表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/30

二十七章 “双夢”





―――ねえシスター。マミィはどうして私を火事から救ってくれなかったの?


―――もう一人のマミィはどうして火から守ってくれなかったの?


―――大事じゃなかったから?


―――それとも私が人形だから?


―――もうすぐマミィの病気を治してあげたのに……。


 シスター以外訪れない地下室で、私は自問自答し続ける。


―――マミィ達は私が嫌いだったんだ。

―――そんな事はありませんよ、シェリー。


 それまで黙って聞いていたシスターは、微笑みながら否定した。


―――あなたも正真正銘の神の子。愛を得る権利があるのです。


 ザァザァ……砂嵐の音がしつこい。


―――……えちゃん……め。みみを……かしちゃ……。

―――五月蠅い、私に命令しないで。


 あっさり壊されたくせに。


―――どうしました神の子よ?

―――何でもないわシスター。ちょっと耳鳴りがしただけ。

―――だめ………このひとは……を………。


 尚も飛んで来る思念の残滓を消し去った、完全に。


―――別にいいじゃん。だって私、


 マミィ達なんて大っ嫌いだから。





 再度屋上に出た瞬間、俺は我が目を疑った。


「アハハハハッ!!」


 リーズと同じぐらいの背丈になった人形は嗤っていた。顔を形作る素材が火事の熱で溶け、煤を被り痛ましい。

「シェリー!」

 ケルフが歩み寄ろうと踏み出した瞬間、これまでに無い強い地震が起こった。二つの鐘が根元から割れ、凄まじい衝撃音と共に床ごと大穴を作りながら落下していく。

「ねえマミィ。どうして私を火から守らないで、一人で逃げようとしたの?」

「止めなさいシェリー!あなただって分かっている筈よ。あの時のティトゥはベッドから出るだけで精一杯だった。とても棚の上に手を伸ばす力なんて残されていなかったわ!」

「そんな事、勿論知っているよマミィ。潰された蛙みたいに無様な姿で、マミィは必死に床下の秘密の通路から逃げようとしてた。血を吐きながらマミィの名前を呼んで」

 その時、人形の言動の裏のある本音を感じ取った。こいつ、まさか―――!


「―――なら、何故大事なママを助けてやらなかった?お前は二人の夢を得ていた。現にベリドに力を与え、屋敷全体を現の夢へ変えている。仮令自分が動けなくても、地下道へママを導くぐらい出来た筈だ」


「確かに……それこそ、さっきみたいにケルフの身体を操れば……」

 怯えながら誠も同意する。

 ずっと不思議だった。シェリーは“黒の燐光”を使って何がしたいのか。仮初めの身に命?それとも遥か過去とは言え、育て親の病を治したい純粋な願いの現れ?いや―――こいつに宿った望みは、そんな素直で可愛らしい物では到底無い。

「何が言いたいの、お兄さん?」


「―――手前、二人を永久に生殺しにする気だな?」


 生じたのは表面ではない、真の笑顔。やっぱりか。

「お前は愛していると口では言いながら、実際は心の底から憎んでいた。何度殺しても飽き足らないぐらいにな。―――だから、あの穀潰しを操って火を点けさせた」

「っ!!?」

「幾ら何でもタイミングが良過ぎる。お前はリーズの心変わりを一早く察知し先手を打ったんだ。上手く“燐光”を持って帰れたら良し、仮令手ぶらで帰って来ても精神的ダメージは計り知れない」

 何時そこまでの憎しみが沸いた、と俺は尋ねた。

「最初よ。マミィははっきり言ったわ、あなたは病気を治してくれればいいの、って。愛して欲しかったのに」

「なら私を殺せば良かったのよ!ティトゥを焼き殺すなんて意味が分からないわ!!私はともかく、彼女は祈願人形だなんて全然知らなかった。あなたを本当に可愛がっていたよ!それをよくも!!」

「可愛がっていた?違うよマミィ。マミィは私を留守がちのマミィの代用品にしていただけ。マミィが聞かせてくれた話は全部、本当はマミィに聞いて欲しかった事。辛さも楽しさも決して共有させてくれなかった、そうでしょう?」

「違う!シェリー、私はあなたを本物の娘だったらいいと何度も思った。家族だと信じていた!」

 ケルフが弁解した瞬間。人形は真っ赤な口をカッ!と開き、ギザギザの鋭い歯を剥き出した。


「嘘吐き!二人共、私の事なんて思い出しもしなかったくせに!!」


 ?何だ今のは?これまでの会話とは明らかに異なるニュアンスだ。





「―――もう止めてシェリー、いえ……シェリルさん」


 頭上に掲げた誠の右掌が、舞い降りた淡く白い光を放つ球体を包み込んでいる。

「……お母、さん?」

 突然の友人の発言に、呆気に取られたリーズが呟く。

「これはあなたの魂の半分ですね?あなたと違って随分小さいけれど」

 そうっと降ろし、二人共、聞いてみて、促す。部外者の俺とメノウも二人の後ろから耳をそばだてた。


―――やめておねえちゃん……わたしたちの……むすめを……。


「え……かあ、さん……?」

 ケルフの呟きに夢使いがビクッ!と硬直した。しばらくして、そうだったのね、道理で……と嘆息する。

「エミル、何故母さんの声が」

「ずっと疑問だったの……スラム生まれで人間のあなたが、何故あんなにも夢使いの才能に恵まれているのか。何で今まで気付かなかったのよ」

「??」

 自分に言い聞かせるように一度頷き、決意の籠もった表情で話し始めた。

「ティトゥ。あなたと私は異父姉妹だったんだわ。事故死と言われていたけれど、恐らく母は他の男と屋敷を出たのよ。あなたはその時の子供」

「え……!!?」

 驚愕。

「母は先に流行病で死んだのよね?遺体は」

「火葬してスラムの共同墓地に。遺髪だけはずっと家に置いてあったけれど、エミルが迎えに来てそのまま……」

「読めたわ」人形を指差す。「その髪を触媒にして、ジプリールは逝った母を呼び起こしたのよ」

「そんな事出来るのか?」

「アイゼンハーク家程血筋自体に力があれば充分可能よ。他の種族と違って幽族の魂は数十年、下手をすれば数百年夢の世界を漂うの」

「姉と言っているのは?」

「夢にたゆたう内、善悪が姉妹として分裂したのね。恐らく死の間際まで続いた病苦が原因だわ」

 納得した俺達に対し、正体を知られた人形は嘲るように言った。

「だからどうしたって言うのエミル?結局あなた、母親を殺すんでしょう?放っておいたら病原菌みたいにドンドン死人が増えるものね。大事な大事な妹のように」

「母さん止めて!私に出来る事なら何だってしてあげるから!」

「ティトゥ……あぁ、本当に馬鹿な子。あなたのせいで私がどれだけ苦労したか知らないでしょう?あの間男、あなたがいると知った途端に姿を眩ませたわ。かと言って屋敷に戻る事も出来ず、私は惨めな生活で糊口を凌いだのよ?生まれてからは一層酷かったわ。ボロボロになるまで働いて働いて―――死んだの」

 母の恨み節に対し、上の娘はヒステリックに反論した。

「素直に助けを求めれば良かったのよ!!スラムから屋敷まで、徒歩でも一時間掛からないわ!あなたの無意味な意地のせいで、ティトゥまで取り返しのつかない事になったの!母親失格だわ、分かってるの!?」

「エミル、そんな言い方無いわ!!母さん、本当にごめんなさい……。私のせいでそこまで苦労を掛けていたなんて……」

 娘の言葉に、いいのよティトゥ、ゆったりと笑みを浮かべる。

「でも、母さん」

「いいのよ、だって……こんなに美味しそうに太ってくれたもの」


 ガブッ!「っ!!!?」「ティトゥ!!?」


 噛まれた首筋から噴き出す鮮血を手で押さえつつ、義息はその場に尻餅を着いた。リーズが慌てて治癒の魔術で傷を塞ぎ始める。

「どうやってあなたを産み、お乳の栄養を得たと思う?」

「どうして……?そんな事しなくたって、屋敷にさえ帰ればお金なんて………まさか母さん、人の血を」

「本当に馬鹿ねあなたは。今頃気付くなんて」


「違う……!お金は、屋敷の外に住むお母さんが持って来てくれたわ……姉さん、どうしてこの子達相手に嘘なんて吐くの……?」


 誠の口を通じ、善なる魂が悲痛な声を上げる。だが悪意は訴えを一蹴した。

「ハッ!あなたこそ本物の嘘吐きよ!あの冷血な母が?有り得ないわ!」

「お母さんを悪く言わないで……彼女は私とティトゥをとても心配していたわ。病気で来られなくなってからも、毎月欠かさず送金してくれたじゃない」

「あんな女に施しを貰った覚えは無いわ!!私はスラムに迷い込んだ馬鹿な男共を誘惑して、隙を狙って撲殺したの。金目の物と血肉を奪うためにね!」

 狂った哄笑が響き渡る。

「一体どっちが真実を言っているの?」

 狼狽しつつメノウが娘達へ尋ねる。

「母さんは殺人鬼なんかじゃない。あいつの言っている事がデタラメだ!」

 義息は人差し指を人形へ向け、きっぱり言い切った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ