壹 絶望の中で
単刀直入に言おう。
─私は高学歴である。
高学歴であると言うことは頭が良いということである。
今の文章はどうも稚拙で頭の良さを感じられないが、
私が日本でも一、二を争う高尚な大学を修了したことは紛れもない事実である。
私はこうして胸を張って─あってないような胸を張って自らのことを高学歴だと自慢できるのには
それなりの理由があってのことだ。
まず、
私の性格からして自らのことを誇りに思って周りに自信をもって自慢することは出来ない。
なのに、それなのに私がこう自慢できるのか。
それは周りの人間がそう言ってくるからだ。
それも大多数の人間が。
家族や隣人に留まらず、私の住んでいる町の人間一人一人が私を見るなり、
頭がいい人だなどと言ってくるのだ。
町の人間一人一人というのはいくら何でも大袈裟だとしても、
殆どの町の人間が私の事を
『頭のいい人』ということで認知しているのである。
まぁ、この知名度の高さは頭がいいことだけが理由ではない。
それだけで町中に名前が広まるなど、そんなことは有り得ない。
私が一人で神社の掃除をしていていたところを新聞に載せられたのである。
もちろん全国紙ではなく、町の新聞に。
私としては安らぎの場である神社がゴミやら落ち葉やらで汚らしく、それが気にくわなかったので掃除していただけなのだが、
新聞社の人間もとい町の人間の目には『今時珍しい奉仕精神に溢れた若者』と映ったのである。
その記事には私の通っている大学名まで堂々と出されたので、
町で私の名は広まったのだろう。
─そういう理由で、私は高学歴と自慢するのである。
まぁなんだ、私も正直。周りから持ち上げられ持ち上げられまくった結果調子に乗ってしまったのだ。
それに自慢したところで誰も文句言わないしな。この町で私の通っている大学に通っている人間なんて私しかいないしな。
その大学名を言えば自己紹介代わりになるし、楽なものだ。
で、結局なにが言いたいのか。
高学歴など、全く役にたたないということである。
私は就職活動中であるが、25社連続で失敗している。
私に全く非がないという訳ではないのだろうけれど、『大東大学』というレッテルを張られているにも関わらず25社も落とされるとは、
高学歴など全く武器にならない。
いくら偏差値の高い高校に行ってもそこからの進路が大事なので油断をしてはいけないとか、
そういうのはよく聞くが。まさかどれだけ良い大学に言っても意味がないとは。驚愕した。
もはや高学歴など自慢出来るようなものではないと。
私は痛感した。
そして、今日。
26社目の通知が来たところである。
もう、25社落とされて、落とされることに慣れてしまった私ではあるが、
そんなことには慣れてはいけない。
追試ばかりの高校生が追試をネタにし始めたら終わりというのと同じだ。
こんな状況本来慣れるべきではないのだ。
適用すべきものではないのだ。
─しかし、人間正直なものである。嘘を憑かせてくれないのだ。
私は先ほど述べた事とは裏腹に、通知の封筒を何の躊躇いもなく開けるのだった。
そして中に入っている紙を取り出すなり折りたたんであったものを開き、そこに書かれている内容に目を通す。
その紙に書かれてあったものを全てここに書く必要はないであろう。
その紙に書かれていた文章は実に回りくどく、一番伝えたいことをあえて先延ばしにしているような文章で、
カットしてもいいような文章が五、六行あった。
要するに、
私が予想していた通りの、
誰もが納得するような当たり前の結末がそこにはあったのである。
『不合格』
そう。
そう書いてあったのである。
すっかり見慣れてしまった三文字だ。
すっかり見飽きてしまった三文字だ。
もうこの文字を見たところでうんともすんとも言わなくなった私だ。
私に何の影響を与えることもない。
しかし、今は今までと状況が違う。
そう、私の受けた会社はこの通知をよこした会社で最後なのである。
もう私に余裕綽々としている暇はない。
私は就職活動を舐めすぎていた。
もっと言えば、高学歴を武器だと思っていた。
高学歴であれば、20社程度受ければ一つくらいは合格するだろう。
甘かった。過去の自分は就職活動の恐ろしさを知らなかった。
思えば、そのような考えが顔に滲み出ていたのかもしれない。
余裕の表情で、そのうえ不快感を与えるような表情を見せつけていたのかもしれないな。
そうなると全ての非は私にある。
高学歴だって武器になれたのかもしれない。
武器として扱えなかった私が悪い。
可能性を自らみすみす捨てた私が憎い。
高学歴であることを誇りに思っていた私が嫌い。
この先私はどうなってしまうのか。
非正規労働者への道まっしぐらなのだろうか。
それとも社会の闇へと足を踏み入れるのか。
あるいは───。
もうやめよう。これ以上自己嫌悪に勤しんだところで全く意味がない。
明日。
明日になってから考えよう。
もう夜も遅い。そろそろ寝るとしようか。
私に希望が残っているのかどうかはさておいて。
そんな絶望を胸に抱え込みながら、
私は布団の上で
死んだように、
眠る。