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二十八章 約束



「―――どちらでもいいわ」

「エミル?」


 天才夢使いは立ち上がり、母親の半魂を睨み付ける。

「死に損ないのあなたをもう一度葬ればいい。それだけ分かっていれば充分よ」

「そうね、私もいい加減最後にしたかったの」

「姉さん止めて!!」

 魂の片割れが叫ぶ。


「ええ、吐き気がするわ!実の姉妹のくせに乳繰り合うあなた達を見ているだけで、頭がおかしくなりそうよ!!」


 絶叫。全ての床が勢い良く弾け飛び、俺達は暗闇の中空へ投げ出された。右脚で床の破片を蹴り、未だ憑依されたままの誠の肩を掴む。


「ここで永久に彷徨え!!」


 次の瞬間、パッ!と人形が数十体に増殖した。一体一体が短剣を持ち、集団で襲い掛かってくる。剣で縦横に薙ぎ払う度、切られた所から分裂を起こす。正に悪夢の状況だ。

「くそっ!キリが無い!!」

 この様子では大技を使っても余計不利になるだけだ。

「“双夢”の野郎、随分ショボい真似してくれるじゃねえか」言った燐の口調にも余裕は無い。

「あいつも“死肉喰らい”なのか?どちらかと言うと魂喰らいな気がするが」

「そうだな。手前にしては良い観察眼だ」

 答えてニヤッと笑う。だがその赤い瞳は虚ろな憤怒に満ち満ちていた。一時とは言え誠と引き離され、“黒の絶望”はかなり御立腹のようだ。

(こいつを放っとくのも大概危険だが、今は後回しにするしかないか)

「お褒めの言葉どうも。で、何か手は?」

「相手は精神体だぞ。俺は専門外だ」

 そう言ってさっさと奥へ引っ込んで行ってしまった。何で出て来た、役立たずめ!

 不利だと悟り、戦斧を閃かせながらメノウがこちらへ飛んで来た。

「駄目だわウィルネスト!炎も刃も全く通じないの!」

 兄妹も銃と水撃で応戦しつつ、俺達の頭上で留まる。

「この中に奴の本体が紛れている筈よ。でも一体どうやって見分ければ……?」

 前後左右上下が無い空間で落ち着かない。浮いているのか、それとも実は落下し続けているのかもさっぱりだ。精神衛生上、とても長くはいられそうにない。

「まーくん、何か感じないか?」

 馬鹿!幾ら万策尽きたからと言って、選りにも選って消耗した彼に縋るなんて!自分でも情けなさ過ぎて死にそうだ!


「待って―――いた」「何処!?」「エミル!」


 狩人の目で素早く視線を走らせる夢使いを、妹が肩を叩いて宥める。

 誠が指差した空間には、不思議な事に一体の人形もいなかった。そこにはただ、無限の闇が広がっているばかりだ。

「誰もいないわよ、まーくん?」

「ううん、すぐそこにいるんだよかあさま。じっとこっちを見ているの」

「私達が気付いてないのに、何故攻撃してこないの?こんな幻を使わなくても、今なら直接」

「だって、もう無いもの」

「??」


「お願い―――ここへ来て」


 誠は長い睫毛を伏せ、欠けた魂を守ったままの右腕を伸ばした。しなやかな指先からフワフワッ……白い何かが生み出される。―――それは、無数の白い鳩だった。


―――お兄さん、また僕を呼んでくれてありがとう。こっちだよ。


「ベリド……なの?」

 よく見ると、先頭の鳩にはどことなくあの少年の面影がある。

「どうして屋敷にいる筈のあの子がここに?」

 十数年分の記憶が飛んでいるエミル・アイゼンハークが困惑を顕わに尋ねる。


―――小母さん、僕は自由を得たんだよ。小母さんの言っていた白い鳩の翼を。


「自由……?屋敷にいたあいつやあなたの兄弟達はどうしたの?」


―――アイゼンハークは無くなったんだ。小母さんも、これからはティトゥと自由に暮らせばいいんだ。辛い過去を忘れて、楽しく―――。


「楽しくなんて……私、そんなの……」


 鳩は真っ直ぐ闇の只中を睨み付け、仲間と一直線に飛んで行く。その間にも誠の魔法の指は次々と新たな同胞を生み出す。鳩達は幻の人形をその嘴で浄化し、暗黒の世界を無垢の白へと染めていった。


「あ」


 やっと俺達にも視認出来た。そこに残る一点の黒を。

「?」

 人形にしてはやけに小さなそれの周りを、かつて少年だった鳩が飛び回る。

「これは、どう言う事……?」

 黒く見えた物は、人形の煤けた蒼い片目だった。何の感情も表していない、小汚い一パーツ。

「シェリルさんもまた夢を見ていたの……これだけしか燃え残らなかったのに、五体満足の夢を」

「シェリーに使われていた素材は耐熱性の筈よ。なのにどうして」

「勿論、自ら炎に飛び込んだからだよ。棚の上からじゃ消せないもの」

 言葉に応えるように、模造品の目玉がブルブルと震える。


―――お兄さん、早く。こいつ、また力を取り戻そうとしてるよ。


「うん」

 掌の善の魂を取り出し、義眼に当てた。フゥッ。光を吸収し、人工物に理性が芽生える。

「シェリルさん。あなたはとても優しいお母さんです。死後も娘さんを守ろうとして残ったこの目が何よりの証拠です。仮令あなた自身が何と言おうと……」

 慈悲の言葉に、無機物である筈の目からホロッ……白い世界に雫が流れ落ちた。その波紋が限り無く透けた蜃気楼を、リーズに良く似た女の姿を映し出す。


「お母さん」「母さん」兄妹が互い違いの腕で一本の杖を構える。


―――二人共……私を赦してくれるの?


「ええ。母さんは四天使に長い悪夢を見せられていただけ」

「今度こそ幸せな夢の中で待っていて。私達も―――いつかそっちへ行くから」


―――ごめんなさいエミル、ティトゥ……そして、ありがとう。


「「お休みなさい、マミィ」」


 先端のサファイアが義眼に触れ、パリンッ!砕いて光の粒へと昇華させた。




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