3話 狂気
俺は目を覚まし、勢いよく上半身を起こした。背中は汗でびっしょりだった。そして腹の針で貫いたような痛みがあった。上を見上げれはそこに白い天井があった。俺はまた病院にいた。
俺は優希に刺されてここに運ばれた。とても酷い夢を見た気がする。そう言えば優希はどうなったのか。やはり捕まったのか。それでも優希は俺を刺した。なんで………………
理緒の予想通り優希は捕まり有罪だったそうだ。警察の事情聴取の結果、優希は高校でいじめを受けていたことが分かった。そして全部理緒のせいだと意味不明なことを発言した。いじめで気持ちが病んでしまいあの行動に出てしまったことらしい。
優希が怖い目にあっても俺を刺した事実は変わらない。現に俺は深く傷ついた。きっと優希はいまでも俺を恨んでる。一体、お前になにしたって言うんだよと叫びたかった。でもあの日から毎日のようにあの夢に出てきて、泥の優希は「お前のせいだ」「全部お前が悪い」「お前さえいなければ」それが何度も、何度も繰り返し出てきた。
理緒は日に日に、精神が病んでいった。高校もバイトも手につけることができなくなった。1ヶ月も家から出ることができなくなった。隣に住んでいる住居人が異変に気付いて警察に通報した。発見されたときには昏睡状態だった。
直ちに病院に運び一命は取り留めた。そして精神科へ運び心のケアを行って、前よりよくなった。あれから優希の夢は見なくなり精神は安定し、体力も回復した。
しかし、高校はやめた。人と付き合うのが怖くなったし、もう優希を思い出したく無かった。
それからは、小さな会社で働くことになった。会社に入ってからは周りの人たちに優しくしてもらった。事情は知っているみたいだった。でもやっぱり人と距離を置いてしまう。人が怖く信じることができなかった。そしておれから人が離れて行って目も合わせなくなった。自分の自業自得だったかもしれない。
「今日って、山田さん残業でしたよね。手伝いましょうか?」
「あ、ああ……大丈夫だよ。まだ若いんだから少しは遊んで来なよ。」
俺は外にでて小さな会社を眺めた。
「俺に居場所なんてないんだな。」
理緒は少し笑ったていが、その目は暗く深い絶望した目だった。
理緒は精神科に入ってましになったがその心の傷は大きい。時折悲しい独り言が多くなっていた。
独り寂しく歩いていた理緒に話しかける者がいた。
「あのー、徳山理緒さんですか?」
「はい、そうですけど。どちら様ですか?」
「あれ?覚えていませんか?中学のときクラスが一緒だった小山礼奈ですよ。いつも理緒君て呼んでいたかな。」
彼女を警戒していた俺だったが、思い出して警戒を緩めた。彼女は俺に話しかけてくれる数少ない友達だった。中学を卒業してから1回も合わなかったから顔も忘れていた。
「ここじゃアレだし、あそこで話さない、理緒君。」
「はい、イイですよ。」
「相変わらず、敬語が抜けない
ね。」
話によると俺の事を心配してくれたらしい。電話も繋がらなく、理緒の前の家に行ったらしくいなくて、結構探してくれたみたい。
「本当に、ビックリしたんだからね。どこに行っちゃったのかと思ったんだよ。」
「ごめん、まさか会いに来るとは思ってなくて。」
「仕方ないよ。色々あったんでしょ。」
「…………」
しばらく沈黙が続いていた。理緒は敬語が少し抜けていたけど、やっぱり警戒していた。
「今日さ、理緒君の家に行ってイイ?久しぶりに理緒君の料理が食べたいな。」
「イイですよ。家に何も無いけど料理くらいは出せるから。」
「中学のときもそうだったけど理緒君てさ、料理上手なんだよね。」
礼奈と色々話しながら俺の家に上がらせた。
「ちょっと待ってて、色々片付けしてくるから。」
「うん、分かった。待っているね。」
そしてリビングに入ったとき背後から殺気を感じた。
叔父さんが死んでから剣道の段を進級してないがその実力は7段ぐらいある。それに理緒は人一倍、気を感じとることが出来た。
後ろを振り返るけど包丁を理緒に向けて襲いかかる礼奈がいた。
まるで優希みたいだった。
気が揺らぎそうになったが、気をしっかり持ち防御体制に入った。
襲いかかる礼奈から横にズレ、後ろに周り強く背中を押した。礼奈はバランスを崩し前の身に倒れた。
「礼奈、何故だ何故こんなことをするんだ。答えろ!」
「はぁぁーー!!!」
礼奈は答えず、また理緒に包丁を向けて刺した。しかしそこには理緒の体はなかった。何度も何度も理緒に向けて刺そうとしたが全部除けられてしまう。
(?!……なんで、何で当たらないのよ。)
礼奈が大きく振りかざしてもすぐ除けて礼奈に向かってやめろと行ってくる。
「………いい加減に、死になさいよ!」
「礼奈、正気に戻れ!」
「?!」
理緒は礼奈の包丁を持っている手首に手刀を打ち包丁はするりと床に落ちた。理緒は落ちた包丁を足て遠くに飛ばし、礼奈は攻撃できなくなった。
諦めたかと理緒は思った。しかし礼奈は理緒の家から逃げた。
「礼奈、待て逃げるな!」
礼奈はエレベーターに乗り上に上がった。エレベーターは一つしかないから、理緒は階段を登った。
そしてマンションの屋上まで登った。そこは冷たい風が理緒と礼奈を揺らしていた。礼奈は屋上の鉄格子を背に向けて理緒を見た。
「礼奈、もう一度聞く。何故こんなことをした。」
「…………あんたが憎いからよ。」
「?! なぜ、俺がなにしたって言うんだよ。」
「したに決まっているでしょ!あんたは、大友優希を苦しめた。」
優希なぜその名前が出てきたのかわからなかった。
「やっぱり、貴方は何も知らなかっのね。一生懸命に努力して勉強してた優希の気持ちがわかる。死ぬほど勉強したのにいつまで経ってもあんたに追いつけない優希の苦しみがわかるの!!!」
「……………」
「優希はね、いつか気付いてしまったのよ。あんたは天才って事を。だから優希は諦めたのよ。どんなにやったって無駄だってことを知った優希は努力をしなくなり勉強に手をつけられなくなった。高校の試験に落ちたのよ。」
「………だったら、なぜ礼奈がこんな事をする。」
「優希のことが好きだったからよ。中学のとき、あんたに近づいたのは優希ともっと話せるとおもったからよ!」
…………今、なんて言った?俺に話しかけたのは優希のため、じゃあ、おれは……………
「でも、優希は死んだわ。」
「?!なんだって、優希が……死んだ。」
「やっぱり聞かされてなかったのね。自殺よ。刑務所から解放された後、首吊り自殺をして死んだのよ。駆けつけたけどもう遅かった。全部、全部あんたのせいよ。きっとあんたを恨んで刺したのよ!あんたさえ居なければ…………あんたさえ居なければ優希が死ぬ事はなかったのよ!!!」
「……ごめん」
「もういいわ。最後にあんたを殺そうとしたけど、あんたみたいな化け物を私なんかが殺せるわけなかった。…………じゃあーね。」
礼奈は鉄格子を登り屋上から飛び降りた。理緒は気付いて、手を伸ばした。しかし届くわけがなく礼奈は鈍い音をだして…………
「…….…….俺は、化け物だったのか。俺はイチャいけない存在だったのか。」
理緒の心は完全に壊れた。まるで壊れた人形のようだった。
その後、理緒は警察の事情聴取を受けていた。警察は最初、理緒を疑っていたが証拠も動機もなかったのですぐ解放された。
帰って来た理緒はベッドの上で倒れた。そして独り寂しく泣いていた。
<俺は居なくていい存在なのか?……………そんなのやだよ。>
<自分の居場所が無い世界なんてもういたくないよ。>
<誰か教えてよ。俺がこの世界にいる意味があるのか。>
いくら質問しても帰って来るわけが無い。
そんなの理緒はわかっていた。
でも認めたくなかった。
でも何もできない。
でも諦めたく無い。
でも独りで何ができる。
「でも、でもでもでもでもでも!!!!!!」
(やるんだ。)(できないんだ)ずっとその繰り返し。2つの自分が無意味な争いをしていた。なにかが変わるわけでもなく。
そして俺は、いつの間にか
31歳になっていた。