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二十三章 現世への帰還



 どれ程の時間が過ぎたのか。ひたすら出口を求め、暗闇の只中を走る。ゾッ、となる程冷たい己の声。不気味な少女のケタケタ不快な笑い声。そして―――暴力に怯える、あいつの放つ悲鳴の方へ。


「あの人形の仕業か!!人の身体で何をやらかしている!!?」


 持ち主に無断で好き勝手派手暴れ回りおって!一体何様のつもりだ!?

 精神体とは言え、流石にずっと走ったままは辛い。一旦脚を止め、息を整える。


「大体、小晶も小晶だ!弱いくせに、もっと上手く立ち回って逃げればいいものを!!」


 イライラする。奴の鈍さ以上に、迂闊過ぎた数日前の自分自身に。


「―――あれ、まだ頑張っていたんですかフィクスさん?」

「っ!?」


 ぶらーん。見えない天井から逆さまなって現れた、蒼い長袍のハイネ・レヴィアタが嗤う。

「僕を殺せなかったくせに、今更戻ってどうするつもりです?」

「五月蝿い糞餓鬼!そこをどけ、邪魔だ!!」

 幻覚に構っている時間など無い。

「強情なあなたの事だ。きっと、何故自分が仇をみすみす逃がしたのかさえ分からないんでしょう。教えてあげましょうか?」

「断る!貴様、私の話を聞いてなかったのか!?」


「―――小晶さんが泣くのを見たくなかったから」ニヤニヤ。「当たりですよね?」


「っ!?」

「あの人にだけは嫌われたくなかった。だから臆病者のフィクスさんは僕に手を出せなかった。とても簡単な話ですよね」

 武器の三節棍を玩具のように振り、トンッ!地面に降り立つ。

「不器用ですね大人って。本心を隠して生きていて楽しいですか?」

「まだ言うか!さっさと消えろ!!」

 武芸者の偽者は左手を掲げ、闇の中から例の少女人形を召喚した。


「まだ取り込まれてなかったの、お兄さん?」意地悪気に嗤う。


「当たり前だ。お前の運搬用具になるつもりなど毛頭無い」

「違うでしょう?フィクスさんの抵抗力を生み出している執念の正体は、ただの未練です」

「何?」

 長袍の裾を軽く持ち上げ、小僧はまるで社交界の女のように会釈する。

「愛らしい小晶さんを、叶うならもっと見たい。言葉を交わしたい。出来る事なら―――永遠に自分だけの物にしたい」

「巫山戯るな!!!学生の分際で、人を変態呼ばわりする気か!」

 掴み掛かろうとした手はサッ!と避けられた。

「本当にプライドが高いんですね。ここは夢の世界ですよ。何故正直な感情まで否定するんです?」

「私は巫山戯なと言った筈だ!」

 ブンッ!またかわされた。が、一瞬人形のワンピースの布地に触れた。捕まえられない訳でないのか。一筋の光明が見える。

「精神が強い分、生じた迷いもまた大きく深い。相反する感情の狭間で、フィクスさんの心は分裂寸前です」


―――父を残虐に殺し、私達家族の人生を狂わせた第七を、この命尽きようと絶対に殺してやる!!


 暗闇の中、忽然と幼い頃の私が現れた。全身の血を失い軽くなった父の棺の前で、まだ小さな身体を震わせ誓いを立てている。

「チッ!これも幻か、悪趣味な」

 血の涙を流す少年が振り返る。しかしその表情は、過去の自分とは思えない程―――無。哀れを遥か彼方に通り越し、寒気しか起こらない。


―――第七は皆殺しだ!ここで父と交わした約束を、お前は忘れたのか!!?


「仇であるこの餓鬼は死んだ。先程小晶が言っただろう?」嘆息。「最早復讐対象は存在しない」


―――そんな一言を真に受けるのか!?奴が嘘を吐き、お前を騙そうとしているだけかもしれないんだぞ!?


「……仮令それでも構わん。知ったのだ私は、過去に縛られる無意味さを」

 あのお人好しに欺かれるならいっそ本望だ。


―――ではこのままのさばらせておく気か、その男を!?


「のさばらせるも何も、こいつはとっくに現実世界で死んでいる。いい加減人の話を聞け」舌打ち。「ここの連中は皆耳が詰まっているのか?」


―――なら見ろ!お前の不甲斐無さに父が無念だと言っているぞ!


 言葉通り棺の蓋がゆっくりと開いた。中からムク……と起き上がる、木乃伊のような死体。だが、もうとっくに私の考えは決まっていた。


「殺されて尚子供に説教するぐらいなら、最初から死ぬな!この馬鹿親父が!!」

「全くだ」

「!!?」


 突然隣から声がして吃驚する。そちらを向き、更に驚愕は続いた。

 四角い茶の紙袋を頭からすっぽり被り、聖族政府の制服を着た男の手は何故か新品の金槌。上着のポケットからは釘が何本か頭を出している。

「な!また新手か!今度は何だ!?」

「違う違う。俺はえーと……そう、しまっちゃうおじさんだ。子供達の間では意外と有名なんだぞ、知らないか?」

 何故突然こんな阿呆が湧いた?私の深層心理はどうなっている?

「まぁそれは置いといて。さて、まずはそっちの偽物君からいくか」

 言うなり小僧のドタマをガツン!金槌で叩いた。「ギャッ!?」

「君、ハイネ君に化けるならせめてもっと上手くやれよ。元声楽部のあの子がそんな酷い濁声出す訳無いだろ?」

 ガンッ!

「死者への冒涜だ。おじさん、流石にちょっと怒ってるぞ」

「離せ!!」

 敵がふらついた隙に長袍の前を掴み、そのまま引き摺り始める。そして今度はつかつかと少年時代の私へ近寄り、むんずとその首根っこを捕らえた。奴が何か叫ぶ前にドサドサッ!上半身を起こした死体の上へ二人を落とす。


「さあさあ、悪い子はしまっちゃおうねー♪」「止めろ!」「出せ!!」「ぐおー!」


 紙袋は棺桶の蓋を閉め、ガンガンガンッ!!釘を軽快なリズムで打ち付け始める。ドンドン!中の連中の抵抗の音が響いても気にもしない。

「おい、一体何を」

「あーやっぱ筋肉痛だわこれ。ちょっとタンバリン叩いただけで腕パンパンとか年過ぎる」

 ぼやく間にも、三人分詰まった箱は着実に塞がれていく。中は正に鮨詰め状態だ。

「お前といいエルといい、何で俺が死んだ後にこんな面白い事巻き込まれるかな」

 棺の上に出現した人形にも全く動じない。くり抜いた丸い目を一瞥させただけで作業に戻る。


「―――お嬢ちゃん。おじさんが一つ良い事を教えてやろう」


 完全に密閉した後、金槌の手を止めてブルーアイズを見つめる。

「妹は最後まで後悔していたぞ。大事な御主人様の魂を喰らった事を」

「あの子らしいわ。つまらない」

 返答に、見えないおじさんの目がにやけた気がした。くるっ、と私を振り返る。

「実に素晴らしい感想だ。―――これで良心の呵責無く葬れるな」

「元からそのつもりだ。人の身体を散々こき使ってくれた礼はたっぷりしてやる」


 ガンッ!「!!?」


 人形が気付いた瞬間には、時既に遅し。ワンピースの裾は釘に因って棺に固定されてしまった。

「行って来い。お前の居場所はこんな真っ暗闇の中じゃないだろ?」

「当たり前だ。しかし貴様の声、何処かで聞き覚えが……」誰だ?

 するとしまっちゃうおじさんは何故か手をパタパタさせ、まさかまさか!オーバーに否定した。

「思い出す暇があるならとっとと現実に戻れよ。ほら、耳を澄ませてみろ」


 ガキィン!キィン!鋼同士がぶつかり合う音は、まるで悲鳴にも似て。


「早く行ってやれ。助けたら抱擁、間髪入れずちゅ」

「誰がやるか!?」

 精神体にも関わらず頬が熱い。悟られない内に人形へ手を伸ばし、力の限り頭を掴んで握り潰した。


―――ギャアアッッッ!!!!


 絶叫と共に訪れた眩い光。その中で私は、謎のおじさんの最後の言葉を聞いた気がした。


「また会おうぜ、―――ン」





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