぶしいぐらいだった。俺たちは浜辺に並んで座りながら沈んでいく夕日を無言のまま眺めていた。遠くで中学生ぐらいの少年がサーフィンの練習をしていた。


 それから俺は鞄からさっきプリントした物語を取り出しゾエに読んで聞かせた。


「素敵なお話ね。私のことが日本人の小説家に書かれるなんて思ってもみなかったわ。」


 ゾエは冗談交じりにそう言った。


 それから俺たちは海の家のあるほうまで歩き、小さなテラスに座って夕暮れの涼しい風にあたりながらカクテルを飲んだ。日焼けしてほろ酔い気分のゾエは最高にセクシーだった。俺はずっとその場所で彼女を眺めていたい気分だった。


 帰りの電車に乗り,吉祥寺に着いた頃にはもう夜だった。俺たちは今日は朝食をとっただけだったので腹ぺこで、ゾエはカレーが好物だ,というのでカレー専門店で夕ご飯を食べた。俺はあまりに腹が減っていたので2人前ぐらいの量を一人で平らげた。家についてから俺たちはまた一緒にシャワーを浴び,布団のシーツを新しい物に変えてから裸で寝転がった。そして2人はまた交わった後抱き合いながら眠った。






 それから10日ほどの間,俺はほとんどの時間をゾエと一緒に過ごした。それは間違いなくこれまでの俺の人生で最も幸せな日々だった。愛する女の子と一緒にいる喜び,愛する女性と眠る夜,彼女の胸に頭を埋め,朝目覚めた時に何度もキスをする。俺は初めて「人を愛する」という喜びを知った。彼女と過ごす時間がまるで魔法のように思われ、彼女に口づけするだけで俺の心はバラ色に染まり、回りの景色がきらきらと輝いているように見えた。俺の頭の中はまるで空っぽになったようでそれ以外のことは考えられない感じで小説のことなどすっかり忘れていた。


 そんなある夜、いつものように愛し合った後彼女が言った。


「実はね、あたし来週から一週間友達と旅行することになってるの。前から計画していたことだし日本を去る前にどうしても行ってみたい場所があるの。アキと離ればなれになるのは残念だけど。」


 俺はその間彼女と会えないのは悲しく思えたがもちろん彼女だって他にやりたいことがあるに違いない。


「分かった。そうすると帰ってくるのは8月の20日頃だね。もう俺たちに残された日々は後数えるほどしか無い。」


「そうなるわね。でも帰って来たら残りの時間は全てあなたと一緒に過ごすわ。約束する。」


「本当に?日本にいる最後の時間をもっと楽しいことをしなくても良いの?」


「私あなたと一緒にいるのが何よりも一番楽しいのよ。」


「そう言われると嬉しい。俺もゾエと一緒にいるのが何よりも一番楽しい。」


「私もそう言われると嬉しいわ。」


 そして俺は彼女と抱き合いながら考えた。本当に結ばれる愛よりも本当には結ばれない愛のほうが多いような気が俺にはする。ボノもシノブも葵もエリカも本当に結ばれる愛にはまだ巡り会っていない。俺は今ようやく本当に人を好きになることが出来たけれど,それもやはり本当に結ばれる愛になることはないだろう。果たして本当に結ばれる愛なんてあるのだろうか?もしそれに巡り会えることが出来たならその人は本当に幸福な人と言えるはずだ。




 彼女が旅行に出てから数日が立ち,やはり俺は抜け殻のようになってしまっていた。短い間だったが毎日が長く感じれた。俺は愛する人がいない寂しさという物を生まれて初めて味わった。彼女のことを考えない時間はなく,本を読んだり映画を見てもさっぱり中に入っていくことが出来なかった。そのとき俺はボノが以前言っていた言葉の意味が分かったような気がした。気分転換に何度かレブフィーに一人で行ってみたが誰と話す訳でもなくよけいに孤独を感じて帰ってくるだけだった。そんなとき俺はまた自分の小説の世界に入っていった。それが俺の気分を紛らわせてくれる唯一の方法だった。ゾエと空想の世界で一緒に過ごしている時間が一番楽しかった。


 夜一人で眠る時は枕を抱きながらゾエのことを思った。ゾエからは毎晩メールが届いた。彼女は京都で何日か過ごした後大阪や神戸ヘ行き,その後は博多ヘ行ってから戻ってくる,ということだった。温泉に行ったりお祭りに行ったりして楽しんでいるようだった。彼女は旅行を思う存分楽しんでいるみたいでそれが俺には嬉しかった。


 少し寂しく感じすぎたある夜,俺は家を出て一人で吉祥寺の町をどこへ行くでもなくふらふらと歩いた。コンビニで買った缶チューハイをちびちびと飲みながら人通りもまばらな夜中の商店街を歩きながら思った。彼女が俺と同じような気持ちで俺を愛してくれているかどうかは分からない。でも俺たちが離ればなれになればもう今のように愛し合うことは出来ないということはお互いに分かっていた。彼女がアメリカに帰ったらまた前の彼氏とよりを戻すことになるのだろうか?俺はその事は考えたくなかった。彼女もその事は考えないようにしているようだった。アメリカでの彼女の生活は今とは違うまた別の世界なのだ。俺はゾエと一緒にアメリカで暮らすことも考えてみた。どちらにしろここで何かをしている訳ではないのだからそれも無理なことではないように思えたが、同時にゾエはそれを望んでいないような,そんな気がした。俺は家に戻りベランダに出ていつものように電車の音を聞きながらタバコに火をつけた。そして俺は夜の東京の町が俺に微笑みかけてくれるのを感じた。


 彼女が日本を離れる日は刻一刻と近づいていたが俺はあまりその事は考えないようにした。それよりもゾエが帰って来てから一緒にいられる時間を心行くまで満喫しよう。そう思いながら俺はゾエの帰りを待つことにした。そしてゾエのことを思いながら俺は小説の続きを書いた。ゾエと過ごした楽しい日々や熱い夜のことを思い出しながら。しかしやはりその小説の中の2人も決して結ばれることは無い結末に向かって進んでいた。






8.






 ゾエが東京に戻ってくる当日彼女からメールがあった。


「今新幹線の中にいるの。東京には8時頃に着く。その後寮に寄って荷物を置いてからアキの所に行くわ。私も早くあなたに会いたくてたまらない。」


 旅行帰りで疲れているだろうにそれでも俺に会いに来てくれるなんて俺は嬉しくてたまらなかった。俺はまず無精髭を剃り、床屋へ行って伸びて来ていた短髪をそろえてもらった。それから花屋へ行って小さな花束を買い,酒屋でシャンパンのボトルを一つとシャンパングラスを二つ買った。それから彼女に読んで聞かせてあげようと思い,彼女がいない間に書いた小説の続きをプリントした。そして部屋を掃除し,布団のシーツを取り替えた。台所の小さな机の上に花瓶を置いて花を添えた。準備は万端だった。今夜かける音楽も既に用意していた。ムーディーに70年代ソウルのコンピレーションで行こうと思った。


 彼女が俺の家に来たのは夜の11時近かった。俺は彼女が来るのを待ちながら一人で酒を飲み始めていた。ステレオではアルグリーンの曲が小さな音で流れていた。俺はドアを開けてゾエの姿を見ると同時に彼女を抱きしめ口づけをした。俺は彼女を台所に案内し,冷蔵庫からシャンパンのボトルを取り出しグラスを出して注いだ。そして折り畳み椅子に彼女と並んで座り乾杯をして飲んだ。


「凄いおもてなしね。嬉しいわ。」


 ゾエは元気そうだった。


「ゾエにあえて嬉しいよ。」


 そしてシャンパンを飲みながらゾエは旅行の話をしてくれた。とても思い出になる旅行になったみたいだった。シャンパンを飲み終え俺たちは外に食事に行くことにした。


「あたし今夜はお酒はもう良いわ。簡単にお食事できる所に行きましょう。」


 彼女がそう言ったので俺たちは牛丼屋に入ってカレーを注文した。あまりロマンティックな場所ではなかったがそれでも良かった。ゾエと一緒にいるとどんな場所でもロマンティックに思えるからだ。俺たちはそこでカレーを(特に俺は)腹一杯食べ,家に帰り,いつものように裸になって布団の上で抱き合った。


「明日多摩川の花火大会があるから一緒に行くかい?」


「面白そうね。行きましょう。」


 そう彼女が答えた。それから俺たちは交わった。一週間ぶりに抱く彼女の体が俺に取って本当にかけがえの無い物のように思われた。もしその時どんなことが起こっても俺はずーっと彼女の体を抱きしめていてあげただろう。


「あたし本当にあなたと愛し合うのが好きよ。」


 俺の腕の中で彼女はそう言った。俺は何も言わずにただ彼女を強く抱きしめた。






 翌日の朝,俺たちは早めに起きていつものカフェに朝食を食べにいった。今日は一緒に花火大会に行く日だ。ゾエはこの後予定があるというので寮に帰った。俺たちはまず彼女の寮で待ち合わせをして、それから一緒に多摩川まで歩いていくことにした。彼女の寮は駒沢大学駅から15分ほど歩いた所にあり、そこから多摩川までは歩いて30分ほどの距離だそうだ。ちょうど良い散歩になりそうだった。俺たちは午後5時に彼女の寮のカフェテリアで待ち合わせをした。


 俺は家に帰り少し書き物をした後腹が減って来たのでスパゲッティをゆでることにした。部屋は暑かったので俺はトランクス1枚だった。俺の大好きなアルバム、ジョージマイケルのFaithを掛けながらお湯を沸かし,ジョージの軽快なギターに合わせてスパゲティを鍋にばらまいた。


「信じることが大切なんだ。」


 俺はそうジョージと一緒に歌いながらフライパンを手に取りギターを弾くまねをした。2曲目のFather Figureが始まり,俺は指をリズムにあわせて鳴らしながら


「俺は君の父親の代わりにもなれるよ」


 などと歌いつつニンニクを刻みトマトとひき肉を混ぜてフライパンで炒めた。そして3曲目のI Want Your Sexが始まった。怪しげな音で始まるその曲が聞こえた時俺のノリは絶好調に達した。


「とても自然で,当然のことなんだ。Let’s do it!(やろうぜ!)」


 ジョージは今の俺の気持ちを代弁してくれていた。俺は箸でパーカッションを叩くまねをしながらその曲にあわせて一人で踊っていた。


「ホウアーセックス!、ホウアーセックス!」


 スパゲティの鍋が吹きこぼれていたので俺はあわてて火を止めた。




 午後5時も近くなり俺はゾエの寮へ行く道を歩いていた。俺はこのあたりに来たのは初めてだったがその場所は駅から歩いて一直線だったので分かりやすかった。俺は5時少し前にそこについた。広い敷地に,立派な建物がいくつか並んでいた。想像以上に素晴らしい場所だった。中を歩いているとやはり外国人の姿がちらほら見えたが今は夏休みなので閑散としているみたいだ。俺は待ち合わせのしてあるカフェテリアに行ってみた。そこも結構広い場所なのだが客は俺の他にはカップルが一組いるだけだった。売店も皆閉まっていて飲み物の自動販売機が動いているだけだった。音を消してつけてある大型テレビではMTVのような物をやっていた。それが唯一その場所で躍動感がある物だったと言って良い。それを除けばまるで時間が止まったような眺めだった。ここも新学期が始まれば毎日学生達で賑わうのだろう。ゾエが言っていたがここには本当に世界中様々な国々から来た人がいて皆日本語を上手に話すのだそうだ。俺は外国人留学生で満員のこのカフェテリアを想像してみた。皆それぞれいろいろな思いがあって日本にやって来たのだろう。それは本当に面白そうだった。


 壁にはパーティーの写真がいろいろ貼ってあったので俺はそれを眺めていった。皆楽しそうだった。俺もアメリカに行ってこんな生活をしてみたいな。俺は何となくそう思った。それから俺は椅子に腰掛けてゾエが来るのを待った。彼女はすぐにやって来た。俺は立ち上がりキスをした。それから俺たちは販売機で飲み物を買った。


「私はこれが好きなの。」


 そう言って彼女は抹茶ラテのボタンを押した。俺も同じものを買い,2人はテーブルの席に向かい合わせに腰掛けた。


「良い場所だね。とっても広いし。」


「今は夏休みだからほとんど誰もいないの。私の宿舎もものすごく静かで怖いくらい。」


「ここでの生活は楽しそうだね。」


「楽しいわよ,いろんな人がいて。ここで何度かパーティーもやったわ。私の宿舎には台所があってそこで皆でお料理をしたりして,いろんな国の人がそれぞれの国のお料理を作ってくれたりして楽しかったわ。夜は良く皆で下北沢に飲みに行ったりしてね。部屋は小さいけど,すぐに慣れたわ。私この寮に来れて凄く良かったなって思って。だって日本はアメリカとは全然違うから一人でやって行けるかどうか心配だったし,でも他の人達と一緒だったからすぐに溶け込むことが出来た。もう日本に何年も住んでいるって人だっていたし。あたしが来たばかりのときは日本語凄い下手だったのよ。」


「たった一年でこんなにうまくなるなんて凄いな。」


「アキだってアメリカに一年もいればうまく話せるようになるわよ。」


 俺は映画や音楽などで英語はそれなりに分かる感じがしたが実際に話をしたことはほとんど無かった。


「俺は自分が英語を話している姿を想像することさえ出来ない。」


「私だって自分が日本語を話すなんて想像することも出来なかったわ。言葉って言うのはね,まるで魔法のように話せるようになる物なの。ある日突然に,ふわっと出てくるの。」


「そうなんだ。」


「そうなのよ。もし良かったらあなたとも英語で話してあげるわ。」


「今はまだ良いよ。それに俺はゾエの日本語が大好きだ。」


 それから俺たちは寮を出て多摩川への道を歩いた。川に近づいてくると回りには花火大会へ行く人達で結構賑わってきた。可愛い浴衣姿の女の子達がいた。


「ゾエは浴衣は着ないのかい?」


「わたしはいいわ。」


「そう思ったよ。」


 彼女はいつも俺と同じようにシンプルな服が好きみたいだった。


「もし一緒に温泉に行くようなことがあったらゾエのお風呂上がりの浴衣姿を見てみたいな。」


 俺は何となく行ったのだがゾエは


「行きましょうか?」


 と答えてくれた。


「もうあたし達一週間ちょっとしか一緒にいられないのよ。一緒に思い出を作る旅行に行きましょう。」


「そうだね。」


「そんなに遠くない所に一泊なら行けるわ。」


「箱根に行こうか?」


「行きましょう!」


「今夜帰ったら宿を探してみよう。」


「明日行きたい。もう待ちきれない。わくわくする。」


「俺はゾエのそんな所が好きなんだよ。」


「あたしもアキのそんな所が好きなの。」


 そして俺たちは道ばたで立ち止まってキスをした。回りの人達が俺たちを見ている気がした。


 多摩川に着くとやはり凄い人だった。河川敷は既にもう遠くの方までいっぱいで座る場所さえ無かった。俺たちは橋を渡って川の反対側へ行ってみることにした。途中道ばたでビールを売っていたので俺たちは一本ずつ買い、飲みながらゆっくりと歩いていった。川の反対側に来た時にはもう既に夜で花火が始まっていた。そこも結構混んでいたが家族連れや年配の人達が多かった向かい側とは違って若い人達のグループが多かった。回りには既に酔っぱらってる連中やギターを弾いて歌っているグループもあった。俺たちは川から離れた高台にある草地に場所を見つけてシートを敷いて座った。そこで俺たちはビールを飲みながら花火を眺めた。その夜は夜風が涼しく俺は久しぶりに日本の風物詩を味わった感じだった。ゾエも喜んでいるみたいだった。


 近くに出店があったので俺はそこでおかわりのビールと枝豆を買って来た。戻ってくると見知らぬ男が訳のわからん英語でゾエに話しかけていたが俺が隣に来たのを見ると足早に去っていった。俺がゾエに枝豆を見せるとどうやら彼女はそれを生まれて初めて見るみたいだった。


「この中の豆だけを食べるんだ。ビールのおつまみにちょうどいいよ。」


 俺が説明しながら枝豆を食べるとゾエも俺のまねをして食べた。


「おいしいわね。」


「気に入ってくれて良かった。日本の伝統的な食べ物だ。」


「あたしね、」ゾエが言った。


「日本に来て何よりも驚いたのは,見たことの無いような食べ物が数えきれないほどあって,そしてそれがどれもものすごくおいしいのよ。まるで魔法みたいな味がするの。」


「俺もアメリカのピザとかチーズバーガーとか食べてみたいな。」


「きっと気に入るわよ。でも私は日本食の方が好き。」


「ゾエがアメリカに帰ったら日本食が恋しくなるね。」


「本当にそう思うわ。」


「日本の男性は?」


 と冗談まじりに言って俺は彼女を抱いた。


「それもよ。」


 俺は彼女に口づけをした。口づけの後彼女は少し悲しそうな顔をした。


「あたしなんだか,」


 彼女は少し口ごもってから言った。


「もうすぐ日本をはなれなくちゃならないのが凄く悲しく思えて来ちゃって。」


 俺は何も言わずに彼女を抱いた。回りでは花火の音とともに皆が歓声を上げていた。


「あたしここでこんなに幸せだから。」


「俺もゾエと一緒にいられて幸せだよ。」


 俺たちが空を見上げると一面を色とりどりの花火が舞い上がっていた。それはどうやら今夜の一番大きな花火みたいだった。それは俺たちの上にまるで花を咲かせてくれているように見えた。まるで俺たちの愛を祝福してくれているように見えた。俺たちは何も言わずにその花火を見つめた。愛の女神は俺たちに微笑みながら幸福の花束を送ってくれた。俺は彼女の肩を抱きながらその幸せ色に輝く空を見つめていた。


 花火が終わり俺たちは帰ろうとしたのだが駅はものすごい人でとても電車にはすぐには乗れそうになかった。俺たちは駅前にあった和風スパゲッティーの店で夕食を食べていくことにした。俺たちはたらこスパを注文した。


「これもアメリカには無いよね?」


「あるわけないでしょ。」


 彼女はそう言って俺たちは笑いながらスパゲッティーを食べた。もちろん箸でずるずると音を立てながら。


 店を出るとまだ駅は凄い人だったが俺たちは反対方向の電車になんとか乗ることが出来た。そして遠回りをし吉祥寺の駅に着いた頃はもう12時近かった。家についてからは2人とももうすぐに眠りたかった。


「明日朝起きたらネットで温泉宿を探そう。」


「楽しみだわ。」


 それから俺たちは裸になって布団に横になった。


「おやすみ。」


「おやすみなさい。」


 そう言ってからやはり俺たちは深く求め合っていたので熱く長く交わった。とても幸せだった。また俺達の回りを花火がキラキラと照らしてくれている気がした。そして俺たちはいつものように抱き合いながら眠った。






 翌朝俺たちは目覚めと同時に起き,ネットで箱根の宿を探した。結構良さそうな所が良い値段でたくさんあった。俺たちは最初に目についた宿に電話をしてみた。空室はまだあるみたいだった。俺は部屋を予約し,今日の夕方に着くと言って電話を切った。


「少し早めにここを出て江ノ島のビーチで日中を過ごそう。江ノ島から箱根までは一時間ちょっとだから5時頃の電車に乗れば6時過ぎに箱根に着く。」


「分かったわ。そうしましょう。」


 そして俺たちはシャワーを浴び,ゾエはビキニの上にワンピースを着た。俺は下は海パンで上はTシャツで行くことにした。ほんの一泊なのでほとんど手ぶらでも良いぐらいだった。ゾエはいつものように鞄に着替えの下着をもって来ていた。俺も同じように着替えだけを鞄に入れ、俺たちは家を出た。いつもの駅前のカフェで朝食をとり,電車に乗って片瀬江ノ島の駅まで行った。駅前のコンビニで水と白ワインを買い,手を繋ぎながら海岸沿いを歩いた。その日も雲一つ無い良い天気だった。まだ少し早かったのでそれほどの賑わいではなかったがそれでも結構な人だった。俺たちは片瀬海岸を人気の少ない場所まで歩き,波打ち際に近くにシートを敷いて座った。俺たちはひと泳ぎした後一緒に冷たい白ワインを飲みながら体をくっつけ合って寝っころがって過ごした。午後5時近くなり俺たちは荷物をたたんで駅に向かった。今日は早くからビーチにいたので俺たちは結構日焼けしたみたいだった。


「日焼けした後に温泉に入ると最高に気持ちいいって聞いたことがある。」


「あたし温泉に行くの初めてなの。」


「そうなんだ。俺も子供の頃に親と一度行ったことがあるだけだな。」


「じゃあお互いに恋人同士で行くのは初めてね。」


「そうだね。」それから俺が言った。


「日焼けした肌で温泉に入った後裸で抱き合ったらきっと気持ちいいだろうな。」


 彼女は笑った。俺は今夜が楽しみで仕方が無かった。


 箱根湯本の駅に着いてから送迎バスに乗り5分ほどの所にその宿はあった。外観は思ったよりも立派で内装もきれいな和風の旅館という感じだった。ゾエも気に入ったようだった。部屋も広くはなかったが畳のいいにおいのする純和室だった。


「私ここに来れて良かったわ。」


 ゾエが喜びながら言った。俺は普段はあまり和風の物は好まないのだがなぜかゾエと一緒にいると好きになれる感じがした。もしかしたら外国人の女の子と一緒に純日本風の場所にいることが俺を興奮させるのかもしれない。俺たちは早速温泉に入ることにした。部屋にあった浴衣と洗面用具を持って俺たちは風呂に向かった。大浴場の入口で俺たちは男女別れた。


「俺は30分ぐらいで出るかもしれない。出たら部屋で待ってるよ。」


 そう言って俺は浴場に入った。大浴場は想像以上に広く大きな窓が着いていた。やはり日焼けした肌に温泉は最高の組み合わせだった。俺は温泉につかりながらゾエと過ごす今夜のことを想像した。ゾエともう後数日しか一緒に過ごせないと考えるとやはり悲しかったがそれでも彼女と一緒にここにいることが何よりも俺にとっては幸せだった。俺は何度か湯船につかり少しのぼせ気味なって来たのでもう出ることにした。浴衣を着て部屋に戻るとゾエはまだいなかった。俺が部屋に置いてあった夕食のメニューを眺めているとゾエが帰って来た。彼女の浴衣姿はやはり最高に可愛かった。彼女も少しのぼせ気味で肌が少し赤らんでいた。俺は思わず彼女を抱きしめ口づけをした。


「君はきれいだ。」


「ありがとう。」


 俺はその場で彼女と交わりたい気分だったがまだその場では我慢した。俺が座布団に座るとゾエがその上に仰向けに寝そべって来た。俺は彼女の体に手を回しながら聞いた。


「温泉はどうだった。」


「素晴らしかったわ。まるで生まれ変わったみたい。」


「ここにきて良かったね。」


「本当に忘れられない思い出になるわ。」


 それから俺は机の上にあった夕食のメニューを彼女に見せた。


「夕食にしようか?」


「ええ。」


「部屋までもって来てくれるみたいだけどそうする?」


「そうね。」


「じゃあゾエの好きな和食を注文するよ。」


 ゾエはうなずいた。俺は電話を取ってフロントに食事を注文した。俺たちは日本酒がダメだったので白ワインも一本頼んだ。食事はすぐに届いた。俺たちは今日も朝食を取っただけだったので腹ぺこだった。食事は刺身や魚介類などのあるまさしく純和風の物だった。俺たちは肩をくっつけながら畳に座りそのお料理を食べた。ゾエは箸がよく使えなかったので俺が代わりに取ってあげた。白ワインと刺身は良く合った。食事を終えた後女中を呼んで食器を片付けてもらい布団を敷いてもらった。まだ寝るには早すぎる時間だったが,俺たちは朝早く起きて電車に乗り、一日中ビーチで過ごした後ここに来て温泉に入り少し疲れていた。それに何よりも俺はゾエと一緒に布団の中で抱き合いたかった。それはゾエも同じみたいだった。女中が出て行った後俺たちはすぐに裸になり布団に潜った。お互いの肌と肌をこすり合わせると最高に気持ちがよかった。ゾエも嬉しくて声を上げていた。それから俺たちは何も言わずに交わった。それはいつもよりも熱く激しい物だった。そしてその後2人は抱き合いながら眠った。いつもの俺の部屋とは違ってまるで別世界にいるように思えた。ゾエの肌はすべすべで滑らかでまるで夢のようだった。


 翌朝俺は日の出と同時に目を覚ました。俺は布団から起き上がって裸のまま窓際に座りだんだん明るくなる空を見ていた。するとゾエも目を覚まして同じように裸のまま俺の隣に座り2人で一緒に朝日を眺めた。


「きれいね。」


「ああ。」


 それから俺たちは長い口づけをし,布団に戻りまた交わった。その後俺たちは10時過ぎまでゴロゴロしていた。その後軽く温泉に入り,11時過ぎにチェックアウトした。町をぶらぶら歩き,駅近くのカフェテリアで朝食をとった。


「この後また海に行こうか?」


「いいわね。」


「鎌倉の海に行って夕方頃に家に帰ろう。」


「そうしましょう。」


 俺たちはその場で少しの間無言で見つめ合っていた。ゾエの青い目は何時間見つめていても飽きなかった。


「私ね、まだいろいろやらなくちゃ行けないことがあるからこれからはあなたと一緒に一日中過ごすのは難しいと思う。でも夜はあなたの家に行くわ。」


 確かに,彼女が日本を去るのはもう後数日後のことだった。でも俺はその事がなかなか現実的に思えなかった。


「私が飛行機に乗る前の晩に友達がお別れパーティーをしようって言ってるんだけど,どう思う?朝の9時には飛行場に着いてなくちゃならないから前の晩皆で一緒に飲みにいってその後カラオケとかに行って一晩中騒いでそのまま私は飛行場に行くの。」


「面白そうだね。良いんじゃない?」


「寮にいるアメリカの友達が何人か来るわ。エミリーも彼氏と一緒に来る。きっと盛り上がるわ。」


「よし決まりだ。最後はぱーっと騒いでお別れしよう。」


「わかったわ。じゃ私も友達にOKって伝えておくね。」


 その方が良いと思った。変に悲しい気持ちになるよりも皆で騒いでお別れした方が気分がいいだろう。どちらにしろ別れはやってくるのだから。


 それから俺たちは電車に乗って鎌倉まで行き2人が出会った夜に行ったビーチまで行った。そこで俺たちはいつものように白ワインを飲みゴロゴロしながらくっつきあって日暮れまで寝転がっていた。その後電車に乗り吉祥寺まで帰りゾエのお気に入りのカレー専門店でカレーを食べた。


「このカレーももうすぐ食べられなくなっちゃうのね。」


 彼女は少し悲しそうな顔でそう言った。俺は注文した激辛カレーを食べながら顔から吹き出る汗を拭くのに必死だった。






 それからはやはり彼女は日中は忙しく会えるのは夜だけになった。2人で吉祥寺で夕食を食べ,たまには飲みにも行ったがゾエは翌朝早く起きなくてはならずあまり夜更かしはしなかった。彼女と一緒に過ごせる夜がだんだん少なくなっていくことは出来る限り考えないようにした。でもその日が近づいてくるに連れ俺は日数を数え始め、なんとなく不安な気持ちに襲われた。ちょうど入試の時に試験の日が近づいてくるに連れ不安になってくるのと少し似ていた。しかしどちらにしろその日はやってくる。俺は開き直ってもう余計な心配をするのは止めた。


 そしてついにゾエと2人だけで過ごす最後の夜がやって来た。彼女はあさっての朝の飛行機に乗る。明日の夜は彼女の友達と皆で一緒に朝までお別れパーティーだ。その後俺はゾエを成田飛行場まで見送りにいく予定だ。もう成田エクスプレスの切符も買ってある。新宿駅7時発だ。その前にゾエは寮に行って荷物を取りにいくことになっている。もう荷物は既にまとめてあるみたいだから後はタクシーに乗って新宿駅まで行けばよい。出発の準備は万端だった。それはもうあさってのことだ。明日は一緒にお昼ご飯を食べることになっていた。俺たちは少しロマンティックにお台場のレインボーブリッジが見えるレストランに行くことにした。


 その夜もいつものように吉祥寺で夕ご飯を食べ(ゾエのリクエストでもちろん食べおさめとなるカレー専門店に行った。)、俺の家に行って布団の中で裸で抱き合った。


「時間が過ぎるのって早いね。」ゾエが言った。


「あっという間だ。」


「あたしもあさってはアメリカにいるのね。なんだか今でも実感が持てないわ。これがあたし達が一緒に過ごす最後の,,」


「その事は言わないでいいよ。その事を考えると悲しくなる。」


「アキ、、」


 それでも俺たちはやはり悲しい気持ちを抑えることは出来なかった。俺たちはそのまま何も言わずに抱き合い,交わった。それは今までの中で一番熱く,強い交わりだった。俺はゾエとのこの交わりのことを一生忘れることは無いだろう。俺はその時本当に彼女と心の奥まで結ばれることが出来たような気がしたからだ。そして交わりが終わった後俺たちは無言のまま抱き合いながら朝まで眠った。


 翌朝目を覚ますと外は雨だった。そのせいもあって俺たちはエアコンの風にあたりながら10時過ぎまで眠っていた。その後シャワーを浴び,2人で一つの傘に入り,雨の町を吉祥寺駅まで歩いた。Freewheelinのジャケットの2人も今日は傘の下で少し悲しそうな顔をしていた。電車に乗ってお台場まで行きお目当てのレストランの大きな窓の隣の席に俺たちは座った。雨のレインボーブリッジはなんとなくそれなりにロマンティックな雰囲気を醸し出していた。雨の方がムードがあって映画のロケーションなんかには最高な感じがした。食事をしながら俺は何となく言った。


「俺の好きな邦楽の ”Melody” という曲の中に “恋人のまま別れよう” というフレーズが出てくる。今の俺たちはまさにそれだな。」


「その意味分かる気がするわ。私たちは恋人だけどお別れはやってくるのだものね。」


「ゾエはアメリカではまた新しい生活を始める訳だから,もう俺のことなんか気にしないで自由に生活していくべきだ。」


「そう言ってくれて嬉しいわ。あなたも私のことなんか気にせずに新しい恋人を見つけてね。」


「ゾエ以上の出会いが俺にこの先あるかどうか分からない。でもそれでもいいよ。俺は彼女なんかいなくても良いんだ。」


「私も一人の方が暮らしやすいと思うときがあるわ。特に前の恋人と長いこと続いたからね。」


 俺たちはそんな話をしながらレインボーブリッジに降り注ぐ雨を眺めていた。


 レストランを出た後、俺たちは雨のお台場を傘をさして歩き,埠頭にある公園から海を眺めた。俺は傘をもった手でゾエを抱きしめ,口づけをした。雨のロケーションは俺たちに最高のムードを演出してくれた。


 俺たちはその後吉祥寺の家に戻り,少し眠ることにした。ゾエの友達とは下北沢の俺たちが出会った夜に行った居酒屋で夜の11時に会うことになっていた。もう予約も入れてあるみたいだった。俺たちは布団の上で裸になり,心の行くまま愛し合った。俺たちは何度も何度も強く激しく求め合い、まるで獣のように交わり合った。そしてその後汗ばんだ体で抱き合いながら眠った。


 俺たちはそのまま午後8時頃まで布団にいた。雨はもうやんでいた。起きてからシャワーを浴びて着替えてから家を出て吉祥寺で軽く食事をした。そして電車に乗り下北沢へ向かった。電車はほぼ満員で俺たちは一番端でくっつき合いながら何度もキスをしていた。下北沢に着き居酒屋への道を歩いた。俺たちは先日一度だけそこに行った。店員達も俺のことを覚えていてくれて最初に行った時に出会った常連客もいた。前回俺の話を気に入ってくれたあの女性もいて,俺たちは少し話をして結構仲良くなった。彼女も今夜も来ているかもしれない。そう思うと楽しみだった。空には星が出ていた。明日は晴れそうだ。


 居酒屋に入るともう結構の賑わいを見せていた。店員は俺たちを見ると腕を広げて迎えてくれた。店の真ん中の一番大きなテーブルを取っておいてくれた。ゾエの友達はまだ来ていないみたいだった。俺たちはそこに座りビールとおつまみをいくつか注文した。前に話をした女性が今夜もカウンター席に座っているのが見えた。俺は彼女に挨拶をしにいった。彼女はいつも通り少し酔っているようだったが俺の姿を見ると嬉しそうに微笑んだ。俺は彼女と少し話をしてから席に戻った。


「ここはいい場所だな。」


 俺はビールを一口飲んでから言った。


「あなたの理想の人に出会えるかもね。」


「俺の理想はゾエだって。」


 そう言って俺たち笑いながらビールを飲んだ。


 ゾエの友達がやって来た。エミリーとエミリーの彼氏、アメリカ人の女性とカナダ人の女性,アメリカ人の男性2人の全部で6人だった。俺たちは挨拶を交わし,席に座ってビールで乾杯した。エミリーの彼氏以外は皆日本に住んでいて日本語が上手みたいだったが俺たちは英語で話をした。俺たち,と言ってももちろん俺は英語を話すのに慣れていないので最初は結構手こずっていたが少しずつ聞いているとだんだん理解できるようになって来た。というよりはほとんど彼らの会話は理解できた。分からないときはゾエに聞いた。俺も片言の英語で話したがそれでもすぐに相手に通じた。もちろん彼らは日本語が出来るので英語で何と言ったら分からないときは日本語で言うと理解してくれた。


「アキも英語出来るじゃない。」


 ゾエが嬉しそうに言った。


「俺がこんなに英語を話したのは生まれて初めてのことだ。」


「言葉を話す練習をするのに一番いいのがこうやって皆と一緒に飲んだり食べたりしながら話すことなのよ。私もそうやって日本語が話せるようになったんだもの。」


 俺は全くその通りだと思った。こうやって居酒屋で酒を飲みながら話しているとまるでなんの違和感も無く話せることに驚いた。以前からあった目に見えない言葉の壁が完全に消え去ったような感じだった。


「これなら俺もアメリカに行っても大丈夫かな?」


「きっと大丈夫よ。」


 俺は本気でアメリカに行ってみたくなった。




 そうやって俺たちは結構酒も入って来た所で次の場所に行くことにした。次はカラオケに行くみたいでそれが今夜の彼らのメインコースのようだった。彼らは皆カラオケが大好きみたいだった。俺はあまり歌うのは得意ではないのでカラオケには滅多に行かないのだが彼らと一緒なら楽しそうな気がした。それに俺は英語の歌を歌ってみたかった。店への道を歩きながら女の子達は既に英語で歌い始めていた。俺も彼女達と一緒に英語で歌う,と思うとわくわくした。少し歩いてから俺たちは駅前のカラオケ店に入った。そこは商業ビルの上階にあり,個室は結構広く窓からは夜の町が見渡せた。俺たちは飲み物を注文し皆それぞれ思いの歌を歌いはじめた。俺の知っている洋楽のポップソングが次から次へと流れ始めた。皆結構うまかった。俺も皆と一緒にテレビに映る歌詞を読みながら歌った。普段聞いている時は歌詞はあまり気にしないような曲がこうやってあれためて歌詞を読みながら歌うと初めてその意味を知ったような気がした。俺も自分の曲をリクエストした。早めの曲は難しそうだったのでとりあえずスロウにしようと思い,ジャズのスタンダード曲These Foolish Thingsをリクエストした。俺はブライアンフェリーのバージョンで良く知っていた。そして俺が歌う番がやって来た。酒も入っていたこともあって俺はゾエを抱きかかえその曲を歌った。それは俺たちの思い出の曲になるようなそんな気がした。それからエミリーがACDCのHighway to Hellを歌い盛り上がりは最高潮に達した。彼女は乗りがいいし,歌もうまい。実はギターも弾けるんだそうだ。サビの部分がやってくると皆で声を合わせて叫んだ。


「ハーイウェイトゥヘル!ハーイウェイトゥヘル!」


 それから後は誰が誰関係なく皆で歌い始めた。ゾエは俺と一緒に歌おう,と言ってニルソンのWithout Youをリクエストした。俺たちは一緒にその曲を歌った。それはまるで今の俺たちの為に作られた曲のように思えた。


「キャントリーヴ!イフリヴィンギズウィズアウチュー!キャントリーヴ!キャントリーヴエニモー!」


 俺はその曲を歌いながら泣きそうになった。俺もゾエ無しでは行きていけない,そんな気がした。ゾエもその事を思ってこの曲を俺と一緒に歌いたかったのだろうか?


 皆が俺に日本語の曲を歌ってくれと言ったので俺は久保田利伸のMissingを心を込めてゾエに向けて歌った。


「いい曲ね。」ゾエがそう言った。


 その曲はゾエのWithout Youに対するお返しの曲だった。その曲が俺の全ての気持ちを物語っていた。






 空が明るくなり始めていた。一晩中歌い明かした俺たちはその場所を出て寮に向かう道を歩いていた。みんな気持ちのいい朝日を浴びながら浮かれ気分だった。ゾエと最後の夜を彼らとこうやって過ごせたのは本当に良い事だった。寮に着いて俺は彼らとさよならをした。ゾエも長いハグを交していた。恐らく彼らもアメリカに行ってからはあまり会える機会は無いのだろう。


 それからゾエは部屋に荷物を取りにいった。俺は前に一度来たカフェテリアの椅子に座り,彼女が戻るのを待った。カフェテリアには当然のごとく誰もいなかった。朝の明るい日差しが広い室内に照りつけていた。ゾエはすぐに荷物を持ってやって来た。中ぐらいのスーツケース一つだけだった。俺たちは寮までタクシーを呼びそれに乗り新宿駅まで行った。ホームにはもう電車が止まっていた。俺たちは指定された席に座った。電車は空いていた。俺は彼女の手を握った。一晩中騒いだ後ということもあって言葉を交わすというよりは心で通じ合っていたい,という感じだった。そうして俺たちは手を握りあいながら窓から過ぎ行く景色を眺めていた。ゾエは日本とのお別れも俺たちの別れと同じぐらいに悲しく感じているに違いない。そう思いながら俺は外の景色を眺めるゾエの透き通るような青い瞳を見つめていた。回りには電車の走る音だけが響いていた。


 飛行場に着きチェックインを済ませ荷物を預けてから,俺たちは出発のゲートに向かった。ゲートの前ではもうすでに乗客達が座って待っていた。後一時間ほどでお別れの時刻だ。俺たちは販売機でコーヒーを買いゲートの前の椅子に座った。電車の中からほとんど俺たちは無言だった。


「ついにお別れの時が来たね。」


 俺は思わず口に出した。


「そうね。」


「俺,言いたいことが凄くたくさんあるのに,何て言っていいか分からない。」


「あたしも同じよ。」


 俺たちは笑った。


「最後は笑ってお別れしよう。」


「またいつか会えるわ。私もまた絶対に日本に来るし。」


「そうだよね。」


 そして俺たちは見つめ合った。そして俺たちは熱い口づけをした。


 俺たちはしばらくの間無言でそこに座っていた。ゲートが開き,人々が列に並び始めた。俺たちも立ち上がった。


「お別れね。」


 彼女が言った。


「ああ。」


 そして俺たちは熱いハグを交し軽く唇を合わせた。


「さよなら。」


「さよなら。」


 そして彼女は乗客の列に加わった。ゲートに入る前に彼女は俺の方を振り返って微笑んだ。そして彼女の姿は見えなくなった。


 ゲートが閉まってからも俺はしばらくその場所にぼーっと立ち尽くしていた。まるで頭の中が空っぽになったような感じだった。まだゾエがいないという実感は湧いてこなかった。俺はそのまま空港の中をふらふらと歩き、上の階に行くとバーがあったので俺はそこでビールを飲んでいくことにした。大きな窓からは空に飛び立つ飛行機がいくつも見えていた。もしかしたらからゾエの乗った飛行機があれのうちの一つかもしれない。そんなことを思っていると急に悲しみがこみ上げて来た。ゾエの笑顔が思い出されて来た。そして俺はその時ようやく本当に生まれて初めて人を愛するということがどういうことなのかを悟ったような気がした。俺の心は完全に彼女のものだった。俺は彼女が好きで彼女とずーっと一緒にいたい。彼女と一緒に生活し家庭を築き年を取っていきたい。そう本気で思った。そしてあることに気付いた。俺はゾエに一度も「愛している」と言ったことが無かった。もちろん今までの人生で俺は一度もその言葉を口にしたことは無かったけれども,結局ゾエにさえ俺はその言葉を言うことが出来なかったのだ。俺はそんな自分を悔やんだ。意気地なしだと思った。もしゾエがまだこの飛行場にいるなら彼女の元に走っていってこう叫びたかった。「愛してるよ!好きだよ!君が好きだ!」その言葉はもうゾエには届かないだろう。でもせめて俺の気持ちだけは彼女に届いてほしい。俺は窓から見えた飛び立ったばかりの飛行機に向けて心の中でこう叫んだ。「愛してるよ!好きだよ!君が好きだ!」もちろんその飛行機がゾエの乗った飛行機ではないだろうと思いながら。






 それから数日の間俺は完全に気力を失ったような生活をしていた。ゾエとはアメリカに着いた夜に一度だけメールのやり取りをしたがそれ以降は連絡を取らないようにした。彼女のアメリカでの生活を邪魔したくなかったし,俺の方ももう彼女のことはあまり考えないようにしたかった。


 ただゾエがいなくなった今、自分が何をしたらいいか,明日何をしようかそんなことさえ考えることが出来なかった。ほとんどの時間を一人で過ごし,外にもほとんど出なかった。狭い部屋で一人で酒を飲み,ベランダに出て煙草を吸った。いつもは心を癒してくれる電車の音も今では何となく虚しく感じられてくるようになった。ゾエとの物語の続きを書こうとも思ったが書いて行くにつれ「こんな話を読んでくれる人なんているのだろうか?だいたい編集者に断られるに決まっている。」そんな風に思い始め書くのも止めてしまった。


 気分が滅入って来たときは眠くもないのに布団に入った。俺は寝ているときが一番幸せな気がしたからだ。ゾエやエリカや葵と過ごした楽しい日々を思い浮かべながら俺は夢想に耽っていた。何時間でも布団の中に入っていたい感じだった。起きていても何もする気がしなかった。


 この世の中に女の子以上のものは無い。それ以外のものはどうでも良かった。どんな難しい勉強をしている人でもそれは同じことだと思う。女の子と一緒にいる喜び,愛する女性と眠る夜,彼女の胸に頭を埋め,朝目覚めた時に何度もキスをする。それ以上のものはこの世に存在しない。


「もしこの世界に誰も俺を愛してくれる人がいないのなら,俺はどうしたら良いんだ?」俺はそんなことを思い始めていた。


 ある晩、夜中に目覚めて台所まで水を飲みにいくと壁をちっちゃなナメクジが這っているのを見かけた。俺はそのナメクジが壁をゆっくりゆっくりと這っているのを見て可哀想に思えて来た。


「お前は一体どこに行こうとしているんだい?」


 俺はそう思いながら小さな皿に水とご飯を少し乗せて置いてあげた。


 翌朝起きて台所に行くとそのナメクジが昨日出してあげたお皿の上に載っていた。なんかお腹いっぱいになって気持ち良さそうに眠っているように見えた。そのナメクジは俺に取っての唯一の友達のように思えた。俺は皿のご飯と水を新鮮なものに変えた。


 しかし夜になるとそのナメクジは何処かに行ってしまっていた。台所や風呂場の壁を見渡しても見つからなかった。


「一体どこにいったんだろう。」


 その時俺はあの代々木公園の青年が言っていたライクアローリングストーンの歌詞の意味を思い浮かべた。


「お前は転がる石のように自由なんだ。所属する家が無くても誰もお前のことを知らなくても,自由気ままに転がって行けばよい。」


 あのナメクジこそその時の俺に取ってのローリングストーンだった。そして俺はこう思った。


「転がる石のように,ただ俺が思っている事を自由に書けば良い。それを誰も認めてくれる人がいなくてもそれならそれで良い。それは俺の作品だ。そして作品という物は永遠に残る。それは俺という人間が生きていた事の証になる。だから俺の作品を作り上げよう。」


 そして俺はパソコンに向かいゾエとの物語の続きを書き始めた。回りのことなど考えずに自分が書きたいままに書いていくことが俺から一切の余計な考えを取り除きすらすらと書けるようになった。ページ数を気にする必要も無い,変に難しい言葉を使う必要も無い。自分の心に思い浮かんだ言葉をそのまま書き連ねていけば良いのだ。俺はこれまでこんなに筆が捗ったことは無かった。まるで手が勝手に動いてひとりでに文章をかきあげてくれる感じだった。


 俺がゾエと一緒に過ごした日々を少しづつ文章に書き留めながら俺はもう一つの彼女との人生を生きていた。この本が実際に出版されるかどうかは分からないし,ましてそれが彼女の手に渡るかどうかも分からない,でもそれでも良かった。俺はその小説を書きながら本当に愛した人と再び一緒になれた。そんな愛物語のような世界で彼女と一緒に暮らしていく自分を想像した。それは俺が想像する限りのもっとも幸福な世界のように思われた。もちろんボノが言っていたようにそんな世界は現実には存在しないのかもしれないけど。


 俺はもしかしたら本当に人を愛するのが下手なのかもしれない。でも俺の愛は小説の中にあり,小説の中では愛する事が出来る。そしてその小説の中の俺を愛してくれる人がもしいたとしたら,この世の中にも俺を愛してくれる人がいるという事になるのではないか?もちろんそれは本当の俺では無いけれど,現実の世界では不可能な事も空想の世界では可能になる。そしてその小説を読んで感動してくれる人がいたら,それは人々が俺の愛に合格点を付けてくれた事になるのではないだろうか?


「俺は彼女への思いをどうしても小説という形で残しておきたい。」それは一種の使命のように俺には思われた。


 そして俺はその後何日も熱い部屋に閉じこもって小説を書き続けた。もう昼夜の境も無く,書いては寝てそして起きてはまた書いた。携帯の電源さえ入れる事も無かった。


 俺はもう二度とゾエには会えない気がした。でももう会えなくたって構わない。彼女は俺の小説の中で生き続ける。俺は小説の中で彼女に会える。もし彼女にまたいつかどこかで会うことが出来たとしても,もう恋人同士ではないだろう。もしそうなのであれば俺はもう彼女には会わないほうが良いと思った。愛は心の中に生き続けるからだ。






 小説も完結に近づいたある天気のよい朝,俺は久しぶりに代々木公園に行ってみることにした。またあのギター弾きの青年に会いたくなったからだ。


 俺が公園のいつもの場所に行くと彼はいつものようにそこにあぐらをかいてギターを引いていた。回りにはいつものようにビールの缶がいくつか転がり,座布団の上には猫が丸くなって眠っていた。


 俺の姿を見ると彼はいつものように俺に挨拶をした。


「よう!久しぶりだな。」


「そうだね。」


「元気そうで何よりだ。」


「いろいろあったけどまあなんとかやってるよ。」


「俺は相変わらずだ。」


「何か歌いたい気分だな。」


「一緒に歌おう。」


 と言って彼はライクアローリングストーンを演奏し始めた。サビの部分になって俺たちはまるで叫ぶようにして歌った。


「どんな気分だい?


 もうお前は自分だけの意思で生きて行けるんだぜ。


 もう昔の事を考える必要も無い。


 この新しい世界では誰もお前を知る者はいないんだから。


 ライク・ア・ローリングストーン!」


 二人で声を合わせてそう叫ぶと同時に俺はそのまま芝生の上に大の字になって寝転んだ。眩しい陽の光と突き抜けるような青空が俺の視界を覆った。空には一筋の小さな飛行機雲が浮かんでいた。俺はそのまま目を閉じた。


最高の気分だった。






                 完

最後まで読んでいただき大変嬉しく思っております。



まだ駆け出しの作家ですが,これからもいろいろ書いていくつもりなのでどうぞよろしくお願いいたします。






川崎ルイ






(2015)泣いても,いいですか?


(2016)こんな俺を抱いてくれよ



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