二十四章 深層へ
階段を上がり切ると同時に、絶叫が辺りへ響き渡った。
「シャーゼさん!!?」
自らの血と埃で服を汚した誠が叫ぶ。
第七対策委員の左手が、反対の肩に張り付いたシェリーをブチブチブチッ!!力任せに引き剥がしていた。皮膚に突き刺さる髪の束が千切れ、傷口から血が溢れ出す。
「ぐっ……がああぁっっ!!!」
人形を床へ投げ捨て、体力消耗が激しいのかその場へ崩れ落ちかけた。ゼーゼー。辛うじて剣を床に突き刺し、倒れるのを堪える。
「何時までも……操られていると思ったら大間違いだ……!!」
手足となる肉体を失ったシェリーは浮かび上がり、嫌味なぐらい優雅に裾を上げて会釈した。
「凄まじい精神力ね。まさか私の支配を自力で破る人間がいるなんて」
「この程度……楽勝だ」全然余裕の無い表情でのたまう。「小晶……まだくたばってないだろうな……?」
「は、はい!大丈夫です!」
「そうか……ならいい……」
呟きつつ、奴は眉間の皺を僅かに解いて安堵した。
「美希!!」
丁度通常階段の方からも弟達が駆け上がって来た。二人はすぐさま鐘の下へ向かう。
「二人共、すぐ降ろしてやるからな!」
「アタシはいいから詩野さんを……早く降ろさないと、子供が」
バンッバンッ!言葉が終わる前に、ケルフが拳銃で足を縛っていた縄を撃ち抜く。落ちてきた彼女達を二人で素早く受け止め、真っ赤になった頬をぺちぺち叩く。
「―――大丈夫、呼吸は正常だ」
柱に座らせ、頭に昇った血液を下ろし始める。
「エル………さ、ま……?」
「助けに来たよ。もう何も怖くないからね」
瀕死の婚約者を優しく抱き締め、唇に口付ける。
「よく頑張った。ゆっくりお休み」
「………はい……」
恋人の腕の中で、詩野さんはそっと瞼を閉じた。安らかな寝息を確認し、もう一人の被害者へ視線を向ける。
「アイザ、君はどうだい?」
「平気……ちょっとクラクラするだけ」
「エル、二人を看ててくれ。俺はシェリーを」
アイザの背中から手を離し、立ち上がった義息が言う。
「分かった。向こうは頼むよ」
俺達は改めて元凶の人形を観察する。宿主を失った奴は、しかし不敵な笑みを一ミリも崩していない。
「もう終わりよシェリー。私が来た以上、あなたの姦計もここまで」
「どうしたのマミィ?声が震えてるよ」
小さな動揺を見逃さず娘は指摘する。
「五月蠅い!!祈祷人形の分際で持ち主に口答えする気!?さっさと壊されなさい!!」
噛んだ親指から新たな出血が起こる。
そのまま杖を振り上げ、無数の水流を発生させる。両目には憎しみと、それを超える恐怖が渦巻いていた。この反応、明らかに異常だ。
(拙い!!)
学生のリーズと違い、このエミルと言う人格は一旦スイッチが入ると酷く感情的になる傾向があるらしい。だが狡猾な敵に冷静さの欠如は致命的だ。
「エミル、怒りを抑えて!精神のブレは隙を生んでしまうわ!」
恋人の警告も届かない。水柱の束が人形へ襲い掛かる。
ゴオオオッッッ!!!
黒いワンピースがあっと言う間に洪水の只中へ消える。
「やった―――うっ!!」
苦痛の声と共に蹲る。夢使いの肩の付け根、瞬間移動した奴はその長い茶髪を突き立てていた。
「油断大敵よマミィ?あんなに動揺して、取り憑いて下さいと言わんばかりだわ」
「くっ……あぁっ……!」
「エミル!!」
駆け寄る義息へ制御を失った杖が振るわれた。発生した奔流が彼を襲う。
「わっ!」「危ない、防!!」
直撃する寸前、横から誠が氣で防御壁を張る。弾かれた水飛沫は空中で解けて掻き消えた。
「サンキュー、誠」
「お礼なんていいよ。それよりリーズを」
「ティトゥ……!こ、ない、で……!!」
流れ込む悪意を吐き出すように口が大きく開かれる。夢の満月が闇に覆われ、世界の全てへ漆黒が襲い掛かった。




