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短編集

君の思う王子様に僕はなれない

作者: 枝鳥

 春の柔らかい陽射しが差し込む応接間で、僕は初めて君に出会った。

 丁寧に手入れされた長い黒髪。

 華奢な指先の先端まで磨き上げられた、美しい少女。

 緊張のためか、少し青褪めて見える顔が印象的だった。


「初めまして、アストレイ=イーリアスです」


 僕が名乗ると、君は完璧な淑女の礼をとって応えた。


「お初にお目にかかります。

 アイゼン伯長女、メイリーン=アイゼンと申します」


 12歳で出会ったばかりの君は、完璧な淑女として振舞おうとしていた。

 とてもキレイに微笑んで、わがままの一つも口にしない。

 僕はそんな君が内心では少し怖かった。

 だけど、僕は王族として生まれ育てられた。

 内心を押し殺して、微笑みながら君の手を取って中庭を案内した。

 君はずっと微笑み続けていた。


 君の帰った後で、父王に訊ねられた。

「アストレイよ、メイリーン嬢をどう思う?」

 僕は正直に父王に答えた。

「メイリーン嬢は、あまり伴侶にしたいと思えません。

 彼女が何を考えているのか、僕には一度もわかりませんでした」

 父王はしばらく考え込んだ。

「ううむ。アイゼン伯からはこう申し出がされておる。

 娘は婚約を望んでいないようだ、と。

 もし仮に婚約をするのならば、お前が心変わりをした時には速やかに婚約解消をしたいと」

「陛下、アイゼン伯との婚約は国の為となりますか?」

 父王は眉間にシワを寄せた後、微かに頷いた。

「では、婚約の話を進めてください。

 国の為となるのでしたら、私に異存はございません」



 メイリーン嬢はいつも微笑んでいる。

 扇で口元を隠し、優雅に微笑む。

 僕も微笑む。


 年に数度の茶会を繰り返しても、そこにいるのは微笑むだけの人形だった。


 風の噂で、アイゼン伯の領地が以前に比べて活気があると伝わってきたのは、婚約から3年が過ぎた頃だった。

 新たな農法や料理、それに孤児院の改善や平民のための学校の創立。

 詳しく調べてみると、その全てにメイリーン嬢の手が加わっていた。


 茶会でメイリーン嬢に訊ねてみたが、特に何もしていませんと微笑むだけだった。


 父王にこの件を奏上すると、人払いした後で私に聞いてきた。

「メイリーン嬢は何を考えておるのか?

 富国に努めるは貴族として正しいことじゃろう。

 アストレイ、この件をおぬしはどう見る?」

「私は…………」



 王宮の応接間。

 そこでアストレイは一人で窓から見える中庭を眺めていた。


 コンコン


 ノックの音の後、来客の訪れを告げる声がした。

「入ってくれ」

 アストレイがそう応えると、扉が開き、メイリーンがしずしずと入ってきた。

「アストレイ様、ご機嫌麗しゅうございます。

 アイゼン伯長女メイリーン、参上仕りました」

 美しい仕草で淑女の礼をとってメイリーンが告げた。

 相変わらず美しい。

 否、年頃を迎えますます美しさに磨きがかかっている。

「そこにかけてくれ」

 アストレイは自分の対面のソファを指し示した。

「失礼します」

 フワリとドレスの裾を持ち上げ、メイリーンは淑やかにソファに腰掛けた。

「本日はどの様なご用件でございましょうか」

 じっとメイリーンを見つめて無言でいたアストレイは、しばらく目を閉じた後に意を決して話し出した。

「メイリーン、貴女との婚約を解消する」

 瞬間。

 メイリーンの顔から微笑みが消えた。

「……どういうことでございましょうか」

 硬い声でメイリーンが尋ねる。

「あなたは貴族としてふさわしくない。

 これは陛下の意志でもあるが、私も同じ意見だ。

 自分の行いを省みられるがいい。

 また、来年からの学園への進学もあなたには認められない」

「なんですって!?」

 初めてメイリーンが声を荒げるのを聞いたな、とアストレイは思った。

 ワナワナと震えながらメイリーンは矢継ぎ早にまくしたてる。

「私のどこに非があるというのですか!

 アストレイ様に相応しいようにと勉学やマナーに励んできましたわ。

 領地も以前より栄え、アイゼン領はかつてないほど豊かになりましたわ!

 力をつけ過ぎたことが非になるとおっしゃるのですか!?」

 アストレイは静かに首を振った。

「そうではない。

 それがわからぬから、あなたは王族に嫁ぐに相応しくないのだ。

 今頃はアイゼン伯の爵位を陛下が取り上げているだろう」

「な、な、なんですって!?」

 メイリーンの顔色を真っ赤にして、言葉を発しようにもうまく言葉にならずにいた。

「本日をもってそなたらは貴族ではない。

 私から告げることもこれ以上はない」

 そう言うと、アストレイは席を立った。

 背後で怒り狂うメイリーンをおいて、応接間を出て行った。



 急なアイゼン領の発展は、周辺の領地に多大な影響を与えた。

 収穫量の上がり過ぎた作物の急激な値崩れは、他領で多くの被害を出した。

 売れない作物をかかえ、他領の多くの民が貧困に喘ぎ餓死者も出している。

 たしかにアイゼン領の民たちは豊かになったであろう。

 しかし、平民への教育がそれに伴うことにより、農業従事者の減少ーーこれはまだ今はさして問題になっていないが、やがて大きな問題となる可能性をを孕んでいるーーや、平民からの反貴族社会勢力がやがて出てくることを示唆している。

 少しずつバランスを取りながら進めるのならば、いくつかは有益なことだったのだろう。

 だがしかし、貴族として、そしてやがて王族に嫁ぐにあたっては、これはいけない。

 もちろん、己の身だけを考え私服を肥やす貴族は平民にとって疎ましいものだろう。

 だが、それと自領だけ富めばいいという考えとどこが違うというのだろうか。

 さらには貴族として、己の身を危うくする制度を導入するとは何を考えているのだろうか。

 今後、アイゼン領は王国直轄領となる。

 少しずつ、歪な今の状態を整えていかねばならない。



 メイリーンのしたことを、素晴らしい令嬢ですねと褒め称える王子には私はなれない。

 私は、イーリアスの全ての民を守る王族なのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 王家側から「何か特別なことをしたのか」聞いた時に「いえ何も?」ってすっとぼけたのはそりゃ謀反の疑いかけられても仕方ないよね そもそも婚約の時点で父親も娘も王家との縁を嫌がってるようにしか見…
[一言] 微妙かな~ 国を良くする努力をせず、現状維持しか出来ない無能が、変化を恐れて冤罪を着せただけのよう。 自分の領地を良くしようとして何が悪いのか...? 国全体は王族の責任で一領地には関係…
[一言] 個人的に好みな話でした。 国の運営にはこういった事も必要だったんでしょうし、なによりも王子がちゃんと人間らしく思えたので。
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