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五章 美しき世界




「じゃあねぇ皆。暇だったら今度新聞社へ遊びにおいで。勿論ネタ持参で」


 そう言って復帰後初の職場へと向かったヤシェさんを皆で見送る。その後エルに仕事を言いつけられたラキスさんと、リュネさんに頼まれた本を取りに書店へ行く靭さんも早々に席を立つ。残った白鳩調査団(二人足りないけれど)でのんびりパーティーを楽しむ。料理も私達のケーキもとても美味しくて、交わされる会話も事件の影など感じられない平和な物ばかり。


(二人共、元気になって本当に良かった……でも)


 多少経緯が異なるとは言え、今回も事件の中心にあったのは“黒の燐光”―――私の心臓だ。

(オリオールはああ言っていたけど……他人の傷に鈍感になるなんて、私には出来ないよ)

 何処か遠く、誰の手も届かない場所へ行けば、残った皆は幸せに暮らせるのかもしれないとも思った。だけど到底そんな所は思い付かなくて。

(メノウさん、あれから大丈夫だったのかな……)

 頭の傷を治療する前に、彼女は逃げるように去ってしまった。私を気遣って。

(全部私のせいだ)

 この重過ぎる罪は、一体どうしたら贖えるの……?


「まーくん?」


 もし順番を付けるとしたら、ウィルは三本の指に入る程被害を被っている。毎週のように事件に巻き込まれ、一度ならず大怪我を負い、それでも毎日あれこれ世話を焼いてくれる、非常に稀有な優しい友人。

「ボーッとして、悩みでもあるのか?」

「う、うん……ちょっと」

 いつもなら質問を重ねてくるのに、そうか、今日は何故かあっさり引く。かと言って無関心と言う風ではなく、生きてれば悩みの一つや二つ出来るよな、そりゃ、微妙な励ましを返してきた。

「詩野さん、こいついつもこんななの?」

 サンドイッチを食べながら書類を見つつ判を押し、更に会話までこなすエルをアイザが揶揄した。美希さんはコーヒー片手に微笑み、今週は色々立て込んでいて、目を瞑ってあげて下さい、そう弁解する。

「ハイハイの前に判子押しを覚えそうだね、あんた達の子供は」

「気が早いよアイザ」

 そう言って青紫と薄茶色の両目で婚約者を見つめた。

「それより美希、そろそろ時間じゃないかい?手筈通りあそこへ案内してあげなよ」

「分かりました。ではアイザさん、行きましょうか」

「?何処へ?」

「行けば分かります」ふふ。「大丈夫です。怖くも痛くもありませんから」

「そ、そう?」

 不安げになりつつも彼女は立ち上がり、美希さんと手を繋いで執務室を出て行く。

「気を付けてね、二人共」

「いってらっしゃい」

「うん、行って来るね」

 見送る私達に、アイザは精一杯腕を振って返事をした。




「ん?」


 コーヒーメーカーで三杯目を注いだ後。書類仕事を一通り終えたエルは、徐にデスク隅に置いてあったノートパソコンを開く。電源を入れ、しばらくマウスをカチカチ。その目が画面の一点に釘付けられ、先述の声を上げた。

「どうしたの?」

「あ、ああ……誠。急で悪いんだが、ちょっと中央病院に行ってくれないか?いつもの精神病棟。院長から頼まれていたのをすっかり忘れてた」

「あ、うん……いいよ」

 今日は正直患者さん達に氣を使える気分じゃないけれど、何とか期待に応えられるよう努力しよう。

「悪いね」

「ううん。―――じゃあ二人共、行って来るね」

 私の挨拶に、気を付けてな、いってらっしゃい兄様、二人は明るく送り出してくれた。


「マジでお人好しだなまーくんは」

「え?」


 政府館の玄関を出た直後、左側に現れた幻の燐さんが半笑いで言った。

「あんなの斑顔の嘘八百だぞ。まあ行きゃどうせ大歓迎。いつも通りくたくたになるまでこき使われるだろうがな」

「どうして、私相手に嘘なんて」

「お前な、あれだけ悩んでいますって顔で公言してりゃ、幾らあの仕事の鬼でも気遣うわ」

 やれやれ、燐さんは頭を振ってわざとらしい溜息を吐く。

「頭冷やせよ。悪いのはどー考えたって俺達を狙う死に損ない馬鹿共と、まーくんを生き返らせた“魔女”だ。奴等に訪問販売みたく提案して回ったのは誰だ?―――シンプルイズベスト。全ての責任はあのお綺麗でおっかない四天使様にある」

 玄関前でずっと立ち尽くしている訳にもいかず、取り敢えず広場まで歩く。ここの四天使像は男性の四つ子で、ジプリールとは似ても似つかなかった。

 樹の下の空いたベンチに座り、ボーッと道行く人を眺める。と言っても人通りはまばらで、散歩中と思われるお爺さん以外誰も通り掛からない。代わりに歩き回っているのは専ら鳩。餌でも用意してくれば良かったかな。

 私にしか見えない燐さんは、隣で背凭れに身体を預けて寝そべり、すっかり昼寝の体勢。春の日差しは暖かく、確かに午睡には最適だ。

(悩んでてもしょうがないのかな。でも、現実に大事な人を亡くした人は大勢いるし……)

 未だ亡くしていないのはウィルぐらいだ。でももし、彼女が聖樹さんにまで手を掛けたら……そう考えると、どうしようもない無力感に襲われる。

「うじうじ考え過ぎだっつーの。じゃあ究極、俺達が人柱みたく死ねば世界は救われるのか?んな訳無えだろうが。まずあの餓鬼以下“黒の都”にいる不死共が全滅するだろ。その後は“魔女”がブチ切れて片っ端から街を焼くか、残った“燐光”を求めて六種共が泥沼の戦争に突入するかだ。白鳩の連中だってタダじゃ済まねえ」

「………」

「お前は差し詰め破滅への抑止力って訳だ。存在自体が大多数の人間の平和のためになる」

「……うん」

 微妙なバランスの上に立つ、この美しい世界を壊したくはない。もっと生きて色々な物を見、感じたいと願う。出来れば皆と一緒に。


「―――帰ろう、燐さん」「ああ」


 ぽかぽか陽気の日向ぼっこもいいけれど、相手が同居人と鳩だけでは余りに寂しい。

 私は立ち上がり、来た道を戻ろうと足を踏み出した。




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