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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幻科京物語

黒いごみ袋

作者: Key Smith

 これは確か……まだ学校に……焼却炉があった頃の話……

 あるところに妹と両親、そして自分の合わせて四人で慎ましながらも幸せに暮らしていた男子高校生がいたんだ。

 名前は――そうだな……ここでは便宜的に「男」とでも呼んでおこうか。

 まぁ野郎の呼称なんかはどうでもいい。

 とにかく、「男」がいたんだ――――――――――――――――――





 季節外れの夕立が降っていた。頭上を蓋い、遮るものも無しにして帰路に就けば当然の如く風邪をひく程度には濡れてしまう。そう思わせるほどの降雨量だった。

 だからだろう。ただのおふざけにして親友に傘を獲られ、その傘を獲りかえすべく追いかけっこをしている内に「男」がむきになってしまったのは。

「待ちやがれ!!」

 放課後の廊下、「男」は廊下を走っていた。

「ハッハッハッ。獲りかえせるもんならやってみやがれってんだ!」

 親友は煽ってはいたものの「やべっ。ありゃ本気で怒らせっちまったかな。これは後でゲザんなきゃな」などと親友は走りながらごちていたようだ。

 が、「男」は気付かず、ただただ苛立ちを強めていくばかり。

 最初は男の方もおふざけということでそこそこ楽しく感じていたらしいんだが――そういうノリって長いことやられるとウザったらしく感じてくるだろう? つまるところ端的に表すならばそういうことで、時が経つにつれ、「男」もそのノリがうっとおしくなってきて終いにはこう、思ってしまったらしいんだ。

――こいつ、ウザい……消えてくんないかな――

と。

 その瞬間――

「ここは……焼却炉の前か……? 重っ! なんでったって俺はこんなもんを持ってこんなとこに……」

 男は雨に打たれながら学校の焼却炉の前にゴミ袋を持って立っていた。

 男は違和を感じた。彼からしたら突如目の前に焼却炉が現れて黒くて決して軽くはない黒ゴミ袋を持っていたのだから。

 しかしそれを「男」は忘れた。

「ただいまー」

「あっ! おかーさん! 兄さんが帰ってきたよー。全く……こんな時間までどこで何してたの? 心配したんだからね」

「あぁごめんごめん。……ちょっと○○の家に」

「……今の間は何よ、まあいいや、早くご飯食べちゃって」

 もはや夜食とも呼べる夕飯を食べた「男」は今日の出来事を思い出す。

「俺は今日あいつと傘を奪い合って……その後……どうしたんだったか。思いだせねぇ……」

 「男」舌打ちを零して記憶を整理していくがどうしても放課後にあたる時間帯の記憶がすっぽりと抜け落ちていた。

 が男は謎の倦怠感を理由に強烈な違和感を覚えながらもその日は寝入ってしまった。

 そして翌日――――――――






 しんゆうはきえた






 そのことに「男」が気付いたのは日直当番として出欠の確認をしていた時だった。

 「男」が親友の出欠を訪ねると。

「何を言っているの? そんな人初めて聞いたわよ? もしかして疲れてる?」

「そんなわけ……あぁ、昨日ちょっと本を読んでいたら今日になっていてね――」

「へぇ、貴男ってそんなとこもあるんだね――」



 「男」は昨日無意識に歩いた道を駆け抜ける。

――おかしい、あいつは俺のクラスメートだったはずだ。何故、誰も覚えていない。あいつの家……が思い出せない――

 「男」は親友であったはずの者の情報を必死に己の記憶から引き出そうとしたがそれすらも思い出すことは叶わず。自分への嫌悪感のみが、ただただ募っていくばかりで、雲居の空による肌寒さでない、芯からくるおぞましい寒さを覚える。


 自宅へ戻ってもそれは続く。それどころか増していくだけだった。

 その決定打となるのは、不自然に片腕が横へ上がった自分のみが映り込む写真。

――ここには確かにあいつがいたはず……だのに、何故ここには俺しか映っていないんだ――

 「男」は親友のその、名を呼ぼうとした瞬間、頭に激痛が走り、呻き声が漏れることを自覚する。

 思い出せないのだ、いくら思考を重ねても。

 まるで数ある引き出しの中から、親友の情報だけが錆びついているかのように。

 いや、引き出しが見つからないと言った方が適切か。

 幼少のころに出会い、中学、高校と人生を共にし、昨日のあの時まで一緒にいたというのに。

 「男」は限りなく深い絶望と自分への失望に襲われ、頬に透明な筋を作りながら外へ飛び出した。土砂降りの雨ならばこの哀しみも少しくらい紛れるだろうと思いながら。





 あれだけ激しかった雨もすっかり止み、少しだけ熱を持った頭を抱えた「男」は朝礼の伝達をぼんやりと聞いていた。

「――による検証現場があるため四階には近寄らないように」

 何かあったのかと考える程度の脳は残っていたものだが直ぐに頭痛でかき消され意識の外へと追いやられた。

「む? おいそこ! なにボーっとしてるんだ! あとで職員室へ来い!」

 が、その態度は到底許されたものではなかったようで、チョークと共に怒号が飛ぶ。

――還暦も近いというのに元気な爺さんだな――


「今まで真面目だと思っていたが評価を変えんといかんな失望したぞ。だいたいお前はいつも――」

 職員室で理不尽だと「男」が思うような指摘を受け、半ば上の空であったため、教師は皺をより深くし、顔を真っ赤にしていきり立っていた。それに対して「男」は

――はぁ、面倒だ。こいつがいなければいいのに――

と思った。



 そして次の日から担任は変わった。



 雪の降る季節になるころには「男」は人と会うことは少なくなっていた。

 人が消えることは時間が解決するだなんて生ぬるいものではなく、事態は悪化していくばかり。

 気づけば隣は空き家となり、毎年行っていた帰省もせず、家に住むのは自分と妹だけとなり、学校の生徒はもはや半分となっていた。

 「男」は自分が原因だとは薄々勘付いていた、けれどもどうしようもなかった。自分が消えてほしいと願っただけでその対象者は消え去っているのだ。「男」には感情を抑えることはできなかった。

 事態を把握し始めているのに、「男」自身はそう思いたくないと切に願っているというのに、その思いは自分の心に届かない。

 何か大きな意志によって思考が操作されているのではないかと思わざるを得ないほどに「消えろ」と思ってしまうのだ。

 「男」は自分が怖かった。思考一つで世界を塗り替えられてしまう自分が。

 自分自身もその変化にただ流されることができればどんなに楽だっただろうか。

 急速に変化していくこの世界の情報の波に乗ることができず、この世の情報領域から零れ落ちて存在すらも許されなくなった者たち。

 それを未だに覚えている自分は何者なのか。冗談で思ったことですら反映されてしまうのだ、その上自分だけがかつての世界に取り残されているのだから救いようもない。

 「男」は手を尽くしてもどうしようもなかった。ただそれだけだった。

 だから世界を拒絶して引きこもった。

 そして、「男」が知る限りで暫くは人が消えなくなっていた。


 それが打ち破られたのは年を跨ぎ春の巨大低気圧の訪れる頃。

 ここまでくると滅多に「男」を訪ねる者はいなくなり、「男」と会うのは唯一残っていた肉親である妹だけとなっていた。

 親すらも消え去った影響は大きく、長兄である「男」が折れた今、妹が学校にも行かず、バイトで生計を立てているのだった。

 その状況に自分への不甲斐なさに「男」は苛立つばかりで、時に妹へ八つ当たりをしてしまうことさえあった。そんなことがあっても妹は世話を焼き、面倒を見続けていた。

 そうだったのに「男」は……

「なんでノックしないで入ってきたんだ! 何度言ったらわかるんだ!」

 男は怒声と共に手元にあった動かない時計を妹へと投げつけた。

「ごめん、兄さん……」

「そもそも俺に構わないでくれと言ってるだろう! わかったら出てけ!」

 「男」ドアを閉じる音を背に苦悩した。

――これ以上深くかかわったらまた思ってしまう……だったら、多少辛い思いをさせてもしょうがないんだ――

――そもそも――

 と、「男」は思考の海から一旦意識を引き上げ、再び埋めていく。

――なんで俺はこんなに悩まなければいけないんだ……これもあいつらが俺に近寄ってくるから……っ! 何を考えているんだ俺は――

 「男」は本意ではないことが頭に浮かぶことに動揺する。

――最近はこういうことはなかったというのになんでだ――

 すっかり汚れてしまった体をより汚い布団へと投げ出し考えを整理する。

――いったい俺はどうすれば――


――――瞬間

「ここは……? うっ!」

 まず最初に「男」が感じたのは濃厚な鉄臭さ。そして辺りを見渡したす。

 「男」が立っていたのは妹の部屋、ではあったが、「男」は本当に妹の部屋なのかすぐには判断がつかなかった。

 何故か。

 壁一面は紅く染まっていて、思わず背面の壁に手をつけば、

  ヌメリ

 と気色の悪い感触。

 窓には紅い手形、妹が好きだった流行から少し外れた人形は元の色を残さず、天井は近代芸術家を狂わせたかのような紅い模様が覆う。

 部屋の隅々には黒々とした赤と薄橙の混ざったモノが散らばり、そのモノから立ち上る紅い濃霧が口を満たせば味覚は鉄の味を訴える。

 眩暈を覚えたたらを踏むと

  ピチャ ピチャ

 と粘性の強い液体が靴下を浸蝕する上に、薄い桃色をした管状のヤワラカなモノが足に巻きつき「男」を蹴躓かせた。

 「男」は紅に犯された床に沈む。

  パシャリ

 という音と共に強かに体を床に打ち付け、

  くハぁ

 と息を漏らせば。唯一紅色に染まらない黒を見る。

 霞む目をよく凝らすと、それがゴミ袋だとわかる。

 そのゴミ袋を一言で表すのならば『異質』であった。

 大きさは八十糎センチメートルほどで、この部屋は床も壁も机も窓も天井も人形も、すべてが紅く染まっているというのに一滴の雫も許さず黒を保つ。

 この世界から隔絶しているような印象を「男」は覚えた。

 そこまで思考を至らせてから、ようやく「男」は当たり前のことに意識をやった。

 あの黒いゴミ袋に入っているもののことは意識の隅に追いやってから。

「そうだ……警察をいや……救急車? とにかく――」


 暗転



 次に男が取り戻したとき、男は強い風に吹かれながら。

 また、焼却炉の前に立っていた。

――また……か。……? なんで俺はまただなんて?――

 と思った刹那。

「おも! なんでこんなものを俺は持ってんだ?」

――もしかしてこの中には――

「ゴミは捨テなイとナ」

――何してんだ俺!――

 「男」は意志と体が相反していることに混乱する。

「念入リに塵も残らズ」

――やめろ! その中には  が!――

 男は「男」自身の想いを無視して焼却炉へと歩を進める。

「キエサレ」

――ゴミは……捨てないとな――

 男は男の想い通りにゴミ袋を炎へ――投げ込んだ。




…………――――――俺は何をした?――






 それから少し経ち、「男」は妹を探し探し探したが、見つからない。

 どこにもいない。

 男の周りからは完全に人が消え去る。だというのに、誰も気づかない、警察へ相談しても精神病院を薦めてくるばかり。

 いや、確かに「男」はもう狂っていたかもしれない、けれども原因となることは「男」以外憶えていないのだ。

 男は思った

――もう、疲れた……。  俺ももうすぐそこへ行くぞ――

 すると、男の目の前に空の黒いゴミ袋が現れた。

「男」は何も考えず、火に誘われる夏の虫のように――黒いゴミ袋へと身を――埋めた。

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