11.あ、明らかな殺意と会長さんとのお話……。
次の日の朝、今週の中頃にあるレクリエーションについて、葵ちゃんと話をしながら登校していた。
生徒会主催のこのレクリエーションは学年全体で新入生との顔合わせの意味も込めて、毎年この時期に行われているらしい。
しかし、去年、葵ちゃんは参加しなかったらしい。誰かとペアになって進めていくゲームなので、女性との触れ合いが出来ない葵ちゃんには参加しようにも出来ずに、無理矢理、生徒会の仕事を手伝っていたそうだ。
だから、今年こそはと思っているらしく、一緒にペアになって参加しようね、と瞳を潤ませてお願いされたので、何度も頷いて了承した。
あとから、そういえば生徒会主催なのに仕事とか大丈だったのだろうかと不安になり尋ねてみたら、
「去年、出ることが出来なかったのだから、今年は出てもいいはずよ。大丈夫。問題ないわ」
そう言われてしまい、いつの日か見たことのある、何とも言えない笑顔で言われてしまったので、深く聞くのはやめておこうと思った。
――生徒会の皆さん。再び、ご迷惑をおかけします。すみません。
まるで示し合せたかの様に昨日の有耶無耶になっている会長さんの件について、どちらも話題に出さなかった。
それがいけなかったのだろうか。
「危ない!!」
昨日も聞いたことのある声で、自身に危険が迫っていることを知る。
「弥生ちゃん!上!!」
葵ちゃんに声をかけられ、腕を横に引っ張られる。思いっきり引っ張られたため、よろけて尻餅をつく。それと同時に、目の前で何かが割れる音がして、そちらを見ると、先程まで自分がいた場所に割れた植木鉢が落ちていた。葵ちゃんが咄嗟に引っ張ってくれなかったらどうなっていたかを想像し、顔が青ざめていくのが自分でもわかった。今なお、私の腕を掴んでいる葵ちゃんにお礼を言おうと振り向くと、葵ちゃんはこちらを見てはおらず、厳しい顔をして上を見ていた。
「葵ちゃん?」
声をかけてもこちらを見ることはなく、ただ睨みつけるように上を見ている。葵ちゃんの目線を辿ってみると、そこには――――
「か、会長さん……?」
落ちてきたものと同じ植木鉢を持ち、私と同じくらい顔が青ざめているように見える、薫先輩のファンクラブの会長さんがこちらを見ていた。
☆ ☆ ☆
朝のこともあって、始終、葵ちゃんは私の傍に張り付き、神経を尖らせていたが、あれから何も起こらずに放課後になった。
昨日の時点で、靴箱に書かれた文字と同じ筆跡だと思われるファンレターを保君が発見したので、今日はそれを生徒会名簿と照らし合わせる作業が行われる。
私は生徒会名簿を見ることは出来ないので、心苦しいが後は葵ちゃん達にお願いすることとなった。
昨日、紗彩ちゃん一人に出席させてしまった委員会で、貸し出しの受け付けや本の整理等を行う当番を曜日毎に決めたらしいのだが、じゃんけんに負けてしまい、ちょうど今日が当番の日となってしまった、と紗彩ちゃんに泣きそうな顔で謝られてしまった。紗彩ちゃんは、一人でも大丈夫だから、と言ってくれたが、昨日も紗彩ちゃんに任せっきりで、少々、居た堪れないので、今日こそはと紗彩ちゃんと一緒に図書室へと向かうこととなった。
葵ちゃんは葵ちゃんで、図書室まで送って行く、と言ってくれたが、担任の先生に断れない用事を頼まれ、私が頷くまで、何度も気を付けるように言い聞かせ、生徒会室へと向かって行ってしまった。
荷物もまとめ終わり、紗彩ちゃんに声をかけようとすると、ふと誰かに名前を呼ばれ、声の聞こえた扉の方を見ると、そこには薫先輩のファンクラブの会長さんが立っていた。
「山里さん、話があるの。一緒に来てもらえるかしら?」
朝の件があったので、もしかしたら、今日、会長さんから呼び出しがあるんじゃないか、と予測はしていたので余り驚きはしない。何故なら、あの時の会長さんは青ざめた顔をしているように見えたが、同時に、何かを決意したかのような顔にも見えたのだ。そして、その顔で私の方をじっと見ていたのだ。
「弥生ちゃん、白石さんにも言われたし、この後、当番もあるし、行く必要はないんじゃないかな」
紗彩ちゃんが小声で、やんわりと断るように言ってくれたが、私はそれに首を振って答えた。
「ご、ごめんね、紗彩ちゃん。あ、後から、追いかけるから、さ、先に行っておいてくれるかな。わ、私、会長さんに、つ、付いて行こうと、思うの」
「ど、どうして!?一緒に行ったりして、何をされるか分からないよ。も、もしかしたら、また、怪我をするかも。ううん。もっとひどい怪我でもしたら……!」
私が応じると思っていなかったのか、紗彩ちゃんは驚いて、強く引き止めるようとしてくれている。
私のことを心配してくれる紗彩ちゃんにはとても申し訳ないが、それでも私は会長さんと話をしてみたかった。
「か、会長さんは、大丈夫だと、お、思うの。わ、私ね。い、今までずっと、嫌がらせを、う、受けてきたことがあるの。それでね。か、会長さんは、そういうことをする人達とは、ち、違うと思うの」
「そんなのは根拠にはならないよ!!」
そう。根拠はない。確実に違うんだと言えるものではないけれど、でも、私は――
「わ、私は、会長さんを信じたいの」
何とかこの気持ちが伝わらないかと、紗彩ちゃんと視線を合わせたままそう告げる。すると、紗彩ちゃんは少し悩む素振りを見せた後、こくりと頷いてくれた。
「……分かった。でも、1つだけ約束して欲しいことがあるの。今日の当番は最悪来られなくてもいいから。その代りメールでも電話でも、無事を知らせる連絡が欲しいの。会長さんとの話が終わったら、必ず連絡して欲しいの。お願い、弥生ちゃん」
「……わ、分かった。か、必ず、連絡する。……ご、ごめんね、紗彩ちゃん」
渋々納得してくれた紗彩ちゃんに、無理を言ったこと、心配をかけていること、当番に行くって言ったにもかかわらずに反故にしてしまかもしれないこと、様々なものを含めて、告げた『ごめんね』に紗彩ちゃんはゆるく首を振って返してくれた。
未だに何の返事も返さず、ひそひそとやり取りを交わす私達をせかしたりせず、また、不愉快な顔もせずに静かに待っていてくれた会長さんの方を向き直り、会長さんの方まで歩いて行く。私が会長さんのところまでやって来たのを了承と取ったのか、扉から離れ、どこかに向かって歩き始めた。教室を出る前に、もう一度、紗彩ちゃんの方を振り向くと、複雑そうな顔をしながらも頷いてくれたので、私もそれに頷き返し、先を歩いている会長さんの後を走って追いかけて行った。
☆ ☆ ☆
どうやら、外に出たらしいのだが、只管、会長さんの後ろを付いて行っただけなので、ここがどこなのかは分からない。一度玄関へ行き靴を履き替え、そこから、校舎伝いにここまで歩いて来たので、学院の敷地内だということは分かった。
ここから一人で戻れるだろうかと不安に思っていると、会長さんが一瞬、上の方を見た。何かあるのかと私も上を見上げようとしたが、その前に会長さんが立ち止まり、こちらを向いたので、私も慌てて向き直る。
「単刀直入に申し上げますわ。山里さん、薫様の傍から離れては下さいませんか」
溜めていた息を吐き出してから会長さんは言い放った。
それに私は首を横に振り、拒否の旨を伝える。
「ど、どうして、か、薫先輩の、傍にいては、だ、ダメなのでしょうか?」
話をするときは相手の顔を見てするのが礼儀だと思っているが、今は真っ直ぐに会長さんの顔を見られず、やや俯き加減で問いかけた。
「そ、それは、あ、貴女が傍にいると薫様のご迷惑になるからですわ」
私が口答えすると思っていなかったのか、会長さんは少し戸惑いを見せたが、すぐに元の決意を窺わせる表情に戻った。
「め、迷惑なんて、そ、そんな……」
「かけてないとでもおっしゃるつもりですの?」
かけていない、とは返せなかった。
現に今、薫先輩や葵ちゃん、良先輩に悟君、保君、生徒会メンバーの皆に迷惑をかけている。普段の仕事の合間に靴箱の件での犯人探しを手伝ってもらっていて、こんなに負担をかけて、迷惑をかけていない、とは言えなかった。
「どうやら、思い当たる節があるようですね。やはり、貴女は薫様のお傍にいるのに相応しいとは思いませんわ。即刻、薫様のお傍から離れて下さいませ」
「そ、そんな!そんなこと、で、出来ないです!!」
薫先輩は大切なお友達だからそんなことはできない、と反論しようとした時、再び、ちらりと会長さんが上の方を見たような気がして、そちらに気を取られてしまった瞬間、頬に痛みが走った。思わず、そこに手を当てる。じわじわと痛みを感じるような気がする。
会長さんは今にも血が出そうなくらい唇を噛み締めていたが、その口を開いて私に言葉を投げかけてくる。
「お願いですから、薫様から離れて下さいませ!貴女ではダメなのですわ!!…………いえ、私ではダメだったのですわ。……私では……ダメ、でしたの。……ダメでしたのよ……」
手をきつく握りしめながら、震える弱々しい声でそう漏らす会長さんの言葉に私は返す言葉が思い浮かばなかった。いや、会長さんは私から何か言葉を返して欲しかったわけではないのだろう。
しかし、この状況をどうすればいいのか悩んでしまう。
本当なら、ここで頬を叩かれたことを怒るとか、怯えるとか、そんな反応をするべきなのだろうが、何故だか、ちっともそんな気は起らなかった。確かに、叩かれた頬は痛む。けれども、恨まれて叩かれたとか、恨み言を言われているわけではなく、ただ、何かを耐えるかのように言葉を紡ぎ、更には、涙を耐えるような表情をしていたので、そんな気は起きるはずもなかった。
「あ、あの……」
「そこで、何をしているの!!」
どうしようかと悩んだが、話をしようと会長さんに付いて来たので、とりあえず、声をかけようとしたら、誰かの鋭い声が間に割り込んできた。
「あ、葵ちゃん……」
声をした方を見ると、そこには葵ちゃんや他の生徒会メンバーの人達が立っていた。




