13.あ、葵ちゃんの話を聞きます……。
その後、お風呂が沸き、先にどうぞと言う葵ちゃんに、荷物を整理したいからと、先にお風呂に入ってもらい交代で私が入った。お風呂は広いし温かいし、とても気持ちがよかったです。
シャンプーやトリートメント、それにスポンジまで借りてしまったので、荷物の整理の続きをする前に、もう一度葵ちゃんにお礼を言おうとリビングへ向かう。
ソファーに座って本を読んでいる葵ちゃんに声をかけると、振り向いた葵ちゃんは私を見て驚いた顔をしている。どこか可笑しな所があるだろうかと、自分の身体を点検する。
母に買ってもらった、ふわふわのワンピースタイプのパジャマを着ているくらいで、特にこれと言って変わったことはない。もしかして、このパジャマが余りにも似合わないのかもしれないと、焦り始める私に、葵ちゃんは、髪と言った。
――髪?
「弥生ちゃん、ドライヤーで髪を乾かさなかったの?」
そう聞かれて、そういえば、家でもドライヤーを使う習慣がなかったので、バスタオルを頭にかぶせたまま何もせずに出てきたことに、今更ながら気づいた。
「い、家でも使わなかったし、か、乾くからいいかな、と……」
そう言い訳する私に葵ちゃんは持っていた本をテーブルに置き、テレビの前に座って待っててと言い残し、洗面所に向かって行ってしまった。止める間もなく行ってしまったので、一瞬迷ったものの、大人しくラグに座って待つことにした。直接座ったラグはふかふかしていて、ここに座るのは好きかもしれない。
ラグのふわふわを堪能していると、葵ちゃんは手にドライヤーと櫛、それと何かスプレーのようなものを持って戻ってきた。そしてテーブルに持ってきたものを置き、私の後ろのソファーに座って、私の頭の上に被さっているだけのバスタオルを取り、優しく髪を拭いてくれる。
「あ、葵ちゃん!?じ、自分でやるから」
そう言ってバスタオルを取ろうとする私に、ダメ、と言って遠ざける。
「弥生ちゃんに任せていたら、自然に乾くまで何もしないでしょ?いいから、大人しくしてて」
何故わかったんだろう?
そう思いながらも、大人しくされるがままでいる。葵ちゃんの手つきは優しくて、うとうとしてしまいそうだ。
眠ってしまいそうになっていると、あらかた拭き終わったのか、今度はバスタオルを横に置き、スプレーのようなものを手に取る。
「弥生ちゃんはスタイリング剤を使っても大丈夫かしら?」
そういった類のものは使ったことがないと告げると、今かゆいところはないかと尋ねられる。それは大丈夫なので頷くと、じゃあ大丈夫かなと言って髪に何か吹きかけられた。
「あ、葵ちゃん、な、何をしているの?」
「これはね、ドライヤーの熱で髪が傷むのを防ぐ効果があるものを付けているのよ」
そんなものがあるのかと驚く私に、葵ちゃんはクスクスと笑って、ドライヤーを当てるわねと言った。シーンとした空間にドライヤーの音だけが響く。
「弥生ちゃんは、何も聞かないのね」
ドライヤーの音で聞き逃しそうになったが、何とか聞こえた言葉に首を傾げる。
そんな私に、葵ちゃんはドライヤーを一度止め、脇に置き、話を続ける。
「私がトラウマがあるって言っても、何が原因なんだって聞かないでしょ?他の人はこちらのことなんてお構いなしにずけずけと聞く人たちばかりだったから、弥生ちゃんは何も聞いてこないなと思って……」
「き、気にはなっているよ。や、やっぱり原因が分からないと、な、何をしちゃいけないかとか、ぎ、逆にしてあげられることはないかとか、わ、分からないから。で、でも、い、言いたくないかもしれないし……そ、その、ご、ごめんなさい」
さっき葵ちゃんが不快そうに、こちらのことはお構いなしに聞いてくるって言っていたのに、結局、私も同じようなことをしている気がして頭を下げる。
「やだ、謝らないで。弥生ちゃんはあの人達とは全然違うもの。それに、弥生ちゃんは私に何があったのか話してくれたでしょ?だからね、私も弥生ちゃんには言わなくちゃって、……ううん。弥生ちゃんに聞いてほしいなって思っていたの」
葵ちゃんのその気持ちだけで嬉しい。私を信頼してくれるみたいで十分満足だ。
「は、話しづらいなら、は、話さなくても、大丈夫だよ?」
「ううん。聞いてちょうだい」
葵ちゃんの決心した目にそれ以上何も言わずに、葵ちゃんが話し始めるのを待つ。
しばらく間が空いたものの、葵ちゃんはポツリポツリと話し始めた。
「…………あのね、私ね、小さい頃、誘拐されたことがあるの」
「ゆ、誘拐!?」
驚く私に葵ちゃんは頷いて返事を返す。
「ええ。家の地位が目当ての人に誘拐されたんだけれど」
家の地位と言われてピンとこない私に、補足で説明を足してくれる。
「私の家はそれなりに大きな会社を経営していてね。それが目当てで誘拐されたのよ。特に私自身に何かされたわけじゃないんだけれど、それ以来、女性が苦手になってしまって……」
「お、女の人!?」
誘拐されて女の人が苦手になるって、どういうことだろう?
「あぁ、ごめんなさい。今のじゃ分からないわよね。……あのね、誘拐犯は女性だったの。それなりに地位のある家の人でね、どうやら自分の子どもと私を結婚させたかったらしく、私を懐柔しようと誘拐したらしいの。でもね、その人やたらとべたべた触って来るし、自分のことばかり話してこちらの話には耳も傾けないし、その癖、猫なで声で機嫌を取ってくるし。更には、その子どもも同じような態度で延々と話し続けられて、もう洗脳されているみたいで、気持ちが悪くて仕方がなかったの」
何と言っていいか分からず黙って聞いている私に、葵ちゃんはその時のことをとても嫌そうに語った。
「幸い、誘拐自体はすぐに発覚し、早急に解決したんだけれど、それ以来、女の人に触られるのも触れるのも無理で、気分が悪くなってしまうようになったの」
葵ちゃんの話を聞いて、私は真っ青になる。
「あ、ああ葵ちゃん。わ、私、私も、いい一緒に居たら、ダ、ダメなんじゃ……」
会話の前の深呼吸なんて忘れて焦ってしまう。
――女の人がダメなら、私もダメじゃないのか?私、葵ちゃんと同じ部屋にいるし、そういえば、手とか繋いじゃったけど……
色々とやってしまったことを思いだし、更に真っ青になる私に、慌てて葵ちゃんはフォローを入れる。
「弥生ちゃんは大丈夫だから!今一緒に居ても気分が悪くなったりしないし、私から手だって繋いだし、抱きしめたりしても大丈夫だったから。ね?」
「ほ、本当に?」
「ええ、本当よ」
「む、無理とかしてない?」
「してないわよ。ほら」
中々信じられない私にしびれを切らしてか、ぎゅーと抱きしめてくる。
「ね?大丈夫でしょ?」
ぴったりとくっ付いている葵ちゃんの心臓は鼓動を早く鳴らし、ドキドキと脈打っている。
「……ドキドキしてる」
「あら、当たり前じゃない。大好きな弥生ちゃんに抱き着いているんだもの。ドキドキしない方が可笑しいわ」
「だい、すき?」
「ええ、そうよ」
「わ、私も、――大好き」
恥ずかしくて小さな声になってしまったが、葵ちゃんにはしっかりと届いていたらしく嬉しそうに微笑んでくれた。
「い、言いにくいこと、言わせてしまって、ご、ごめんなさい」
「ううん。気にしないで、私も弥生ちゃんには言わなくちゃいけないとは思いつつも、言い出しにくかっただけだから。--他に何か聞きたいことはない?」
その言葉にくっ付いていた身体を少し離し、さっきから気になっていたことを聞く。
「私が、な、何かしてはいけないこととか、逆に、こ、これはしてほしいこととか、あ、あるかな?」
この機会に聞いておけば、葵ちゃんの負担を少しは減らせるかもしれないと思ったのだ。
私の質問を聞いて、葵ちゃんは少し考えてから答えをくれる。
「特に気を付けなければならないことはないわね。あぁ、でも、女性がいる・いないに関わらず人が多い所は苦手かもしれないわ。後、してほしいことは……人の多い所とかでは手を繋いでくれると嬉しいわ」
「手を繋ぐの?」
「ええ。眠るとき以外も繋いでほしいって言ったでしょ?あれは冗談じゃなくて、ほら、さっきは手を繋いで行動していたでしょ?あの時、弥生ちゃんと手を繋いでいてホッとしたから。だから、そういう時は手を繋いでくれると何とか乗り切れると思うの」
「う、うん。わかった。が、頑張る」
葵ちゃんの負担にならない様に、そして、葵ちゃんの負担を減らせるように気を付けようと心に誓った。




