1.お、思い出したものの……。
今度、転校してくることになった学校の門を見上げ、私はデジャブを感じていた。どこかで見たような気がするものの、どうしても思い出せない。
――そう、まるで、自分の姿を鏡で見た時のような感じがする。
延々と思い出すまでそこで唸っていたいものだが、約束の時間が迫ってきているので、いつまでもここにいるわけにもいかず、門をくぐって学校を目指す。
☆ ☆ ☆
名門と名高いこの私立桜野宮学院は、比較的富裕層が通う学校で敷地が広く、また建物の数も多い。したがって、私が迷うのは仕方のないことだと自分を慰めるも、約束の時間はとっくに過ぎていてもう泣きそうだった。
この学校は全寮制のため、この春休みに帰郷しているものが多いのか、はたまた運が悪いのか、人っ子一人出会う事が出来ず、道も尋ねることも出来ない。まあ、出会えても、道を尋ねられるかどうかは別だが……。
「きゃぁっ!」
「ご、ごごごごめんなさいっっっ!!」
きょろきょろと周りを見渡していたせいか、注意が疎かになっており、前から来た女の子に気が付かずにぶつかってしまう。更に間の悪いことに、驚いた拍子、よろけた彼女に持っていた大きなスポーツバックをぶつけてしまい、後ろに転ばせてしまった。
「あ、あの、その、だ、大丈夫ですか?け、怪我とか、し、していませんか?ほ、本当に、ご、ごめんなさい!!」
いつもの人見知りを忘れて、慌てて彼女の顔を覗き込んだ瞬間に、さっきの違和感の正体がわかり、思わず叫んでしまいそうになった。
――私がぶつかって、尻餅をつかせてしまった彼女は、以前、いや、生前、やっていた、乙女ゲームのサポートキャラそのものだったのだ。
いわゆる前世というものだろうか。生前、私はうまく友達を作る事が出来ずに、学校に行く以外は殆ど、家に入り浸る生活だった。そんなとき、妹が貸してくれた、押し付けてきたとも言う、ゲームがこれだった。 普段、本ばかり読んでいる私は、ゲームなんてしたことがなかった。しかし、折角貸してくれたのだからと、悪戦苦闘しながらもゲームをしていた。
道理で見たことがある景色なわけだ。死ぬ間際、出かけるまで格闘していたのだから、覚えていても不思議ではない。
なにより、人の顔を覚えるのが苦手な私が、彼女のことを覚えていたのは、サポートキャラにはもったいないほどの、美少女だったからだ。
様々なことを一気に思い出した私は、攻略対象キャラの人達が可哀想だ、と思ってしまった。
ゲームのタイトルは思い出せないが、代わりに思い出したことがある。主人公はお姉ちゃんにそっくりなんだから、という、前世の妹の一言だ。
――そう、前世の私の容姿は、この私こと、山里弥生と、まるまる同じものだったのだから。
ゲームの中の彼女は平凡な容姿ながらも、持ち前の明るさや前向きさで友人も数多くおり、なにより、数多の攻略対象キャラの人達を虜にしてきた。しかし、前世に続き現世の私は、人見知りがひどく、友達もろくに作れなかった。それに、謂れのない誹謗中傷を浴びせられることも多く、周りに人が寄り付かないほど、暗い性格となった。もはや、ゲームの中での、彼女の見る影もない。
こんな女が主人公だなんて、彼らが可哀想だ……。
「あの、大丈夫だから。そんなに、落ち込まないで」
あまりにも酷い現実に打ち拉がれていると、サポートキャラの彼女が落ち込みの原因を勘違いして、加害者である私を慰めてくれた。
――彼女はとてもいい人だ。転ばせておいて、それを忘れた上に考え込んで、落ち込んだ私を慰めてくれる。それに、こんな私と普通に会話をしてくれる。本当にいい人だ。何故、あなたが主人公じゃないんだろう。疑問に感じてしまう。
「ご、ごめんなさい。ま、前をちゃんと……見てなかったから……。ほ、本当に、ごめんなさい!!」
「いいの。気にしないで。私も周りを見てなくてあなたにぶつかっちゃったもの。ごめんなさいね」
「と、とととんでもないです!!」
またもや思考の渦には嵌まりそうになるが、慌てて我に返り、再度、どもりながらも謝罪する私に、彼女は笑って許してくれて、更には、気遣ってくれる。やっぱり、彼女はいい人だ。
「とりあえず、落ち着きましょうか。緊張したときや焦ったとき、それに、心が落ち着かないときとかに、やっぱり、深呼吸をして、落ち着くのが一番よね。--じゃあ、吸って、……吐いて……吸って…………」
私が、ずっと、どもって話しているのが気になったのか、彼女は私の手を取り、落ち着けるようにと深呼吸をさせてくれた。彼女の声に合わせて、息を吸ったり、吐いたりしている内に、段々、落ち着きを取り戻す。
「そろそろ、大丈夫かしら?」
「は、はい。大丈夫です。あ、ありがとうございます」
こんなに親切にしてくれるなんて、と思い、またもや感動する私に、彼女は小首を傾げ、不思議そうに尋ねてきた。
「あら?あなた、もしかして、噂の転入生なの?」
「は、はははい」
「やっぱり、そうなのね。大きなカバンを持っているから、そうじゃないかと思ったのよ。でも、どうしてここに?もう、大分前に、お昼は過ぎてしまっているわよ?」
何故“噂”の転校生なのか、疑問に思いつつも、返事をすると、聞かれて当然の質問をされてしまう。その理由が、あまりにも情けなく、恥ずかしいものなので、赤かった顔が、更に真っ赤に染まるのを止められず、せめて顔を見らないように、俯いて答えた。
「そ、その……道に迷ってしまって……」
「道に?」
「うっ、その、寮前に……12時に、つ、着かなければ、ならなかったのですが、ど、どう行っても、寮に、たどり着けなくて……。その……だったら、職員室に行けば、と思ったのですが、よ、よく考えたら、場所を……知らなくて、その……人も通らなくて……」
更に顔は俯いていき、最後は、話も尻すぼみになり、途切れてしまう。
さすがに、こんなにどもった上に、あまりにも間抜けな理由で、流石に彼女も、呆れてしまっているのではないか、と思うと、じわり、と涙がこみ上げてきた。
顔を上げられず、そのまま、俯いていると、何かが頭に触れる感覚があった。驚いて顔を上げると、女の子にしては、背の高い私の頭を、私の肩までくらいの身長の彼女が、一生懸命、背伸びしながら撫でてくれる姿があった。
「そっかぁ。それは、災難だったわね。あぁ、泣かないで。大丈夫よ。今は、私がいるから。ね?」
彼女は呆れもせず微笑み、労わるように頭を撫でてくれる。その優しさに、心細かった気持ちが癒され、安心して泣いてしまう。なかなか泣き止まない私を、彼女はずっと撫でてくれ、ぎゅっと抱きしめ、慰めてくれた。
「ふふ、もう泣き止んだかしら?」
「はい」
「目が少し赤くなってしまったわね?それは寮に行ってから冷やすとして、それじゃあ、行きましょうか?」
しばらく、泣き続け、ようやく、泣き止んだ私に、彼女は、はい、と目の前に手を差し出した。それは、どういった意味なのか分からず、首をかしげてしまう。
彼女は楽しそうに笑ってから、手を繋げばもう迷わないわ、と言って、もう一度、手を差し出してくれる。
目の前の手を取るか、少し悩んだけれど、恐る恐る手を取ると、しっかり握ってくれた。
「さあ、行きましょう」
「は、はい!」
私の手を取り、前を歩く彼女を見ながら、久しぶりに、誰かと、手を繋いで歩く喜びに浸っていた私は、ゲーム内で、毎回、決まっている彼女との出会いの場が、ここではないことに、しばらく気がつかなかった。




