二十二章 覚醒
人形の少し赤い肌色の唇が動く。
「あの蜘蛛に箱積めされて埋められた時は流石に焦ったわ。私、こうやって直に人間へ触れないと操れないの。シスターが助けてくれなかったらその内土に還っていたかもね」
碧の入った蒼い目がギョロギョロ動く。
「あいつ、死んだんでしょ?いい気味。たかが虫のくせに抜け駆けしようとした罰よ」
「そんな言い方……!」
ケラケラ。
「私は妹みたいにあっさり壊されたりはしないわ。マミィ達の夢を詰め込んで力を得たんだもの。後は」ブンッ!剣を振る。「“黒の燐光”をマミィに贈るだけ」
宣言と同時に追いかけっこが再開された。踵を返し全速力で逃げながら、最後の階段を駆け上がる。
バタンッ!
金属製のドアの先は屋上だった。正面に外からも見えた巨大な二つの鐘。そして中の舌から伸びた縄の先に、
「アイザ!!美希さん!!」
逆さ吊りにされた女性二人の顔は、頭に下りた血液で激しく紅潮していた。美希さんは目を閉じ、気絶している。可哀相に……すぐに降ろさなきゃ!
「誠、後ろ!!」
友人が警告した次の瞬間。ザクッ!背中から胸へ刃が貫通した。ズルッ、いやに濡れた音を立てて引き抜かれる。
「くぅっ……!!」
激痛で吊り下がった二人が霞む。ポタポタッ……二つの傷口から血が止め処無く足元を濡らす。
「どうした、まだ動けるだろう?気を失ったが最後、私に心臓を抉り出されてしまうぞ?」
ニヤニヤ嗤う彼を操る人形を精一杯睨み付けようとしたが、失血で意識が遠のく。駄目だ、もう立っているだけでも辛い……。
「誠!!!くそっ、この卑怯者!!」
―――本当にこれっぽっちでいいのか?
朦朧とした頭の奥で、今朝聞いたばかりの友人の囁きが聞こえてきた。
―――無理しなくていいんだぞ。血ぐらいなら幾らでもやるから。
そうだ。もう私の身体を巡る血の大半は、ウィルが注いでくれた物。今この時も傷から流れ落ち続けるのも、元は彼が分け与えてくれた。
―――愛してる。
え?今の……“黒の都”で聞こえなかった例の言葉?どうして急に閃いて、
ドキッ。
突然心臓が高鳴る。そして何故かは分からないけれど、彼に関するあらゆる事が瞬時に脳裏を過ぎった。
(ごめんね、折角輸血してくれたのに……)
この今まで感じた事の無い熱い感情は、何?
(会いたい……!会って謝らなきゃ!!)
胸が焼け付くぐらいの焦燥。切なさでとても呼吸が出来ない。
「おいおい。何で選りに選って今恋に落ちるんだよ。しかもあいつ相手に」
懐かしささえ感じるぶっきらぼうな声。―――え、恋?これが?
「まぁ―――する方法は後で考えるか……とにかく今まで散々俺を無視しやがって。そら、奴さんが来るぞ!」
私は躊躇わず剣を抜き、刀身でトドメの一撃を受け止めた。衝撃に両手がビリビリする。
「ほう、戦う気か小晶?腕で勝る私と」
「暗示は無力化された。もう致命傷でも殺せないぞ」
燐さんの言葉通り、全身の苦痛が急速に消え去る。手首が真っ直ぐになり、胸の出血も止まった。
「何を勘違いしている?“燐光”を奪えば私の勝ち、それには変わりない」
クックックッ。不敵に嗤う。
バンッ!「わっ!」不意に背中を叩かれ、軽くよろめく。
「行って来いまーくん」相棒は彼の右肩を指差し「まだ“双夢”は奴を完全に支配し切れていない。引き剥がすなら今しかないぞ」
「はい!」
同居人の応援を背負い、私は攻撃の構えを取った。




