三章 人形の消失
自分の墓から孤児院の中へ戻り、ちび達と久し振りに双六で遊んでやりながらも、頭の混乱は大きくなるばかりだった。
(シェリーが会いたがっている?まさか、人形が喋るなんて有り得ない)
私が死んだ火事の際、当然一緒の部屋にいた彼女も焼けてしまった筈だ。リーズ、エミルがあの人形を自室に置いている記憶も無い。そして先程の様子から、どうやら私の遺体と共に埋めてもいないよう。―――ならシェリーは、まだ屋敷の何処かに?
(でも、少なくとも地下室から入った時は見なかったな。偶々か?)
大富豪の屋敷と言う事もあり、警察は瓦礫を掘り返して遺留品を粗方保管している筈。そのリストをどうにか見れないだろうか?例えば遠い親戚だと言って。
(いや、火事からもう一ヶ月以上経つ。いきなり名乗り出ても嘘とバレるだけだ)
ケルフ・オーキスは戸籍上あくまで孤児。貴族の血縁を証明出来る物など何一つ無い。
もう一つ気になるのは、天使の『命』と言う単語。沈着冷静なエミルをあれだけ動揺させたのだ、重大で危険な意味に違いない。
(確かシェリーが命を持つとか言ってたな。しかし無機物にどうして……駄目だ、考えても埒があかねえ!)
一番ちびが一発ゴールしたタイミングで席を立つ。
「悪ぃ。俺、ババアにちょっと話があるんだ」
「とうとうアパート追い出されたの、ケルフ兄ちゃん?」
「んな訳無えだろ!ちゃんと稼いで毎月家賃払ってるぞ俺は!!」
つい一週間前に出た初のソロCDの滑り出しは好調。クリーミオのボーカルと言う宣伝が効いたらしく、“赤の星”だけで言えば店舗売上ベスト五に入るヒットを飛ばしていた。
「今度は何か土産に持って来てやるよ。じゃあな」
遊戯室を出て院の奥、院長室の扉を叩く。
「チャヴァ。入ってもいい?」
「ティトゥ?ええ、構わないわ」
ガチャッ。キィ……パタン。
流石は元メイド、何時来ても掃除が行き届いている。因みにこの部屋は孤児院経営の事務室兼応接間。奥のドアから向こうが彼女の私室だ。
「相変わらず元気そうで何よりよ、チャヴァ」
「そんな他人行儀は止めて。お屋敷でも言ったでしょう?」老眼鏡を外し、にっこりして注意する。
「そうだったわね」苦笑。「ねえ、さっき院の裏にエミルがいたの。私のお墓の前で、その……私達の敵、と話していたわ。その事で少し相談が」
「―――長そうな話ね。紅茶、いる?」
「ええ、お願いするわ」
給湯ポットでティーバックの紅茶を淹れ、先にソファに掛けた私の前に置く。
温かい液体を啜りながら、私は先程見た光景を伝えた。勿論、あの天使と関わった者は悉く怪物と化してしまう件も含めて。
「―――エミル様が当分戻らないと言ったのはこの事だったの。やっと納得出来たわ」
「な、何ですって!?何時言ったのそれは!!?」
「つい数分前よ。酷く急いだ様子で夢の世界から直接現れて。私が吃驚したらあの方、学校へ休学の連絡をしてとだけ言って飛び出て行ってしまわれたの」
カップを胸の前で両手持ちし、酷く不安げな表情を浮かべる。
「最近、学校から無断欠席が多いと度々連絡があって、おかしいとは思っていたけれど……今日は輪を掛けて普通じゃなかったわ。今まで余程の事が無い限りずっとリーズ・ビトスで通していたエミル様が、自分から夢を解くなんて……」
「行き先は?」
「分からない」老院長は首を弱々しく振る。「でももう一つだけ、ティトゥには指輪をずっと嵌めさせているように、と」
小指で光るエメラルドの四つ葉リングを確認する。
「これを?どう言う意味?」
「エミル様の物と対だから、きっと危険が及んだ時に察知するためだわ」
確かにエメラルドは愛情のパワーストーンとして広く知られている。直感に優れた夢使いなら、遠く離れても石を通じてこちらを感知出来るのかもしれない。
「私に危険?シェリーが襲って来るとでも言うの?彼女はただの人形よ、ベリドとはケースが違う」
この身体の元々の持ち主は屋敷一軒分の現の夢を作り出せた。いや……後から考えると非常に無理のある話だ。そもそも男子の彼がそこまで夢を扱える筈が無い。
『五月蝿い!僕一人でできるもん―――』
そうだ。少年は聞いていた、真犯人の声を。もしかしてそれは、人間と見間違う程精巧なあのブルーアイズのドール……?
仮にシェリーが自我を持ち、エミルと同等以上の力を持っていたとしよう。ならば疑問はただ一つ。彼女が現在何処にいるのか、だ。
「ねえチャヴァ。火事の後、エミルは警察署へ行った?」
「さあ……あの日から自室に籠って調べ物か、外に出て行ったまま二、三日いなくなるかだもの」
これは困った。一番信頼を置く乳母にまで何も言っていないなんて。結局、自力でどうにかするしかないのか。
「ティトゥ、どうするつもり?」
「シェリーを捜すわ。止めても無駄よ」
それも出来ればエミルより先に、だ。あの焦った表情。見つけたが最後、冷静さを失くして取り返しの付かないミスを犯す予感しかしない。
「そんな事は分かっているわ。あなたの魂の半分は腕白者のケルフだもの。どうかエミル様を手伝ってあげて」
空になったカップをテーブルに置く。
「あなたも知っている通り、あの方は時々信じられないぐらいの無茶をするわ。止められるのはティトゥ、伴侶のあなただけよ」
「ええ」
腰の拳銃を確認し、固い決意を胸に立ち上がった。
気付くのが遅過ぎた。
(平和惚けにも程があるわ!!)
どうしてもっと早くその可能性を考え付かなかったのか。本来の姿のまま街路を駆け抜けつつ、心の中で己を責める。
(つい最近通り掛かったのに気付かなかったなんて……!!)
未だ住民達は戻っていないようで、木造建築の骨董店に明かりは無い。満月に僅か足りない光を頼りに、お邪魔します、断ってから敷地内へ入る。
(私が彼女なら何処かへ埋めてしまうわ。そう簡単には見つからない所へ)
ローブが汚れるのも構わず、中庭の植木同士の間へ身を入れる。魔力の光を三つ同時に浮かべ、痕跡を探し始めて数分後。
「あった!やっぱり……」
枝同士で見えない奥に、数十センチ掘り返された四角い穴。成程。そう簡単に出られないよう箱に入れていたのか。
(四天使が運んだのかしら?)
違う。取り出したのがジプリールなら、あの時嫌と言う程見せつけた筈だ。私を一気に絶望させるために……なら、一体誰が?
(あの女以外の別な協力者……駄目、思い付かない)
長い年月屋敷に留まっていた事からも、シェリーが自力で移動出来ないのは間違い無い。遣っていたベリドももういないのに、どんなトリックを使ったの?
身を引いて立ち上がり、辺りに何の手掛かりの無いのを確認して嘆息。
「拙いわ、このままでは……」
焦燥だけが募り、既にガタガタで血の滲む親指の爪を強く噛んだ。