二十五章 二つの背信
グシャッ!!「あ、ぁ……!!」
目の前に落ちてきた少女は、間違い無い。先程までシェリーと瓜二つの人形を持っていた女の子だ。
無事なのはその可愛らしい顔だけ。落下の衝撃に幼い身体は耐え切れず、全身の骨と言う骨が砕けて折れ曲がっていた。―――まるで、打ち捨てられたマリオネットのように。
「離れて!離れて下さい!!」
飛び降り現場の家を取り囲んでいた政府員達が叫び、異変に群がってきた野次馬を追い払い始める。
人混みに紛れ、私は逃げた。けれど行き先は、恋人の待つ“赤の星”ではない。
―――病が全臓器にまで及んでいます。保って三ヶ月。もし発作が起きれば、明日にも彼女の命は―――
医者の言葉通り、最近のティトゥの容態は悪化の一途を辿っていた。本人は私の見せた夢で快方に向かっていると信じ切っているけれど、本当はもう地下室どころか、ベッドを自力で出る体力も無い。
宇宙船の窓に映る姿は見慣れた物ではなく、同年代のモノクルを掛けた男だ。名前はラキス・フォナー。聖族政府員だが現在、主に給与面での不満がある。彼の妹シンディは心臓が悪く、継続的な入院費が必要なせいだ。
夢に対して素人の精神へ入り込み、操るのは簡単だった。目的地は非常に危険な場所だ。いざと言う時の身代わりを用意するのは当然の予防策。仮令境遇が似ていても、人心操作が禁忌の行為だとしても、手段を選り好みしている猶予はもう無い。
(ティトゥ、もうすぐ楽にしてあげるからね……)
半日掛け、宇宙船は“黒の星”フィジョラムへ到着。そこから私の知識と彼の身分証明書を頼りに“黒の都”へ向かう。
常夜の闇も夢の目を持つ私には余り支障無い。何故か殺気立っている住民達を上手くやり過ごし、最も目的地の可能性がある城の窓から侵入した。スカートを穿いたいつもならともかく、男の身体なら気兼ねは一切要らない。加えて多少怪我をした所で、私には何のダメージも無い。
顧客との雑談で噂には聞いていた。―――この宇宙にはあらゆる病や怪我を治し、永遠の命を与える黒ダイヤがある、と。
宇宙法で半隔離状態にされた不死族が持つ、“黒の燐光”……それさえあれば、病床で苦しむ恋人を救える。仮令代償に永劫の時を得、私が死した後もただ一人で生きていかねばならないとしても。
最初はアイゼンハーク家の全財産を手に、彼女を仲間に入れてもらうよう頼むつもりだった。けれど利用価値の無い者は同族に迎え入れない、と言う暗黙のルールを噂で聞いて止めた。しかも一定の審査期間もあるそう。明日にでも死を迎えるティトゥに、そんな時間は無い。
大事な物は防犯上、階上に保管する筈。その仮説の元、螺旋階段を昇っていた時ガタン!丁度同じ階で物音がした。
隠れようと身構えた瞬間、長い廊下の先で扉が開いた。ドサッ!白いドレスの女の子が通路に倒れ出る。
「決して死なない不死族も、戦闘能力はこの程度ですか……」
血の付いた三節棍を手に、続いて出て来た童顔の殺人鬼は残念気に呟く。よく見ると、倒れた彼女は腹を裂かれて真っ赤な血を絨毯へ溢れさせていた。噎せ返る臭いに、肉体が生理的に軽く吐きそうになる。
「大丈夫ですか?済みません、止めようとはしたんですが……」
私達と年の変わらない子を抱え起こし、仰向けで安静にさせる。
「お騒がせして済みませんでした。僕、もう帰ります」
失血で失神した女性に告げ、何故か返り血一つ浴びていない蒼の長袍で立ち上がり―――こちらに気付いた。
「ん……誰です?この城の周囲を守る人達は全員戦闘不能にした筈ですが」
私は身体の方の名を名乗り、持っていたライフルを身構えた。七割覚醒だ、撃ち方は彼が知っている。
返答に武闘家は明らかな困惑の色を深めた。
「聖族が何故こんな所に?」
「上から偵察を言いつけられた」
「??」
勿論それは私の暗示だ。但し、多少おかしくてもラキス・フォナー自身は疑問を持てないが。
「戦うつもりですか?―――なら、仕方ありません」
少年は三節棍を手に一直線で襲い掛かって来る。ライフルが火を吹くが、素早過ぎて掠りもしない。
ブシュッ!!「ぐっ!!」「しまった!!」
反射的に避けたのが間違いだった。貫かれた胸から血が噴き出す。
「しっかりして下さい!」
加害者が制服の上を押さえ、傷の具合を確かめる。
「駄目だ、また致命傷……完全に過剰防衛だ、くそっ!」
ガックリ項垂れる前で急速に生命力を失っていく身体を捨て、私は精神体のまま二人の頭上に脱出した。
「あなた……夢使いですね。この人を操っていたんですか?」
三節棍に精神体を攻撃出来る魔力は感じられないが、一応充分な間合いを取る。
「ここまで来たと言う事は、狙いは“黒の燐光”ですか?―――そんなに睨まないで下さい。全身から追い詰められたオーラを発散していれば、嫌でも分かります」
目を伏せてしばらく後、彼は徐に口を開いた。
「―――あなたの求める物は、その肋の中です」
「!?な、んですって……!!!?」
倒れた女性の胸の傷口、暴力に因って無残に折られた肋骨の内側を覗き込む。
「まさか、知らずに探していたんですか?―――個人的には止めておいた方がいいと思います。その石が……あなたに希望を齎すとはとても思えません」
寂しげに呟く。
「判断は任せます。でも何れにしろ早くした方がいいでしょう。異変を聞き付け、直に不死王が帰って来るでしょうから」
カン。真っ直ぐにした三節棍の尻で絨毯を叩き、背を向けて螺旋階段の方へ歩き出す。
「あなたは要らないの、狂戦士?」
「ええ、ちっとも」
確信に満ちた応答。
「結局僕のした事は、彼等の平和を乱しただけ。迷惑者はさっさと退散するとします」
そう言って、彼は二度とこちらへ戻って来る事は無かった。
血塗れの哀れな女性と二人きり。いや、正確には虫の息の政府員と三人で残された私は、自らの親指の爪をキツく噛んだ。
(この子の心臓を、持って帰る……?でも、そんな事したら)確実に彼女は、死ぬ。
顔面蒼白のお姫様はさぞや王に愛されているのだろう。ドレスやアクセサリーは一級品ばかり。髪や爪も、同性の私より余程丁寧にケアされていた。
(殺さなきゃならないの?こんな無抵抗の子を……)
「―――だれ?」「っ!!?」
彼女は瞼を開け、ゆっくり首をこちらへ動かして問うた。
「あなたは……新しい家族の人?」
「あ、あぁ………っ!!!」
悪意を知らぬ澄み切った声に、私は錯乱寸前に陥った。倒れたその姿がベッドのティトゥとダブって、余りの辛さに涙が溢れる。
「どう……したの……?泣かないで………」
愚かな私!!大切な伴侶を、こんな姿になってまで生かそうとするなんて!!
「お姉さん……?」
「ごめんなさい……私の家族はここよりずっと遠くにいるの。だからここへは入れないわ」
彼女は小首を傾げ、息絶えた政府員の頭をそっと撫でる。
「この人、は……?」
「私の我儘に付き合ってくれた親切な人。お嬢さん、良ければ彼を代わりに家族にしてあげて」
意味がイマイチ伝わらなかったのか彼女は?となったままコクン、頷いた。
「ねえ、お嬢さん。少し聞いてくれる?」
私は滔々とティトゥの事を話した。―――彼女ならこのどうしようもない感情の全てを受け入れてくれる、そんな気がして。
「―――ごめんなさい。あなたに言っても仕方ないのに」
「……苦しい時に、一人は嫌」
心の底から悲しみに沈んで呟く。
「早く帰ってあげて………その人もきっと、あなたの帰りを待っているから」
「そうね……ありがとう、お嬢さん」
もう迷いは無かった。―――ティトゥを看取ろう。あんな狭く暗い地下室ではなく、彼女の望む場所で最後を迎えさせてあげよう。それが伴侶として出来る、精一杯のプレゼントだから。
「裏切り者!!!」
突然背後から怒鳴り声がした。と同時に、倒れていた二人が煙のように消え失せる。
「あなたは偽善者だわ、エミル!!」
全身真っ赤に火傷した恋人が、通路の向こうから私を糾弾した。
「ええ、そうよティトゥ……私は誠君を殺したくないばかりに、病を抱えたあなたを見殺しにしたの」
彼どころか白鳩調査団への、何より伴侶への重大な裏切り行為だ。
「あなたが“燐光”さえ手に入れてくれば、私はあんな苦しい目に遭わずに済んだのに!!」
吐かれた呪詛の言葉に、私はむしろ胸のつかえが軽くなるのを感じた。
「恨みなさい。憎んで呪って、殺せばいいわ……」
償って済む問題でない事など分かっている。この罪悪感に一生狂うぐらいなら、いっそあなたの手で息の根を止めて。
醜く火膨れした両手が私の首を掴み、絞め上げ始める。
「ぐっ………かはっ……!」
「私の苦痛はこんな物じゃなかったわ!!熱くて息が出来なくて……だから死ね、エミル・アイゼンハーク!!」
何かが頭に引っ掛かっているが、もうそんな事はどうだっていい。この命で罪が清算され、恋人の怒りが収まるなら本望。
「駄目、エミル!意識を手放さないで!!」
「!?」
次の瞬間、何処か見覚えのある青年が勢い良く私達の間へ割り込んで来た。
「手前!エミルを離せ!!」
突然の闖入者に戒めを外されたティトゥは、憎悪の眼差しを向けて標的を彼に替える。
「邪魔な小僧め!お前から殺してやる!!」
「そうはいくかよ!」
青年は後ろ回し蹴りで彼女の身体を吹き飛ばし、倒した隙に私を抱え上げた。
「きゃっ!な、何をするの!!?」
「誠!出口はどっちだ!?」
「階段を降りて!早くしないと玄関の扉が閉まっちゃう!!」
先程血だらけだった筈の王女は、今度は何故か黒い服を着て螺旋階段からこちらへ叫んだ。
「よし!エミル、しっかり掴まってて!」
「え、ちょっときゃぁっ!!?」
青年が螺旋階段を勢い良く駆け降り始め、振動で私はあられもない声を上げた。お姫様抱っこされたまま、必死になって彼の首元を掴んで衝撃に耐える。
「待てえっ!!」
「誰が待つかボケ!!」
怒声を聞きながら、私は混乱の極みに陥っていた。夢の中のティトゥにそっくりなこの青年は誰?どうして“燐光”と一緒にいるの?それに、ここはさっきまでいたのと同じ“黒の城”?
(思い出せない……!私はエミル・アイゼンハーク、それ以外の誰だって言うの?)
荒い息を吐きながら“燐光”が隣に現れ、心配そうに覗き込む。
「大丈夫リーズ?もうすぐ出られるからね」
「出る……何処へ?」
質問に、彼女(いや、よく見たら胸が無い。男性だったんだ)は小首を傾げる。
「勿論外だよ」
「外?―――どうして?」
「??リーズは孤児院に帰りたくないの?夢療法士になるんでしょ?」
「確かに夢療法士は私の目標だったわ。でも……ティトゥが死んでしまった今、そんなの何の意味も無い」
そうだ。私には夢も希望も残っていない。あるのは悔恨と離別の辛さだけ。
「ねえお願いよ、放して。罰を受けないと」あの子が浮かばれない。
「自分を責めないでリーズ。あなたが心を閉ざす度に出口も」
それまで黙っていた青年が唇を歪めて、誠、どうやらシェリーは記憶を過去へ戻しちまったらしい、そう言って嘆息した。その均整の取れた左手の小指に光る、碧の四つ葉。私の薬指の物と全く同一の、世界に一対しかないリングに目が釘付けにされた。
「まさか……ティトゥなのあなた!?どうして男に!?病気は」
「説明は後だ。今はこの夢を一刻も早く脱出しないと」
ティトゥが二人?こっちが本物っぽいけれど、確証は無い。
階段を降り切った途端ガラガラッ!!音を立てて崩れ落ちた。その数秒後、さっきより酷くなった火傷が黒く燻り、悪魔のような形相をした恋人が着地する。
「エミル、また逃げる気!?卑怯者!!」
「五月蠅え!!人の罪悪感に突け込みやがって、恥ずかしくないのか!?」
(そうだ)
瞬間、目から鱗が落ちた気がした。あの優しい恋人は決して私を責めなかった。即ち、こいつが偽物だ!
深紅の絨毯の通路を抜け、三人で半ば開いた巨大な玄関扉を潜り抜ける。
「もう大丈夫だ!皆、早く閉めてくれ!!」
「開けたり閉めたり大変だね全く。こっちはまだ頭に血が昇っているってのに」
扉の左側に立つ大柄な妖族の女性はそうぼやきつつ、黒鱗の両腕でドアを内側へ押し始めた。対する右側は男性二人に女性一人。つまり彼女は彼等三人分に匹敵する怪力の持ち主らしい。
三人は取っ手を五本の手で持ち、うーん!!唸りながら全体重を掛ける。
「重……!ウィルネスト、もっと頑張りなさいよ!!」
「無茶言うな、これで限界だ!おいシャーゼ、もっと力出せ!」
「怪我人だぞ私は!これで精一杯だ!」右肩を負傷し、左腕だけで押す銀髪の青年が叫ぶ。「拙い!奴が出て来るぞ!」
警告を聞き、突然ティトゥが私を地面に降ろした。“燐光”が素早く傍へ寄り、ふらつく背中を支えてくれる。
「借りるよエミル」
「えっ!ちょっと!?」
私の手から杖を抜き取り、彼は隙間から飛び出してこようとする自らの偽者と対峙した。と、いきなり武器を逆さに持ち替える。何をするつもり!?
「逃がすか!!」
「聞け!俺の旋律を!!」
咆哮と共に金と蒼の螺旋装飾が光輝き、シックな黒のエレキギターに変わる。紛れも無い。夢でいつもティトゥが使っていたギターだ。
ジャンッ!「ぎゃあああっっっ!!!」
弦から音が鳴り響いた瞬間、偽者は弾かれた様に城の奥へ吹き飛ばされた。こんな鮮烈な夢の迸り、あの子何時の間に!?凄い。専門家の私でさえ、一瞬鳥肌が立った。
「今の内だ!早く!!」
「そっちまだ閉まってないの?しょうがないなあ」
力持ちの女性が走り寄り、替わりますメノウさん、赤髪の貴婦人に言う。
「ありがとうお嬢さん。正直手がもう痺れてしまって」優雅に笑い「全く、男二人もいて情けないったらないわ」
「言われたい放題だなウィルベルク」
「お前もだろ」
「はいはい。二人共、一気に行くよ。せーのっ!!」
ギィィッッッ………バタン。




